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第三話「戦場にて」

「いつまでにらみ合っているつもりなんだあ? 眠くなってきちまったぞ、アタシは」


膠着した戦況に飽きたのか、カイネは馬上で大きなあくびをしながら愚痴った。

集会から4日後の昼。ベルセリアとトリュールの国境に広がる、大平原にて両国の軍は陣を広げ、朝からにらみ合いを続けていた。


ベルセリア国は傭兵約五百、徴兵した兵士約千五百のあわせて二千の戦力。

対するトリュール国は傭兵約四百、徴兵した兵士約千九百のあわせて二千三百の戦力となり、その差はわずかながらトリュールの方が多い。


私たち『双頭の毒蛇団』は陣の左翼に集められ、『ニワトコ団』は反対の右翼に集められていた。

そして、敵の陣に目を向けると、私たちと正対して『紅蓮の烏団』の赤い団旗が風になびいていた。


「私たちが『紅蓮の烏団』が主力となる敵左翼を食い止めている間に、『ニワトコ団』とベルセリアの騎兵が敵右翼を潰して、横面から敵本陣を食い破ろうって作戦かしら。どうやら外れくじを引かされたわね」


親指の爪を噛みながら、イレネは敵陣を見つつ舌打ちをうった。

そしてその戦略予想には私も同意だった。

私たちが崩れるのが先か、敵右翼が崩れるのが先か。

私たちに課せられたのは攻めではなく、守りの戦いということだ。



「『紅蓮の烏団』か。明らかに他の傭兵たちや徴兵された農民たちよりも良い装備をそろえているな。どれほど持ちこたえればいいと思う?」


「『ニワトコ団』次第ね。といっても私たちは傭兵。この戦いに殉じる筋合いはないわ。持ちこたえられないと判断したら逃げの一択よ。その時の殿は…頼めるかしら、リリー」


「ああ、承知した」


敗走した際の殿は、最も危険で最も重要な役割だ。

殿の働き如何で、味方の死人の数は大きく左右される。それを任せられるというのは、それだけイレネが私の剣に信頼を置いてくれているという証でもある。


そしてイレネは「外れくじ」と言ったが、私は内心ほっとしていた。

敵を攻める戦いよりも、仲間を守る戦いの方が私には性に合っていると思う。


その後、日が傾き始め今日はもう戦はないかと思った矢先、敵陣から突如として鬨の声が上がり、『紅蓮の烏団』が前線を担う敵左翼がわずかに先行しつつ、敵軍全体が前進を始めた。


すると、呼応するように味方からも鬨の声が上がり、指揮官たちが「全軍前進!」と野太い声で指示を出した。

所詮は寄せ集めの軍であるため、兵たちの足並みがそろうことはなく、敵も味方も動き出せばすぐに陣形も不細工に歪んでしまう。

それだけ統率された動きを取り続けることは難しく、長期間の訓練が必要なのだ。

傭兵団といえども、普通は綺麗な陣形を保ち続けることなどなかなかできない。しかし、正面から近づいてくる『紅蓮の烏団』は、それなりの統率を見せて迫ってくる。


「なるほど、これは手ごわそうだ」


思わず剣を握る手に力がこもってしまう。

はやる気持ちを落ち着かせるためにも、改めて味方の陣形に目を向けると、『ニワトコ団』が主力の左翼が、大きく陣から突出しているのが見えた。

その先頭を駆けるのは、騎乗した団長のゾーイと、そしてその隣にはレニスが馬を駆け、並走していた。


あまりに『ニワトコ団』は先行しすぎており、これでは敵の弓兵の良い的だ。

案の定、敵の弓兵隊が放った矢の雨が『ニワトコ団』を襲うが、その直前で突如として方向転換したレニスの馬を追いかけるようにして『ニワトコ団』は大きく弧を描くように右側へと逸れて、弓を躱して見せた。

そして変えた進路をそのままに、『ニワトコ団』は最も兵が厚い敵陣中央へと突撃していった。

あまりに無謀だが、その突撃は強力だった。

敵からしても予想外だったこともあり、混乱する前線の敵兵たちをやすやすと吹き飛ばし、敵陣を中央から深く斬り裂いていった。


「イレネ! 先頭は私が!」


「っ!  『双頭の毒蛇団』! 全速力で前進!! 『紅蓮の烏団』を『ニワトコ団』の背後に回らせるな!」


私の意を即座に汲んだイレネは、すぐさま傭兵団に前進の指示を出した。

『ニワトコ団』がいかに強力といえども、敵陣中央を攻める今、『紅蓮の烏団』に背後を取られれば袋のネズミとなって壊滅は必至。

つまり、そうさせる前に私たちが『紅蓮の烏団』に襲い掛かり、動きを止めなければならない。


私は味方左翼の先頭で馬を駆け、『紅蓮の烏団』へと斬り込んでいった。

『紅蓮の烏団』も予想外の展開にわずかに陣形の足並みが乱れており、攻め入る隙ができていた。そこに剣を振るいながら滑り込むようにして分け入っていく。


すぐに飛び交う怒号と悲鳴で耳鳴りが起こった。

無我夢中で剣を振るい、血煙が視界を赤く染め上げた。

汗と血と糞尿の臭いが鼻の奥を針のように突いた。

人を斬った脂で剣はすぐに切れなくなり、ただの鈍器となっても振るい続けた。

敵の槍がわき腹をかすめ、飛んできた矢を兜がはじき、火花が散った。

それでも止まらず、味方を振り返ることも瞬きすることも忘れて、ただ剣を振るいながら前へ前へと馬を駆け続けた。

何人斬ったかもわからず、いつまで続くかもわからず、終わりなどないのではないかと疑い出したところで、ふいに視界が開かれた。


どうやら、敵の右翼を抜けたようだ。


そこで初めて後ろを振り返ると、血だらけになったイレネとカイネ、そして『双頭の毒蛇団』の面々が数を減らしながらもついてきていた。

ここまでついてこられたのは団の半数の百名程度。

残りは足止めを食らったか、逃げ出したか、殺されたか。


「イレネ、どうする!?」


「ここまで来たら、敵の本陣を背後から襲うわ!」


「わかった!」


息つく暇もなく、再び馬を反転させて、今度は敵中央の本陣を後ろから狙うべく馬を走らせた。

敵は正面から迫る『ニワトコ団』に注意が集中し、こちらにまるで気づいていない。

馬を走らせながら、服の袖で剣についた血のりをぬぐい、腰に下げた水筒の水を一口飲んで、残りを頭からかぶった。

そして、鼻から深呼吸を繰り返して息を整え、覚悟を決めて再び敵陣へ背後から襲い掛かった。


直前で敵方の指揮官もこちらの存在に気づき、慌てた様子で指示を飛ばしていたが、戦場では兵をすぐに反転させることは不可能に等しい。

そのまま指揮官の首を斬り飛ばし、敵本陣へと侵攻すると、前方にひときわ豪華な装備でそろえた兵の一団がおり、毛並みの良い白馬に乗ったトリュール国の王とその王太子と思しき人物を守るように囲んでいた。


私を突きかかってきた敵兵の槍を紙一重でかわすと同時にその指を切り落とし、槍を奪い取った。そして馬上からトリュール王に狙いを定めて槍を投げつけた。

狙い通りまっすぐ王へと飛んで行った槍は、しかし直前で王の側近の兵に気づかれ、弾き落された。

流石に王の近くには精兵をそろえているらしい。


私は一度だけ、母から譲り受けた首飾りに手を添えて、それから放たれた矢の様に、一直線にトリュール王の首を狙いに馬を駆けた。


当然、王を守るように立ちはだかる精兵の攻撃をかわして剣を振るい続けたが、途中で敵は私の馬に狙いを変えてきた。敵の槍が深々と馬の足に突き刺さった瞬間、馬は悲鳴を上げてのけぞるようにひっくり返り、私も地面に放り出された。

空中でどうにか体勢を整えて足から着地するや否や、弾かれたようにそのまま身を低くして駆け出した。一瞬でも止まれば、そのまま人数で押しつぶされて死ぬ。

敵の突き出してくる剣や槍を、地面を這うようにしてギリギリのところでかいくぐり、ひときわ大柄な敵兵の肩を足場に跳躍し、一気に敵兵の壁を飛び越えた。


「女!!?」


こちらに振り返った馬上の王太子が驚いたように目を見開きつつ、剣の柄に手をやった。

その剣が抜かれるよりも前に、私は王太子に手にしていた石を投げつけ、身をすくめた隙に馬上から引きずり下ろし、その首に深々と剣を突き刺した。


「ビンター!? 貴様よくも! 皆の者、その女を殺せ!!」


息子の死を目の当たりにしたトリュール王は、顔を真っ赤に染め、血走った目でこちらを睨みつけてきた。

無我夢中でここまでやってきたが、そこで冷静になって周りを見ると、私は一人敵兵に囲まれていた。そして膨れ上がる殺意を全方位から浴びて、全身から冷や汗が噴き出た。

近くの王太子ではなく、先に王の首を獲るべきだった。

そうすれば指揮の混乱の隙に、この場から逃げ出すこともできたかもしれない。

その判断ミスが、自分を今、死地に追い込んでいた。


じりじりと少しずつ距離を詰めてくる敵兵の囲みに対して、さすがに抜け道を見出すことはできなかった。


「ならば最期まで噛み付くのみ」


その最後の最後まで誇り高い狼のように生きあがこう。

覚悟を固めて剣を構え、深く集中をする。

敵兵も空気の変化を察したのか、それまで以上に油断なく武器を構え直した。

張り詰めた空気に息が詰まりそうだ。

そう思った次の瞬間、敵の囲みの一部が文字通り吹き飛んだ。


囲みを食い破って中に侵入してきたのは、返り血で全身を赤く染め上げた『ニワトコ団』のレニスであった。

そのままトリュール王のもとへと馬を駆けると、すれ違いざまに振るった剣は王の鎧ごと、その身体を上下真っ二つに斬り裂いたのだった。

そして下半身と別れた上半身だけが、不気味な音を立てて馬上から地面に落ちた。


「トリュール王、討ち取った!!!」


その場にいる誰もが呆気にとれているうちに、レニスが勝鬨を上げた。次の瞬間、『ニワトコ団』のゾーイやその配下のものたちも勝鬨を上げながら、囲いを破って雪崩れ込んできたことで、混乱した敵兵は散り散りとなって壊走し始めた。


「ゾーイ、あとは適当に蹴散らしておけ」


「ハッ! 承知致しました、若!」


レニスは一言、ゾーイに対して声をかけると、自身は馬を降り、私の方へと歩み寄ってきた。

ちらりと、地面に横たわった王太子の死体を見やると、不敵な笑みを浮かべた。


「単身で王太子の首を獲るとは流石だな、リンドバーグの狼」


「そうか、貴方は黒獅子だったのか…!」


先ほどの王を一刀両断にしたその豪剣。そして見事に洗練された無駄のない太刀筋。

それは紛れもなくあの日、死闘を繰り広げた黒獅子のものであった。


「アリストリア帝国の将である貴方が、なぜこんなところで傭兵の真似事をしている」


「狼にやられた傷が漸く癒えたのでな。快気祝いの腕慣らしといったところだな」


「まさか…『ニワトコ団』は、貴方の配下か?」


「ご明察。『ニワトコ団』は皆、俺が率いる黒獅子騎士団の連中さ。普段は経験が少ない新兵に実戦を積ませるため、ゾーイが教育係として傭兵の真似事をさせている…それより、まずは剣を下ろしてはくれないか?」


レニスにそういわれて、初めてまだ私は剣を構えたままでいたことを自覚した。

慌てて剣を下ろし、べったりとこびりついた血のりを服の袖で拭ってから鞘に納めると、レニスは水筒を投げ渡してきた。

それを受け取り、一瞬ためらったのちに、喉の渇きには敵わず一気に飲み干した。


「俺はアリストリア帝国の第二皇子、レニスフィア・デン・アリストリアだ」


「皇子、だと?」


黒獅子が帝国の皇子であるなど初耳であった。

その悪名こそ轟いているものの、黒獅子の正体については謎が多く、リンドバーグ王国でも情報をほとんどつかめないことも、その存在を不気味な怪物じみたものとしていた。

だが、そこまで情報統制をしていた理由が、その正体が皇子であったからなどとは夢にも思わなかった。


「北の砦ではこちらだけ名乗りもせず、失礼をした。リリー・ナイトレイ殿」


「今はただのリリーだ。事情あって家名は捨てた」


「家名を捨てただと? 身分を隠して我々同様、傭兵の真似事をしていたのではないのか? リンドバーグ王国の北狼騎士団を率いるナイトレイ侯爵家の一人娘にして、第一王子の婚約者である君が、なぜ?」


あの時、素直に名前を教えた私が悪いのだが、どうやらこちらの素性は調べ上げているらしい。だが、婚約破棄の話までは伝わっていないようだ。


「貴方に受けたこの傷のせいで、王子に婚約破棄されたんだ」


「なに?」


「仕方なく国を出て、傭兵として生きようと思ったんだが…どうやら傭兵も向いてないみたいだよ」


自分が信じる正義もなく、金のために敵を殺すこと。

実際にやってみると、戦場は戦場でしかなく、無我夢中で自分の命を守るため、敵の命を奪うために最適な剣を振るい続けるだけだった。

戦いには勝ったが、今私の胸を占めるのは虚しさばかりだった。

その虚しさに慣れ、飼いならすこともできるとは思う。

しかし、それは斯くありたいと願う自分ではない。


また違う道を探すかと吹っ切れて顔を上げると、呆然としているレニスがいたので、思わず吹き出してしまった。


「すまない。つい恨み節のようになってしまったが、婚約破棄されたのはこの顔の傷だけが原因ではないから、そんな顔をするな」


「いや、リンドバーグの王子が予想以上の愚か者で驚いていただけだ。しかし、これは何という幸運か。いや運命か。神に生まれて初めて感謝をした」


そう言うと、レニスは先日の集会の夜のように、再び血だまりの中で片膝を付き、私の手を取った。


「俺は君が欲しい。あの集会の夜の言葉に偽りはない。婚約者がいないのであれば、俺の妻となってほしい」


「はあ!!? ま、またおかしなことをっ!」


その真正面からの告白に、不覚にも心拍数が跳ね上がった。

お互いに返り血に染まり、死体がそこかしこに転がる戦場で、ムードもなにもない。

しかし、私はその熱のこもったレニスの瞳から目を離すことができないでいた。


「君にもメリットがある。君がリンドバーグにいないのであれば、次こそ北の砦を落とし、王都を蹂躙してみせる。だが、君が私の妻になってくれるのであれば、私はリンドバーグと和平を結び、君が生きている間は侵略しないと約束しよう」


「それは脅しでないか!!?」


「事実だ。それは我々と戦った君が一番理解をしているのではないか?」


そう言われると、押し黙るしかなかった。

北狼騎士団は、先の砦の戦いでその多くが戦死し、戦力は大幅に削がれた状態にある。

人の数だけであれば補充はできるだろうが、また同様の規模の侵攻が行われた場合、練度の足りない団員たちが堪え切れるかは分の悪い賭けと言わざるを得ない。


「だ、だが私はこの顔の傷もあるし!」


「その顔の傷は戦士の誉だろう。それにその傷が君をより美しくしていると、俺は思う」


「ふ、普通の令嬢と比べて凶暴だぞ!?」


「普通の令嬢と比べるまでもなく、俺と互角に渡り合える剣士は帝国でも片手で数えるほどしかいないさ。そして俺はその強さを、好ましく思う」


「っ……!!!?」


「好きだ、リリー。俺の妻になってくれ」


レニスの手が緊張からかわずかに震えていることを感じ、その言葉が本気であることが嫌というほど分かった。

そのため、私も覚悟を決めることとした。


「…貴方が本気なのは分かった。だが、貴方は卑怯にも北狼騎士団に毒をもって奇襲をかけ、多くの戦友を殺した仇敵だ。同時に、武人としての貴方は畏敬の念を抱かざるを得ないほどの高みに居るのは事実であるし、先ほどは命を救ってもらったという恩もある」


「なるほど、つまり俺の妻になってくれるということか?」


「ま、待て待て! そうは言ってない!!」


慌てて否定をすると、レニスはにやりと笑ってみせた。どうやら、レニスは私をからかって遊んでいるらしい。


「ひとまず過去の遺恨は全てを水に流す。そして、まずは良き友人からというのはどうだろうか?」


「そんな悠長なことをしている時間はない。今年中に皇帝はリンドバーグを再び攻めるよう、命を下すだろう。しかし、君が俺と結婚をしてくれるのであれば、俺が必ず戦争を回避してみせよう。必要であれば帝位の簒奪もしてみせるさ」


帝位の簒奪。

それはつまり、現皇帝である父上と、自分より高位の継承権を持つ兄弟を殺すということだ。

情熱と脅しと狂気をもって、全力で口説かれている。


「結婚を選べば、戦争は回避できるということだな」


「その通りだ」


「しかし、戦争を回避する手はもう一つあるぞ?」


「なに?」


「貴方を今ここで、私が殺せばいい。黒獅子さえ欠けば、北狼騎士団が遅れをとることはないだろうさ」


私が瞳に殺意を込めて睨みつけると、レニスは猫のように後ろに飛び跳ねて、すぐに臨戦態勢を取った。


「そう来たか…! そこまでして、俺との結婚は嫌か?」


「求婚自体は検討中だ。だが、結婚するにしても、しないにしても、私が脅しに屈するような女でないことを貴方には思い知らせなければならない」


私は静かに剣を再び抜きながら、そう告げた。

すると、レニスも大きくため息をついてから、柄に手を置いた。


「確かに狼の様に凶暴だよ、君は」


そうして、私たちは戦場で二人、剣と剣とで火花を散らし、

死線の上を綱渡りするようなダンスを踊り始めた。


次話から連載版のスタートとなります。


【作者からのお願い】


もしよろしければ、本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけますと幸いです!


より多くの方に作品を読んでいただく事が出来るので、作者である自分の執筆意欲が高まります…!

ブックマークもよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦場での陣形や動きがとてもわかりやすく、イメージもできて臨場感があり、動悸を抑えつつ愉しみました。 [一言] 「…(前略)… 私が脅しに屈するような女でないことを貴方には思い知らせなければ…
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