第四話「別れと狙い」
短編版の続きとなります。
「驚いた」
「なに?」
「前よりも君の剣が冴えている。戦場を経てまだ伸びるのか」
「それは嬉しいことを聞いた」
倒すべき敵ではあるが、黒獅子という実力者から剣の腕を褒められれば、自然と口角は上がってしまう。
しかしながら、私は戦からの連戦で呼吸をするのもやっとという状況で、剣を構える腕の筋肉が疲労で痙攣をおこしていた。
一方のレニスは、まだ余裕を保っており、呼吸も乱れてはいない。
戦場に慣れているものと、慣れていないものの差が、はっきりと出ていた。
「だが、君の剣には殺気が乗っていない。君は言葉では俺を殺すと言うが、本心では俺を殺す覚悟が定まっていないな」
「そ、そうなのか?」
「自覚はなかったのか。やはり可愛いな、君は」
「うえっ!!?」
甘い言葉に思わず動揺してしまった私を見て、レニスは余裕の笑みを浮かべた。
「やはり君を帝国に連れて帰ろう。手加減して抑え込める実力じゃない。腕の一本くらい斬り飛ばさなければ、君は止められなさそうだ」
「私が腕一本程度で止まるか、試してみるといいさ」
私も負けずと無理やり笑って見せた。
いずれにせよ私の剣は限界を迎えていた。
戦場で敵を倒す過程で、刃はボロボロに欠けてしまっており、これ以上はもたないだろう。
「殺意がない、か。私も甘いな」
知らず知らずのうちに、私はレニスのことを憎からず思っていたようだ。
何をそんなに気に入ったのかはわからないが、自分に対してまっすぐ好意を向けてくれる男性とは、今まで出会ったことがなかった。
そんな相手を簡単に嫌いになれるわけもない。
ましてや殺すなど…。
「だが殺そう」
北の砦でレニスに殺された仲間たちの無念。
これから殺されるかもしれないリンドバーグの人々の未来。
それを思えば、目の前の男の首を獲ることこそ、私が取るべき道だ。
余計な感情が削ぎ落されていき、思考はクリアに澄んでいった。
呼吸の乱れも、腕の震えも止まった。
もし、この敵を好きになるのであれば、それは殺した後でいい。
「冬の凍った湖畔のように静かで冷たい殺意だな。俺の生まれ故郷を思い出す」
レニスはそう呟くと、指笛を吹いた。
すると、すぐに騎乗した「ニワトコ団」団長のゾーイが戻ってきて、私が止める間もなくレニスは身軽にその馬の背に飛び乗った。
「逃げるのか」
「逃げる。本気の君が相手なら殺すしかなくなる」
馬に乗られてしまえば、私にはレニスを追いかけるすべはない。
仕方なく剣を鞘に納めると、レニスは馬上から何かを投げ渡してきた。
「専用の封蝋印だ。これを使って手紙を出せば、リンドバーグやキュリジオ連邦からでも俺の元に届くようになっている」
「…本当に戦争は止められないのか?」
「今の皇帝はリンドバーグへ恨みを持っている。殺さない限りは誰にも止められんよ。俺の妻となる覚悟が決まったら、いつでも連絡してほしい」
そう言い残すと、レニスはゾーイに馬を駆けさせ、あっという間に去っていった。
「逃げられたのか、見逃されたのか」
口惜しいが、おそらく後者であろう。
気が抜けた瞬間に自然とその場で大の字になって後ろに倒れてしまった。
もう指先一つ動かしたくない。強烈な睡魔が視界を黒く染め上げた。
意識を失う直前に「あ、死んじまってるか!?」と、カイネの声が遠くで聞こえた気がした。
*********
目を覚ますと、そこは『双頭の毒蛇団』の野営場であった。
すぐにカイネが飛んできてあれこれと世話を焼いてくれたのだが、どうやら丸五日間、自分は眠り続けていたらしく、起きると同時にお腹が音を立てた。
「腹減ってるからって、しばらく胃になんも入れてなかったんだ。いきなりあんまがっつくと腹下すからな」
「ああ、ありがとうカイネ」
シチューを持ってきてくれたカイネにお礼を言うと、カイネはくすぐったそうに鼻の下をこすり、自身はガツガツと勢いよくシチューを平らげて、すぐにお替りをもらいに行った。
「にしてもすげえ戦争だったな。トリュールの王様が死んじまって、敵軍が壊滅したもんだから、ベルセリアはそのままトリュールの王都まで侵攻して、征服しちまったんだぜ」
「そうか、団のみんなは?」
「あー、結構死んだ。ガフィとかネネみたいな若い奴らも死んじまった。怪我で団を辞める奴も多いぜ。ベルセリアからたんまり褒賞はもらったけど、人が減って寂しくなっちまったな」
珍しくカイネもしんみりとした面持ちだった。
今までは小競り合いのような戦争ばかりで、ここまで大規模な被害の出る戦争はカイネも経験したことがなかったのだろう。
「カイネ、私も傭兵をやめようと思うんだ」
「え! なんでだよ!?」
「今回の戦争で、私にはむいていない仕事だとわかった」
「絶対むいてるだろ!? だってすげえ戦いぶりだったぜ! それにトリュールの王太子もぶっ殺して、大戦果を上げたんだろ!?」
「人を殺すことが上手いだけだ。だが、金銭のために人を殺すことを自分の中で上手く割り切れなかった」
「あー、リリーは真面目だからな。たまにいるぜ、そういうめんどくせえこと考えちまう奴。アタシは親も傭兵で、ガキの頃からこういう暮らしが当たり前だったし、よくわかんねえんだが…」
頭を掻きながらカイネは眉をしかめて、「うーん」と悩み出した。
カイネは私の感傷など笑い飛ばしてくるかと思っていたので、少し意外だった。
「アタシは学もねえから、他に食う方法っていったら娼婦くらい思いつかねえし。それなら戦場を駆けずり回る方が性にあってる。けど、リリーはアタシと違って頭いいからな! 傭兵以外でも食ってく仕事見つかるかもしれねえよ」
「引き止めないのか?」
「『来るもの拒まず、去る者追わず。』それがうちのモットーだってイレネが言ってたぜ。いまいちアタシはよくわかってねえけど」
にかっと無理して作ったカイネの笑顔を見て、胸が痛んだ。
だが同時に、これ以上長く時間を共に過ごせば、きっと傭兵団を抜けられなくなる。
レニスの言葉を信じるのであれば、近くアリストリア帝国はリンドバーグを再度攻めるだろう。
その時、私は雑兵の一人としてでも、リンドバーグのために戦わなければならない。
王家への忠誠などではない。
父上や母上、メイドのマリア、ナイトレイ家の所領に住む人々、北狼騎士団の仲間たち。
私には守りたいと思う人々が、まだあの国にはたくさんいる。
「今はまだリリーに団を抜けられると困るわ」
唐突に背後からイレネに話しかけられて、思わず持っていたシチューを少しこぼしてしまった。振り返ると、記憶より少し疲れた顔のイレネが私の天幕の入り口に立っていた。
「しばらく連邦内での戦争は起きない。傭兵も戦場での仕事は恐らく干上がる。だから、私達はこれからの身の振り方をどうするか、慎重に考えなきゃいけないのよ」
「どういうことだ?」
「ここ数日、ベルセリアの動向を情報屋に調べさせていたのよ。そしたら色々とわかってきたのよね——」
イレネが語るに、ベルセリア国は敵対していたトリュール国を征服し、その領土を自らのものにしただけでなく、直後アリストリア帝国への帰順を表明した。
これは同盟を結んでいた他のキュリジオ連邦の国々に対する明確な裏切り行為であったが、ベルセリアと元トリュールの領土はアリストリア帝国と国境を接しており、すぐに帝国は二千の規模の軍をベルセリアへ送り、駐屯させた。
その帝国の動きはあまりに素早く、残された連邦の小国たちは裏切りに対する報復をするどころか、次は自国が攻められるのではないかと戦々恐々としているらしい。
「今回の戦争前から帝国とベルセリアの間で密約が交わされていたのでしょうね。帝国の狙いはおそらく自国と連邦の間にベルセリアという緩衝地を作ること。またリンドバーグ王国へ侵攻する際、連邦に無防備となるその横腹を突かれないための布石だったってところかしら」
「すごいなイレネ。そこまで見通せるものなのか」
イレネの話を聞いて、私もその推測は正しいと確信した。
だが、それはレニスから帝国の動向を聞いていたからである。
独自で入手した情報を繋ぎ合わせて、帝国が描いた絵図を再現してみせるその能力は、とても一介の傭兵とは思えない。恐ろしいほどに頭が回る。
「ねえ、リリー。いえ、リリー・ナイトレイ。貴女は何をどこまで知っているの?」
そんなイレネが私の正体に気づいていないわけもなかった。
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