アイシアの思い
ルーファス殿下が侯爵家に来て2年がたった。
初めて会ったときは年下かと思うほど自分より小さく細く、女の子みたいに可愛かった彼は、日に日に逞しくなり、今では立派な少年に成長した。
長い時間をかけて侵された毒もすっかり抜けて、小柄なアイシアが見上げるほど身長が伸びた。肩幅も広くなり、不安そうに揺れる瞳を安心させたくて抱きしめた体は、今では抱きしめるというより、抱き着いているといった様子だ。
それでも、日課のように毎日おやすみなさいの挨拶のあと、ギュッと抱きしめるのは、ルーファス殿下がそれを待っているのがわかるからだ。
最初は毒を浄化するためと、ルーファス殿下に味方がいることをわかってほしくて、毎晩眠る前にお父様が私を抱きしめるように、抱きしめた。初めて抱きしめたとき、彼が震えたのがわかった。
それから手のひらをさ迷わせるようになり、私をそっと抱きしめ返すようになった。
ふんわり優しい力だけど、私は心を開いてくれたと思ってとてもうれしかったのを覚えている。
今ではすっかり成長して、私より高い位置にある綺麗な深い紫の瞳に、なんだか少し落ち着かない気持ちになる。
ルーファス殿下はいつも穏やかで優しく、魔法も私よりずっと上手に使えるし魔力もとても強いのに、出会ったときと変わらない。
今では王宮魔術師団に戦力として所属している。
もうとっくに教えることのなくなった私に、相変わらず一緒に本の話や魔法の話、そして私が城でローズベリー王女と過ごしている時の話など、色々聞いてくれる。
ルーファス殿下と過ごす時間はとても居心地がよくて楽しい。
朝起きて、おはようと言って手を握って、キラキラのルーファス様の魔力を感じて、もう消えた毒の浄化の代わりに癒しの魔法をかける。
一緒に食事をして、今日の予定を話して、彼はお父様と一緒に王宮魔術師団へ、私は王宮へローズベリー王女のお相手に。
夕方、私が戻って着替えた後、父とルーファス殿下が帰宅する。
夕食をともに食べて、父は執務室へ、私とルーファス殿下は家庭教師の授業を受けた後、一緒にお茶を飲みながら本を読んだり、今日の出来事を話して、おやすみの挨拶をして自室へ戻る。
そんな毎日がずっと続くと漠然と信じていた。
その日は、ローズベリー王女の元へ、時々開催されるお茶会に参加するため、いつものように王宮へ向かうと、集まった令嬢がなんだか物言いたげに見ている気がする。
いつものようにローズベリー王女の側に控えていると、ヴァンシル殿下の婚約者の1人である、ヘリオット公爵家のクロエ様がローズベリー王女に挨拶に来られた。クロエ様は、王妃のご実家であるヘリオット公爵家の令嬢で、王妃の姪にあたる。
焦茶色の緩やかに波打つ髪に、ピンクブラウンの瞳の美しい令嬢で、ヴァンシル殿下やローズベリー王女の従兄弟でもあるが、男児に恵まれなかったヘリオット公爵家は後継に縁戚に生まれた男児を養子に迎え、クロエはその子供の為、、血の繋がりという面では、婚約者でも問題ないと判断された。
「ごきげんよう、ローズベリー殿下。本日はお招き頂きありがとうございます。」
美しいカーテシーで挨拶をされるクロエを見て、ローズベリーは和かに笑顔を向けた。
「堅苦しい挨拶はいらないわ。クロエ様。よく一緒にお茶してるんですもの。たまには王太子妃教育をお休みしてもいいでしょう?」
王妃の特にお気に入りで、姪でもあり、、王太子妃教育で毎日王宮へあがるクロエ様は、王妃とローズベリー王女とお茶をする機会が多いと聞く。
8歳になられた王女にとって、気を遣わずにいられる近しい令嬢の1人のようだ。
年は13歳。アイシアより一つ上で、スラッとした身長のせいか、もっと年上に見える。
背の高いヴァンシル殿下と並ぶとバランスも良く、密かにお似合いの2人だと噂されている。
アイシアはピンクブラウンの瞳をさり気なく見つめた。
何度か、すれ違う形でお会いした事はあるが、確かにスッキリとした美人で、精悍な美丈夫であるヴァンシル殿下と合いそうだ。
その時、不意にその瞳がこちらを見た。
「ごきげんよう、アイシア様。今日もローズベリー殿下の付き添い、ご苦労様。」
いつもにない、鋭い視線で、どこか上からの物言いに、違和感を感じる。
「ごきげんよう、クロエ様。
本日の装いも、美しいその瞳にお似合いで、とても綺麗ですね。」
瞳とよく似たピンクのドレスは、クロエによく似合っていた。
「あら、ありがとう。あなたもいつもよりは綺麗にされていてお似合いでしてよ。」
違和感が確信に変わる。
やっぱり私に対して敵意があるわ。
何かしたかしら…?
疑問に思いながらもアイシアは顔に出さない様に笑顔で返事をする。
「ありがとうございます。そうですね、いつもはつい動きやすさを重視してしまって、お恥ずかしい限りです。今日は王女殿下に恥ずかしくないようにと、頑張ってみました。」
「まぁ、私のためになの、アイシア。
ありがとう。でも、いつものアイシアも、私、とても可愛いと思うわ。」
嫌味など一切気づいてない様に明るく笑うローズベリーに、アイシアは温かい気持ちで、微笑み返す。
ローズベリー王女の無邪気な笑顔に気まずそうに目を逸らすと、クロエ様はローズベリー王女に向き合った。
「申し訳ございませんが、少しだけアイシア様をお借りしてよろしいでしょうか?ご相談したいことがありまして…。」
「あら、そうなのね。アイシアは頼りになるもの。ええ、もちろんよ。」
クロエに促され、アイシアは誰もいない少し離れたテーブルで向かい合った。
「クロエ様、私にどんなお話でしょう?」
予想もつかない為、素直に聞いてみることにした。
「あなた、なぜ、ローズベリー王女に近付いたの?やっぱり、ヴァンシル王太子殿下に近づく為?」
「…?どうゆう事でしょう。」
「とぼけるのはやめて。あなた殿下が好きなの?」
睨みつける様にこちらを見つめるクロエは、きっと素直な性格なのだろう。
魔力は淡い白で、魔力量も多くない。
「私はただ、ローズベリー殿下が好きで、共にいます。魔法を教えて欲しいと言われ、たまたま私が選ばれただけで、特に理由はないと思いますが。
あと、ヴァンシル殿下のことはもちろん尊敬しておりますし、素晴らしい方だと思っておりますが…。好きだなんて。そんな個人的な感情はありません。」
なぜ、婚約者候補である、クロエ様が、私なんかを気にされるのか。
まだ腑に落ちない顔をしたまま睨まれる。
「ではなぜ、あなたが婚約者候補の私達を差し置いて、婚約者に選ばれるの⁇」
「………は…?」
12歳になったアイシアのペタンコだった胸が膨らみ始め、女性らしい体に成長を始めると、急に周りが騒がしくなった。いわゆる一般的な令嬢のように、ドレスや宝石、素敵な恋物語に興味を持たず、魔術や新しい魔法の開発などに興味を持つアイシアは貴族の集まる茶会にもあまり参加せず、ローズベリー王女殿下が参加するものだけ、お願いされて仕方なく参加するといった有様だった。そのため、他の貴族令息と関わることが少なかった。
それが成長とともに急に声をかけられることが増え、本人無自覚なまま、将来が楽しみな聡明な美少女として話題に上がることが増えてしまった。
聖魔法の使い手としての、教会での慈善活動も話題に上がるようになってしまい、陛下の耳に入ることとなった。
もともと、ローズベリー王女が懐いていたこともあり、ヴァンシル王太子の婚約者として、今いる3人の婚約候補の令嬢を差し置いて、アイシアの名があがったのだ。
王妃の口添えがあったのだろう。
ルーファス殿下と共に魔法を学び、唯一ルーファス殿下が心を許している令嬢ということで、エリザベート様に目をつけられたのだ。
わざわざ私を婚約者にするメリット…。
ルーファス様に近い私を排除するのが目的かしら?
ルーファス様を孤立させるため…。
クロエの話を聞きながらアイシアが思ったのは、銀髪にアメジストの不安そうに揺れる瞳の、最近ようやく心から幸せそうに笑ってくれるようになったルーファスの事だった…。




