6. よくもわたしの
(なにごと!?)
右目を開く。誰かが戸を破ろうとしている。ユエはすぐさま部屋の隅に身を寄せて、壁に留められた布をむしりとった。「鷹ノ目の呪符」が露わになるのと、戸が破られて帯刀した役人たちが踏み込んできたのが同時だった。
「探せ! 内通の証拠、暗殺の企て、疑わしきものはすべて持ち去れ!」
号令とともに、家探しが始まる。
呪符が「そこはもう見た」という誤解を生じさせ、ユエの潜む一角は無視される。
それ以外は、徹底的に荒らされる。箪笥がすべて開けられ、乱暴に中身が引っ張り出される。鮮やかな朱絹の長衣が床に投げつけられる。水瓶が割られる。蚊帳が引き落とされる。寝台がひっくり返されて、蔓編みの枕が飛ぶ。
ユエの心がざわつく。ふわりとした幸せの匂いが乱されていく。しかし
(何をするか貴様ら!!)
先に激昂したのはリールーだった。
(おのれ、おのれ! 長衣から足をどけよ! 平笠に触れるな! 貴様ら、末代まで呪ってやろうぞ!! ぐぬ、おのれ! おのれぇえ!!)
リールーの怒号はユエの外に届かない。
ユエも爪を振るう衝動にかられ、思いとどまる。
「リールー、だめ。ここを血で汚したくない……!」
(しかし! ユエ、見ておれぬ! 頼む! あやつら私たちの家を!)
右目の懇願が、ユエの胸を鷲掴みにした。自らの愚かしさに眩暈がした。汚されているのは、リールーの思い出だ。いま一番傷つけられているのは、リールーだ。
「ありました!」
と役人のひとりが先ほどの帳簿を手に叫んだ。号令役がそれを受け取り、周りに背を向けて開く。懐から畳んだ紙を出し、帳簿に乗せて「やや!」と声を上げる。
ちょうどユエの真っ正面だった。
「これこそ、化け猫と共謀した証拠に違いない! 早速王宮に伝えよ! 移送した男こそ下手人の一味に相違ないとな!」
ふざけてる。
ユエは右足を振り上げた。
とんだ茶番。
爪先が号令役のこめかみにめり込む。
そんな茶番で、よくもわたしの!
「リールー!!」
蹴りによろめく号令役をすり抜けて跳び、「ありました」の役人の顔面に膝を叩き込む。居並ぶ役人を振り返った時には、既に猫を纏っていた。
「ばっ、化け猫ユエ!」
叫んだ役人が抜刀するより速く踏み込み、顎に掌底を打ち込む。
そうだ、化け猫だ。畏れるがいい。それがわたしの力になる。モノの怪としてのわたしを強くする。
牙を剥き、脚を矯め、腕をだらりと下げてユエは構える。
「何が『やや!』か、恥知らずどもめ!」
殺さぬ。しかし
「我が右目の怒りを! 思い知れ!!!」