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亜人の王  作者: バゥママ
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第九章 米

 スライムの住み処へ訪ねてきた来訪者は、ゴブリンと同じく辺境の地を巡回していた人外、コボルト。トレントの王のおかげもあり戦うことなく話し合いが、純が知らずの内に完了していた。

 そのコボルト達、トレントの王の話しでは長きに渡る人間との領土争いをしていたらしく、最近の情勢を見るに次の戦いでコボルト達が敗北する確率が高いと聞いた純だか、自分には関係無いと切り捨てる。が、トレントの王の話しでは、戦いの地の近くには米があり、コボルト達を助ければ地下農園が出来るという情報を聞いた純の行動は単純、助けるという選択肢を取る。

 純は第二の人生を自由に生きる。それが、人間側との関係に(ひび)が入ろうとも。


            ▼


 スライムの住み処でコボルト救出作戦という名の農業仲間を作る目的が出来た純は、握り潰した地図を握り潰したまま持ち上げ、トレントの王に向ける。

「今から人間達を黙らせに行くとして、距離からして……走れば明日の朝頃には着くか?」

「それは驚異的な数字ですが、純殿の脚力なら可能でしょう。ただ、一人で千人……少なくとも四百人を倒すのは困難では?」

 トレントの王が言うのも分かる。そんな人間離れが出来るのは近接武器か弓が主流だった時代。現代で近接武器を使い、現代武装をした四百人を相手に一人で戦い抜くなど、それこそ人間離れをしている。それもここは魔法が存在する世界、一人で戦う事すら出来ないに等しい。

 純は手を開き地図を床に落とす。

「困難かと言われたら、まぁ時間はかかるかもな。だがそれがどうした? 儂は、米が食いたい、野菜を育て味わいたい、肉を狩りかぶりつきたい! その最初と次が今目の前にあるのなら儂は躊躇う事なく助けに行こう!」

 表情を笑みに、再び拳を作り叫ぶ。その言葉に――いや、人外達が純の暖かいオーラが膨れ上がるのを見て、皆が驚く。スライム達は体を震わせ、トレント達の体がオーラを浴びて活性化し蕾を出し花を咲かせる。トレントの王は枯れた体である筈なのに蕾が瞬間的に出来上がった。いや、蘇ったと考えるのが妥当だろう。スラ君は体を伸ばし、純のオーラに共鳴するように震える。

 トレントの王は、純の暖かいオーラに当てられながらも、驚きよりも納得をした。純殿は他の人間とも人外とも違う何かを持っている人物だ。そう、自分が見つけた目的に、自分が想像する理想の生活の為に、悠々自適な暮らしを実現させるために、純殿はその力を発揮する。

「今話し合いをしている時じゃない、動く時だ。儂は行く、儂は行くぞ! 待っておれ白米! 十年掛けて儂オリジナルブレンドの土台を作り上げてやる!」

 純は他の者達の異変に気付かずに颯爽(さっそう)と走り出し直ぐ様住処から退出。余りの行動力の早さに誰も止める言葉を発言出来なかった。いや、しようにもまだ暖かいオーラの影響が残っていて発言出来ない。発言が出来るようになるまでに一分は経っていた。

「純殿は、ロスト様以上に行動力がある。そしてロスト様と同じくらい我儘だ」

「王様が殆どけしかけているようにしか見えませんが」

 王様に小さく咎めるように発言したトレントに、トレントの王は微笑する。確かにけしかけているのは私だろう。コボルトの件も、畑の件も……何より領土の件も。第二のロスト様を作ろうとしているのか? 否、ロスト様とは別の方向で我儘である。辺境の地を自分の生活の領域にしようとしている純殿は、我儘の先にある我儘、強欲。そう強欲だ。

 だが、実に魔物らしい発想。人外は利口すぎて強欲な考えを持つ人外は限られている。ただ、その人外が広き領土を治め続けている。純殿はその人外に等しい強欲さと行動力がある。だからではない、そう、だからではないのだが。

「私は、純殿には王様になってほしいのかも知れないねぇ」

「……人間が人外の王に? それは――」

「出来ない、とは言い切れないよ? だって、純殿は人間の王よりも人外の王が似合っているからね。まぁ本人に言っても、面倒の一言で終わりそうだけどね?」

 彼の性格が分かるわけじゃないが、何を言うのかなんとなく分かる。自分の目的外だからかも知れないが。

「さて、純殿が迷わないように、誰か付いてやってくれるかい? 真っ直ぐ人間の本拠地に乗り込むのは、流石の純殿も厳しいだろうね」

「分かりました。私達が付いていきましょう」

 二体のトレントが会釈すると、木の床と足が同化し床の中に沈む。体に花を咲かせていたが、純が離れ暖かいオーラに当てられなくなったことにより消滅。二体のトレントは床から地面、土へ潜り、木の根をコボルト達がいる方向、純が走っていると思われる方向に伸ばす。見つけ出すまではその場で留まり見つけたら木の根を更に伸ばし、体を先端へ移動させればいい。

 トレントとは、本来は大樹の姿をした人外、人の形にしているのはいわば分身である。五感も備わっているため、他の人外のように話し行動が出来る。

 トレントの作り出す分身の命は大地と光、そして水。故に砂漠や火山地帯には根を張れず氷点下の地域には入ることが出来ない。中にはそれに対応したトレントがいるが、そういったトレントのデメリットも環境によって左右される。

 何より本体は非常に動きが遅いので、殆どが分身で対応している、能力は高くとも最大の弱点が本体だけに、上位種の人外には入らない。

「見つけた」

「もうここまで…。まだ数分しか経たないと言うのに」

 二体のトレントの木の根は純を見つけ、走る速度に合わせて木の根を伸ばす。だが。

「これが人間の出せる速度なのか? なんの力も使わずただの肉体から出せる速度なのか!?」

「成る程、王が喜ぶのも無理はないな」

 まだ辺境の地の領土内だが、数十分経つ頃には外へと出るだろう。時刻はまだ昼頃、一体のトレントは考える。この速度を維持すれば、明日になる前に――到着する。


            ▼


 コボルト達は、背後から来る何かに合わせるように、逃げるようにではなく先行するように走り出す。

「ホチ様!」

「分かっている! トレント王、何かを純殿に吹き込んだか!」

 あの木のお化けの王は、王としては威厳はなく力もない。だが誰かを持ち上げ、誰かの為に助力し、万全の体制にするまでの過程の行動力が非常に上手い。あれは王としてではなく参謀タイプの人外だ。

「先程の人間のオーラが、ここまでとは……。だが確かにこれは…」

「あぁ、惹かれる」

 部下である二体のコボルトが言うのも分かる。確かにこの暖かいオーラ、巨大さ、そして優しさは、頼もしさがある。

「王の資質か。皮肉な事に人間が人外のオーラを持ち、王の力を有していると」

 だが、何故だろうか。純殿からは確かに暖かいオーラは感じる。

 だが、何故だろうか。時々、膨れ上がり進むオーラの中で、一瞬だが何も感じない時がある。それが何を意味するのかまだ分からない。

 ただ今は、純殿が向かっている方向は私達コボルトがいる方向であり……人間達がいる方向だ。

「絶対に離されるな! お前達!」


 純の暖かいオーラは、純の気持ちの向上と共に膨れ上がり、辺境の地からやや離れた位置にいるにも関わらず、暖かいオーラが人外達の視覚に飛び込む。

 森林の中をオーラが突き進む。離れた位置から見れば何かの自然現象にも超常現象にも見える。だが、見えるものには、脅威の塊でしかない。

「――なんだよ、ありゃ……」

 一人の人外が、周りの人外達の気持ちを言葉にする。誰もが驚き、誰もが思った。ただ一人を除いて。

「見よ、父上。あれが純様の力だ」

「……う、うむ」

 その場にいるのは、数十人の人外、中には数体の狼もいる。発言者は純が助けたダークエルフの王の娘であるクラリス。側には父親にしてダークエルフの王であるキュートスが苦い顔をして娘の言葉に頷く。

 キュートスは、ただただ恐れるしかない。今まで生きてきたが、あのレベルのオーラを有している人外は――いや人間でも稀にしか有していない代物にして、なんという暖かそうなのだろうかと。そんなオーラを隠すどころか全面に出しているその純様とやらは、本当の意味で、何者なんだ? と考えに至る。

「クラリス、あれが純様とやらの力と?」

「そうだ、ネル。余が会った時は後光にあるくらいだが、あのオーラこそ純様の力だ、ネル」

 祈るように両手を合わし、嬉しそうな顔をしてる友人が名前を二回言ってくる。一言の最後に名前を付けるのは大体が嬉しい事があった時だ。つまり今喜んでいる瞬間である。着てる服もその純様とやらの仲間が渡してくれた、純様と同じ着物らしい。東大陸出身なんだろうか?

 その純様のオーラ、辺境の地の領土から出ても消える事なく、軌道を突如変え、こちらに向かってくるではないか。

「っち!」

 オーク族の若き者ドルウが自身の二倍はあるグレートアックスを構えると、ネルが傘をドルウに向かって振り、動かないように制止を掛ける。

 オーラの塊が近づく。一種の狂喜の塊にも見えるそのオーラの形は、オーラの持ち主の性格が出ている。こちらに近づくオーラがクラリス達に接触する前に内側から破裂するように消滅、オーラの持ち主がクラリス達の前で止まる。複数の人外を連れて。

「あれ、クラリスちゃんじゃないか」

「数日振りです、純様」


 森の中を疾走中、二体のトレントの木の幹が、自身の木の幹を地面に晒しやや道がずれている指摘をしてきて、それに合わせるようにコボルト族のホチとホチ率いるコボルト達が斜め後ろから走って追いかけてきた。

 走りながら話を聞けば、確かにコボルト達の済む場所に行く方向は合っているが人間達が拠点とする方向ではないらしい。正しい情報を聞けば成る程、僅かな誤差ではあるが距離を考えれば大きなズレになる。直ぐに人間達がいる拠点の正しい位置を聞いて道案内を頼んだ。

 最初はホチの仲間は驚いていて何かを言おうとはしていたのだが、ホチが手を振り発言を制した。多分、儂が人間達の味方をしてコボルトに攻めると考えたのだろうな、分かる。だが、儂にその意思はない。本当のところは後で話すとして、今は畑を充実にするのが目的であるから、目的達成にはコボルト達が必要不可欠なわけで。

 つまり人間がいると、儂の生活の邪魔になる。それに働く原動力つまりコボルト達を辺境の地で働かせるという事は共存する者達が増えるということ。ペットではないが、犬と共に生活する人生は夢の一つだ。一種の盆栽も家族にいるしな。

 ホチは何も言わずに頷き道案内をしてくれるとのこと。儂が前にいるわけだが。

 森林を出てホチが儂が行くべき正しい道を報告、直ぐに軌道修正を行い真っ直ぐ走る。トレントとコボルトも後を追うように軌道修正。人外だからだろうか、儂の動きに、儂の速度に付いてくるとは流石だな、うん。

「ん?」

 そのまま走れば良かったのだが、目の前にそれなりに大勢の何かがいた。犬と人間? いや違う、人外と人外だ。筋肉隆々の身長、体格が違う者達。格好は軽装備だが不思議な雰囲気を持つ者達、姿形は犬だがやや体型が大きい犬達、そして一人の黄色い西洋風淑女もしくは西洋貴族みたいな服を着た女性が一人。いや、もう一人いた。あれは儂と同じ和服で、それも黒色に金色の蝶々の刺繍が縫われた普段着である。顔を見れば成る程理解した。一人の女性の前で急停止、コボルト達も止まりトレントの木の幹も停止する。

「あれ、クラリスちゃんじゃないか」

「数日振りです、純様」

 そう、前に助けたダークエルフの女の子であるクラリスがいた。近くにいるのは何か理由があるのだろうか? ホチとホチ率いるコボルト達が急に片膝を付き、片手を握り拳に、片手を握り拳にした拳を包むように握る。なんだなんだ?

「ダークエルフの王、キュートス様。コボルトの副王ホチです」

「久しぶりだな、ホチ。シュナイダーは元気か?」

「はい、常に我らコボルトの為に日々勉強をしています」

「相変わらずで何よりだ、といいたいが、長きに渡る人間との戦い、余り芳しくないと聞いたが?」

「……私の力が足りないばかりに」

「いや、お前の働きは十二分以上の働きだ、ホチよ」

「……ありがとうございます、キュートス様」

 なんか、紫色の甲冑着た渋さある男性とホチが話してる。あれ、キュートスって確か。

「貴方がクラリスちゃんの父親か!」

 キュートスの名前をクラリスちゃんから聞いていたのを思い出した。流石儂、記憶力に自信あるだけあるな!

「貴様無礼だぞ!」

「キュートス王に対しなんと汚い言葉を人間が!」

「黙れ!!」

 部下と思われる二人の男性版ダークエルフが王に対する対応に、王を慕うからこその相手への言及を言葉にするが、ダークエルフの王キュートスは即座に言葉で断ち切る。キュートスの顔は、まさに王と言うべき顔つきと言える。

「すまない、人げ――」

「ふん!」

 クラリスが即座にキュートスの腹部を叩く。甲冑の上からなのか一切ダメージはないのだろうが、一瞬だけ言葉が止まる。

「純殿。我が娘クラリスを救っていただき感謝する」

「気にしないでくれ、儂が勝手に助けただけだ。結果的にダーク…エルフ? の助けになっただけ。まぁ奴隷商売自体が将来的に儂の生活の邪魔になりそうな案件だったから、潰させてはもらったけど」

「それは凄い事なのだ、純殿。ダークエルフの王ではなく、一人の父親として礼を言いたい。ありが――」

「ふん!」

「あ、ありがとう……」

 頭を下げずに礼を言おうとしたキュートスの頭を掴み、無理矢理礼の形にする。実の娘に無理矢理頭を下げられる光景はなんだが微笑ましい……のか?

「頭を下げないでくれ、対した事じゃないんだから本当に」

 頭を上げるキュートスの顔には、やや困惑が含まれている。やっぱりあれか? 人間相手とは喋りたくはないか?

「ぬ? すまないクラリスちゃん、クラリスちゃんのお父さん、儂は行かなければならない場所がある」

 先程から黄色い西洋風の女性がこちらを見ている。何かが起きる前に目的地へと向かわねば。

「行かなければならない場所? コボルト達とトレントと共に向かう場所とは?」

「さっきクラリスちゃんのお父さんとホチ君が会話していた、人間との長きに渡る戦いとやらに行くんだ」

 この言葉に反応したのはクラリス側の人外達。西洋風の女性が前に出て純の真横で止まる。

 あ、香水の匂いかな? いい匂いだ、うん。

「何をしに?」

「米だ」

「……もう一度聞く、何をしに?」

「米」

 単純な回答に、ホチが微笑する。目的である米の為に動いているなど、信じられないのだろうな。

「……話しがまるで分からん。どうして米なのじゃ」

「儂は人間だぞ米が欲しいのは当たり前だ。いや、食卓には米だろ? だが現在の儂の生活には米がない、オカズだけじゃ体に良くない。米畑も用意して十年かけて育て上げて見せる予定だ」

「話が見えんな。ならどうしてコボルトと人間の戦いに向かう?」

「コボルト達がいれば地下農園が出来るらしい。儂の悠々への一歩があるんだぞ? だが人間が数の暴力でコボルト達に襲撃しようとしているじゃないか」

 純は顔を上げ、コボルト達を今も襲おうとしているであろう人間達がいる方向を見る。

「儂の生活の邪魔になる奴等だ。だから潰しに行く」

「……つまり、コボルト達を家畜にと?」

「ネル」

 クラリスが直ぐに言及するが、西洋風の女性ネルは真っ直ぐに純を見る。答えろ、と言いたげな顔に純は一息。

「君は、働く家族を家畜呼ばわりする悪い娘じゃないだろ? それと同じだ。儂の生活の為に働く者は家族、その家族の為に身を削るのが儂だ。まぁまだ決まった訳じゃないが、共に生活する事が出来れば、儂の未来は華やかなになる」

「……それは本心かしら?」

「まだまだ足りないがな。最悪、儂とスライムとトレントだけでも生活出来るよう頑張るから。まぁほら、コボルト達が共同生活を拒否したとして最低でも米だけは確保しなければならない。後は大豆類が欲しいところだが。最終的には肉も欲しいから牧場も欲しい。やりたい事がありすぎて楽しいよ」

 純が笑みで答える。ネルはチロチロと舌を出し、純の体温の変化、顔色の変化がないかを調べる。人間だけでなく人外も嘘をつけばある反応がある。それはネルにしか分からない僅かな反応だが、純からは何も変化が見当たらない。嘘をつく事が生活の一部でなければ、だが。

 少なくとも今の純からは何もない、つまりは真実であると判断する。

「素晴らしい考えです、純様。それで純様、一つご相談があります」

「あ、悪いクラリスちゃん。ホチ君の家族を助けてからでいいかな? 一刻も早く助けたいじゃないか、ホチ君の家族を。そして、米を!」

 純粋な感情を吐露する純の体から再び暖かいオーラが出現。その場にいる人外達がそのオーラを浴びる。そこで、ある者達が変化を表す。それは二体のトレントの木の幹から花が咲いたこと、そして。

「ク、クラリス!?」

 ダークエルフの王キュートスの驚きの声にネルがすかさず振り返る。クラリスの体から元素が溢れ出るように出現、クラリスのオーラは本来は固いのだがその時ばかりは柔らかいオーラ、尚且つ純の暖かさに惹かれたやや桃色のオーラ。

 クラリスの本来の色は紫色の固いオーラの筈だ。だが、この人間によって性質が変化した。そう、変化だ。

「(クラリス、本気で?)」

 性質が変わるという現象は確かにあるが、変わる時……それは心に決めた者がいる時に変化するという。ただこれ程の変化は過去に例がない。考えられる事は一つ。

「(人間のこのオーラがクラリスの性質を変えたんだ。成る程、妾が惹かれる程とはと考えたが、ここまでの変化があるか……)」

 キュートスを見れば、何か言いたそうだが何も言えない微妙な顔をしている。父親として複雑だろうが、妾とて複雑じゃ。親友の恋には協力したいが、相手が人間となると。

 複雑にしている理由が、その人間が妾達人外との共存を望んでいる。いやその望みは既に果たされてはおり、共存を更に深くしようとしている。先程試すように家畜発言をしたが、真っ直ぐに即答した。用意されていたというよりかは、本音と解釈するのが妥当だろう。

「さてホチ君、君の家族はこの道真っ直ぐでいいかい?」

「――あ、はい」

 クラリスの変化に驚いていたホチだが、純の言葉に現実へと戻された。副王であるのだが、この時点では副王の立場ではなく救援を求めてきた一体の人外でしかない。他のコボルト達四人も、純の放つオーラに体が納得をしてしまっている。それに、実に人外向きな性格とオーラだろうか。

 有言実行? いや違う、強欲? ある意味正解だ。ならなんだ? この人間に似合う言葉は。

「……待て」

 ホチが顔を上げると、狼族の隊長が純の前まで歩き見上げる。立場から見れば副王であるホチが上だが、実力ではこの隊長が上である。悲しいかな種族の力の差があるのだ、コボルトと狼族では。

「コボルトを助けるという件、私達も加わろう」

 なんと! あの狼族が人間を相手に協力を申し出た!

「いや大丈夫、儂だけで十分だから」

 それを断る人間も人間だ。普通ならばありえない申し出なのに即答で断った。オークの若であるドルウが口を挟まないところを見ると様子見であると考えていいのだろう。

「それに、儂一人が暴れれば儂一人が悪者になれるからな。あとは辺境の地を戦場にさせるわけにはいかないし。その申し出は大変助かる、人間相手にそれを言うのは辛かっただろうが大丈夫だ、儂一人で片付ける。さてホチ君行くぞ、人間狩りだ」

 歩み始めるとクラリスと隊長の横を通り過ぎる。ホチは立ち上がり後を付いていこうとすると、若きオークであるドルウが純の前に立ちはだかる。

「待てよ」

「なんだ? 邪魔するのか?」

「ちげぇよ。人間が俺達の家族を救おうとしているのに、俺達が動かないのはおかしい。それに、お前はクラリスを助けてくれた男だ。手伝いたいとは言わねぇ。俺達オークもコボルトを助けに行く」

「若!?」

 他のオーク達が驚くが、純は歩みを止めドルウを見る。嫌がらせではなく家族を助けるために、か。

「お前、嫌いじゃないぞ。家族を第一に考える奴は好きだ、うん。だが本拠地は儂が狙っているんだ、違うところを狙ってくれ」

 ドルウの肩に手を置く純の動作は自然、その動作は周りから見れば不自然な光景。他のオーク達は不用心に手を置く純にやや身構えるが、ドルウは小さくだが目を開かせる。

「共に戦うという事は、より余達人外との共存の一歩に、進展に繋がると思いませんか?」

 クラリスが振り返り純の背中へ言葉を投げ掛けると、純の動きが止まる。

「例えコボルト達を助けても今のままではコボルト達に逃げられるのみ。副王ホチを連れ副王ホチが現状を話したところで、話しだけでは加勢する可能性は低い。例え加勢したとしても後の関係を考えれば、純様が望む共存にはならないかと」

「つまりだクラリスちゃん。君が考える事は、儂と人間同士の関係を悪化させる事に繋がると思うが?」

 まだ何も言っていないクラリス姫の意図を感覚的に至り、人間との関係を途絶させる危惧を口にする。確かにその通りだ。今までの話しを整理すれば、純殿は人外とも人間とも争うことなく静かに暮らせればいいという結論こそが最大の目的。

 話しだけ聞けば夢物語、雲のような夢、机上だけの夢。だが、それを叶えようとしている人間が一人いる。だが、それを可能とさせるには一つしかない。それこそ現実味がある夢物語でしかない、だが、そう、純殿なら可能なのかも知れない。現実味がある夢物語を現実にすることが。

「余達を引き連れて襲撃をすれば確かにそうなるでしょう。そう、人間が相対するのが人外であり、コボルトの前に出るのが純様なら、支障は出ません」

 振り返る純殿に対し凛とした態度をするクラリス姫の口元は微笑を作る。ホチ達は二人の会話が、人間と人外が共存するための会話として理解が出来ていない。人間だぞ? あの人間だぞ?

 その人間と共存する。いやそれ以上に、人間に恋をするクラリス姫の考えが理解できない。

「(いや、理解できないが……純殿が相手ならば理解できるやも知れないな)」

 ホチはトレントの王に対し、なんという存在を連れてきたものだと畏怖の気持ちを純から頂いた。だが確かに、惹かれる。人外寄りの人間は、惹かれる真っ直ぐさを持った人間である。

「話しが見えないけど、人間から邪魔されずコボルトと仲良く出来る方法があると?」

「えぇ。ダークエルフのクラリスの名に懸けて、見事成功させましょう」

 純の表情が笑みになると、暖かいオーラが滲み出始める。感情によって変動するか、なんとも正直なオーラだろうか。

「仕方ない。儂の未来の安定した生活のための助言を聞こうかな、クラリスちゃん」


           ▼▼


 時は夕刻。これから始まる、それなりに長い犬の人外達との戦いに終止符を打つための追い出し戦闘が始まろうとしている。当時、戦いが始まった当初は一つの森林地帯であったが、それなりに長い戦いの経過を物語るかのように森林は伐採され、拠点を作る為の資材に成り果てた。

 拠点箇所は、相手が何処から来ても対処できる位置に四ヶ所、本拠点が一ヶ所に、兵糧拠点が本拠点の前方と後方に一ヶ所ずつ設置されている。

 一年前に削りに削ったコボルトの領土を囲むように拠点を四ヶ所設置に成功してからは、相手の奇襲を察知しやすくなった。それだけではない。戦いにおいて有利な立場で入られているのも大きい。常に主導権を握っているのは相手の精神に強く影響を与え、此方には心の余裕があり、ゆっくりと殲滅させる戦力をかき集められている。

「諸君、我々の勝利は目前である。今日という日が、数年に渡る犬との戦いに終止符を打つ日が、今! 目の前に来ている!」

 本拠地に設置された高台に一人の若い貴族が、数百人規模の兵士の前に立ち両手を広げ、次の戦闘により戦いが終わることを強く伝える。

「この戦いが犬との最後の決戦となるであろう。だが油断をしてはならない、油断をすれば我々が噛み殺されてしまう。人外との戦いで大事なのは、油断をせず、確実に追い込み、止めを刺すことだ! 我々の勝利は目の前だ! 目の前だ!!」

 貴族が右腕を挙げて強く宣言。それに合わせるように兵士達が右手に剣を携え呼応。本拠地の空気が兵士達によって震えている。

「皆に伝えよ! 油断なく犬共を追い出せと! 確実に追い出せと!」

 貴族が手を振ると兵士達が振り返り、各拠点がある方向に向き、走り出す。貴族の言葉を持って各拠点へと、その最後の命令を伝えんばかりの気持ちを持って。

 各拠点には冒険者達がいる。その冒険者達の中にはシルバーランクが数名、名の知れたシルバーランクではないが、実力は折り紙付き。

「兵士より強く紙より使いやすい奴等だよ、冒険者とはね?」

「王子、その言葉を表で出してはなりません。彼らと私達は、道は違えど人のために戦う同士です」

 若い貴族、いや王子は口元を笑みに、傍にいる騎士甲冑に身を包む男性の注意に対して表情を崩さない。

「同士? お金を出さなければ動かない犬など同士ではない、家畜だよ。奴等が得るお金は何処から来ているんだ? 僕、この僕の国から出されているんだぞ?」

 王子は笑みの表情で両手を広げる。傍にいる騎士は小さく溜め息をする。

 コボルトの住む領域の傍にある人間の領土、そこには一つの国があり、簡単に言えば若い貴族はその国の王子である。

 そもそも、なぜコボルトの領土を攻め始めたのか。それはただ一つ、他国との貿易を繋げる流通ルートの確保である。

 その国の王は市民から高い税金を支払わせ至福を肥やす、市民から嫌われている王。その王がコボルトの領土よりも先にある国と貿易をしたいが為に引き起こされた、言わば自己中心的な考えからきた戦争だ。

 確かにその国と貿易が出来れば将来的には国が明るくなるのだろう。だが、王は民から血税を頂く事が狙い。良いものは王が買い、民には高い金額で買わせる。

 騎士からすれば、この国に仕えるのは間違いであると考えるべきだ。だが、この国の兵士は染まりすぎている。そして騙され過ぎているのだ。

「馬車馬のように働くのは当たり前じゃないか? そうだろう、団長」

「私からはなんとも」

 この王子も父親である王に染まりすぎている。出来れば仕えたくはない。仕えたくはないのだが……。

「(王妃を残すわけにはいかない。被害者であるあの方を)」

 明日の朝、コボルト達を追い出す事が出来れば……事態は悪化してしまうだろう。

 そう。全ては明日の朝に決まる。この国の未来も、民の将来も。王妃の心労も。王妃といっても王子を産み落とした母親ではなく、再婚した女性である。それも貴族、王族とは無縁の市民であったが、若い女性を好む王により無理矢理再婚相手にされた女性。

 再婚させられたにも関わらず扱いは家政婦と同等で、王妃など役柄程度の認識でしかない。

 王族関係者からは嫌われているが、侍女達には嫌われておらず影ながら支えてもらっている。それだけ王妃の地位を持つ女性は、立場が弱い者達からは人気が……いや、扱いとしては同じなため同情されているというのが正しい。

 騎士団長は、その王妃に助けられた一人であり、王妃に仕える騎士でもある。

 数年経とうとする今もなお、王妃に同情する者達の存在、王妃に仕える者達の存在は王様に、王子には知られていない。そう、それだけ彼らは王妃に、国に仕える者達に目を、耳を向けないのである。

「馬車馬のように働かせるんだ。金さえ渡せば働いてくれるんだ、代わりに苦労してくれるんだ。最高じゃないか騎士団長」

「……そうですね」

 王子の顔が否定をさせない。こちらを睨むように見てくるその顔は、無理矢理同意をさせてくる表情。否定すればどうなるか分からない。王族に仕える騎士なぞ、王族の言葉により消されるもの、その程度の存在?

「(本来は違うのだろうな)」

 私が夢見た騎士とは、その程度ではないのだが、な。


           ▼▼


 時刻は二十二時。かつては森林の世界であったコボルト達の安らぎがある領地は、今では安らぎのない戦場となっている。

 人間側にコボルトの戦士を見張りとしておき、反対側にも数人を見張りに置く。それはいつでも逃げれるように道を確保しているのだが、本来であれば必要のない見張り。何せ人外側の領域である、人間が入ることはない。

 そう、ない筈なのだ。

「ホチ副王……この……人間は?」

「私が辺境の地へ向かう切欠となった方だ。心配しなくていい、この人間――いや、純殿は私達の、人外の味方だ」

「味方!? 人間がですか!?」

 人間が来ない筈の人外側を警備していたコボルト数名が、副王の傍にいる人間である純がいる理由に驚くが、そもそもの話し、この人間が辺境の地へと現れたのが事の発端である。が、ここに、それも副王と共に現れる理由が分からない。

 そこへ追い討ちをかけるように、この人間が味方だと言ってくるのだから余計に分からなくなる。最悪、副王ホチが騙されているか、頭をおかしくされたか、偽物かと思考が巡る。

「王に純殿を会わせたい。通してくれないか?」

「……ですがホチ副王。王に人間を引き合わせるのは……」

「大丈夫だ」

 ホチ副王が仲間であるコボルト達の目を真っ直ぐ見て断言。操られているのか? 騙されているのか? 今の状況で人間が来た、誘導か?

 戦いの中で精神的にも疲弊しているコボルト達には、判断するには荷が重い。

 ふと、純殿と呼ばれた人間が左手で自分の左頬を軽く叩く。何かの合図か?

「王同士ならば問題はないだろ」

 人間の左頬に紫色の炎が出現すると、ある模様が出現。それは十字に四つの円錐形が描かれた模様。コボルト達はその模様を見て、驚きを隠せない。

「それは、王の権限を委託された者の紋章!?」

 コボルト達が驚くのも無理はない。例え違う種族ならば、人外ならば理解出来る。その模様は王のみが託せる紋章。代々王を名乗る者達には、その王が全面的に信頼する者に付与出来る王のみの特権。その紋章を持った者は王と同等の力を持つ。

 ホチ副王は、純殿にその権威を一時的にも付与してくれた王に感謝する。いや、王に感謝ではなく……姫に感謝すべきだな。

 


 遡ること、クラリスが純を引き留めた時に戻る。



 クラリスが片手を振り、隣にいる父親でありダークエルフの王、キュートスを指差す。

「まずはコボルトの王と会い話すには副王……いえ、悲しいかな人間である純様が人外の王と会うには、王に値する地位が必要。それもただの人外ではなく、それなりに実力ある種族の王の地位が。そこで第一に、父から権威を一時的に与えてられる事が純様の望む結果へと導かれる絶対条件、それを今成功させます」

「クラリス!?」

 キュートスが娘にまるで物扱いされている現状に、ホチ副王は内心小さく笑う。王としては立派だが、娘が相手だと尻に敷かれてしまう甘い男。

「次に、純様はホチ副王と共にコボルト達の元へ赴き、王と会合。その後、純様は人間達の拠点へと、ケッテ隊長とその仲間と共に強襲を仕掛けます」

「……ケッテ隊長?」

「私だ」

 狼族の隊長が純の横に並び、見上げる。ケッテ隊長は大型犬よりやや大きく乗れそうだが、ちょっと無理があるかも知れない。

「速そうだな」

「覚えてないのか? 私を置き去りにした事を」

「置き去り? 記憶にないな……」

 ケッテはどこか顔をしかめるが、知っているのはケッテとその部下達のみ。跳躍で引き離した本人はこちらに気づいていないが、それは大事なことではない。

 個人外的には非常に大事な事だが。

「純様がコボルトの王と会合中に、余達が遅くなろうともコボルト達の住む森へ近づき、純様がケッテと共に人間の本拠点へ真っ直ぐに突撃後、余達が後から追撃を仕掛けます」

「この人間はどうするんだ? 見た目人間じゃねぇか」

 オークのドルウが腕を組み、未だにやや慌てているキュートスを目の端で捉えながら、人間と敵対しないという項目を達成させるべき内容に触れる。

「そこはすでに考えている。純様の姿を隠せばよい」

「……変装か」

 ネルが純の姿を見つつ、確かに人にしては……と失礼な事を考える。考えを読まれたわけではないが、クラリスから冷たい視線を感じる。

 そちらに視線を向けたくないネルは純の姿を見つつ、今から変装か? とも当然考える。

「確かに隠せばいいかも知れないが、そんな道具はないぞ? クラリス」

「いや、オークがいる」

 クラリスは目を細めドルウを見る。

「人間側には、一つの街に来客があったと話が流れているだろう。それはまだ新しい情報であり継続されている。その情報を使う」

 オーク族と狼族が一つの街を侵略した旨を純には教えず、敢えて言葉を変えたクラリスの意図に人外達は乗る。純が知って敵対するわけではないだろうが、これからしようとしている事に余計な情報は不要。

 それに、皆は見ている。純は自分の気持ちを言葉にして行動を起こす間にオーラを出した瞬間を。目的を決めた瞬間に出たという事は、その目的にのみ向けられるとの事だ。ただ……目的以外の何かに接触した時は消滅してしまうが。

 そう、消えるのだ。簡単に出て簡単に消えるのは優柔不断な性格とも取れる、簡単なオーラだ。ただ……そのオーラの濃さが他の王の比ではないのも確かである。

「オーク側の装備を純様に渡してほしい」

「肌の色と顔はどうする。言っちゃ悪いが、この人間の体型はトロル寄りだぞ。まぁ体格からすればトロルドだろうが」

「純様はあんな醜くはないぞ」

 クラリスの睨みにドルウが右手を振る。視線を切れとの合図だろう。

「別に儂が醜いのは知ってるから良いとして、そのトロルドになればいいのか?」

「いえ、純様はトロルドにはならないでください。本当は余と同じダークエルフになれればいいんですが……」

 クラリスが悲しく、悔しさを込めての言葉に純は小さく溜め息。優しいのか優しくないのか分からないが、とりあえずは今の儂の姿は良くないと受けとるべきだろうな。

「クラリス。今の発言は醜いと言っているのと同じだぞ?」

「!?」

 ネルの指摘にクラリスが目を開けて純を見る。純は手を振り気にしてないとのジェスチャーを入れるが、クラリスの顔から血の気が引かれる。

「謝るのなら後でね? クラリスちゃん。とりあえずは、そのトロルドで行くよ」

「……いやオークでいい」

 ドルウが頭を掻きながら仕方ないと言いたそうに答える。クラリスの顔を見るに相当のショックがあるのだろう。人間相手にそれはどうかとは思うが、悪い奴じゃないのは、まぁ少しだけ信じてやろう。

 それにクラリスのこちらの意図を無視した、純様への手土産を渡し終わるまでは離れるわけにはいかない。親父にはなんて言えばいいんだよ、たく。

「後は顔を何かに隠せば、少なくともオークかトロルドのどちらか分からないだろう」

「……いいんですか? 若」

 仲間が耳打ちをしてくる。確かに、相手は俺達が毛嫌いしている人間だ。その人間相手にオークの防具、いや村の誇りを着せる行為はオークに対する侮辱に繋がる。だが、ドルウは一度だけ頷く。

 構わない。

「クラリス」

 未だに顔色が悪いクラリスにネルが声を掛けると、力無くゆっくりとこちらを見る。それほどか、クラリス。

「純様に王の紋章を付与しオークの防具を渡し顔を隠して敵地へと狼族と共に向かわせる。混乱に乗じ妾達が攻め込む、これでいいのかい?」

「……あぁ」

 力無く頷くクラリスに、ネルは溜め息を一つ。だが、今はクラリスの回復を優先してはられない。コボルト達の命運は今も尽きようとしていると言っても過言ではないのだ。

 悔しいが、人間の行動はコボルト達を助ける事が最優先である。それに奴隷商人の件がある。これ以上人間に借りを作るわけにはいかない

「なら行動は早く、素早くやるのが先決じゃ。すぐに用意し人間……純殿に渡してくれドルウ」

「分かってる。小さいサイズの持ってこい!!」

 ドルウが直ぐ様持ってくるように指示を飛ばし、ネルはケッテを見る。

「頼むぞケッテ」

「分かった」

 次に純を見ると、純は腕を組み頷く。

「儂は行くぞ」

「少しは待て」



 場面は純がコボルト達の住む元へ、コボルト族の副王ホチとその仲間と共に、王であるシュナイダーの元へ案内された場面へ移る。



「ホチ、よく戻った」

「ありがとうございます、シュナイダー王」

「それで、辺境の地へと現れた人間が……そこにいる人間だと?」

「はい。彼は純という名の人間にです。見た目、姿形はまさに人間ですがその内部にある思想は我ら人外の安寧と同義と、私は進言させていただきます」

「……信じられんな」

 シュナイダー王、コボルト族の王である。見た目は老犬とは言えないがホチよりは年を取っていると分かる顔付き。犬種は柴犬に近い。

 簡易で作られた椅子に座り、副王であるホチは斜め前で片膝を付いている。

 その場には、その森林に住む現在いるコボルト達全員がいる。近くには木で作られた家が点々とあり、同時に地下へと続く人工的に作られた穴が数ヶ所。そことは別に木で作られた簡易なテントが建てられており、負傷したコボルト達が治療を受けている。

 今の状況は、子供達が十分に外を走り回れない環境下に置かれて数年間続く。王として、これ以上は厳しいと考えている。

 そんな中、辺境の地に人間が住み始めた、それもトレントの王が認めた人間が、だ。本当なら最終手段として辺境の地へ逃げる算段ではあった。だが人間が住み始めた為にそれが不可能になった――と思った。

 話しを聞けば、人外と共存を願う人間であるらしい。信じられはしないが、トレントの王が認めたという情報がある。調査をホチに任せ……後は無事帰還する事を祈るのみ。

 祈った結果、その人間が現れた。それもダークエルフの紋章を付けて。しかも今から人間達に強襲を掛けると言うのだ。

「布一枚よりマシだな、うん。顔は……袋があればいいか? ホチ君! 顔を隠す袋はあるか?」

「いえ純殿! 隠す袋はありません!」

「そうか。仕方ねぇ、このベルトを顔に巻いて……」

 皮で作られた紐を顔に巻き始める。ある程度巻いて整ったのを確認、引っ張ったりしてほどけないのを確認、一度頷くとシュナイダー王を見る。

「じゃ、今から人間の所に突っ込むんで、避難よろしくです、はい」

 そういって走り出そうとするのを、ケッテ隊長がオーク族から借りた防具を着た純の服に噛みつき、行かせないよう引っ張る。

「待て」

「ケッテ君離してくれ、時間がないだろ?」

「時間はまだある。少なくとも、向こうの人間達は朝の時間に来るだろう」

「だから朝になる前に追い出すんだろう? 夜襲だ」

「まずはコボルトの王と話すのが先決だ」

「……」

 ベルトで目しか見えない純の視線がシュナイダー王へと向けられる。シュナイダー王は、今まで見てきた人間を思い出し、少しは違うが同じ人間であると判断する。

 だが、その人間の雰囲気は今まで見てきた人間達には見ないものでもある。

「コボルトの王、無礼承知で単刀直入に問う」

「……何かな?」

 普通ならば、ちゃんとした場所で話しをしたい相手だ。いや、ちゃんとした場所ではなく、ちゃんとした環境と言えばいいだろうか。夜遅く、民が怯え、我らの服装が汚れず、正装として話しをしたい。

 この人間も、このような格好ではなく、戦いをするわけでもなく、王に任された使者として話し合いを望んでいたかも知れない。

 今の現状ではそれは無理であろう。だから人間の言葉には極力言及はせずに、ホチが言った安寧と同義、それを今は……悔しいが願うしかない。

「米がある場所は、何処になる?」

「――なに?」

 話しが見えない話題が出ると、自分自身数度しか聞いたこともない間抜けな声で短い言葉が出るものだ。シュナイダー王の間抜けな声と共に作られた顔に、副王であるホチが小さく微笑する。

 そんなホチを睨むと、一度咳をして真顔になる。が、シュナイダー王は知っている。あれは我慢しているのだと。

「儂の目的は米とコボルト達の救出、だがコボルト達の救出を済ます為にはまず米の場所を知りたい」

 純の細い目から見える真っ直ぐな瞳を向けた発言に、シュナイダー王は左手で頭に触れる。

「……ホチよ」

「なんでしょう?」

「……俺が思うに、この人間は単純なのか?」

「そう見られても仕方ないですね。ですが――」

「だからこそ信じられると?」

「はい」

 即答する我がコボルト族の副王の顔は真剣そのもの。頭に触れている左手に力を入れ、じっと純を見る。今の姿は人間よりも人外、それもトロルドに近い姿。

「純殿とやら。米のある場所を聞いたとして、取りに行くのか?」

「まぁお裾分けしてもらう予定だが、無人だったら貰っても構わないでしょ」

 シュナイダー王は、ほう、と小さく声を漏らす。今の言葉を人外的に解釈すれば、そういう解釈になるのだが。

「敢えて言うが、これから戦う人間達を殺めても、純殿は平気なのか?」

「いや、これでも儂が生きてた時代は殺し殺されの戦争時代だから、別に殺めることに躊躇いはないよ」

 純の言葉に、その場にいる者達が首を傾げる。生きた時代? 戦争? 何の話しだ?

「ちなみに米なんだが、米畑があるとか?」

「――いや、そこまでは分からない」

「そっかぁ。米が苗に出来る状態ならいいんだけどなぁ」

 先程の会話に出た分からない話しが流され、腕を組み悩み始める純に追求はしない。

「いや、どこかに米畑がある筈だ。それを知っているのは人間だな、うん。よし行くか」

「まだだ」

 ケッテが未だに噛み付きながら、純が行かないようにしている。どれだけ行動派なのだろうか。

 あの狼族のケッテ隊長を相手に我儘を通そうとするとは……。

「話しが進まないな。すまないホチ副王、代わりに言って欲しい」

「分かりました」

 シュナイダー王の目線がホチへと移る。いや、最初からホチに話させた方が早かったな。所詮は人間か。

「純殿の目的は最重要項目とし、日が変わる刻に純殿、ケッテ隊長を含めた狼族十二体で人間の本拠地へ向けて襲撃。その後、残りの狼族二十四体、ダークエルフ族一同、オークの若君であるドルウ様が率いるオーク族数十名、そして蛇人のネル様が、我らがコボルト族の森を囲むように作られた四ヶ所の拠点を襲撃する算段となっています」

 淡々と簡潔に戦力と作戦を伝える。それだけで、シュナイダー王はゆっくりと目を開き始める。他のコボルト達もホチ副王から出された言葉に、誰もが口を開く。

 それは救援と取っていいだろう。それはありがたいことだ。今までの間、人外同士は助け合いをしてきたが、それでも領地、領土の問題がある。つまりは人外の中にも、人外同士である仲間の領土を奪う人外がいるのも確かだ。

 故に救援が来たとしても、期待できる戦力ではない事が多い。それは仕方のないことである。

 だが、今ホチ副王から発せられた言葉はなんだ? 救援? いや、これはもう連合と呼べる代物だ。その連合が今、我らコボルト達と戦ってきた人間に差し向けられようとしている。

 シュナイダー王はホチから再び純を見る。そうこの人間、この人間が連合を率いる頭となっているのは間違いない。ダークエルフの王の直々の紋章を持っていた事には確かに驚いた。だが、そのダークエルフが族として救援に来ると? つまりは全軍か?

「は……ははは……はっはっはっは!!」

 シュナイダー王は未だに左手で抑えていた顔を上にあげ笑い始める。その笑いにコボルト達はやや困惑、対してホチは口元を笑みにしたまま。

「何が起きているのか分からないが、現在の状況を単純に考えれば――純殿が切欠でこうなったわけかホチよ!」

「まさにその通りです、シュナイダー王」

「して、我らは何をすればよい」

 ホチに顔を向け、笑みの表情でホチに問う。ホチは嬉しそうなシュナイダー王に向けて、こちらも笑みの表情を作り答える。

「勿論、皆を連れて、辺境の地へと退避すればいいのです」

「そうか分かった。ではそれは断ろう」

 シュナイダー王は立ち上がり、顔に触れていた左手を横へ振り、拳を作る。そしてシュナイダー王から赤いオーラが沸々と溢れ出始める。

 これがシュナイダー王のオーラの色と形。形といっても、まるで内側から溢れ出る炎のようなオーラで、決まった形がないオーラだ。

「純殿とやら。米畑がある場所は分からないが、米がある場所はこちらに情報として来ている」

「本当か? 場所は?」

「純殿が目指す本拠点の後ろ。そこは人間の国から物資が届けられる一時的な保管拠点、人間側の兵糧の要だ。そこに米がある」

 これは人間側の食料問題がどう解決されているのか斥候に調べさせたある日。人間側の本拠点の前後には二つの兵糧拠点があり、前の兵糧拠点は我らコボルト族の森林を囲むように作られた四ヶ所の拠点に、決められた量の物資が届けられていた。ならば後ろの兵糧拠点は何のために?

 疑問に思った斥候は危険を承知で、迂回し敵の背後へと回り、そこで発覚した。後ろの兵糧拠点に、更に後ろから人間達が物資を運んでいる光景を目にする。

 奴等は国から物資を送られていた。いや、それは見ずとも分かっていた結果だ。斥候は更に、夜にその兵糧拠点へと侵入。送られてきている物資を調べた。野菜と肉、そして魚介に医療道具、薬と揃えられていたという。

 その中に、米が詰められた袋もあったと報告は受けていた。

「更に情報を開示するならば、その拠点よりも先に人間の国がある。その国になら、米畑があるやも知れないな」

「シュナイダー王!? それは余りにも情報を与えすぎでは!?」

 他の若いコボルトが、いくら相手が紋章を持っていようと人間である純に、斥候が危険を承知で入手した情報を簡単に開示する王に意義を問う。

 が、シュナイダー王の睨みに、そのコボルトは身を小さく引いてしまう。

「考えてもみろ。俺達がこのまま人間と戦い続けても勝利はあるか?」

「そ、それは……」

 いくら若いコボルトでも戦いに出る戦士の一人、現状が最悪で、コボルトの未来は無いとさえ思っていたのは確か。それはシュナイダー王が一番知っている。

 苦悩していたのも知っている。王とは、そういうものであるとシュナイダー王は考えていた。

「俺達に勝利はない。戦力も、武器も、防具も、力さえも、人間は補充出来ている。確かに俺達は強い! 一対一の戦いならば容易に勝てる! だが戦争とは違う、余りにも違いすぎるのだ。個ではなく軍が、軍にして連携が巧みであろうと、圧倒的な戦力の前には粉砕されてしまう。今の俺達は――悲しいかな敗北の未来しかない!」

 拳を作り、強く言を発する。それは王の口から出された、コボルト族の君主から正式に出された敗北宣言にならない。

 だがシュナイダー王は笑みの表情のまま、変わらずに、自信満々に。ホチはその顔を見て、期待の目を向ける。

「だがどうだ。何の救いか切欠か分からないが、我らがコボルト族の副王ホチから出た言葉は、我らがコボルト族の未来が明るくなる話しじゃないか! 人間が味方に? あのダークエルフが、オークが、狼族が蛇人が! その人間に率いられ我らコボルト族と対峙している人間達に向けられて進軍しようとしている! この事態はなんだ? 何が起きているんだ? 分からないじゃないか?」

 シュナイダー王は体を使い、手を使い、表情を使い、同族であり家族であるコボルト達に聞こえるように、響かせるように、楽しく言葉にする。その言葉にコボルト族の誰もが顔を向け何かを期待する、いや懇願に近い顔を作る。

 仲間が死に、親友が死に、戦友が死に、中には家族の死を見たものもいる。そんな思いはもうしたくない、戦いたくない、逃げ出したい。だが王を見捨てる事は……現実から目を背ける事は出来やしない。これはもはや呪いに近い感情。シュナイダー王が日々苦悩し顔をしかめさせる日々が続いていた。それがより一層、仲間の不安を煽っていたのだろう。

 だが、今のシュナイダー王の顔はどうだ。苦悩の顔ではなく、しかめっ面でもない昔のシュナイダー王の顔ではないか。楽しそうな顔は家族に安心を与える。特に、昔からシュナイダーを知っている者達は。

「それを知る権利、確かに俺達にはある。だが、それは戦いの後でも構わないそうだろ? 今俺達にある選択肢は一つ。人間――いや、純殿と共に一撃をぶつける! それがコボルト族の王である俺の判断だ!」

 シュナイダー王は一度、副王であるホチを見て頷くと、ホチも頷き返したあとに立ち上がり、何処かへと走り出す。その走る姿を見ている純にシュナイダー王は顔を向ける。

「純殿。経緯は分からないが、結果的に俺達を助ける形になるのだろう? ダークエルフの王から賜る紋章を刻んだのは、俺と会うために付けたんだろう?」

「ん? まぁ結果的にはそういう作戦だな。クラリスちゃんが王と話せるように必要な材料として提案してくれてね」

 いつの間にか……いや最初からだな。王と対等に話しをしているんじゃなく、友人と話している感じで会話をしてくる人間。

 ここまで来ると、王だの人外だの人間だの敵だのと面倒な考えは不必要だな。

「王と話すために王の紋章を材料扱いか! あっはっはっは!」

 シュナイダーは先程よりも声量を上げて笑う。純はそんなシュナイダー王に向けて一度だけため息をする。

「儂、早く行きたいんだが」

 全くぶれない純の考えに、シュナイダー王は笑うのをやめ、純を見る。

「すまないな、純殿。なら最後に聞きたい。後続の者達はいつ来る? こちらとしては少し時間が欲しいところだが」

「それは私から言いましょう、コボルトの王」

 ケッテが純の服から口を離しシュナイダー王を見る。純が動こうとするのを、数体の狼族が隊長の代わりにと純の服に噛み付き離さないようにする。

「予定では私達が先攻した後に来ます。速度は私達程ではありませんが、日を跨いだ後には来る予定です」

 ケッテ隊長の話しを聞くに、確かホチの話しでは日を跨ぐと同時に本拠点へ襲撃だったが、今の状態の純殿はそれよりも早く現場へ向かいたいらしい。その為に止めている……か。

 大将となる者が血気盛んとは、野蛮な人間らしいな。ただ、そんな人間が、連合と呼ばれる程の規模を率いられるか? 任せられるか?

 ダークエルフ族は頭が良い、蛇人もそうだ。そんな二種族が血気盛んな人間を大将にするのか? そもそも、任せられる程の実力があるのか?

 ……いや、今は実力を測る時ではない。俺が今出来る事は、人間ではなく純殿が、人間の本拠地を襲撃し撹乱させる事を祈ること。いや、願いか?

「合図はどうする? 日を跨ぐと言っても、バラバラに行動は出来まい」

「人間の兵糧拠点を焼き払います、それを合図に行動開始が望ましいかと」

「それは純殿の最重要項目に響かないか?」

「中間の兵糧だけですので、純殿の邪魔にはなりません」

「邪魔したら代償払ってもらうけどな」

 純の発言と共に、純からオーラが出される。それは暖かいオーラで周りの人外の身体に影響を与えるオーラ――ではなく、冷たく重く黒いオーラが、純を中心に周りへと広がり、そのオーラは一瞬にして消滅する。

 そのオーラによりシュナイダー王のオーラは消滅、表情が固まり冷や汗を流し始め、周りにいたコボルト達は腰を抜かし顔を(おどろき)にしている。

 近くにいた狼族は口を開き、小さく後退。ケッテは動かなくとも、冷たい何かにより強制的に動きを止められている。

 今の一瞬、シュナイダー王は純という人間を、人外と認識した。いや、人外ではなくもっと黒いなにか……。

 それが何かなのか分からない。ただ、黒い何かなのはなんとなく分かる。あと分かるのは……邪魔すれば人外であろうと人間であろうと、殺すだろう、ということだけ。



            ▼



 時刻は零時。辺りは静まり返り、聞こえるのは松明が出す火の音と風に靡くテントの音。

 足音も少なからず聞こえ、森林から人外が襲撃して来ないか、森林を伐採した際に出た木で作られた櫓の上に立ち監視をしている人間がいる。

 場所は、コボルトの住む森林を囲むように作られた拠点の一つ。上から数えて二番目の拠点。上から数えて三番目と共に中央から左右を見ている。コボルト達の怖いところは、中央突破出来る脚力と、コボルト達の不利益になる結果があると分かると即座に回避か逃げが出来るところ。つまるところ、危険な臭いを嗅ぎ分ける嗅覚の高さだ。

 人間からすればそれだけで驚異である。罠を張ろうと伏兵を忍ばしても嗅覚で発見され回避されるのだ。それに森林はコボルト達に地の利があり、コボルト特有の機動力がある。この三つにより、最初は苦戦を強いられてきた。

 その苦戦が今から五年前にある事を切欠に崩れた。その切欠は、ゴールドランク冒険者の一時的な参加である。

 ゴールドランクは単体で副王と、王と戦える冒険者にして、国に仕える事が許される人間でもある。その実力は名々白々(めいめいはくはく)、悲しいかなコボルト達では歯が立たず、コボルト族の三体の副王ですら手が出せない。コボルト族の王が前に出て受け止めはしたが、ゴールドランク冒険者はコボルト族の王を圧倒、コボルト族に多大な一撃をぶつけ退けた。

 だが、何故そのような力を持ってしても、今も戦いが続いているのか。それは、ゴールドランクの冒険者の目的は、均衡を崩すことだったからである。

 コボルト族の半数以上を倒し、コボルト族を退けた。そのゴールドランクは均衡が崩れたと判断し、元鞘に戻った。あのまま進めばコボルト族は消えていただろう。

 均衡を崩すのみに動いただけだが、それでも、敗北が濃厚となったコボルト族。

 そのままコボルト族を壊滅してくれれば良かったのに、と思うかも知れないが、ゴールドランクを動かすには、莫大なお金と所属する国からの許可が必要なのだ。

 なにせ単体で人外と戦える人間だ、その数も少ない。故に、簡単には動かせない人間である。

 均衡を崩すだけの仕事でも、莫大なお金が支払われた。ゴールドランクとは、それだけ力がある冒険者に与えられる称号。

「ん? なんだあれ?」

「どうした」

 見張りは数人、最低二人で見張りをするのが通常。見張りをしているのはブロンズランクの冒険者。国から出ている騎士達は拠点の中央でいつでも動けるようにしている。

「いや、なんか走ってないか?」

 月の光が森林と伐採後の地面を照らし、淡くだが視覚出来る。その視覚出来る風景に十数体にもなる物体が走っているように見える。

「コボルトか。奇襲か?」

「だとしたらバレバレだな! はっはっは!」

 一人の冒険者が、自暴自棄にでもなったかと後に付けて笑う。だとしてもたかだか十数体、数で圧倒できる数だ。

「後続に知らせて対処するぞ! 生きて返すわけにはいかないからな。今の状況を知られたらまずい」

 数で圧倒できるとしても相手は機動力に長けるコボルト族、逃げられる可能性もある。ならば、素通りさせつつ挟撃をすればいい。逃がしはしない、一匹たりとも。

 その数十体のうち一体が速度を上げ進路を変更、こちらに向かってくる。

「……おい、こっちに来てないか?」

「なに?」

 さっきまで笑っていた一人の冒険者が、向かってくる物体を見る。確かにこっちに向かってきている。向かってきている物体の姿を光がより鮮明に照らす位置に物体が到着、二人がその姿を捉えた。直後、その物体が跳躍。距離は三十メートル程あるにも関わらず、落ちることなく二人の元へ真っ直ぐ、一直線に飛翔。(やぐら)の窓枠に着地。

「な!?」

 突然の接近に二人が下がり、現れた物体を間近で視認。顔にベルトが巻かれており、分かるのは目と口。服装はオークの着る装備にも見えるが、贅肉がありオークにしては太っている。

「行くか」

 ベルトを巻いた人外が一言発声。二人が武器を取ろうとするが、取る前にベルトを巻いた人外の飛び出しと殴りの組み合わせの攻撃が、二人の顔面に直撃。そのまま顔面が吹き飛び、櫓の中が血に染まる。

 ベルトを巻いた人外は床に着地後、櫓の壁を蹴破り、躊躇なく飛び降り地面に着地。近くにいた冒険者が飛び降りてきた人外を見る。

「ひぃ!?」

 たじろいながらも、武器である剣を抜き構える。が、構えた時にはベルトを巻いた人外の左手が冒険者の左胸に突き刺さり、心臓に左手が触れ、突き裂かれる。左手を冒険者の左胸から抜き、その冒険者を右へ蹴飛ばし前へと走り始める。

 走る先には冒険者がいる。何が起きたのか分からない者や、緊急事態として受け取り武器を取る者達、中には杖を持ち口を動かしている者もいる。

 だが、ベルトを巻いた人外は軌道を変更。直角に曲がり、魔法使いの者が慌てて体の向きを走るベルトを巻いた人外に向ける。そこで、誰もが信じられない光景を目にする。

 ベルトを巻いた人外がある箇所で速度を保ったまま反転、誰もが予想だにしない動きに慌てる。ベルトを巻いた人外は慌て始めた冒険者達の中に向けて突撃。迎撃をする数人の冒険者の武器が向けられるが、その武器を両の手で弾き、無理矢理穴を作り侵入。

 その後に起きるのは、人間が肉に変わる音。一部は身体を武器のように扱われ、一部は四肢を折られ、一部は顔を潰され、一部は体を貫かれ。

 たった一体の人外に、集団である人間、それも冒険者が次々と殺されていく。その光景に、惨劇に、逃げる者達がいる。ベルトを巻いた人外は、逃げる者達を追わない。立ち向かう者達を殺し続ける。

 誰もが恐怖する、誰もが青ざめる、誰もが腰を抜かす。

 その人外は、コボルト族ではない。ならばオークか? それも違う。ならばなんだ? 何が該当する?

 そんな事はどうでもいい。今は逃げる事が先決、逃げることが重要。逃げるが勝ち? いや、逃げるが生存だ。

「逃げろー!」

 一人の冒険者の言葉が、その場にいる冒険者達の総意であるように、逃げ始める。それを追いかけるようにベルトを巻いた人外は走り出す。人間が出せる脚力を越えた走りに追い付かれ、武器も何も持たない人外に、簡単に殺されていく。

 力で圧倒される現実に、個で殲滅される現実に、速さで見失う現実に。

 全ての現実を理解することなく死んでいく冒険者達。後に理解するであろう逃避に走った冒険者達。

 だがその"後"は、戦いが終えてから理解する。今はまだ戦争中……いや、一方的な虐殺だ。

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