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化け猫おちる  作者: 帆多 丁
27年前
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7. 化け猫のぼる

 役人が口を割らなくても、おおかたの筋書きは予想がついた。下手人を仕立てておき、後から証拠をでっちあげる、そういう話だろう。

 隣家の者が恐る恐る覗きに来たが、これが王太子暗殺にかかわる何か、ということは知らない様子だった。暗殺の報せそのものはまだ行きわたっていないのかもしれない。

 手早く最低限の荷をまとめ、平笠をかぶって町を出た。ようやく住み慣れた町だった。


 黒幕にも、下手人に仕立て上げられた理由にも見当はつかない。

 色の薄い、味方の少ない異人の娘だから、化け猫とあだ名されるまじない師だから、そんな理由で罪を着せやすいと判じただけなのかもしれない。


 黒幕探しはいつでもできるし、どうでもよかった。そんなことよりもずっと、クォンを助け出したかった。

 名前しか知らない男が記した短い記録は、魔女がつくった空白を埋めてくれた。その人をもう一度失いたいかと問われれば、明確にいなだった。

 王族を殺した者をどこで処刑するか、それぐらいはユエにもわかる。

 王家の面目にかけて、城下で、衆目の下で、首を切られる。本来なら、そこに自分の首も添えられるはずだったのだろう。


 城下外れの廃屋に潜み、夜中に町へ忍び込んで、処刑の日取りを知った。また、自分の首に報奨金がかかっていることも知った。

 城下に残る「楽しかった」という気分が、陰鬱な気持ちで塗り替えられていく。


 王族猫ケトリールの通り道で「場所のかけら」の中にクォンの姿を探したが、失敗に終わった。数多のかけらの中にそれらしい土牢を見つけても、それが目的の場所かどうか判別するには情報が少なすぎた。


 

 そして今、ユエは樹上に身を隠して正午を待つ。笠がなく、日差しが白い肌を灼く。

 平笠は脱出先の目印として置いてきた。荷物もそこに隠しておいた。 

 遠く向こうの刑場を高く木柵が囲み、柵を群集が囲む。水牛車の上に箱牢が見える。あの中に無実の罪人がいるはずだった。


「リールー、いつもありがとう」

(どうした藪から棒に)

「忘れる前に言っておこうと思って」

(ふむ。ありがたく受け取っておくが、まさか魔女の力をあてにしているのではなかろうな?)

「違うよ。魔女があそこの一人一人を区別するとは思えないもん。そうなったら負けだよ。この前、言ってくれたでしょ? 奪われるばかりでいいものか、って。私のユエを、って。あれね、すごく嬉しかったよ」

 右目が、つんつん、と震えた。

 照れたんだな、とユエは笑う。

 胸の前に縛った頭陀袋に手を当てる。帳簿の手触りがある。月は欠けてもまた満ちるのだ。たとえ空っぽになっても、きっと、取り戻せるものだってある。

 そばだてた耳が、遠く刑場の音の変化を捉えた。罵声のような響きがある。王族殺しへの怨嗟の声が聞こえる。おおかたなを構える処刑人のもとへ、人影が箱牢から引き出されていく。


 一枚の呪符を右手に、ユエは魔法の言葉を口にした。


 猫はいつの間にかいなくなる。

 

 そして


 猫はどこにでも現れる。


 瞬く「場所のかけら」から迷わず選び出したのは、刑場をはるか真下に見下ろすかけらだ。罵倒を、呪詛を、石を投げるために集まった人々は、空なんて見ない。


 体に重さが帰ってくる。

 裾や袖が()()()と震える。頬が空気に引かれて歯が剥き出る。頭陀袋の帳簿が胸に押し当たって痛い。

 風を鳴らして真っ直ぐユエは落ちていく。

 力なくうなだれた人影が、ぐんぐんと近づく。

 ユエが猫をまとう。粘つく空気を吸い込んで、化け猫の咆哮を上げる

 

 ──ぃにゃあああああああああっ!


 モノの怪に力を与える物がふたつある。


 ひとつは、人々からのおそれ。

 天から降る化け猫の姿が、衆目に畏れを生む。


 もうひとつは、正当な対価。

 蚊帳に、寝台に、枕に残った気分が、帳簿の欄外に重なった書き付けが、かつてのユエの幸せを今のユエに引き継いだ。


 これまでに与えられた幸せは、これからの命に釣り合う。


 無実の罪人と目があった。日焼けした顔に真っ黒な瞳。

 ──はじめまして、クォン。


 晴天の霹靂。畏れと対価、ふたつの力を得た化け猫の、雷の如き着地。

 大刀を持つ処刑人を吹き飛ばす問答無用の蹴り。


 ユエはクォンの背中に蛇ノ目の呪符を見る。予想通りの対策。構わずクォンを背中から抱きかかえ、鷹ノ目の呪符を貼る。「見ているぞ」を「もう見た」が無効化する。

 刑場の兵士が迫る。ユエは自分の影を見る。


「歯、くいしばって」


 クォンに囁き、両脚に筋力、魔力、呪力、ありとあらゆる力を込めてユエは、正午の太陽に向かって、跳んだ。




 これを見た刑場の者たちは後に語る。忌まわしき化け猫と大罪人は畏れ多くも空に昇り、陽光に溶けて二度と降りてくることはなかったと。


 猫は、いつの間にかいなくなる。

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