第二十二話 真珠を繋ぐように(4)
今日も雪は激しく降っている。トパーズ王子はメイドたちに人気があるらしく、見るたび見るたび違うメイドを連れて歩いてるのを見かけた。
そして、何故か俺は今、メイド服を着てパール姫様にお茶を淹れている。アイリス王妃も傍にいる。アイリス王妃にメイド服の理由を聞くと「パールの個人的な使用人はメイスだけ」だからそうである。よくわからない。
そんなパール姫様は今、お茶会礼儀作法勉強中である。
「こら、パール。そんなにお茶菓子を食べない」
「うー、うー」
パール姫様は涙目である。少し動くたびに注意を受けているのでツライのだろう。
「パール……もう嫌」
「パールじゃなくて、私よ。わ・た・し」
涙目でも容赦ない指摘。理由はダイヤ王子の婚約者とお茶会をする事になったためだ。急に決まったらしく、急いで礼儀を教えている。
「メイス。貴方もただ控えているだけじゃ駄目よ。常に配膳に気を配らないと」
「は、はい」
俺までついでに鍛えられていた。
「メイス……いっしょにがんばろうね」
指摘を受けているのが自分だけじゃない事がわかるとパール姫様は、俺を励ましてくれた。
お茶会礼儀作法勉強がよっぽど疲れたのか、パール姫様は自室に戻るなり、ボーとしていた。
「パール姫様……大丈夫ですか?」
「ぱー、わたしは、だいじょうぶ、よ。でもつかれた、わ」
「何か……軽く、いえ自由に食べるものを用意しましょうか?」
「うん、お願い」
パール姫様の部屋を出て、俺は調理室に向かう。その途中で話声が聞こえた。
「ダイヤ。お前には良い話だと思うんだけどな」
「……「力の迷宮」の探索者だっけ?」
「ああ、しかもナーシセス商家の後ろ盾がある優秀な探索者だよ。きっとダイヤの強くなりたい願望を叶えてくれる」
「…………」
「どうしたんだい?何も躊躇うことがないじゃないか?」
「俺様は……今を捨てたくないんだ」
「……母上の仇を討つんじゃなかったのかい?」
「そ、それは……」
……これは俺が聞いていい話じゃないような気がする。しかし、気になって足が動かない。
「…………そうか。残念だよ、雰囲気が変わったと思ったけど、本当に変わったようだ。パール……いや、あのメイスと言う使用人のせいかな?」
「兄貴。メイスは関係ない。俺様が変わったのは俺様自身の選択だ」
「驚いたな。そこまで言い切るとは……いや、成長したのか、だったら——」
声が小声になっていき、聞こえなくなったので俺は、調理室に向かうことにした。
調理室を仕切っているコックに、パール姫様の事を伝えるとすぐに軽食を用意してくれた。俺はそれを持ってパール姫様のいる部屋に向かう。
「やあ、パールの使用人くん」
後ろから声をかけられたので振り返るとメイドをたくさん連れたトパーズ王子の姿があった。メイドたちの瞳は、皆はハートマークが浮かんでいるようだ。
「お、私のような者に何か御用でしょうか?」
「それは、パールのかな?……それより、ボクと遊ばないかい?」
「おしゃっている意味がわからないのですが……」
「ふーん」
そう言いながら、俺のことをジロジロ見てくる。
「驚いたね。さすがパールが選んだ使用人。と言った所かな?」
「?」
「先っからずっと、「惑いの迷宮」で採れた誘惑の香を纏っているのに、君は平然としている」
……………………ゆうわ、え?なに?
「……魔道具を宮殿で使っていいのですか?」
「ははは、ボクは王子だよ。ルールはボクが決めるのさ」
さも当然のように語る王子。俺は少し離れた。
「それにしても、メイド服がそんなに似合うなんて、すごいね」
俺はまだメイド服を着ていた。あと離れたのに近づくな。
「パールだけでなく、ダイヤまで変えてしまうほどの人間だ。どれほどの力を持つ者かと思ったけど……うーん。ボクの見込み違いだったようだね」
「お、私はただの平凡な使用人ですよ」
「そうだね~。ボクの部下にでもと思ったけど、やめておくよ。それじゃあね」
ゾロゾロとメイドを引き連れて去っていった。宮殿の人は、派閥を作るので忙しいようだ。
「遅いっ!」
パール姫様の部屋に軽食を持って行ったら、怒られた。扉を開けたら、元気に仁王立ちしていらっしゃる。
「すいません……トパーズ王子につかまりまして」
「トパーズお兄様に?」
「はい。部下が、どうとか……」
「うーっ!」
急にドレスの裾を掴んで顔を赤くするパール姫様。
「メイスは、パールのっ! 誰にもあげないんだからっ!」
驚きの独占欲を発揮するお姫様。今にも地面に転げて、両手両足を振り回しそうだ。
「こ、声をかけられただけですよ。すぐに興味をなくされたようですし……」
「本当っ!?」
満面の笑みである。
「はい。ですので安心してください」
満面の笑みで返す。
「……う~。なんだか、パールのこと子供扱いしてる」
一応、同じ子供同士だ、何を言っているんだ。
「……決めた。パールの髪を結うの、これからメイスにやってもらう」
「はい?」
いやいや、お姫様の重要な身だしなみの一つである、髪の毛を俺のような素人にさせるなんて、何を考えているんだ。
「駄目ですよ。外見は、パール姫様の対外的な地位に関係してきます。とても——」
「…………ずっと、思ってたけど。メイスはパールを見てないよね。えとね、いつも、どこ他人事みたい」
「え?」
パール姫様を見てない?いや、パールさんなら見ているが……。
「うん、やっぱり……。最初はお母様を見ているんだと思ってた。……でも、違う。……………ごめんなさい、メイス。変なこと言って。ちょっと外に出てくる」
「あ、え、と」
パール姫様は俯いたまま部屋を出ていった。
ど、どうしたら……。俺がおろおろしていると、声がかけられる。
「おいおい、喧嘩か? 扉があけっぱだぞ」
「ダイヤ王子」
「よくわからないが、さっさと追いかけた方がいいぞ。後になるほど面倒になるんだよ」
「け、経験談ですか……」
「おう。ほら行ってこい」
十代の少年に諭されて俺はパール姫様の後を追った。




