第三十一話 花束を捧ぐ(2)
「内側」と「外側」が分断された。トリア・リーフたちは、外側の様子は知ることはできない。
地母神がいた神殿にトリア・リーフは戻る。内側に残された人間たちは、化け物と戦い、赤い霧を纏った存在——魔人と、交流していく。
「暇ですわ~」
数百年。人間と魔人たちは交じり合い、迷宮のことを知り文化が変化していく中。トリア・リーフたち、神族たちは忘れ去られいった。
荒れ果てた神殿は、時間の経過で崩れている。
「暇ですよ~」
グルグルと地面で寝転がりながら回転する。美と豊穣を司る女神になったのはいいがする事がない。
しかも、名もなきニンフの一人。信仰が力になる存在だが、その信仰もなくなりつつあるため、少し女神力が落ちてきている。
「暇ですの~」
あまりに暇すぎて、自分と同じ姿をした、小さい妖精を造ったりした。それが、妖精の森の由来であるが……トリア・リーフは、すぐ飽きて妖精の存在をなかったことにする。
何十もの、歳月が流れたある日。ある者たちが訪れた。
「あら珍しいですわ。こんな端っこに何の用でしょうか?」
トリア・リーフは、森の入ってきた十数人の集団を眺めていた。無用な混乱を避けるため、姿を現すことはない。
「まあ、神殿を立ててくださいますの?」
風にのって聞こえてくる会話には、ポラリスと言う若い青年のリーダーが、神族にお祈りをするとのこと。
「てっきり、忘れられているとばかり思っていましたが、人間の中にも、珍しい方がいらっしゃるものですわね~。…………よし、ですわっ。ここは一つ、神族らしい事をしましょう」
ポラリスたちが、小さな神殿を立て、そこに祈っている時。大げさに後光を纏い、光輝きながら、上空から降臨してみるトリア・リーフ。
「————!」
「————!」
「!???」
「——貴方たちの願いは、無事、私くしに届きましたよ」
それっぽい事を言っているが、青年たちの願いの内容なんて知らない。地母神や、先に生まれたニンフ、姉たちの真似をしているだけである。
「さ——」
『!!!!』
青年たちはトリア・リーフの声を遮り、雄たけびを上げる。そして、リーダーらしき男性、ポラリスはトリア・リーフに頭を下げ、彼らは妖精の森を後にした。
「…………もう、せっかちさんですわね」
彼らは、二度と妖精の森を訪れることはなかった。
幾星霜の時が流れ、赤い靄が大地に完全に同化し、目に見えるカタチではなくなった頃。妖精の森の木に手紙がくくりつけてあった。どうやら行商人が依頼を受けた様子。
トリア・リーフは、その手紙が戦いの神を司るニンフであると知って、手紙を読んでみる。
「え……。人間と交じりあったって、本気ですの? しかも協力者ができた?」
思わぬ知らせに驚愕する。
「す、すでに、半神半人の子がいる……?」
森に引きこもっている間に、女神的世間の流れを感じてしまうトリア・リーフ。
「わ、私くし……決めましたわ。外に出ますっ!」
外に出たトリア・リーフは、ポラリス王国へと旅をして、王族の客人として迎え入れられる。
そして……。
「ああ……。運命を司る方には縁はないですが、なかなか皮肉な展開ですわ」
アイリス王妃の暗殺後。心を閉ざしたパールの教師役を受けたトリア・リーフは、パールの姉のような時間を過ごしていた。
「もともと、魔力適正は高い子でしたが……」
人間は適応する生物だ。だから、この世界の人間が魔人と交じり変わっていくのは仕方ないとトリア・リーフは思っていた。
「…………ですけど」
地母神を飲み込んだ赤い霧だけは、気持ちが納得しない。ましてやそれを使う存在など。
赤い靄を纏う、今のパールは侵略に来た魔人とまったく同じであり、世界にとって敵である。同化した今の人類とは違う。その要因を造ったのは、一人の少年。
「私くしは……」
怪物になりつつある自身のあり方が、見る事のできなかった世界を映す。メイスという入れ物の中にある、継ぎ接ぎされた魂の姿。
「ううう、あれは、ダメですわ……」
怪物ですら嫌悪する魂のあり方。チラリと見るだけでも吐き気がするほどの醜悪な歪。だが、それを守る魔人。
「………………」
完全に怪物になれば、理性はなくなり、すべてが綺麗に片付くかもしれない。魔人には容赦は不要。ましてや、あんな歪な存在など……。
「うふふふふ。私くし……決めたんですの。今ここで、貴方たちを倒しますわ。それがきっと必要なことですものねぇ」
トリア・リーフの天秤は怪物へと傾いていた。




