第六話「傭兵と選考会」
奇妙な縁でイカルガという銘の剣を手に入れた夜から三日が経ち、遂にリンドバーグの西端の街・リトリスにたどり着いた。
立派な城壁に囲まれたリトリスは、王国への出入りを管理する関所の街である。
連邦の国々との貿易の玄関口となる街であるため、王国内でも一、二を争うほどの大規模な市場が存在し、常に多くの人々で賑わっている。
リトリスの城門で入国のための検査を受け、無事に街に入ることが許された私たちは、そこでリンドたち商人の一団とは別れることとなった。
「じゃあな、嬢ちゃん。せっかく、その剣に選ばれたんだ。簡単に死ぬんじゃねえぞ」
「ああ、簡単には死なない。この剣と共に天命を全うするさ」
そんな短い別れの言葉を交わして、リンドを見送ると、その背中はすぐに街の雑踏の中に消えていった。
「さて、私たちはこれからどうする、イレネ?」
「先ほど、城門の兵士と話していたのだけれど、このリトリスの街に連邦から多くの傭兵団が集まって来ていると言っていたわ。『紅蓮の烏団』が私たち同様、連邦を離れて王国を新しい雇い主に定めたようで、その動きを見た他の傭兵団も慌てて後に続いたみたい」
「なるほど、『紅蓮の烏団』にもイレネのような知恵者がいたのだな。いくら帝国との緊張が高まっているとはいえ、王国が雇える傭兵団の数には限りがあるだろうが…」
若干の不安を抱えながらも、ひとまず城門の兵士の言葉に従って、私とイレネの二人でリトリスを守る西鷲騎士団の駐屯地を訪ねることとなった。
リトリスは国境の街であるため、騎士団の兵士の数もそれなりに多い。
しかし、北狼騎士団に比べると実戦経験に乏しく、「西の鷲は狩りができない」などと父上はよくこき下ろしていたが、その実態はどれ程のものか興味はあった。
「『双頭の毒蛇団』の方たちですか! 王国内でもその勇名は轟いていますよ。お会いできて光栄です。あ、申し遅れました。私はトルフィルと申します」
西鷲騎士団を訪ねると、対応に出てきたのはまだ若い兵士だった。
ハキハキと喋り、こちらを傭兵と見ても侮るような態度を見せない青年で好感が持てた。
「先日王都より、傭兵団を集めるよう命が下ったばかりなのですが、傭兵の皆さんは動きが早い。貴女方を含め、既に八つの傭兵団がリトリスに集まっていますよ」
「王国が雇い入れる傭兵の数はどれほどを予定しているのでしょうか?」
「傭兵は各地から二千程集める予定らしいですが、リトリスではその約半数の千名程度と契約する予定です。既に『紅蓮の烏団』や『水龍団』といった大傭兵団とは雇用契約を交わし、残った枠は七日後、選考で決めることとなっております」
イレネの問いに対して、トルフィルは丁寧に答えてくれた。
『紅蓮の烏団』は約三百人、『水龍団』も約二百人程の傭兵をそれぞれ抱えている。
となれば、残る枠は五百人程度か。
「『双頭の毒蛇団』のような実績を持つ方々ならばまず間違いなく、選考で選ばれることでしょう。選考内容もまた決定次第、発表されると思いますので、申し訳ございませんがそれまでしばしお待ちください」
「わかりましたわ。ご丁寧にありがとうございます、トルフィル様」
イレネは魅力的な笑みを浮かべて感謝を述べると、トルフィルは少し顔を赤く染めつつ、「いえ、仕事ですから」と首を横に振った。
己の美貌を理解しているイレネは、それを武器として使う人心掌握にも長けている。
騎士団の駐屯所を離れたのち、傭兵団の皆と合流し、その日は街の酒場で夕食をとりながら状況を共有することとなった。
「正直、選考の内容次第ね。私たち『双頭の毒蛇団』は積んできた実績はあるけれども、今の団員数は五十人程度。王国が統率の取りやすい大傭兵団を優先して選ぶとなると、難しいかもしれないわね」
「まあ、グチャグチャ考えても仕方ねえだろ! それによっぽど選考するやつが節穴じゃねえ限り、アタシたちを雇わねえわけがねえ! そうだろ、リリー?」
「私もカイネと同じ考えだ。『双頭の毒蛇団』の団員は皆、戦場の経験が豊富で練度が高い。それに団長であるイレネの知恵とカイネの勇気という大きな武器もある。それほど心配することはないのではないか」
酒場には私たちの他にも、傭兵らしき者たちがいたので口にはしなかったが、実際私は並みの傭兵団相手であれば、例え相手が『双頭の毒蛇団』の倍の人数であったとしても、蹴散らすことができると思っている。
それほどの実力ある傭兵団を雇わず、みすみす帝国側に流れるかもしれない危険を負うような選択はしないだろう。
「リリー。貴女。カイネと一緒にいすぎて、ちょっと思考が似てきたんじゃない?」
「え!? それは困るな」
「どういう意味だ、てめえコラ!!?」
その日はまだ楽観視していた私だったが、その後、日に日にリトリスの街に集まり続ける傭兵たちの数を見て、次第に焦りが募っていった。
リトリスの街に私たちが到着して五日後の朝、街の広場にて傭兵の選考内容が発表されるとのことで、早朝から私とイレネは野営地から広場へと赴いたが、そこには多くの傭兵たちがひしめき合っており、中にはどう見てもゴロツキや農民にしかみえないような連中も混ざっていた。
「この広場にいる人数だけでも千以上になるわね。全体ではこの数倍いると考えると、選考の倍率はなかなかに高くなりそうかも」
「まともな選考であればきっと大丈夫さ」
私はイレネにそう返したものの、先日よりも自信は揺らいでいた。
しばらくすると、広場に設置された演台の上に西鷲騎士団の兵士たちが集まり出し、その中でもひときわ体格のいい騎士が、口を開いた。
「リトリスに集いし傭兵諸君! 我がリンドバーグ王国の呼びかけに応じてくれたこと、まずは感謝する! 私は西鷲騎士団団長のルーカス・アウガストだ!」
騎士団長のルーカスの声は、良く通った。
アウガストと言えば伯爵家で、ナイトレイと同じく武門の家柄であったはずだ。
ルーカスは見たところまだ三十代と若く、その歳で騎士団長を任されるということは優秀な人物なのだろう。
「本来であれば諸君らを皆、雇い入れたいところだが、此度は定員を設けているため、二日後に選考を実施する! 各傭兵団から代表者一名を選出し、勝ち残り形式の模擬戦を行ってもらう! そして上位まで勝ち残った代表者の傭兵団を雇い入れることとする!」
発表された予想外の選考内容に、広場に集まった傭兵たちからも困惑の声が上がった。
傭兵の選考で実力を見るために模擬戦を行わせることはあれども、「勝ち残り形式の模擬戦」などという選考は、聞いたことがなかった。
「明日までに代表者の登録を行い、二日後の朝より西鷲騎士団の訓練場にて模擬戦を執り行う! 模擬戦の上位入賞者には雇用契約と合わせて特別褒賞が出るので、振るって参加してほしい!」
そう言い終えるとルーカスは演台を降り、数名の騎士を引き連れ去っていった。
残った騎士団の兵士たちが、代表者の登録方法や、個人参加者への案内といった詳細説明を続けるが、傭兵たちのざわめきは収まらなかった。
「リトリスの領主のクライマン侯爵は、連邦相手の商売で儲けるやり手と聞いていたけど、噂通りのようね。傭兵の選考会を見世物にして、民に娯楽を与えつつ、あわよくば儲けようという腹かしら」
「なるほどそういうことか! 面白いことを考える領主だな」
イレネに説明をされて、クライマン侯爵の思惑に感心してしまった。
利用できるものはなんでも利用し、所領の利益を生み出す。
正しく貴族的な考え方である。
「私も模擬戦に出たい…! だが、私が『双頭の毒蛇団』代表で出るのはまずいよな」
「リンドバーグ国内だと貴女の顔と素性を知っている人間がいるかもしれないしね。今回はカイネに出てもらいましょう」
「仕方ない。我慢しよう」
と言いつつ、早速私はどうにか模擬戦に出る方法はないか、画策し始めたのだった。
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