第十九話 真珠を繋ぐように(1)
事前設定が記憶に足されていく感じがする。不思議な事に違和感やおかしな感じはしない。まるで本を読んでいるようだ。…………俺はメイス・イクリプス。
イクリプス孤児院にいたトコロを、パール姫の訪問で何故か気に入られ、お付きの執事になった五歳である。そして、これはメイス・イクリプスが辿る可能性のあったイフの世界。パール姫とは元々、縁があったのだ。
煌びやかに整えられた部屋。部屋と言うには広すぎる、その子供部屋はパール姫の寝室。天蓋つきのベッドは大人が数人いても寝ていられるであろう大きさがある。花瓶の花は常に瑞々しく、埃一つ落ちていてない。
そんな部屋に俺がベッドに向かって立っていた。執事に服は黒い燕尾のようで、着るより着られている。と言うかメイスの容姿だと、メイド服の方が似合いそうなのが俺を一番困惑させる要因である。
「パール姫様。起きてください。朝ですよ」
これでいいのだろうか。俺の人格設定は、俺のままなので、この恰好と口調に違和感しかない。
「…………私は……」
「パール姫様?」
……夢と現実が混線してるようだ。凛とした表情の幼いパールさん。しかしそれも一瞬で、凛とした様子は霧散する。
「やだっ!今日は、とっても怖い夢を見たから起きたくないっ!」
普段のパールさんに慣れているせいで、幼いパールさ、姫様には違和感しかないぞ。
「え、えーと、どんな夢を見たんですか?話してみたら落ち着きますよ?」
「うう、私が女王になる夢。お父様がつらそうで、お母様がいなくて、お兄様たちが、怖くて、おじ様が変なこと言ってるの……」
ベッドから身体を半身だけ起こしたパール姫様は、ボソボソと話す。
「大丈夫です。なんでしたら、今すぐ起きてご自身でお確かめなられてはどうですか?」
「う~、そうやって上手いこと言って、パールを騙そうと丸わかりよっ!まだ寝るんだからねっ!」
のそのそとベッドから出てきたパール姫様は、フリルの多いドレスのようなパジャマをヒラヒラさせて、俺の前で仁王立ちする。
「もうすでに起きてますね。ほら、メイドさんを呼びますから着替えましょう」
「う~。う~。う~。」
「唸っても駄目です」
俺は部屋の扉の外で待機しているメイドさん達に声をかけて部屋を出ていく。なぜ俺がパール姫様のめざまし時計をしているかと言うと、俺でしか起きないらしい。
俺の知っているパールさんより、パール姫様はワガママお姫様のようだ。
宮仕えの者たちとすれ違う中、俺は中庭に出た。パール姫様に仕えてから、俺の日課は、パール姫様を起こす。その後、中庭に出て、王位継承権第八位の人と訓練を受けることらしい。
「よ。遅いじゃないか、メイス。今日もがっつり鍛えてもらおうぜ」
「はい。遅れて申し訳ありません」
玉座で騎士たちに捕らえられていた頃とは、まったく面影もない好青年のような振る舞いをする八位の人。名前は、ダイヤ・ポラリス。十代前半の少年だ。手には木の剣を持っている。
「ぬははは。吾輩が見てやるのだ、強く逞しい戦士にしてやろう」
ガーネット・カット・ポラリスが教師のようだ、とても若い。まだ侯爵になる前らしく、居候。王の食客らしい。
俺も木剣を渡され、素振りする。
ダイヤも素振りだ。
「な、なぁ、メイス」
「はい?」
「パールが俺様の事を何か言ってなかったか?」
「いいえ」
「……そうか」
すごくがっくり来ている様子。この八位。シスコンのようだ。
「こら。ダイヤ王子。いくら訓練がつまらないと言ってもおしゃべりはダメだぞ」
「は、はいっ」
うーん、素直。玉座での行動はホントになんだったんだ。夢の方がまともだ。
やがて、訓練も終わり、休憩しているとダイヤから話かけられた。
「水筒をよこせ」
「あ、はい」
とても傲慢な様子。
「いーよな~。どうしてパールにそんなに気に入られたんだ?」
「え、ええと、どうしてでしょう……」
「俺様たち、みーんな男ばっかなんだぜ。そこに小さく可愛い末妹なんて、気になって仕方ないって」
…………パールさん。元から傾国の才能あるじゃないのか?
「なんかこう強くなりてぇなぁ、兄貴たちみたいすげえ人になりたいんだよなぁ」
「なるほ——」
「あっ!、みつけたっ!」
パール姫様の声が響いた。トテトテと俺とダイヤ王子の傍にやってくる。
「お、パール——」
「お兄様、汗臭いっ。近づかないでっ!」
ダイヤ王子は石になった。
「パール姫様、まだ勉学のお時間かと思いますが」
「さっさと済ませてきたのっ。それより来てっ!お母様がお呼びよっ!」
お母様。そう言えば、パールさんの母親の話は聞いたことがないな。
「わかりました。その前に着替えてきます」
「大丈夫よ。メイスは花の香りがするもの」
……花の香り?
「……気に入られるのは匂いだったのか……?」
石になっていたダイヤ王子の呟きが聞こえた。




