第二十八話 女神は怪物に至る
「トリアさんに……クレイ?」
トリアさんは、まるで何処かの避暑地で優雅に過ごす貴婦人のようだ。ズルズルと引きづられている鎧姿のクレイとの姿に違和感しかない。
「うふふ。クレイモア様は、倒れておいでだったので連れて来たんですわ」
クレイ……一体何があったんだ。クレイの着ている鎧は、砂漠地帯を行進していたナーシセス伯爵のものだ。
「………ふむ」
レイナの方を見ると難しい顔をしていた。
「トリアっ! 私たちを向かいに来てくれたのっ!」
「そうですわよ。それより……うふふふ。なんだかとてもいい雰囲気ですわ。私くしのいない間に素敵なことが起こったのかしら?」
「す、素敵なことっなんて。そんな……」
パールは顔を真っ赤にして俯いてしまう。…………パールってよっぽど、友達いなかったんだな……。
「あらあら。ふふふ」
なぜだろう。トリアさんを見ていると寒気がするのは……。俺は気をさらすためか、クレイに駆け寄る。
「大丈夫か。クレイ?」
「…………」
「私くしが拾った時には、気を失っておられまして……、とりあえず、妖精の森へ行きましょう。このような砂地では落ち着きませんもの」
俺がクレイを背負って行くことにした。
トリアさんの案内で妖精の森に到着した。妖精の森はまるで密林地帯、ジャングルだ。
「………これだけ広いと、近衛騎士やナーシセス伯爵の騎士たちと合流するのも大変だな……」
「私も直接来るのは、初めてだけど……こんなに草木が生い茂っているとは思わなかったわ」
俺とパールは、自分たちより背の高い草に困惑しながらあるいている。先頭を歩くトリアさんは、まるでピクニックにでも来ているような軽快さだ。
「レイナ、さっきから黙ってどうしたんだ?」
「……マスターよ。ここは、まったく魔力がないぞ」
「魔力が……?」
「うふふ。当然ですわ。ここは私くしの神域ですもの」
「……ぬ…、しかし」
重々しく話すレイナとは対照的に、トリアさんはニコニコと軽い。
「私くしたちが、四人で捜索した迷宮。あの場所で、私くしはパール様の持つ魔力。その魔力を引き離した、純粋な原初の力を手に入れましたわ」
まるで歌うように、俺を見て語りかけるトリアさん。
「原初の力をたくさん手に入れた私くしは、名もなきただの下級女神から、かなりすごくなったんですのよ?」
魔性を帯びたパールの笑みに負けないほど、蠱惑的な笑みを浮かべるトリアさん。
「……トリアさんは、美と豊穣の女神、三枚の葉って言ってなかったけ……?」
「ふふふ、覚えていてくださったんですね。確かに私くしは、美と豊穣の女神ですわ。三枚の葉は、ただ単に私くし自身が人間界で過ごすのにつけたものですの。ちょうど、三柱目に生まれた植物の女神ですので」
だから、三枚の葉なのか……。
「本当の……名のある神様たちは、すでにおられませんので。私くしに席がまわってきているにすぎないのです」
名のある神たちがいない……?
「それって……、あの鏡の壁の……?」
「そうですわ、パール様。迷宮とともに表れた魔力。それを封じ込めるために、名のある神々は、己の存在をすべて使い、外と内を分断した。ですわよね。魔道具さん」
トリアさんは、変わらず笑顔のまま。森の温度が下がった気がした。
「…………そうじゃな」
レイナの歯切れが悪い。いつもの軽快なレイナが大人しいのが若干気になるが、それを聞く前にトリアさんが声をあげる。
「ここですわ。」
密林を抜けた先。背の高い木々がなくなり、一面、花畑の場所に出た。そして、その花畑には小さな神殿が、存在した。
「きれい……」
「ぬ……」
花畑には、彩どりの花が咲き、そのすべてが季節感を無視したような、たくさんの種類が無造作に生えている。トリアさんは、その花畑に足を踏み入れ、神殿の傍まで近づいた。
神殿は、しゃがんだトリアさんくらいの、高さしかない。円柱が数本並び、四角い屋根を支えている。白亜の小さな神殿のようだ。
「……迷宮ができた後にできた神殿は、ここだけですよ」
トリアさんの声色は、どこか寂しそうだ。
「近衛騎士たちは……?」
周りを見渡し俺たち以外見当たらない。
「………ん。ここは……」
「クレイ?」
どうやら、クレイが目を覚ましたようだ。俺はクレイを下ろす。
「大丈夫か?一体何があっ——」
「っ!」
クレイが息を呑むのが伝わってきた、目線は完全にトリアさんを向いている。
「クレイモアくん?」
「う、な、あああ、あの、あの、女神は、違う、違う」
「ど、どうしたんだ。クレイっ?」
「錯乱しとるようじゃの」
クレイは、座ったまま後退りする。それでも視線はトリアさんのまま。顔は完全に恐怖に引きつっていた。
「…………ごめんなさい、クレイモア様。私くし……加減ができなくなってしまいましたの」
悲しそうに声色で、嬉しそうな笑顔で、トリアさんは呟く。そして、亜熱帯地域だったはずの周辺の温度が急激に下がるり、花々や木々が、軟体動物を思わせるように動き始める。
「な、なに……?」
「あの女神、座る椅子を間違えたようじゃな」
座る椅子?
「うふふふふふふふ。だって仕方ないじゃないですの。とーっても、とーっても急だったんですわよ? 近衛騎士のみなさんったら、「力を見せる」とか言って、私くしに襲い掛かってくるんですもの」
「え、近衛騎士が……?」
パールは、トリアさんの言葉に困惑する。
「ど、どうして。近衛騎士は、王にもっとも忠誠があって……」
「人間の心など、私くしが知るはずないじゃないですの。しかも大人しく過ごしていた所に、また新しい人たちが来ますし」
新しい人……ナーシセス伯爵の兵隊か、そういえば夢の世界で、クレイの母親がナーシセス商家の関係者だった。クレイも招集されたのか……?
「しかも、その中にクレイモア様がいるんですのよ。私くし、それはもう、困って困って。」
トリアさんは、楽しそうに語る。ウネウネと動きまわる木々は、すでに俺たちを包囲していた。
「だ・か・ら。こうサクッと」
クレイに向かい、木の根が、まるで投擲された剣のように向かう。
「クレイっ!」
だが、そんな木の根に、葉っぱが数十枚突き刺さり、木の根は地面に落ちた。
「うう、うう、私くしは、違います。私くしは、女神。女神なんですの……」
トリアさんは、顔を手で覆い座り込んだ。トリアさんの周辺から、木の根がゆっくりと現れる。美しかった花々は、いつのまにか、食虫植物のように、牙をもち、ガチガチを音を立てていた。
「…………うふふふふふ。皆さん、私くしと遊びたいんですわよね。いいですわぁ。遊びましょうぉ」
顔を上げたトリアさんは、今まで見てきた中でもっとも、妖艶に笑った。




