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第九話「酒と祭り」

鳥のさえずりで目を覚ますと、そこは『双頭の毒蛇団』の野営地だった。

昨日買った兜を胸に抱きながら、床で寝ていたらしい。

そのせいか体のあちらこちらが強張っていた。


「…記憶がない」


確か、食堂で父上とアリストリア帝国との戦争や黒獅子について話をして、その後は北狼騎士団の仲間たちの近況や剣術談議に華を咲かせ、父上が勧めてくるままに浴びるほど酒を呑んだ。

その内に父上が他の酔客たちと力比べのレスリングを始めて、私もそこに参戦したところまでは覚えているが…。


とにかく二日酔いで頭が割れるように痛いし、胃がじくじくと重く、気持ちが悪かった。

天幕から出て、ふらふらと歩いて近くの川までいくと、そこで頭を川の中に突っ込んだ。

流れる水の冷たさが心地よく、少し頭の痛みが引いていくようだった。


しばらくして川から顔を上げ、何度も水を手ですくって飲んでいると、後ろから声をかけられた。


「よう、リリー。昨日は珍しく派手に酔っぱらってたな!」


「カイネ…大きな声を出さないでくれ…頭に響く」


「はは! 酒に呑まれるなんて、だいぶ傭兵らしくなったじゃねえか! 明日の選考の肩慣らしに、久しぶりにリリーと剣の立ち会いをしようと思ってたけど、その様子じゃ無理そうだな!」


「すまない…今日は、休む」


カイネの声が小さくなる気配がないので、仕方なく自分で耳をふさぎながら、また重たい体を引きずって、自分の天幕に戻った。


「酒で前後不覚になるなど、無様だ…」


酒を呑んでも、貴族であり武人たるもの呑まれるようなことはあってはならない。

父上は…よく母上にそう叱られていた。


父上が語るレニスの話を聞いてから、妙に心がざわつき、それを誤魔化すためについつい酒に頼りすぎた。


父上は毒を盛ったのはレニスではないと言った。

その真偽は定かではなく、本人に会って問いただす以外は確かめようもない話だ。


「…いや、そうでもないか」


私は懐に入れたままにしてある、レニスから譲り受けた封蝋印を取り出した。

これを使えば手紙を出せる。

もちろんレニスの求婚に応えるつもりはないが、父上の話を確かめることはできるだろう。


「だが、これを使うと何か負けた気持ちになるな」


そもそもこちらから手紙を送るということ自体、相手に自分が興味を持っていると表明する行為になってしまうのではないだろうか。

ふと手紙を受け取ったレニスの、勝ち誇った顔が頭に浮かんでしまった。


慌てて頭を振って奴の顔を打ち消し、何か別のことを、例えば明日の模擬戦のことを考えようと思ったのだが、またしばらくすると手紙を出すべきか、出さないべきかを悩んでいる自分がいた。


そして結局その日は一日中、悶々と答えが出ないまま過ぎていったのだった。



***************



選考の模擬戦の朝。

傭兵団のみんなと共に、模擬戦の会場となる騎士団の訓練場に向かうと、そこは祭りの様な騒ぎとなっていた。

傭兵同士の模擬戦を一目観ようと集まった街の人々であふれかえっており、訓練場の近くでは様々な出店が立ち並んでいた。


「おっ旨そうなブタの串焼きだぜ! なあなあ、イレネ。買ってきていいか?」


「カイネ、貴女これから模擬戦なんだから、脂の多いものを食べたら胃もたれするわよ」


「ちぇ! 仕方ねえ、我慢するか~」


そう言いながらも、やはり立ち並ぶ出店の食べ物が気になるようで、子供のようにキョロキョロと目線だけは忙しなく動いていた。


「カイネの活躍に『双頭の毒蛇団』の未来が掛かっているからな。期待しているぞ」


「おう任せろ! 余裕で優勝してきてやるぜ!」


私がカイネの肩をたたいて発破をかけると、カイネは力こぶを作ってみせた。

全く気負った様子もなく、いつも通りのカイネだった。

戦場ですらこんな調子であり、緊張という言葉とは無縁なのだ。

だからこそ仲間としては頼もしい。


訓練場に到着すると、そこには腰ほどの高さの柵で作られた正方形の囲みが八つ用意されていた。

おそらくそれぞれが模擬戦の舞台となるのだろう。

それなりの広さを誇るはずの騎士団の訓練場も、既に見物客でごった返しており、独特な活気に満ちていた。


「勝ち残り戦の対戦表も発表されているわね。模擬戦の参加者は全六十四名、思ったより多いわね」


私もイレネの指差す対戦表を見て、ひとまずカイネとは決勝までは当たらないことがわかり、胸をなでおろした。


「今日は上位十六名になるまでここで勝ち抜き戦を行い、それから先は明日、領主が所有する劇場に舞台を移して行う、と書いてあるな」


「リトリスの領主様も、ここまで金儲けが露骨だといっそ清々しいわね…それで、あの右上の『ルルー』という個人の選考参加者がリリーかしら? 偽名もさすがにもう少し捻ってもよかったんじゃない?」


「え!!? な、なんのことだ…?」


動揺のあまり、持っていた兜を落としてしまった。


「それよ。突然そんなフルフェイスの兜を買ってきた上に、わざわざ模擬戦の会場まで持ってきている時点で、誰だってわかるでしょう。やっぱりちょっとカイネに似てきてない?」


イレネは呆れたように苦笑いを浮かべながらそう言った。


「だ、黙っていてすまない。だが、兜をかぶれば私の顔も隠せるし、模擬戦に出ても私の正体が露見する心配はないだろう?」


「本当に剣術馬鹿ね。仕方ないから参加してもいいわよ。でも、怪我だけはしないように。これ、団長命令だから。あと、カイネは気づいてないようだから、そのまま秘密にしておいてね。あの子に隠し事は無理よ」


「わかった。ありがとう、イレネ」


ちらりと、カイネを見ると他の団員にじゃれついて遊んでいたので、その隙に私は兜をかぶって、傭兵団のみんなに気づかれないよう一人こっそりと離れた。


しばらくすると、選考の模擬戦に参加する者たちは西鷲騎士団の兵舎に集められ、刃引きされた様々な種類の武器から、好きなものを選ぶように告げられた。

私はイカルガにできるだけ近い、使い慣れた重さと長さの剣を選んだ。

そして各々が武器を選び終えると、参加者の試合場と試合順が発表された。


試合場は全部で八つ。

そしてまず行われる一回戦、全三十二試合をこなすには、各試合場で四試合ずつ行う必要がある。

私は一番左端の試合場で、二試合目に模擬戦を行うこととなった。


「曲剣使いか。面白い」


初戦の相手は、『密林のサソリ団』のアルミンという名の傭兵だった。

そしてアルミンが選んだ武器は取り扱いに癖のある三日月のような形をした曲剣であった。


確かあのベルセリア国とトリュール国の戦争前に、ベルセリアが傭兵を招いた夜会にも参加していた男だ。『密林のサソリ団』はそれなりの歴史がある傭兵団であり、その代表者となれば相当な腕だろう。


両者の実力差があったため第一試合は早めに決着がつき、すぐに私の試合順がまわってきた。

そしてはやる気持ちを抑えつつ、私は試合場に入り、アルミンと対峙した。

【作者からのお願い】


もしよろしければ、本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけますと幸いです!


より多くの方に作品を読んでいただく事が出来るので、作者である自分の執筆意欲が高まります…!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 二日酔い、そうそうこうなるなるって思える描写で、笑えました。 [気になる点] イレネはとにかく洞察力が鋭いのかもしれませんが、ホント俯瞰していて羨ましいです。 [一言] 酔っ払って父娘でレ…
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