第三十話 ただの人
トーラスとクレイモアは、レイナの呼んだ飛行船によって魔王国へ帰還した。レイナもトーラスとクレイモアに付いて行く。
「がんばるぞー」
ヴァイス伯爵の邸宅の玄関前に、パール、トリア、イーリス、怪物がいる。黄金の鎧に身をつつんだイーリスは拳を握り意気込んでいた。
「……ん。あまり張り切るのはダメ」
「そうね。あまり頑張りすぎても空回りしたら意味ないものね」
普段通りの幼い少女のままの怪物とは違い、パールは煌びやかな宝石の散りばめられた黒いドレスを着ていた。手には影より黒い漆黒の二叉の槍。
「私くしが先行して攪乱しますわ。後は……頼みましたよ」
雷神の槍を持ち、真っ白い派手なドレスを纏うトリアは、空に浮かび、移民船リンクのある方へと向かった。
「親方。安くならないかい?」
「いやぁ、無理だね。ここれでも頑張った方だよ」
魔素結晶体の生える女神学園。学園周辺に存在する平民街で、商品を売る者と買う者が、日常的に繰り広げられる会話。レイナの姿をしていなければ、それは自然な営みだったであろう穏やかな世界。
「おや、曇ってきたねえ」
「こりゃあ、ひと雨く————」
太陽を完全に覆い隠すほどの黒い雷雲から地響きにも似た音と目もくらむ光が放たられた。
ここは、女神学園だった場所。たった数秒の瞬きの間に廃墟と化した。
「………」
雷雲より遥か上空。黄金の槍を持ったトリアは、無表情で地面を雷雲を身を下ろしていた。
「…………」
トリアとしてのカタチは保ったまま、その構成要素が変化していく。火花が散り、雷を帯びる。黄金の槍は、槍に見えるだけの雷そのもの。
——移民船が相手にするのは自然そのもの。
——今此処に、意志を持った災害が降臨する。
「何か考えごとか?」
「クレイ」
飛行船の甲板で俺がぼんやりと立っていると、手に綿あめを持ったクレイが歩いてきた。
「……なぜ、綿あめ?」
「今、魔王国で大流行らしいぜ。なんでも
軍部のお偉いさんの娘さんが大好きらしい」
それってクレイの娘さんのことでは……いや、魔王国も色んな存在がいるし、決めつけはよくないな。
「で、どうしたんだ?」
「ああ……」
俺が、パール達とは違う考えで戦いに参戦しようとしている、と言ったら何て言うんだろうか。
「俺は……」
「あ~。なるほどな」
俺の顔をじっと見て頷く。
「クレイ?」
「これでも、親になったんだぜ。昔よりかは察しが良くなるさ。—————戦うんだな」
「ああ」
俺は力強く頷く。
「覚悟が決まってるなら、オレからは応援くらいしかできないなぁ~」
「クレイなら、どうした?」
「オレか。……オレは前から家族が優先だ。移民船リンクの行動が、家族に害があるなら全力で戦う、それだけさ」
確かに、移民船ボンドで俺とクレイが戦った時もクレイは家族を優先した。
「オレとお前じゃ。視えてる世界も、持ってるものも違うしな。ちょうど良いんじゃないか? パール姫たちは役割、義務に支配されされそうになっちまってるしな」
「え?」
役割や義務?
「力を持った者の責任だったか? こればっかりは、トーラス。お前しかできない事だ」
「…………」
「彼女たちに抱きついて愛でも囁いたら目覚めるだろ?」
大真面目な顔をして口にするクレイには俺は、眉をひそめた。
「冗談なら——」
「冗談じゃない。……彼女たちは、余裕がない。当然だ、本来、何柱かで分ける役割を少ない面子で廻している。最初からそうだとして育てられた、生まれてきたなら大丈夫だろう。だがそうじゃない」
……そ、それは。
「———誰かに頼りたいのさ。お前さんならできるだろ?」
パール、トリア、イーリス、怪物の姿が浮かんだ。
「……ただの人の俺にできるかな?」
「ああ~。まぁ、なんだ」
クレイは言いづらそうに綿あめを食べた。
「オレが言った事は黙ってほしいんだけどさ……お姫様方は、その辺りのプライドが、とてもお高いご様子。巻き込みたくないとか、でも肩を預けたいとか思ってる、メンドイ事考えてるんだよ」
「うん?」
「なんていうか……。「ただの人」なんてありえると思うか?」




