第六話 トーラスにできること
ファルベ王国ヴァイス伯爵の娘。イーリス・ヴァイス。
箱入り娘として育てられた彼女は、転倒して閉じ込められた馬車から出る勇気がなかった。響き渡る剣の音、銃の音に怯え、身体を丸くしている。習った武芸は、性格のせいで何一つ役立っていない。
「……うう」
このままではいけない思いと、消えそうな声で、助けを呼ぶ。
「だれ、か、だれか……」
……そして助けは来る。イーリスの耳に彼女を気遣う声が聞こえ安心する。イーリスは助けにきた少年の顔を見て唖然とした。
少女の瞳に涙が流れる。理性は違うと語りかけるも涙は止まらない。
「ご、ごめんなさい……。ごめんなさい」
「え、えと……」
少年は困惑している。当然だろう、目の前の少年を兄呼ばわりしたのだから。
「あ、兄に似てまして……」
か細い声で口にするイーリスに困った顔を浮かべたまま、少年は手を差し出した。
「と、とにかく、此処を出よう」
イーリスは頷く。
「よいしょっと」
「あぅ」
お姫様抱っこされ、この少年は以外と逞しいんだな。場違いな感想を抱きながら、恥かしさで頬を赤く染めたイーリスは俯いていた。
「ここなら大丈夫かな。馬車のカゲになるし……。見たトコロ、護衛の人たちの方が優勢だ」
「あ、あの、助けていただいて、ありがとうございます……」
「いや、俺は運んだだけだし。それより痛い所とかない?」
「だ、大丈夫です……」
「よかった」
少年は微笑む。その姿に思わずイーリスはドキリとし、落ち着かなくなる。
「俺は、他の馬車も見てくるか―――」
少年の言葉をかき消すように後方で、同じような爆発音が響いた。
「まさかっ。ブーフっ、トマスっ」
少年は立ち上がり、イーリスの元から走り出そうとした。イーリスは無意識にその外套を掴む。
「い、いかないで、」
不安と恐怖から思わず口から本音があふれた。イーリスを助けに来た勇気ある少年だ。きっと、友達もたくさんいるのだろう、と思いながらも感情は止まらない。
「えっと」
振り返り困った顔を浮かべる少年にイーリスは、手を離した。
「ご、ごめんなさい……わたし、わたし」
「…………」
少年は、イーリスに目線を合わせるようにしゃがみ、付けていた腕輪を外し、イーリスに手渡す。
「これは……?」
「この腕輪は持ち主をどんな悪意からも守ってくる。大丈夫、ちょっと確認するだけだから」
「あ……」
少年はそう言い残すと、走り去ってしまった。一人残されたイーリスは、腕輪を抱きしめ俯いた。まだ、剣の音も銃の音も止むことはない。
「…………うう」
イーリスには、数秒が数時間にも感じる長い長い時間であった。少しでも存在感をなくすように縮こまっている。
「———————」
「——————」
声が聞こえた。イーリスは少年が戻ってきてくれたと思い、顔を上げる。
「ち。これ以上の消耗は無理だ。ん? こんなトコロにガキがいるぞ」
「ガキってことは新しい加護持ちか。加護持ちは一人でも多く殺さないとなぁ」
「そろそろ引かないないとヤベーんだぞ」
「は、ガキ一人。殺すくらい一瞬だ」
ボロボロの恰好をした男が二人。片方は剣を持ち、もう片方はマスケット銃を持っている。マスケット銃を男が構え―――。
———腕輪が発動した。
「!?」
「なにっ?!」
「はあっ!?」
イーリスを包むように虹色の膜が展開する。銃弾は弾かれた。男たちはその様子に目を丸くし呟く。
「……嘘だろ。姫巫女様の言ってた防具じゃないのか……」
「そ、それじゃあ……こいつが「遣わされた者」……? 話は本当だったのか……」
男たちは、虹色の膜に触れようするも、その手は弾かれ、一切近づけない。
「……逃げるぞ。なんとしも姫巫女様に報告するんだ」
「あ、ああ」
男たちが去っていく。その後すぐに、剣の音も銃の音もしなくなり……イーリスが肩の力を抜いた時、腕輪は砕けた。
「ああっ!? 腕輪がっ」
イーリスは腕輪の破片を必死に拾っていた。
「ど、どうしよう……。腕輪。壊れちゃったよぉ……」
俺は、その辺りに転がっていた馬車の部品らしき鉄の棒を手に取り走った。
後方でした爆発音は、貴族たちの馬車の方でした音と同じだ。
「やっぱりっ!」
俺たちが歩いてた後方にも襲撃があった。数は貴族側に比べれば少ないものの、剣を持つ男達が少年少女たちを襲っている。引率の神官たちでギリギリ守られているようだ。
マスケット銃を持つ男たちがいない。銃を用意するのは、無理だったのだろうか。
「ひいいい」
「か、かぁちゃん……」
逃げ遅れたのか、ブーフとトマスが腰を抜かしている所に男が、剣を振りかざそうとしていた。
俺は、手に持つ鉄の棒を男に投げつける。
「っぐっ。なんだっ!? テメェかっ! クソガキっ!」
男に気を引けたことを理解した俺は、外套を脱ぐ。武器など持っていない。だが、この身体は————。
「————メイスよりもよく動く」
走る。俺はまだ十代半ばだ。身体は平均くらい。そのため、背の高い男が剣を振り上げてから当てるには、ほんの少しだけ間ができる。
「は、ぁあああ」
男はどうやら剣の技術がなかったようで、振りかぶる時も大振りで足を浮かせていた。その足に外套を滑り込ませ、引っ張る。重心が狂った男は倒れた。
「な、バルーンっ!?」
倒れた男の名前を叫び、別の男が、俺のトコロに剣を構え、やってくる。倒れた男は、気絶している様子。男の剣を拾うと、俺は別の男と対峙する。
「テメェ……。何者だ」
「ただの羊飼いだよ」
「そんなに動ける羊飼いがいるかっ!」
男は中段に剣を構え、斬りかかってきた。この男は、型あるぐらいは、剣術の心得があるらしい。俺は、気を引き締める。脳裏によぎるのは、パールの夢の中での日々。
『自分より格上の相手と戦うのは如何したらいいか?』
『うん』
『吾輩なら逃げるが……。どうしても戦わないといけない状態なら、ふむ。隙を作る。方法は何でもよい。物でも、場所でも、他人でもな』
ガーネット・カット・ポラリス侯爵は、「要は、勝てばなんでもいいのだよ。生きるためにすべてを使え。吾輩たちは武芸者ではないのだからな」と笑っていた。
金属のぶつかる音が響く、腕に重い負荷がかかるが俺は、声を張り上げた。
「此処にいる加護を持つ者に問うっ!! 君らは、このまま理由もわからず、殺されていいのかっ!!」
俺と対峙した男は、急な俺の大声に困惑してている。おそらく警戒しているのだろう。
「君らは加護を受けたっ!! それは女神様に認められた証だろうっ!! こんなトコロで女神様を裏切るのかっ!!」
集まって震えていた少年少女たちの目に闘志が灯る。『女神様、認めれた証、裏切る』あたりの発言がきいたようだ。
「う、うぁぁぁぁぁ」
「ぬおおおおお」
「ぐうう」
少年少女たちが神官に交じって反撃が開始された。男達は、あっと言う間に制圧されていく。
「……やりやがったな。ガキ」
「さっさと帰ってくれないか」
「はっ! 姫巫女様に忠誠を誓っている身なんでね。こっちも用があるんだよ」
……姫巫女様? 用? 俺の疑問を他所に男と睨み合っていると、遠くの方で爆発音が聞こえた。少し音が違う気がする。
「……また襲撃…?」
「…………見つかった、だと……?」
男は、ボソリと呟く。
「ガキ。話は変わった。さっさと帰ってやるよっ!」
「……爆発音は、退避命令だったのか……?」
男が去ろうとするので俺は呼び止める。
「忘れ物だよ」
俺は倒れている男を指さした。
「ち、くえねぇクソガキがっ。覚えてやがれっ!」
気絶した男を背負って去っていく。危険がなくなったと思った俺は、その場に座り込んだ。




