第八話 魔物と言うカタチをした何か
迷宮は士官学校から離れた山間部にある。路面電車、路面魔車とか言うらしいが、俺は路面電車にしておく。その路面電車を一時間ほど乗っていると迷宮を中心に栄えている街があるそうだ。
「さあさあ、さあ。私くしへの情熱を言葉にして捧げてくませんの?」
電車の座席は、新幹線のような一つ一つが独立しているタイプの席ではなく、横に繋がっている形だった。クレイとパールさんはつり革も使わずに立っている。俺は何も考えず座席に座ったら、その横にすごく密着してトリアさんが座ってきた。
「く、クレイとパールさんは座らないのか?」
「むー。」
女神様は相手にされなくて頬を膨らましている。そんな様子にクレイは少し驚きながらも俺の質問に答えてくた。
「鍛えているんだよ。これも訓練の一環ってね」
「私もクレイモアくんの真似で始めたけど、けっこう集中力がいるものよ?」
迷宮に行く前から訓練しているようだ。クレイは本当に真面目だ、見た目は本当に遊んでそうに見えるのに。
「そういえば……、迷宮に入る準備は特にしてないけどいいのか?」
士官学生の制服に鞄。学校に行くような恰好だ。断じて魔物がいる迷宮に行く恰好じゃない。
「武器や防具の携帯って、民間人のいる場所じゃ許可されてないのよ、危ないからね。だから準備は全部、迷宮街。迷宮の周りの街ですることになっているわ」
「え、それじゃあ、迷宮以外に魔物はいないのか?」
「魔物は迷宮にしかいないぞ、1千年前は違ったのか?」
「いや、そ——」
「ふふふふ、その辺りはいいではないですか。時代によって違うんですわよ。今は管理が行き届いる、と言うことで」
トリアさんが言葉を重ねてきた。あと露骨にウインクとかしなくていいです。
「あ、そうですわ。おやつを持ってきたんですの。みなさんで食べましょう」
まるで遠足で山に行く気分になりそうだが、気を引き締めて、路面電車にゆられていた。それとトリアさんの焼いたクッキーは美味しかったです。
迷宮街。迷宮はアリの巣のように地下に広がっている。そのため、迷宮の入り口である、巨大な穴倉のような場所を中心に舗装工事され、その周りに街ができていた。
士官学校のある街と違い、迷宮街の空気は重々しい、誰もが武装していて、街にある店も華やかさのまったくない無骨気配を漂わせていた。
だが、荒くれ者の気配はまったくなかった。
「そりゃあ、迷宮に潜れるのは士官学校の学生か、卒業生、……国家資格、免許を持っている者だけだからなぁ」
まさかの免許制。
「数百年前は、自由に迷宮に入れてたみたいだけど、ギルドとかできて、法整備が進んで、迷宮の研究が進んでから今の状態になったみたいね」
クレイとパールさんに教わりながら街を歩いていく。行くところは、迷宮探索協同組合。迷宮に必要な道具はすべてそこに預けてあるそうだ。
「預けてあるって……愛用の武器とかだろ、いいのか?」
武器って自分の分身とか聞いたことあるんだけど。
「預けるほうが得だぞ。メンテナンスもしてくれるしなぁ」
「そ、そうなんだ……」
鍛冶屋の親父が頑固な雰囲気で調整してくれるとかじゃないんだ……残念だ。
「あれ、でも士官学校での武器はどうするんだ?」
「練習や特訓なら模擬戦用の剣とかだぜ、魔道具は色々あるから、迷宮用と学校用だな」
「うーむ」
「どうしたの?何か納得いかないことでもあったかしら?」
「いや……合理的だなぁと」
迷宮やら魔物やらを除くと俺のいた世界のようだ。迷宮に行くのも資格制度があるみたいだし。武器や防具も一括で管理している辺り組織性を感じる。
「…………………このポラリス王国の価値観は、迷宮から手に入るアイテムを分析して手に入れたそうですわ」
「迷宮からか……」
あの病院にあったテレビも迷宮産。俺がイメージするゲームのダンジョンではないのかもしれない、魔物と言う生き物を作っていた古代文明の遺跡とかなのだろうか。
迷宮探索協同組合のある建物とそこで働く人々を見て俺は役所だなぁ、と思った。
建物こそ鉄筋コンクリート造りでないが、迷宮入場申し込み書などとか書かれた書類がテーブルに積まれていたり、その傍に鉛筆と記入例の書類が張ってある。
待合室に座る人々は手に番号札を持っていたりと。恰好は鎧とか着てるのに違和感がすごい。
「……保険まであるのか」
ふと看板を見ると疾病対策保険課とか書いてある。
「おーい。メイス何見てるんだ?こっちで着替えるぞ~」
「え、うん」
クレイに連れられて更衣室に行く、二階らしくパールさんとトリアさんは先に行っているらしい。
更衣室の前には頑丈な木でできた箱が何個も置いてあった、ゲームでみる宝箱みたいだ、ただその宝箱にはきちんと名前と識別番号が記載されたいて、傍には役所の人もいる。
宝箱の大きさも人によって違う。俺たちはその宝箱を受け取り更衣室に入った。
「メイスは防具の着方とかわかるか?」
「いやまったく」
「そりゃあ、そっか。まぁ、いつもの恰好でいいか」
クレイはそういいながら、さっさと自分の防具を慣れた手つきで身に着けていった。
クレイの恰好は動きやすさを重視しているのか、鎧下に着るギャンベゾンは腰辺りまで、その上のホーバーク(鎖帷子)も同じくらいの長さ、上半身はそこに皮の胸当てをつけている。
ズボンも皮だろうか、胴体に比べると貧相に見えるが隙ができる後ろはロインガードという鎧をつけていた。
手には革製のガントレット。足にはグリーヴというすね当てだ。
そして最後に2mを超える大剣。ツヴァイハンダー。両刃の剣で両手剣に数えられる。
「クレイ……かっこいいなっ!」
ウエェェェェイな見た目のクレイがきっちりとした鎧姿はとても似合う、地球での自分と比べると羨ましい気持ちがでてくる。きっと俺が着てもお遊戯会がいいところだろう。メイスの身体なら似合うかもしれないけど。
「へへ、そうか?オレよりパール姫のがすごいと思うが」
「そ、そうなのか……?」
期待値が上がってしまう。
「と、それよりメイスを仕上げないとな」
「う、うん」
俺たちは役所の入り口で集まっていた。すでにパールさんもトリアさんも着替え終わったらしくまたせたカタチになった。
「ずいぶんと手間取ったみたいね」
「あ~、メイスが防具なかなか着れなくてなぁ」
「仕方ありませんわ、慣れるまで大変ですもの」
「…………」
俺は無言である。先に目についたのはパールさんの恰好だ。
クレイと同じような機動力重視の鎧らしい、鎧だけは。
首から肩まで露出していてイブニングドレスに無理やり鎧つけましたよ感がすごい。
体のラインの合わせて作られているらしくブレストプレートがすごいことになっている。鎧なのに腰を絞る意味はあるのだろうか。
さらに、スカートがヒラヒラした3段スカートで一体どこに行く気なのだろう。
武器はブロードソード。レイピアの一種の中でも広刃の剣だ、八十センチくらいあり持ち手には派手な装飾がされいた。
トリアさんはもっとも単純だろう、真っ白いフードの付いたローブを着ている。全身を隠せるその姿は、俺が昔、絵本でみた魔女のようだ。ただローブの下に見えるのはどう見ても体操服。胸の部分に名前書いてある。あざとい。
そして、1メートルほどある樹木から切り出して作られたであろう杖には、宝石のような赤い球体のものがついていた。
「…………」
俺は思った。三人の恰好を見て、これから世間知らずのお嬢様が凄腕剣士と魔法使いを連れて冒険に出かけるんだろうと。俺?俺の役割は———。
「どうしましたの?黙ってしまって?」
「い、いや、その」
顔全体を覆うバケツのような兜をつけているためか、下から覗き込むように見てくるトリアさんをいまいち認識できない。
そして、俺の恰好。全身をホーバークでつつみサーコートというワンピースを着ている、そして兜。
もはや役割は、門番か戦争ものの物語で画面を埋める歩兵のようだ。
「俺の恰好って派手さがないよな」
「いいじゃないですの、堅実な方のほうが私くしは好みですわよ?女神ポイントあげたくなりますわ」
そのポイント集めてると何と交換できるんだろう。
「ところで、俺はこれを引いて歩くのか?」
と二輪の車輪がついた台車を見て、クレイの尋ねる。
「ああ、荷物持ちだからな、リヤカーは必須アイテムだぜ、行きは、そこに生活用品を入れて、帰りは戦利品を入れるのさ」
「…………そっか、やっぱり、自分にも華がほしい……」
もっとこう少年の心がドキドキするような事がしたいかもしれない、使わている感がすごい。
「メイスくん。貴方は勘違いしているわよ?私たちが戦えるのは貴方のような役割の人がいるから。どんな達人でも片手に荷物をもって戦いに挑む者はいないわ」
「う、うん」
三段スカートをヒラヒラさせたお姫様に諭される。恰好に説得力がないのに、パールさんの雰囲気で説得されそう。
「さて、それじゃあ行くかな、後は街で生活用品を買うだけだな」
「なぁ、クレイ。ふと思ったんだけど、迷宮に何時間くらい行くんだ?」
今はまだ朝方くらいだから……夕方までか?
「オレとしては日帰りくらいを想定しているが……」
と、チラリとクレイはパールさんとトリアさんを見る。
「私は一週間くらいだと思ってたんだけど?」
「魔物のアイテムはなかなか手に入らないと聞いていますわ、
ですので私くしは、本を手に入れられるまでかと」
「え、いや、さすがにそれは……な、なぁ、メイス」
「う、うん、それは何というか……」
戸惑う俺とクレイ。
「クスクス、意識しすぎよ。迷宮に行く以上、私たちは背中を預ける仲間になるもの」
「まあ、初々しい。とっても可愛いですわ」
あかん、女性陣の方がうわてだ。俺たちは話し合い一泊二日と言うことになった。
生活用品(テントやら着替え、缶詰など)を購入して迷宮の出入り口に並ぶ。たくさんの人がいて順番待ちのようだ。
「迷宮の中は広いんだけどなぁ、出入り口はいつも並ぶ」
「クレイモアくん、しゃんとした方がいいわ、いつどこで誰に見られいるかわからないもの」
「そうですわね、男子、外に出れば七人の敵がいるものですよ」
出入り口に傍にあるプレハブ小屋のような場所が迷宮の管理をしている人の詰所なのだろう。窓から役所で申請、受理された書類を受け取っている。
「失礼。私は魔道新聞社の者ですが」
ぼんやり立っていると話しかけられた。俺に話しかけた人物は背の高い眼鏡をかけた男性だった、帽子に丈の長いロングコート。スーツにリボンのようなネクタイ。どう見ても迷宮に行く人じゃない。
「え、と」
「貴方はメイス・イクリプス様ですよね?私はこういうものです
いくつか尋ねたいことがありまして」
そう言いながら懐から名刺を取り出し、俺に差し出してくる。
「は、はあ……なんでし——」
「ちょっと待ちなさい。その名刺、魔道具ね。しかも持った相手と意識を共有するタイプの」
「おや、これは殿下。さすがよく知っていらっしゃる」
俺を守るように前に名刺を渡して来た男性の間に入るパールさん。
「なんのつもり?メイスくんに取材をしたいなら、きちんと士官学校を通してからにしないとダメなんじゃないの?」
「ははは、それでは私のような下っ端の記者には、永遠回ってきませんのでね。ですが…………ふむ、あの論文を書いたメイス氏と王族であるパール殿下が同じ班と、」
「…………?」
記者の男性は、一人納得した様子を見せる。
「名刺を使うまでもありませんでしたかな?どうぞ迷宮探索お気をつけて」
にこやかな笑顔を見せ、去っていった。
「ハイエナの気配がしますわ、自然の摂理とはいえ、私くしはあまり好ましくはありませんわね」
「まさか迷宮街にはっているなんて思わなかったな……メイス、気にするなよ」
「え、うん」
気にするもなにも、何も聞かれていないんだけど。
「…………」
ただ一人、パールさんだけが記者の男性を睨んでいた。
「え、迷宮……?ここが?」
出入り口を通ったらすぐにとても広い空間に出た。天井も高く500人くらいがいてもなお余りそうな巨大な空間だ。壁はコンクリート製に見えた。まるで展示場のようなスペース。
「おーい、メイス、つっ立てないで行くぞ~」
地図を見ながら奥に進む、なるべく他の班や小隊に被らないようにするためだ。先頭はクレイ、次にパールさんで、俺とトリアさんである。
そして———。
「hg¥ぎえjんぎいえ」
「出たぞっ!ゴブリンだっ!」
クレイの言葉に緊張がはしる。ついに魔物に接触した、だが。
「……………………………ゴブ、リン?」
小柄な体格。手にはこん棒。醜悪な顔はゴブリンだろう。しかしその身体を構成するものが、生き物じゃなかった。
口から洩れるのは声ではなく何処か壊れた機械音声。身体は光沢のある金属を思わせる。瞳も動くたびピッ、ピッと
人工的な音だしながら、照明器具のように点滅していた。
ゴブリンは、ロボットだったのだ。