第十七話 道筋
街でよく見かける一般的な衣装に着替えた俺たちは、馬車で王都を脱出した。特に止められることもなかった。街は平穏そのもので聞こえてくる噂話は、迷宮の破壊と迷宮の下層の発見、それに関わったパールさんの事ばかりである。
王都の外は平原が続いている。牛とか羊とかいてのどかだ。
「移動は馬車なんだなぁ」
路面電車みたいなのがあるから、車が存在するかと思ったけどないようだ。
馬の手綱を握っているのはパールさんで、俺はその隣に座っている、馬のことはまったくわからないためだ。レイナは、馬の引く荷台のような場所で眠っている。
王都を出るときのことだ。
「他の地域に行くのじゃなぁ。それなら妾は眠るとするかの。下手に起動していると他の施設を刺激しかねん」
眠りに入ったレイナは、呼びかけても肩を触ってもまったく反応しなくなった。息をしているのかも怪しい。
「パールさん。これから何処に向かうの?」
「妖精の森よ。たぶん……父上もおじ様も私を女王にするつもりね」
「女王に……、王はガーネット侯爵じゃ……」
「いいえ、父上もそうだけど、おじ様も、魔力汚染になっているわ、だから、二人ともあまり長くないって言われいるの」
「え、それじゃあ、王位継承権第一位の人が次の王じゃ……」
「そうね、本来ならね。……でも、お兄様たちは……」
ああ、あの柄の悪いお兄さんたちか……内乱する話だったし、自分たちの事しか考えなさそう。
「私がおじ様に嫁に出されるのも今ならわかるわ。父上は私を内乱から遠ざけるつもりだったのね」
「でも侯爵は……」
クーデターを起こした。これでは内乱がよりヒドイことになる。
「ええ、首謀者の兄たちを処理できても、兄たちを支持していた者たちに、より強力な争いを起こす理由ができるわ。不当な処理に対する仇討ちと言う……ね」
「そ、それじゃあ、なんで……」
「…………迷宮を傷つけた私がおじ様を討ち、玉座に座ればすべてが収まるのよ、いえ、争いを起こそうとしている人たちを抑えることができるの」
「そ、そんな無茶なっ、全部パールさんに押し付けるみたいじゃないかっ!?」
「私は王族よ。当たり前の事…………ふふ、でもありがとう、私の事を思ってくれて」
そう言ってパールさんは、微笑んだ。ただその笑顔は少し危うさ感じた。
「もし、私たちが、迷宮を傷つけずに、下層を発見していなかったどうなっていたかしらね」
と、ぼそりとパールさんが呟くのが耳に残った。……今の立場にパールさんを追いやったのは、俺のせいだ。俺は黙り込むしかなかった。
妖精の森は、王都を南下した数十日かかる場所にあるという。俺たちは、村や町で宿泊し南へ向かった。
その間、レイナは一度たりとも起きることはなく、馬車を離れるときはレイナを俺がおぶって移動した。実質二人旅の状態だが、何事もなく、地域の特産や文化などをパールさんに聞くだけの旅である。
「あれ?この道、ずいぶんと人が多いような……?」
あと数日で妖精の森に着くらしいが、その道が混雑していた。まるで何キロも渋滞している高速道路のようだ。
「おかしいわね。この辺りは何もないはずだけど……」
平原を越え、山道に入ろうとしている辺りであった。
「何か事故とか……?山だし、土砂崩れとか……?」
「今の時期は、そんな豪雨になる事はないと思うけど……あ、あの引き返してくる人に聞いて見ましょう」
ちょうど前の方から家族連れぽい、馬車がやってきた。
「どうしました?」
人の好さそうな青年にパールさんが尋ねる。
「この先で何かあったんですか?」
「ああ……そのことですか。急に関所が作られたんですよ。そこには、たくさんの騎士、兵士の人がいて、一切、領内に入ることを禁止しているんです。今までそんな事、一度もなかったのに……」
「そうでしたか、ありがとうございます」
パールさんはお礼を言ってニッコリ微笑むと、青年は顔を赤くして、去っていった。なるほど、これが魔性か。青年といっしょにいた奥さんがすごい顔をしていた、青年がんばれ。
「どうしましょう……。通れないなんて」
「パールさんが妖精の森に行くことを妨害しているのかな」
「さあ、どうかしら。…………偉い人には私の顔は知れているし……まともな道はここにしかないし……」
「光学迷彩で行くとか?」
「無理よ。私には仕組みが理解できなかったもの。あれはレイナさんがいて、できたのよ」
俺とパールさんは、うーんと考え込む。レイナは起きる気配はない。俺はふと思う。
「……まともじゃない道はあるの?」
「え、ええ、あるわ」
まともじゃない道。それは舗装それていない山道を歩くことだった。
馬車を預けるため近くの町まで戻った俺たちは、山歩きの恰好になり、持ちやすいナイフなど武器や食料を持って、山を目指した。俺は当然レイナを背負っている。無謀そうだが、レイナは何も背負ってないように軽かった。
山に入る。どうやらパールさんは山に対する心得があるらしく先頭を歩いてくれた。このお姫様は万能すぎる。
「そこ、大きい石があるから気をつけて」
「う、うん」
なんだか、この世界に来てから助けられてばかりだ、クレイには計画があったとしてもだ。
「…………」
「どうしたの?レイナさんを運ぶの変わろうかしら?」
「いや、それは大丈夫。そうじゃなくて、俺ってここに来てから助けられてばかりだなぁって」
「ふふ、そんな事気にしてたの?私だって貴方には助けられているわ。迷宮でもそうだけど、誰か見ている人がいるから、私は足を止めなくて済むもの」
そういったパールさんは、真っすぐ王都のある方向を見た。当然だろう、国を背負うにはまだ若い年齢だと思う。いくら教育を受けていたとしても……だ。
「俺じゃなくて、もう少し、張り合いのある相手ならよかったのにな」
「あら、そんな事はないわよ。貴方もクレイモアくんに負けず劣らず意識しているわよ?」
それってどう捉えたらいい言葉なんだ……?
「クスッ。ほっとけないって意味よ」
「な、なるほど……?」
意味がわからないが、とりあえず、レイナが眠っていてくれて助かった。今の会話は確実に茶化してきそうだし。
「…………——施設ナンバー03の領域に入りました——」
「?」
おぶっているレイナからとても人工的な声が聞こえた。寝てるんじゃなかったのだろうか。俺は足を止めレイナをおろす。
「——ナンバー03から同期の申請を確認。了承します」
眠っていたはずのレイナは、立ち上がった。口は動いているが表情がまったく動いていない。
「——有線での接続。もしくは情報を受けて取れる距離にまで近づく必要があります」
「ちょ、レイナっ?!」
「え、な、なに?!」
レイナは俺たちが歩いていた山道とまったく違う場所を歩き始める。パールさんの先頭で歩いていた、まともじゃない道のさらに道にすらなっていない場所。木々、草花が生い茂る空間を歩いていく。
「————ナンバー07は、ナンバー03の求める情報を開示できません。マザーへの申請を要請してください」
スーっとまるで草木がないように移動するレイナ。俺とパールさんはあとを追うだけで精一杯だ。
「エラー。マザーへの申請は拒否されました」
レイナの足が止まる。レイナの前には樹と樹の間、長く生えた草花に隠されたようになっていた扉があった。扉は一人が通れるほどの大きさだ。
「こ、これは、扉……?」
しかも、この扉は見た事がある。
「め、迷宮の入り口じゃないっ!?ど、どうしてこんな所にっ!?」
「——入場を申請。許可されました」
ゆっくりと扉が開いていき、レイナはその中に入っていく。俺はパールさんを見る。
「そうね。ほっとけないわ、レイナさんには迷宮から脱出させてもらえた恩もあるし……」
「……レイナ……。迷宮を刺激させないとか、言ってたじゃないか……」
俺もパールさんも扉の中へ入った。




