第九話 その日、迷宮は目覚める
暗く深い奥の奥。人類が今だ辿り着けていない迷宮最深部。透明で緑色をした液体の入っている円柱状の入れ物が複数並ぶ空間があった。
その場所には何度も点滅を繰り返し、虹色の光が幾何学模様を写している四角く黒い箱がおいてあった。
黒い箱の表面は何度も何度も輝きは消えを繰り返す。
『——————実験体Sの入場を確認しました』
無機質な合成音が誰もいない部屋に響き渡る。音の発信元は黒い箱。箱の周辺には四角、丸と映像が映し出される。
『研究施設ナンバー07。スリープ状態からの復帰を申請します—————エラー、エラー』
点滅を繰り返す光は赤く染まる。
『————深刻なエラーを確認しました。マザーへの修正情報を申請———申請失敗しました』
『失敗しました———失敗しました———』
『マザーへの同期を申告します———不許可』
赤い点滅は、やがて円柱状の入れ物の中身にまで広がり、液体は赤く染まる。
『研究施設ナンバー07。復帰不可能と判断しました。これにより当施設は、緊急動作状態へと移行します、魔素晶化開始』
赤く染まった液体は、大きな結晶へと変化していく、水晶のようになった個体が、まだ変化を止めることはない。
やがてその円柱状の入れ物の中にかつて液体だったものは水晶になり、そして少女の姿へカタチを変えた。
『エラー。エラー。———魔素結晶体成功体1例。他の失敗例を破棄します』
バキッと少女が入っている円柱状の入れ物以外からガラスが割れるような音が響く。
「ぐるるるるるるっ」
入れ物が割れる、赤い液体が地面に零れ広がる中、入れ物から異形な生物が顔を出した。
身体は3メートルはある人間のように見えた。それが次々と姿を現す。顔がないものがいる。狼のような顔のものもいる。
身体の大きさ、人間体である以外、共通性がなかった。
異形の者たちは歩き出す。実験体Sを歓迎するために。
「はあぁぁぁぁぁあっ!」
クレイが大剣を振るうたびにゴブリンは、次々と消し飛んでいく。もはや戦いですらない。
「雷を纏え、———えええい!」
パールさんが呪文を唱えると、手に持つレイピアが放電し始める。そのままレイピアをゴブリンに突き出すと、ゴブリンは真っ黒に焦げて倒れた。
クレイ同様、戦いになっていない。その様子を見ているとリヤカーに座っているトリアさんが呟いた。
「楽ちんですわ~」
緊張感がまったくなかった。リヤカーには戦利品の魔石という赤い掌ぐらいの石や、ゴブリンだったもののパーツが乗ってる。
ゴブリンは倒されると霧のように消え、魔石と素材というカタチでパーツを落とすようだ。
「ふう。それにしてもまったく落ちないな、本」
「そうね、今で何匹倒したかしら?」
クレイとパールさんが話しながら戻ってくる。汗一つかかず、まるで学校の廊下を歩いているようだ。
「ひ、ふう、みー。いっぱいですわ~」
数えるのがめんどうになった様子のトリアさん。この妖精を名乗る女神、迷宮に来てから何もしていない。
「二人とも強いんだなぁ」
俺も渡された魔石やパーツをリヤカーに乗せるくらいしかしてない。
「ゴブリンは単純なの、それにこの迷宮はゴブリンしかでないわ」
「ゴブリンでだけのなのか……」
「士官学校に入学したての新人の子の演習に使われるくらいだもの、安全よ」
初心者用迷宮といったところなのかもしれない。
「ま、地下に他の階層が発見されいる迷宮は厳しいって噂だけどな」
「ここの迷宮は私たちがいる一階だけみたいよ、その代わりすごく広いの」
「縦に延ばさず横に伸びたのか」
ここまでに数十時間がっ経っただろうか。同じようなコンクリート製のような壁が続く中、適度の現れるゴブリン。適度にすれ違う探索者。俺が全身きっちりと防具をつけてきた意味があるのかと疑いたくなるほど平穏だ。
「駄目ですわよ。そんなに肩の力を抜いちゃ。たとえクレイモア様とパール様がお強くて貴方が暇でも、ここは迷宮、油断大敵ですわ」
トリアさんに注意されるがリヤカーに座って欠伸をしている女神には言われたくない。
「トリアの言う通りよ。私たちは今戦場にいるんだからね」
とヒラヒラとスカートが揺れるパールさんにも注意される。何故かパールさんだと納得してしまう。これが人徳なのか……。
「あまりメイスをいじってやるなよ、オレたちも最初のころは教官があっさり倒して、緊張感なかっただろう?」
「まあ、そうね。それだけ先人の方々が組み立てた攻略法があるおかげだし」
「それよりも~、疲れましたわ~。キャンプにしません?」
ここ数時間何もしてない女神の発言で捜索は中断することになった。
キャンプの準備を始めた。クレイが主導でやってくれるようだ、
俺は迷宮に来てからずっと、気になっていたものを触っている。
「……これ、コンクリートだよな……?でも何か違う気がする」
パールさんの雷撃はあちらこちらに飛び散る時があった、そのとき壁にあったが、壁は焦げるどころか、傷ひとつついていない、クレイの大剣が当たっても同様だった。ただ衝撃ははじかれる。ゲームならば破壊不可能オブジェクト扱いになりそうだ。
「なんだろう。ぞわぞわするのは……」
この壁に触れていると寒気とよく似た震えがくるのは意味がわからない。
俺/僕はこれをよく知って———。
「メイスくん。準備できたみたい……?どうしたの」
「あ。いや、なんでもない。」
気のせいだろう。何かを思い出そうとするたびに、今だに記憶にある光景が二重に重なって見えるのは。
俺たちは円になって座って缶詰を食べている。真ん中に火でもあればキャンプファイヤーだとテンションも上がりそうだが、ここはコンクリートな迷宮。アウトドア的な要素は微塵もない。
手に持った缶詰には桃らしい何かの果実が入っていた。美味しいような気はする、たぶん。そして飲み物は魔法で生み出した水を飲むようだ。
だが、俺たちはトリアさんの薦めで水筒持参である。
「ゴクゴクッ。あ、やべ。全部飲んじまった。やっぱり水筒より魔法で出した方がいいんじゃないか?」
クレイは水筒に入った水を一気に飲み干したらしい、この迷宮で一番動いていたからなのだろう。
「そうですわね。クレイモア様とパール様なら大丈夫だと思いますけど……魔法の水はおなかを壊しますわよ?」
「え、そうなの?そんな話きいたことないけど……」
トリアさんの言葉に困惑するパールさん。
「…………魔力に適応できた貴方たちならば、平気ですわ………」
ボソッと小声でトリアさんは呟く。クレイやパールさんには聞こえていないようだが、俺の耳には届いていた。
「…………な、なあ、魔法って何だ?」
俺はふと疑問を口にした。魔力というものが俺いた世界にあった電気のような役割をしているように感じるが、その割にこの世界の女神であるトリアさんが魔力についてよく思っていないように見える。
「何って言われてもね……」
「そうだなぁ……」
俺の質問に困ったようだ。そのため質問内容を変えた。
「どうやって人間が魔法なんて不可思議なことができるんだ?」
「あ~。メイス。オレはその手の話は無理だ。感覚で魔法を使ってるからな、パール姫は?」
「私なら……多少は説明できるかも?でもあんまり期待はしないでね」
「うん」
パールさんは俺に向き直り、コホンと一息ついて話始める。
「魔力って言うのは、歴史の人たちがつけたもので1千年前に突如、世界に表われた不思議なエネルギーのことよ」
1千年前。そういえばトリアさんが俺に最初にあった時、1千年前のひどい時代と言っていた。星規模で何か異変があったのかもしれない。
「で、私たち祖先の人たちが、その魔力を使えるようになった。理由は……えと、私たちの身体が魔力で造られているからだったかしら」
「…………違いますわ。魔力は人間身体を作り変えたんですの」
なるほど……。人間を構成する分子や原子に魔のつく粒子が入り込んだってことかな。
「魔法は便利ですわよね、想像するだけで、自然界の複雑な工程を無視して、現象を引き起こすことができるですもの」
「トリア……?」
「だからこそ、加護を与えるだけの存在より、より簡単で使いやすい魔法を選んだのでしょう」
自嘲気味に微笑むトリアさん。女神として思うことはあるらしい。
「あら、失礼しましたわ。私くしとした事が。魔法を使うことでしたわよね?パール様どうぞ」
パールさんは頷いて、再び口を開く。
「私たちが魔法を使えるのは、体の中にある魔力を、イメージしたもので使うの、それで体の中にある魔力の量で使える魔法の強さは変わってくるわ」
「それじゃあ……俺の前のメイスが初級魔法だけって言うのは……」
「魔法学会が定めた基準で、保有している魔力が多いほど、色々な種類の魔法や強力な魔法が使えるわ」
メイスの身体には初級レベルの魔力が詰まっているらしい。
「初級ってどれくらいなんだろう」
「日常生活で便利なくらいよ」
そ、それくらいなのか……。
「あれ、でも使った分は何処から補充するんだ?」
「呼吸からや食べ物からだって言われいるわね、ただそれも皆違うからわからないらしいけどね、それが魔法に適正のある人」
適正は二つあるだったかな、なら次は魔道具か。
「魔道具の人は、想像したことを魔力でカタチにできないの、
魔道具っていう専門道具を使うことで世界に干渉できる現
象を使うことができるわ」
…………簡単に言うと道具の有り無しくらいの違いなのか。難しい顔をしているとクレイが口をはさむ。
「メイスに迷宮の出入口で取材してきた記者いただろう?魔法や魔道具ってのは、相手の意識まで干渉できるんだぜ。そんな難しく考えないで、なんでもできるからすげーでいいんじゃん」
おう、急に脳筋な意見が。
「ふふふ」
急に笑い出すパールさん。
「どうしたの?」
「いえ、教えるのは初めてだけど、結構楽しいものだなぁってね、私って一応、姫だから色々な人に教えてもらう事はあっても、教えることはあまりないのよ」
確かに、お姫様って教壇に立っているイメージはない。
「もし私が王族じゃなかったら教師とかになったのかなって、思っちゃたの」
「パールさんならすぐにでもなれどうだけど」
美人だしすごく人気でそうだ。
「ありがとう。だったら嬉しいんだけどね。卒業したら私は侯爵家に嫁ぐことになってるわ」
「政略結婚……?」
「……、必要なことだから。貴方たちは卒業後はどうすの?」
一瞬だけ寂しそうな笑みを浮かべたパールさんだが、すぐに笑顔になり俺たちに質問していきた。最初に口を開いたのクレイだ。
「オレは士官学校に上の幹部候補育成校に進むかなぁ。偉くなったら孤児院も優遇されるらしいし。ま、育ててもらった恩返しだな」
幹部候補生校なんてあるのか。クレイのような面倒見のいい人間なら偉い人になりそうだ。
「幹部候補生から軍の上下関係が本番で、きっちり教え込まれるって言うからな。行くのはオレのやる気が続くまでだけどな」
とクレイは肩をすくめる。次に俺たちに視線はトリアさんにうつる。
「私くしは…………まあ、なんでしょうか。妖精の森に帰りますわね、ああ、そうだわ。もしよかったら貴方もいっしょに来ませんか?」
トリアさんは俺に言葉を投げかけた。妖精の森は違う、彼女は女神、ならば帰る所は神々の住む地なのだろう。……行ったら最後の気がする。
「え、と。考えておくよ」
「まあ、そうですわよね」
無難な回避にトリアさんもわかっていたらしくサラっと流した。ふと、鎧の肩を軽くたたかれる。
「ね、ねえ、メイスくん」
パールさんが小声で話しかけてくる。
「よ、妖精の森にいっしょに行くなんて、そ、そ、それってプロポーズ、じゃないの……?そ、そんなあっさりトリアをフっていいの……?」
え。そんな意味になってるの?困惑する俺にパールさんは言葉を続ける。
「わ、私から見てもトリアはすごいと思う……わよ?色々すごいし……」
パールさんの視線はトリアさんの全身を示している。
「うーむ、でもパールさんも負けてないくらい魅力的だけど?」
「ぷえっ!?」
急に奇声を上げて俺から距離ととるパールさん。その様子にトリアさんはニコニコしている。クレイは一人頷いていて口にする。
「なるほど……。メイスの籠絡テクニックを見た気がするぜ」
パールさんが顔を赤くしてアタフタしている姿、腕を組み頷くクレイ。ニコニコと俺たちの様子を見守るように見ているトリアさん。そして俺。まるでずっと昔から同じ班ですごしていたような気がした。




