第二十話 真珠を繋ぐように(2)
パール姫様に連れられて、作業場のような部屋に訪れた。ここは、幼いパール姫様が刺繍を学ぶ場所のようで、部屋の中にはたくさんの布や糸が丁寧においてある。
「よく来たわね。メイス」
俺の存在に気付いた女性が傍までやってくる。パール姫様の母親で、第四王妃である。アイリス・ポラリス。パールさんにそっくりの女性だ。ちなみにパール姫様が第一子である。
「これは王妃様。お、私に何か御用ですか?」
「ふふ、落ち着きのないパールに比べて貴方は、しっかりしているわね。実はね、パールに刺繍を教えようと思うのだけど……」
「パール。やりたくない。身体を動かす方がいい」
パール姫様はそっぽを向いた。パール姫様の様子にため息をついたアイリス王妃は俺に小声で話しかける。
「貴方も同じように私から刺繍を習ってほしいのよ。貴方がいればパールも大人しくすると思うからね、男の子だから嫌かもしれないけど……」
「いえ、大丈夫です。まかせてください」
「まあ、ほんと?よかったわ。ほら、パール。メイスが刺繍を学ぶと言っているわ。貴女はどうするのかしら」
「うー」
パール姫様は数秒ほど唸っていたが、渋々頷く。俺の予定に訓練以外の項目が追加されたのだった。
俺の日々は、基本的にパール姫様のおもりである。俺が一人で行動できる時は、パール姫様が勉強をしている時だけで、それ以外は、パール姫様の後ろをついて歩く。だが例外がたまにあった。
「よお。メイス、ちょっと面貸せよ」
「うー。ダイヤお兄様、メイスは私の従者なのですっ」
「わーかってるって。どうしても気になることがあるんだ。ちょっとだけ貸してくれ」
「……わかりました」
と、俺は何故か王位継承権八位のダイヤ王子によく呼びつけられた。
行先は香水をメインに扱う商店のようでナーシセス商店の一つだ。貴族の御用達らしく、出入り口は装飾されとても綺麗である。
ナーシセス商店は、王都で一、二を争うほど巨大な商店で貴族の繋がりも濃い。
「…………あの、すごく近いのですが」
「……お前、俺様と変わんないよな?」
「何がでしょう」
「匂い」
どうやら、パール姫様に汗臭いと言われたのがよっぽどショックだったらしい。ありえないほどの至近距離である。
「うーん?わっかんねーな」
「でしたら、店員の方にお勧めを聞いてみてはどうですか?」
「そうっすかな。そこの人~」
ダイヤ王子は適当に目の付いた人に声をかけた、何を言っているのかわからないが、俺を指ささないでほしい。
「このお嬢さんみたいな香りですか……」
俺の傍まで店員の人がやってくる。その顔は困り顔だ。ダイヤ王子はそのまま思っていることを口にしたようである、ちなみに俺はお嬢さんではない。
「そ、コイツっぽい。いい感じのやつがほしいんだよ」
「ん~。ちょっと失礼しますね」
店員さんが至近距離に近づいてくる。俺は微動だにしない、気になることがあったからだ。この人、クレイに似てないか?
「…………そうですね。それでしたら、こちらの——」
「へえ、これか~」
ダイヤ王子は、店員さんと棚にある試供品を見に行った様子だ。
「…………」
一人残された俺は、手に空いてる様子の別の店員さんに声をかけた。
「どうしたましたか、お嬢さん」
俺はお嬢さんではない。ではなく。
「すいません。あの女性……、お、私くらいの子供がいらしゃいませんか?」
「お嬢さんくらいの?そうねぇ、聞いたことはあるけど……、お嬢さんは黙ってられる?」
「もちろんです」
すると店員さんが小声で俺に教えてくる。この人はずいぶんとお喋りな人のようだ。
「なんと、ナーシセス商店の偉いさんの愛人らしいわよぉ。し、か、も、お子さんができたらしいんだけど、秘密の恋人らしくて、そのお子さんはなかったことにされたみたいなのよ~。今は、えーと、確か……イクリプス孤児院に預けられたって話。」
………子供する話じゃないな。とりあえず頷いていると、店員さんは興が乗っているのか、さらに言葉を続ける。
「そのお子さんの名前が、……くれい、なんだったかしら……?
とりあえず、それで秘密の愛——」
「おーい、メイス。行くぞ」
呼ばれたので、俺はお喋りな店員さんに頭を下げダイヤ王子と共に商店を出たのであった。
…………うーん、世間って広いようで狭いんだなぁ。
後日。
「パール。どうだ、俺様は」
「?」
香水はまったく通じなかったらしい。




