第十四話 レイナと自分でつけた
「名前……?」
「うむ」
元気よく頷く魔道具の少女に俺は困惑する。クレイの事やメイス・イクリプスの計画の事。そして、うやむやに成りつつある俺自身の事で気持ちが落ち着かない……。
「とっても重要なことじゃよ?そなたはマスター。妾はそなたの所有物。名前、いる」
「え、どういう理屈……?」
「ぬー。付けてくれぬのなら自分でつけるとするかのぉ、気の利かないマスターで妾はとっても悲しい」
およよよ、と顔を伏せて隠しながら泣いているような仕草だが、絶対泣いてないだろう。むしろ笑ってそう。
「むむむ———ぬー。よしっ!決めたぞ。妾はレイナじゃ。研究施設ナンバー07からじゃな」
「う、うん、レイナ」
「なんじゃあ、旦那様。妾に何かしてほしいことがあるのかぇ?おはようからおやすみまで、万能で最高にこなして見せるぞ」
「そ、それなら、俺の事とこの身体の本来の持ち主が何処にいるか、知りたいんだけど……」
「ぬ。うーむ。メイス・イクリプスじゃったか?残念ながら、妾が管轄している施設以外の出来事はわからないのじゃ。それと……」
眉を顰め難しい顔をして、少し考える素ぶりをした後、ため息をついた。
「仕方ないか……の。本人が望んだ事じゃし……。マスター。貴方の魂は、転——————————」
「転?どうしたんだ。急に口をパクパクさせて」
「—————ぬうう。変なロックがかかっておる……。妾との同期は拒否しておいて……どういうことじゃ、まったく」
「?」
「すまぬ。今の妾で話せぬようじゃ。他の事なら何でもしてやるぞ」
事情があるようだ。それと見た目らしからぬ、艶っぽい笑みは浮かべないでほしい。
「と、特にないけど……」
「面白くないやつじゃなぁ。まあ、良い。それより早く外に出ようぞ。妾は暇じゃ、ここは本当に暇なんじゃ、暇すぎて暇人を極めわめてしまいしょうじゃ」
「暇人って極まるものなのか……?」
目覚めた今、軍病院にいても仕方ない……か、でも何処に行こう、寮には帰づらいし……、どうしよう。
ポラリス王国の宮殿。どれも高価な調度品が並べられ、その配置にすら美的に意識された、細やかな気遣いの見られる回廊を歩くパールがいた。
顔は強張り、緊張している様子である。歩くたびにゆれる黒い髪は光の反射で淡く赤く光っている。その瞳と同様に淡い赤さを宿していた。
「…………」
やがて、宮殿の中でもっと装飾された扉に行きつく。扉に左右には近衛騎士が常駐し、呼び出しがなければパールでさえ、立ち入ることのできない、王の寝室であった。
「王より、話は伺っております。どうぞ」
「ええ」
近衛騎士はパールの言葉に頷き、扉を開けた。扉が開くとパールは躊躇なく扉の中に入る。
「父上——いえ。ポラリス王。パール・ポラリスが参上しました」
天蓋のついた十人くらい寝れそうなほど巨大なベッドに一人、王とは思えないほど身体の弱りきった初老の男性の姿があった。傍には医者らしき者もついている。
「……おおう。よく来たな、我が親愛なる娘よ。お主の活躍は儂にも届いておる、誰も傷つけることすらできなんだあの迷宮を破壊し、さらに下層を発見したとか……」
「い、いえ。それは……」
パールは確かに魔法を使って迷宮は壊したが、それを導いたのはメイスだ。ポラリス王の言葉にパールは言葉を詰まらせる。
「謙遜するでないわい。儂は感じておるんじゃよ、新たなる始まりの予感を……」
「……予感ですか?」
「……パール・ポラリスよ。この数百年、誰一人として成し遂げることのなかった迷宮破壊と新たな下層発見と言う偉業を行った者として。かの地、妖精の森の領主に任命する」
「え……」
パールは、礼儀を忘れ唖然とする。妖精の森とはトリアの出身地。そしてトリアは女神、つまり妖精の森の妖精は、名ばかりの土地で本当は———。
「どうした、パール・ポラリス」
「い、いえ、その任、謹んで拝命させて頂きます」
とりあえず、レイナを連れて街に出た。軍病院では、退院手続きのついでにクレイを探したが姿を見ることがなかった。
「おお~。これが人間の街かのぉ~。やっぱり実物で見るのは迫力が違うぞ~、飛行船も飛んどるの」
周りをキョロキョロしながた歩く姿は、田舎から出てきた少女である。
「ちょ、ちゃんと下を見ないとコケるって」
「う、うむ。そうじゃった。危ない危ない。それで何処に行くんじゃ?」
「……特に何も考えてないけど」
「ならば散歩じゃな、観光気分じゃ!」
観光か……。そういえばこの世界に来てから色々と慌てていて、ゆっくりしてなかったかもしれない。
レイナに引っ張れるようなカタチで俺は街を見て回った。
「ぬー、この服は妾には派手すぎるのぉ」^
「え、それどう見ても大人用のドレスじゃないか」
「妾の体形など自由自在じゃよ?くふふふ、マスター好みの魅惑のボデエになってやるぞ」
「いや、急に人か変化したら驚かれるし」
「たくさん食べ物が積んであるのぉ」
「市場なんだろうな、野菜とか果物は俺の知っているやつが多いな、…………レイナは食べたいものがあるのか?」
「ど、ど、どうしてわかったのじゃ?!ま、まさかマスターには妾の心を読む特技がっ……」
「自分の顔をよく見た方がいいと思う」
「ぬうううう。わかりやすく可愛い妾に敗北じゃあ……!」
「ん?これは……「アイリス第四王妃暗殺。犯人は魔道新聞社の社員の女かっ!?」ここは古い本とか扱っているのか」
「時代を感じるのぉ~。妾のような紙媒体を完全卒業した身としては、逆に新しく感じるのじゃ」
街の中を歩き回り、やがて巨大な庭園にたどり着いた、丁寧に整えれた木々や二階建ての住宅くらいの水柱が上がる噴水が見える。
俺たちは木製のベンチに腰掛ける。レイナの手にはきゅうりが握られていた、すでにかじった後もある。レイナは果物より野菜が好みらしい。
「どうじゃ、少しは気が晴れたかの?」
「……気を使ってくれてたのか……」
「当たり前じゃ、妾のマスターはそなただけ、マスターがツライと妾もツライぞ、妾にどーんと話すがよい」
「…………これからどうしたらいいのかなって、クレイとの距離もわからないし、この身体の持ち主も何処に行ったのか、自分の事もよくわからないし、」
「…………なら、すべてを捨てて妾とこの世界の外側に行くかのぉ?」
「外側?」
「妾の力なら、あの程度の壁など破壊できる。その外側で、いろんなチャンネーとウハウハタイムしまくりじゃ」
「…………壁を?」
「そ・れ・と・も、妾に本気で溺れてみるかぇ?くふふふ、すべてを忘れてしまえるぞ?」
上目遣いで俺の瞳をのぞいてくるレイナ。あれ?俺/オレはこの顔に見覚えが……っ。
「……うう、気持ちが悪い……」
「な、なんじゃあ、妾の会心の笑みを気持ち悪いとは酷いやつじゃ」
「、ち、ちがう。何かと思い出そう、と」
「ぬ、落ち着け、思い出すな。マスターは今の妾を見るんじゃ、ほら、レイナじゃよ。可愛くて愛くるしい素敵なレイナぞ」
「あ、ああ、……うん。落ち着いてきた」
一体何なんだろう……。いつも何かを思い出そうとすると二重に見える。
「おそらく、まだ魂が身体になじんでいないのじゃろう。大丈夫じゃ、月日が経てば安定してくる」
「それならいいけど……」
「なぁに、過去に拘らず、今を見れば良いのじゃ」
俺とレイナに影がさす。正面に誰か立っていた。身なりの派手な五十代くらいの男性のようだ。
「そこのぉ、お嬢さん達っ!どうしたんだい!」
声が大きい。身体も大きい。顔も大きい。髭がくるりと巻いている。
「お嬢さん、達?」
「マスターのあまりのロリロリしさに勘違いさせているようじゃの」
「おっと、失礼っ!少年であったかっ!吾輩の眼でも見抜けんとは、とんだボーイだぁ!ぬははははは」
な、何しに来たんだ、この暑苦しいおっさんは……。
「なあに、ボーイの元気がなさそうだから思わず声をかけてしまったのだよっ!ただのお節介な中年さぁ!」
「は、はあ……」
「…………やばいぞ、マスター」
レイナが暑苦しい男性をじっくり見て驚愕している。
「ど、どうしたんだ?」
「お、女好きの気配がするぞ……、ま、マスターがロックオンされたかもしれぬ」
「な、」
……………………いや、何の話だよ。
「ぬはははっ!、そこのお嬢ちゃんは吾輩の事をよく見抜いているなぁ、ハーレム侯爵とは吾輩の事だっ!ちなみに吾輩はボーイではなく、お嬢ちゃんの方がよいぞ」
「妾は、身も心もマスターのものじゃ、他をあたれ」
「残念っ!フラれてしまったぞっ!はははははっ!さて、冗談はさておき——」
ハーレム侯爵の瞳に剣呑な光が宿る。
「——迷宮を破壊したメンバーと話しがしたいと思っていたんだよ」
「っ!?」
こ、これは迷宮の化け物から感じた圧。殺気なのかっ!?
俺はレイナを連れて逃げようとすると、レイナがそれを制するように俺の耳元で呟く。
「下手な動きはしない方がよいぞ、すでに囲まれておる」
「ははははっ!、お嬢ちゃんの方が優秀ではないか、さすがは迷宮でも希少とされている意志を持つ魔道具」
「ほう、妾の事も調べておるか。それで何用か?妾をマスターから引き離そうとするなら、この辺り一帯を焦土にするが?」
「それは怖い怖い。なぁに魔道新聞社が号外を出すほどだからな。偉業の立役者を見学しに来たのだよ」
魔道新聞……?ああ、そういえば迷宮に入る時に取材してきた名刺の魔道具の人だ。
「……俺はオマケみたいなものだけど」
「オマケでも同じチームにいたことが重要なんだよ、ボーイ。ふむ、それにしても吾輩が思っていたよりも純粋な少年だ。共に来たまえ、そして、己の今を認識した方がよい」
ハーレム侯爵から剣呑な雰囲気が消え、近所の親切なおじさん風になっている、俺はレイナをチラリと見る。
「……妾から言う事はないが……確かに少し知る必要があるかもしれぬ、まぁ、何かあっても妾にまかせるのだ」
「わかった。…………貴方の名前は?」
俺の視線がハーレム侯爵に向くと満足そうに頷き話す。
「吾輩は、ガーネット・カット・ポラリス。次期、王である」




