第三十四話 主神トリア対邪神トリア
「————————」
邪神は言葉ない。口元が動いているが声は発していなかった。
「なにを……っ」
トリアに突然、めまいが起こる。
「——————」
「そう……。これがトーラスの生まれなかった世界の、私くしが生きつく先ですか。とても悲しいようですわね……」
「—————」
邪神は語らない。ただそこに浮いているだけ。しかし邪神からは、黒く昏い昏い靄が溢れている。
「………レイナに色々と聞く前に貴女を消滅させていただきます」
稲妻のカタチをしていた槍は、黄金の槍に戻り、トリアは槍の矛先を邪神に向けた。
「——————」
「っう」
手を前にかかげる。トリアは、顔をしかめた。生きついた邪神は概念そのもの。それは魔王国なき後、人間に支配された魔人、妖精たちの失望と絶望の連鎖。
「はっっ!」
黄金の槍を左右に振り、昏い靄を払う。
「——————」
しかし、昏い闇は深く濃い。どれほど払おうとその概念は湧いてくる。
「……………」
トリアには黒い霧の中に蠢く感情が映った。
『苦しいよぉ……』
『ああ、どうして、人はそんなことができるんだ』
『助けてくれ、助けてくれっ。助け——』
それは、音であり、映像であり、感情であった。
「——————」
幾億の救いを求める手が伸びる。彼らは求めた、境遇に対する答えを。その苦しみを耐えた先にあるモノを。
「…………」
トリアは払う。払いながら邪神に近づいていく。
「———————」
邪神に答えを出す手段はない。因果に対する応報を与える手段もない。そもそも邪神は、十二柱の女神に敗北していた。
「……………」
スライムに喰われる事のなかった十二女神は、人間だけではなく、巨神すら使い邪神を追い詰めた。
「——————」
邪神トリアには、現世に干渉するだけの力はない。あるのは、怒りと復讐、あきらめと絶望に身を焦がす、魔王国の民の感情を受ける器。
—————邪神トリアは長い歳月をかけて、邪神として、人の持つ負の感情を押し付けられた、悪神として変質していた。
「———————」
—————もう彼女が笑うことはない。
「———————」
そもそも、邪神は自身の前に立つ存在が誰なのかも理解していない。
「———————」
邪神は、何もしな———眩い輝きが辺りを照らし、邪神に向けて手を伸ばされた。
「————貴女がレイナが再現した別の私くし。それでも、私くしの前にいる貴女は今、ここにいます」
邪神は、誰かに抱きしめられていた。涼やかな声が響く。
「…………悲しかったですわよね、辛かったですわよね、苦しかったですわよね。」
「—————————————————」
邪神を抱きしめる力が籠り、邪神の身体は脱力する。
「————————わた、わたく、しは」
「ええ」
「——————————まもろう、とした、んです」
「ええ」
「———————————で、も、ダメだっ、た」
邪神の瞳に涙が溢れる。
「—————————————あな、たは、とても、まぶ、しい。あなた、のように、なり、たかった」
昏い昏い霧は、光にのまれ消えていく。それは邪神も例外ではなく……。
「……………。」
邪神は消えた。
「……………………なぜですの。なぜ、再現したんですのっ」
主神トリアは、移民船ボンドを睨んだ。その時、目も眩む光が辺りを包んだ。




