これから切腹するのに笑いと涙が止まらない
【登場人物】
・犬右衛門…切腹を命じられた武士。
・検使役…切腹する武士を見届ける役。
・介錯人…切腹した武士の首を切り落とす役。
18XX年、最中国屠偬藩にて屠偬藩士・犬右衛門がとある咎により切腹を命じられ、検使役の武士らが見張る中、その腹を捌こうとしていた。
検使役「犬右衛門殿、ご覚悟を。」
犬右衛門「はっ」
検使役「…………………」
介錯人「…………………」
犬右衛門「…………………」
ー二分後
検使役「犬右衛門殿、ご覚悟を。」
犬右衛門「ははっ」
検使役「…………………」
介錯人「…………………」
犬右衛門「…………………」
ー二分後
検使役「ご覚悟を。」
犬右衛門「はははーっ」
検使役「…………………」
介錯人「…………………」
犬右衛門「…………………」
ー十分後
介錯人「早く切れや。」
犬右衛門「すんません!」
検使役「もうなにしてんの? 武士でしょ?」
犬右衛門「すんません! すんません!」
検使役「もう本当は、朝のうちに切腹もう終わってる予定なんだよ? 日の位置見てみなよ。もう昼過ぎだよ?」
犬右衛門「恥ずかしながら、この世への未練が捨てきれず、この犬右衛門一生の不覚にござる。」
検使役「もう一生終わるから! 終わらせるからなんとしても。今日中に。」
介錯人「もうめんどくさいから首切り落としちゃっていいすか?」
検使役「いやダメダメダメ。切腹じゃなくなっちゃうから。ただの斬首になっちゃうから。」
介錯人「でも、このまま待っててもこいつ絶対に腹切りませんよ?」
検使役「まあそれもそうだけど、上からの沙汰と違うことしたらさ、俺たちもどうなるかわからないよ?」
介錯人「あーそうか…なんとしてでも切腹させましょう!」
検使役「よし、犬右衛門、ご覚悟を!」
犬右衛門「えーちょっと待ってくださいよ~! これきついですって~! 絶対痛いですって~! もう終わったって~! ねぇ検使役さん!」
検使役「お前うるせぇな! 先に喉切っておくか!?」(刀を半分抜く)
介錯人「おー待って待って! 切腹じゃなくなっちゃうでしょ!?」
検使役「だってこいつめっちゃ喋るじゃん! 切腹前にこんなに喚く武士初めて見たよ!? 君も介錯やってきて初めてでしょこんなやつ。」
介錯人「そりゃ本来はこんな軟弱な武士いませんからね。昨日介錯したやつなんて三回も腹切ってましたよ。」
犬右衛門「あーーーーーーっ!!」
検使役「え!?何!?」
犬右衛門「もうなんでそんな恐ろしい話聞かすんすかー!!」
検使役「お前武士のクセに"怖い"って言うなや!!」
介錯人「すげー! 切腹で"怖い"って言った武士初めて見た!」
検使役「なに心はずませてんだよ! こんなやつ見てるこっちが恥ずかしいわ!」
犬右衛門「ねぇ~検使役さん! 刺したら…刺したら…介錯、で頼めませんかね~?」
検使役「何言ってんだよ…切腹は作法があるんだよ。」
犬右衛門「この短刀の3分の2…うーん、2分の1…3分の1刺せたらでどうでしょう?」
検使役「なんで減ってくんだよ。取引する時は条件を良くすんだよォ!」
犬右衛門「あーあーもう怖いよぉ~怖いよぉ~」
介錯人「おい犬右衛門ーー!!」
犬右衛門「はっ! はいっ!はいっ!」
介錯人「貴様! 武士の肩書を持ちながら刃を己に向けるに恐れるとは何事か!!」
検使役「介錯人? 介錯人?」
介錯人「お主のその不埒な態度、同じ武士として情けない限りじゃ。」
検使役「さっき心はずませてたのに?」
介錯人「此度は不道徳な振る舞いを働いた上での切腹。お主が武士であることを鑑み、せめてもの配慮によって武士らしい最期を与えているのにも関わらず、なんじゃその様は。」
検使役「なんで介錯人が説教してるの?」
介錯人「犬右衛門よ! 武士らしく華々しく散れ! 刀の痛みは名誉じゃ! そう思えば、痛くも痒くもないはずじゃ!」
犬右衛門「………はぁっ! この犬右衛門、武士としての最後の務め、立派に果たして見せまする!」
検使役「すげぇ! 響いちゃった! 検使役じゃなくて介錯人の言葉が響いちゃった!」
介錯人「早く終わらせたくて八つ当たりしただけなのに…」
検使役「あ、そうだったの? まあそうだろうな。でもこれでやっと切腹終わりそうだな。」
犬右衛門「お待たせいたしました。犬右衛門、行ってまいります。」
検使役「うむ。」
介錯人「御免。」
犬右衛門「すぅー…ふぅー…」(息を整える)「ふんっ! はっ! ようし!」(刀を紙で巻き刃を腹に当てる)
検使役(やっと終わるよ…今日はさっさと帰って屋敷で「鳥獣戯画」読も。)
犬右衛門「よし…よし…さらば最中国…武士らしい最期だ…武士らしい…武士らしい…ヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ…フフッ、すいませんw」
検使役「お前、何笑ってんだよ! 切腹中だろ!」
犬右衛門「すいませんちょっと緊張しちゃってw」
検使役「はぁーっ!?」
犬右衛門「だって見てくださいよ僕の腕w すごい鳥肌立ってるでしょ?」
検使役「来るな来るな来るな! 気持ちの悪い!」
犬右衛門「介錯人さん、見てくださいよw」
介錯人「うーわ! 本当だ!」
検使役「お前どういう心意気で介錯人やってんだよ! 心はずませたり、適当な説教したり…」
介錯人「すいませんw 僕も人の首切るとなったら緊張しちゃってw」
検使役「もうさっさとしろよ! 折角コイツ覚悟決めたんだからさ。」
犬右衛門「いざ!」
介錯人「いざ! あー待ってw」
検使役「オ゛ォ゛イ゛!!」
介錯人「見てくださいよコイツの首w うなじにでっかいイボ付いてるw」
検使役「切り取れ! 切り取れ! そんな邪魔なイボ切り取れ!」(脇差を抜く)
犬右衛門「ちょっと待って待って! 怖いなもう!」
検使役「"怖い"って言うなァ゛ー!! 武士がよォ゛ゴルァ゛ー!!」
犬右衛門「今のは介錯人が悪くないですか!?」
検使役「うるせェーーー!!! 早く死ねェーーー!!!」
犬右衛門「わ、わかりましたよ…。 いざ!」
介錯人「うーわw コイツ月代に葵の紋みたいなシミがあるw」
犬右衛門「えーっ!? 嘘!?」
検使役「オ゛ォ゛ーーイ゛!! もうお前(介錯人)から先に斬るかァ゛!?」(刀を完全に抜く)
介錯人「ちょーっと待って!! さーせん!さーせん!さーせーん!!」(検使役とつばぜり合いになる)
犬右衛門「検使役さん! あなたが切腹になっちゃう! 検死役さん切腹になっちゃうから!!」
検使役「お前は早く死ねやーーー!!!」
犬右衛門「死ねとか気安く言わないでぇーーー!」
検使役「あと3分で切腹を終わらせろ…さもないとお前らの首で蹴鞠するからなァ゛!」
犬右衛門・介錯人「ははーっ!!」
犬右衛門「いざ参る! うおーーーっ!!んぐっ!!うわーーーっ!!!」(刀が腹に刺さる)
検使役「やっと刺したぞ…」
犬右衛門「ふんっ!ふんっ!ぐおっ!ぬぅっ!ぐふっ!ふっ…んふっ、ンフフフフフフフフハハハハハ!」
検使役「えぇ…怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!」
犬右衛門「すいませんw 痛すぎて笑いが止まらないw」
検使役「もうお前ヤバイわ! ヤバイヤバイ! なんだよコイツ!」
介錯人「だハハハハハハハハハハハハ!」
検使役「お前も何笑ってんだよ!」
介錯人「こいつ短刀の3分の1しか刺せてないw」
検使役「やめろォーーーッ!! コイツがコイツなりに頑張った結果なんだよォ!!」
介錯人「うなじのイボw」
検使役「もう斬れ! 介錯しろよもう!」
犬右衛門「ちょっと待ってw まだ刺してから切れてないw」
検使役「もういいよもう! どうせ切れないだろ!」
犬右衛門「あっちょっと動かせた! アーーーッ!イタイッ!イタイイタイイタイイタイ!」
介錯人「すげぇ! 血が華厳の滝みたいになってる!」
検使役「お前マジで口慎めやーー!! 下野国(現在の栃木県)に向かって腹切れェーーー!!」
犬右衛門「イタイよ~イタイよ~ウヘヘヘヘヘヘヘ…」
検使役「コイツまだ笑ってんのかよ…」
犬右衛門「ヘヘヘ…楽しかったな~遊郭は…あの娘可愛かったな~イテテ半分切れたw」
検使役「腹切りながら思い出話やめて?」
犬右衛門「賭博で勝った時は超気持ち良かったな~」
検使役「腹切りながら“気持ち良い”っていうのやめて?」
犬右衛門「もうちょい粘ってれば勝てたんだけどな~」
検使役「あのさ、お前、賭博が原因で切腹になってるんだからな?」
介錯人「マジかよコイツ…」
検使役「違法な賭博にのめり込んで、借金作って、藩の金に手付けてこうなったんだからな!コイツは!」
介錯人「うーわ、俺こんなクソみたいなやつ介錯するのかよ~。やーめよ!」
検使役「え?え?ちょっとそれだけはやめて?」
犬右衛門「ん゛ん゛ーっ! う゛ぅ゛っ! う゛あ゛ぁ゛…」
検使役「ほら早く! 苦しんでるから!」
介錯人「えー、嫌ですよ。こんな変態糞博徒。」
検使役「言い過ぎ言い過ぎ! 死ぬ間際の人に言い過ぎ! 事実だけれども。」
犬右衛門「バガッ! ゲッ! ヴォッ! ヴォヴォォォロロロ!」
検使役「わぁーっ! 吐いた!吐いた! ほら介錯ー!介錯ー! お願いもうこっちがきついんだよ!」
介錯人「はぁ…もうわかりましたよ…ほいっ。あっ。」
犬右衛門「な゛ぁ゛ーーーっ…」
検使役「外してんじゃねぇか! どこ斬ったの!?」
介錯人「二度とサイコロ振れねぇように右肘斬っといたぜ!」
検使役「もう死ぬからコイツ! どっち道死んで博打できないから!」
犬右衛門「うっ…うっ…はっ…」
検使役「ほらもう死んじゃうよ…罪人とはいえ可哀そうに…」
犬右衛門「我が"ボク"家に…どうか、幸あれ…」
介錯人「ん?"ボク"家?」
検使役「こいつの家、慕狗家っていうんだよ。」
介錯人「てことは"慕狗 犬右衛門"!?」
検使役「…"慕狗 犬右衛門"w?」
検使役・介錯人「「フハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」」
犬右衛門「慕狗 犬右衛門です…」
検使役・介錯人「「フハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」」
犬右衛門「慕狗 犬右衛門と申す…」
検使役・介錯人「「ダハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」」
検使役「こいつ面白い名前してんな! なぜかわかんないけど!」
介錯人「面白い名前してますよねー! じゃぁ面白いから!」(刀を首に振り落とす)
検使役「あーっ! 介錯しちゃったー!」
介錯人「あーっ! もうちょっと聞きたかった!? ごめん! 最後に笑わせてくれたからちゃんと介錯してあげちゃったー!」
検使役「もう本人の口から聞くから面白いのにー」
介錯人「わかりましたわかりました。では僕の友人に"尾裸 不信之介"ってやつがいるから会いに行きません?」
検使役「"尾裸 不信之介"!? "尾裸 不信之介"って言うの!? 行く行く行く! 因みに名乗るときは?」
介錯人「"尾裸 不信之介"だゾ~」
検使役・介錯人「「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」」
犬右衛門(霊)「………時代先取りし過ぎ。」