第五話「名剣と知らない鳥」
「いつから気づいていたんだ」
「貴女がこの傭兵団に入団希望でやってきてから、一月経った頃には貴女の正体に確信を持っていたわ」
「そうだったのか。だが、なぜわざわざ私の素性を調べようと思った?」
まさかすべての入団希望者の素性を調べ上げているわけではないだろう。
疑問に思った私の問い対して、イレネは呆れたようにため息をついた。
「自覚がないかもしれないけれど、貴女の立ち振る舞いも、剣筋も、その眼差しさえも整いすぎている。団の皆も口には出さないけれど、貴女が平民出身でないことは薄々気づいていると思うわよ。さすがにリンドバーグ王国の侯爵令嬢だとは思ってないだろうけれど」
「えぇ!? リリー、お前!! お貴族様だったのかよ!!?」
カイネが猫のように飛び上がって驚いた。
「…気づいてないのがここにいたが?」
「まあ、ほら。カイネはおつむが残念だから」
「お? イレネ、久々に喧嘩すっか?」
拳を鳴らして立ち上がったカイネをどうにかなだめ、私は自身の正体について包み隠さず自身の口から説明することを決めた。
それが世話になった姉妹への礼儀だと思った。
リンドバーグ王国の侯爵家に生まれたこと。
幼少のころから武芸を仕込まれたこと。
デヴィン王子との婚約のこと。
北の砦での黒獅子との戦いのこと。
婚約破棄をされて国を出たこと。
さすがにレニスから求婚されたなどという件に関しては伏せたが、一通りの説明を終えると、イレネが小さく息を吐いた。
「――リリーも大変だったのね。貴女がなぜ傭兵を選んだのかも理解したわ。ちなみに前からずっと言いたかったのだけれど、貴女がお母様から受け継いだというその首飾り。あまり人がいるところで出さない方がいいわよ」
「なぜだ?」
「それ、遥か南方の島国でしか採れないとても希少な宝石よ。売ればそれこそ城が立つほどの代物だわ。貴女があまりに堂々とつけているから、私も本物だと最初は思わなかったけれど。わかる人間に見つかれば、軍一つ動かしてでも奪おうとするでしょうね」
「ち、忠告感謝する…!」
首飾りの価値を初めて知って、慌てて肌着の内側に入れて隠した。
母上もとんでもないものを贈ってくれたものだ。
「…ぶっ殺す」
「カイネ?」
「その糞王子をぶっ殺すって言ってんだよ! なんで、命を助けたリリーがフラれなきゃいけねえんだ!? リリーもその場で王子のタマを蹴り潰してやりゃあよかったんだ!!」
そういえば前にメイドのマリアも同じように私の代わりに怒ってくれた。
見た目も性格も全く異なる二人だが、案外根っこの部分では似た者同士なのかもしれない。
私がカイネと妙にウマが合うのも、マリアに似ていたからと考えると納得がいく。
「怒ってくれてありがとう、カイネ」
私は懐かしくなって、ついマリアにしていたようにカイネの頭をなでてしまった。
しかし、子ども扱いを咎められるのではという予想に反して、カイネはなでられても私の手を払いのけるでもなく、にんまりと笑みを浮かべた。
まるで懐いた大型犬のようで、少し癒された。
「さて、話を本題に戻すけれど。リリー、貴女が知っていることを話してくれないかしら。『双頭の毒蛇団』の今後をどうするか、貴女の話を聞いて決めたいの」
「分かった。私の知っていることを話そう。まず、イレネの推測は正しいと思う。アリストリア帝国が近いうちにリンドバーグを再び侵略する予定だと、黒獅子が言っていた」
「黒獅子が? でも貴女、どこで黒獅子と再会したというの?」
「『ニワトコ団』のレニスが黒獅子だったんだ。そしてレニスはアリストリア帝国の第二皇子だと名乗った。だから、その情報は間違いない」
「ちょ、ちょっと待って頂戴。『ニワトコ団』のレニス? それが黒獅子で、しかも帝国の皇子?」
頭が痛くなったようで、イレネは眉間を指でもみほぐし始めた。
「レニスって、この間の夜会でリリーにちょっかいかけてた、無駄に顔の良い優男だろ? あいつ、そんなすげえ奴だったのかよ」
「ああ、鎧を着たトリュール王を鎧ごと一太刀で真っ二つにしてみせた。あの豪剣は尋常ではないな」
「トリュールの王様をぶっ殺したのはゾーイの手柄だって聞いてたけど、本当はレニスだったのかよ! リリーがそんな褒める剣なら、アタシもこの目で見てみたいもんだぜ」
私にもカイネの気持ちはよく分かった。
強者の剣は見る者を魅了する。
それが例え敵であっても、だ。
「決めたわ。『双頭の毒蛇団』はリンドバーグ王国へ向かい、王国内で雇い口を探す。アリストリア帝国の今回の動きで、連邦の小国は怖気づいてしばらく戦争どころではないはず。そして戦争のない場所では傭兵団は生きていけない」
「いいのか?」
「そうすればリリーも傭兵団を抜ける必要はなくなるでしょう。リリーは帝国から自国を守るために戦って、私達は帝国兵を倒して王国から金銭をもらう。いつも通りの傭兵のお仕事よ」
「だが、イレネ達ならアリストリア帝国側につくこともできるだろう?」
「アタシも王国側につくで賛成だ! 戦場でリリーと殺し合うのは勘弁だしな!!」
「そういうこと。私もカイネも、貴女のこと結構気に入っているのよ」
そういってウィンクをするイレネに、私は黙って頭を下げることしかできなかった。
*************
『双頭の毒蛇団』も先の戦争で多くの死傷者を出し、残ったのは五十名程となっていた。
キュリジオ連邦を離れ、リンドバーグ王国へ向かうという傭兵団の方針をイレネが語ると、ほとんどの団員が納得をして付いてくることを表明した。
元々傭兵は根無し草。
戦争がある場所であれば、東西南北どこへでも流れていく。
そんな傭兵のたくましさを改めて知ることとなった。
リンドバーグへと移動するついでに、同じく王国を目指す貿易商人の一団の護衛を『双頭の毒蛇団』で請け負ったため、移動自体はゆっくりなものとなった。
どうやら商人もまたアリストリア帝国の動きに、戦争の気配を敏感に感じ取っており、鉱山のある連邦南端の小国から急いで大量に武具を買い付け、リンドバーグ王国で売りさばこうという魂胆らしい。
私も自分の剣が先の戦で使い物にならなくなっていたため、傭兵団の在庫の品を腰から下げていたが、やはり自分の新しい剣を売ってもらおうと考えた。
「嬢ちゃん用の新しい剣か。それなら、一回この剣を試しに振ってみな」
夜を迎え、森での野営中に商人の一団をまとめるリンドに剣を買いたい旨を伝えると、その厳めしい顔に不敵な笑みを浮かべて、一本の剣を渡してきた。
鞘から抜き出すと、現れた剣は業物とは言えないまでも、武骨で丁寧な作りをしており、よく手になじんだ。
剣を上段に構えて、振り下ろす。
何十万回、何百万回と繰り返してきた動作だ。
剣に身体の重さを乗せるための重心移動、吐き出す呼吸のタイミング、効率的な骨盤と腕の各関節の連動、決めた位置で剣を止める繊細な掌の握りの感覚。
いずれも、まだまだ理想にはほど遠い。
剣を振るたびに思えるからこそ、剣の道は嶮しく、面白いのだ。
「悪くない。この剣を買わせてもらえるか」
私はリンドに振りかえると、リンドはただでさえ厳めしい顔を更にしかめており、大変迫力のある顔になっていた。
「おどれえた。嬢ちゃん、よくその若さでそんな剣が振れるな。なげえこと、武具の商人をやってきたが、嬢ちゃん以上の使い手は見たことがねえ。ちょっと待ってな」
そう言ってリンドは自分の馬車に戻ると、荷台から毛布にくるんだ一本の剣を大切そうに持ってきた。
「これも試しに振ってみちゃくれねえか?」
リンドが手渡してきた剣は、ぱっと見の作りこそ素朴であったが、鞘から抜き出すと思わずため息がこぼれるほどに、その剣身は美しくも鋭く鍛えられたものだった。
濡れたように妖しく光る刃には、どんなものでも容易く斬り裂けるのではと思わせる魔力があった。
「これは大した業物だ。私もそれなりに剣を見てきたが、これ以上は知らない」
私は再び剣を上段に構えて、振り下ろした。
すると、かすかに「ピョー」という鳥の鳴き声のような澄んだ風切り音が鳴った。
振り心地は軽やかでいて鋭く、私の実力以上に剣が奔った。
「…いいもんを聞かせてもらった。嬢ちゃん、この剣、持ってきな」
「いや、これは受け取れない。これほどの名剣、王都の貴族に売れば金貨数千枚はくだらないぞ」
「いいんだ。この剣は俺の祖父さんが遠い昔に、極東の国との貿易で偶然手に入れた代物でな。この剣を打った鍛冶師の名は伝わってないが、銘はイカルガという」
「イカルガ…異国の言葉か?」
「ここら辺にはいない鳥の名前だそうだ。達人がこの剣を振るうと、その鳥の鳴き声のような音がするんだと。俺の祖父さんも親父も、結局聞くことなく死んじまったが、俺は今日、嬢ちゃんにその鳴き声を聞かせてもらった。それで剣の駄賃としては十分さ」
「そうか、ならば受け取ろう。だがせっかくなら、もっと存分に鳴かせてみせるさ」
ナイトレイ家に伝わる剣術の型の一つに、剣舞がある。
私がイカルガを手に、焚火の前で剣舞を舞い始めると、イカルガの鳴き声が夜の森に響き渡った。
その音につられて、「なんだなんだ」と商人や傭兵が集まり出すと、私につられて焚火を囲んで踊り始め、宴のように盛り上がりを見せた。
それを見ながらリンドは顔をくしゃくしゃにしつつ、手を叩いて笑ったのだった。
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