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幕間「恋に落ちるということ」

レニス視点のお話となります。

※申し訳ありません。作成途中のものを投稿してしまっていたようなので、完成版の再投稿となります。

アリストリア帝国の現皇帝、グランデイル・デン・アリストリア。

その命は、もはやそう長くはないだろう。


元々は頑強な巨躯を持ち、生まれながらの怪力をもって数多の戦場で戦果を上げてきたと言われる皇帝も、病魔に侵され早三年となった。

玉座の間に集められた重臣たちと、皇子皇女の前に現れた皇帝は、かつての記憶にある姿と比べ驚くほどにやせ細り、その濁り淀んだ眼を見て、俺はそう確信した。


「リンドバーグを攻め滅ぼすのは、余の大願である。何人であろうとも、余の覇道を邪魔するものは許さぬ。何人であろうとも、だ」


玉座に腰を下ろした皇帝は、唐突にそうしわがれた声で話し出した。

怨嗟がにじむ言葉に、その場の人間は皆、息を呑み込んだ。


「だが、余の覇道を邪魔しようとする愚か者が、この場にいたようだ。そうであろう、モルゴール?」


「なっ!? 陛下!? わたくしめは決してそのような逆心を抱いたことはございませぬ!」


名を呼ばれて慌てた様子で立ち上がったのは、第六騎士団の騎士団長であるモルゴール・レンブレイン侯爵であった。


「梟からの報告によれば、貴様はリンドバーグを再び攻めればまた無駄な血が流れるなどと、騎士団内で公言していたようだな? 無駄な血? 無駄な血だと!? よくもその様な戯言を抜かしたな!?」


激昂する皇帝の剣幕に、モルゴール侯爵の顔面は蒼白となった。

梟。皇帝直下の隠密部隊であり、皇子である俺ですらその構成員の顔も知らない。

敵味方問わずどこにでも梟は紛れ込んでおり、常に言動を監視していると言われるが、その実態は闇の中だ。


「わたくしはリンドバーグへの侵攻を否定したのではございませぬ! ただ、我が第六と黒獅子の第八騎士団は昨年の攻城戦で多くの損害を出し、未だその補填も十分にできておらず、すぐに再侵攻を仕掛けるのは兵の消耗を更に大きくさせる恐れがあると——」


「黙れ! 憎きリンドバーグと戦い、流れた帝国兵の血に、無駄な血など一滴もないわ! レインガル、この愚か者の首を刎ねよ!」」


皇帝のその一言に、皇帝の後ろに侍っていた一人の壮年の男が「承知致しました」と呟き、剣を抜いた。

レインガル・ギルバート。

俺の剣の師であり、組織に属さぬ皇帝専属の護衛である。

猜疑心が強く、常に暗殺を恐れる皇帝が最も篤い信頼を寄せるレインガルの剣の腕は、帝国最強と称される。


「へ、陛下!? お考え直しください!」


「貴様も騎士であれば、剣を取ってレインガルと戦ってみせよ。もし勝つようなことがあれば、不問にいたそう」


皇帝は冷酷な笑みを浮かべてそう返すと、モルゴールは絶望に顔をゆがめた。

だが、モルゴールとて騎士団長にまで上り詰めた男だ。

すぐに剣を抜くと、レインガルに対して油断なく構えた。


モルゴールは確かな実力者ではあった。

しかし、相手があまりに悪い。

剣を一度も打ち合わせることすら叶わず、その首はあっけなく飛ばされた。


我が師ながら、悪魔のごとき剣だ。

斬られたモルゴールも自分が死んだことにすら、気づいていないかもしれない。

余りにも鮮やかな斬撃で、首が飛んでしばらくしてからようやく噴水のように血が断面から吹き出し始めた。


「見よ、そこで噴き出る愚か者の血こそが、無駄な血である。皆、目に焼き付けよ」


唾を呑み込むことも叶わぬような、恐怖による沈黙がその場に重く降りた。


反戦の意を唱える者は許さないと言う、皇帝のメッセージは嫌と言うほどに刻み込まれたことだろう。

人を恐怖で縛ることに関しては、長けていると認めざるを得ない。


皇帝がレインガルを伴って、玉座の間を去っても、しばらく誰もその場から動こうとしなかった。



*****************



「レニスフィア様、サマン子爵より面会依頼がございました」


「どうせ自分の娘を嫁に貰ってくれとでも言いに来たのだろう。適当に断れ」


「鍛治組合の商会長からの陳情が上がっております」


「リリンに対応させろ。武具の納期については三日までは延ばせると伝えよ」


「街道沿いの宿場街が流れ者の傭兵たちに占領されたと」


「ジグミーに数名兵をつけ、討伐に向かわせよ」


帝都から自分の領地に戻ってくると、待っていたのは山のような仕事の数々だった。

目の前に山と積まれた書類を片しながら、次々とやってくる報告や相談に対し、部下たちに指示を与えていく。


リンドバーグとの戦争の気配が色濃くなるにつれ、机仕事が増え多忙な日々が続いていた。


俺は黒獅子と呼ばれ、数多な戦場を駆けてきた。

しかし、黒獅子が第二皇子のレニスフィアであることは、帝国内でも限られた一部の人間しか、知らないことだった。


第二皇子であれど、俺の母親の身分は子爵家と低く、次期皇位の継承権でいえば、上から七番目となる。

幼少の頃から剣の才を認められ、皇帝の気まぐれでレインガルに師事することを許された。


そして、十五の歳から身分を隠し、勝手に戦場に出るようになったが、それが黙認されてきたのは仮に俺が死んでも構わなかったからであろう。

皇子皇女を全て合わせれば、十八人もいる。

代えならばいくらでもいた。


だが、俺が戦場で戦果を上げるようになり、黒獅子の名が帝国内でも広まると、皇帝直々の命で黒獅子の正体を隠すことは義務となった。


継承権の低い俺が、戦働きで民衆からの支持を得るようになれば、無駄な諍いを起こしかねないと判断したのであろう。


その後、二十歳となった年には連邦と帝国の貿易口の一つである、メントルの街の領主を任されることとなった。

同時に黒獅子としては、第八騎士団を率いることが許された。


そして平時はメントル領主として机仕事に追われ、戦時は黒獅子として己の部隊を率い暴れ回ると言った月日を送ってきた。


「しかし流石に忙しいな。これでは身体が鈍ってしまう」


「私としては、もう危険な戦場などに出ず、領主としての仕事にご専念頂きたいものです」


俺が黒獅子であることを知る数少ないものの一人である、執事のベルトンはそう言うとため息をついた。


「私としては、先ほどのサマン子爵との面会はお受け頂きたいものですな。子爵のご令嬢は、今社交界でも話題の器量良し。若様もそろそろ身を固めてもよろしい時期かと」


今年で二十四の歳となる。

皇子でこの歳まで、結婚はおろか、婚約すらしていない者は俺一人だった。


「そう言うな。前にも言っただろう、俺には心に決めた女性がいると」


「灰色狼の娘ですな。若様も殺し合った相手に惚れるなど奇特な趣味です。あれほどの手傷を負った若様を見たのも初めてで、私は心臓が縮みあがりましたぞ」


やれやれと、首を横に振るベルトンを見て、俺も思わず苦笑してしまった。

昨年の冬、リンドバーグが擁する北の砦で行われた攻城戦はまさに激戦であった。



*****************



北の砦を守る北狼騎士団と、それを率いる灰色狼オースデン・ナイトレイ。

それまで多くの戦場で相見え、苦渋を飲まされてきたリンドバーグの最精鋭の騎士団である。


俺がまだ十代の頃から、灰色狼とは剣を交わしてきた。

そして幾度となく吹き飛ばされ、敗走してきた。


今振り返ってみれば、まだ若かりし頃に無謀にも単騎で灰色狼に挑み、命を取られなかったのは手心を加えられたからだろう。

敵ながらもその強さには憧れを抱き、レインガルが第一の師であったとするならば、灰色狼は俺にとって第二の師ともいえる存在だった。


だからこそ、皇帝が北の砦に毒を仕込んだと知った際には眩暈にも似た怒りを覚えた。


あの攻城戦が始まる前日、奇襲作戦の詳細は伝えられないまま、北の砦から半日ほど離れた場所で第六、第八騎士団は待機させられていた。

そしてその夜更け、皇帝の勅使から王国の第一王子の視察訪問に合わせて開かれた宴会の席で、忍び込んだ梟が酒に毒を混ぜることに成功し、北狼騎士団の団長含む多くの騎士が倒れたので、この機に乗じて砦を攻め落とすようにと皇帝の勅命が伝えられた。


指揮官を欠いた状態であれば、北の砦がいくら堅牢といえども一日と持たないだろうと俺は予想した。卑劣な手段で好敵手を失うことになり、忸怩たる思いであったが、どうせ砦が落ちるならば俺の手で落としたいと願った。


だが、いざ砦に攻めかかると、予想に反してその守りは堅かった。

毒と奇襲に揺らいでいるはずの北狼騎士団の生き残りは、異様に高い士気を保ち、規律の取れた動きでこちらの攻め手を粘り強く跳ね返した。


灰色狼が倒れたのは誤報だったのではとも疑ったが、明らかに常時と比べ砦を守る北狼騎士団の兵士の数は少なく、灰色狼の姿も城壁の上に確認されなかった。


『どうやら女兵士が砦の指揮を執っているらしい』


そんな奇妙な噂が流れ始めたのは、砦攻めを始めてから二日目の夜だった。

その日、生き残った負傷兵の何人かが城壁の上で、剣を片手に駆け回りながら、指揮を飛ばす若い女を見たという。


ほとんどの兵士は笑ってその噂を否定した。

北狼騎士団にも女兵士はいるだろうが、この激戦の中で指揮を執り、ここまでの奮闘を見せる人物であれば存在を知らないはずはなかったため、その時は俺も一笑に付した。

だが、依然として砦側の指揮官は不明のままだった。


三日目の朝からはそれまでに増して激しい攻勢に出た。

すでに日数の余裕はなく、明日には攻め落とさなければ王国の援軍が到着してしまうだろうという焦りが全軍に広がっていた。

城壁の下には、帝国兵の死体が山となって積み重なり、多くの兵の顔に疲労と恐怖が色濃く浮かんでいた。

余りに多くの犠牲を払いながらも、太陽が頭上高くに昇る頃になって遂に砦の門を打ち破ることができた。


俺はいの一番に砦の中に入り込むと、目の前に立ちはだかった王国兵を斬り伏せ、すぐに近くの家屋の屋根によじ登って、そこから砦の内部を見渡した。

すると、王国の近衛騎士団の軍服を着た一団が南側の門から逃げ出そうとしているのを発見し、そこに第一王子がいるに違いないと見て、駆けだした。


第一王子は、剣を握ったこともなさそうな、見るからにひ弱そうな若者であった。

こちらを振り返った王子の怯えた顔を見て、殺すのも忍びないとすら思ったが、大将首を見過ごすわけにもいかなかった。


王子を守る近衛の兵は、装備はいいが剣の腕は大したことなく、苦も無く全員を叩き斬った。一人残された王子はその場でしりもちをつき、頭を抱えて震えていた。

その姿は、とても王の器ではなかった。


せめて苦しまずに逝かせてやろうと、剣を王子に振り下ろした瞬間、俺と王子の間に割って入る者がいた。

その兵士は俺の斬撃を正面から受け止めようとしたが、剣圧に耐え切れず剣が砕け、俺の剣はそのまま兵士の頭をかち割った。


と、思ったのだが紙一重のところでその兵士は俺の剣の直撃を避け、致命傷を免れた。

衝撃でかぶっていた兜は割れ、その中で束ねられていたのだろう銀糸のような長髪が広がった。

そして現れたのは強い光を帯びた、海の色を溶かし込んだような碧さの瞳。


一瞬、思考が止まった。

その瞳に宿る輝きに、強烈に貫かれた。


頬から顎にかけて斬り裂かれ、血が滴り落ちるのにも気を留める様子はなく、すぐに王子の腰から剣を奪い取ると、油断なくこちらに剣先を向けてきた。


『女?』


『狼さ』


俺の問いに一言そう返して、不敵に笑って見せた。

それを見て、俺はこの相手こそが砦の指揮を執っていた噂の女兵士なのだろうと直感した。


だが、真に驚いたのは剣を交わし始めてからだった。

蝶が舞うような動きで俺の剣をことごとく躱したかと思うと、時に鋭く踏み込み、俺の鎧の隙間に剣を滑り込ませてくる。

見る者を魅了するほどに華麗だが、あまりにも危険な剣であった。


何時しか俺は全力を出していた。

敵との殺し合いの時間が、まるで友との語らいの様でもあった。

驚いたことに目の前の女兵士は、俺と同類であることが分かった。

死と隣り合わせのこの場面において、間違いなく剣を楽しんでいた。


夢中で剣を交わしている間、目の前の女兵士の剣が徐々に冴え始めていることに気づいた。

すでにこれだけの腕を持ちながらも、まだそれだけ伸びシロがあるということ。

その剣の才は、底が見えなかった。


素晴らしい素質を持っているが、一方であまりに真っすぐな剣だった。

故に絡め手を使えば、均衡を崩せることはわかっていたが、殺すのはあまりに惜しいと思ってしまった時点で、俺の負けだったのだろう。


女兵士との戦いを楽しみすぎた結果、時間切れとなった。

打ち鳴らされた退却の鐘を聞いて、王国の援軍が来たことを察した。


『名は?』


『リリー・ナイトレイ』


どうせ答えることはないだろうと思って名を訊ねたのだが、素直に名前を教えてきたことに驚き、ナイトレイの家名だったことに重ねて驚いた。


北狼騎士団の団長オーガスト・ナイトレイには一人娘がいるという話は聞いていた。

つまり、この女兵士は灰色狼の娘であるということだ。


狼の子はまた狼であったか。


北の砦の攻城戦は失敗に終わり、メントルの街へと帰る道中も、リリーとの強烈な出会いを俺は何度も思い返すこととなった。


次に、リリーと会ったのはそれから数月が経った頃のことだった。

帝国内では、再侵攻の話が早くも立ち上がり、その前準備としてキュリジオ連邦とアリストリア帝国の間に緩衝地を作る計画が立案された。


そこで目をつけられたのは、帝国と国境を接するベルセリア国。

隣国のトリュール国とは長年に渡る確執を持ち、その現国王は長期的な視野を持たない凡才であると評価されていた。


メントルとベルセリアは互いに良き商売相手であり、ベルセリア王とも面識のあった俺がその計画の執行者に選ばれた。

トリュールを征服してベルセリアの領土とすることを認める代わりに、ベルセリアは連邦から離れ、帝国の属国となる。

言い回しは上品に整えられたが、端的に言えばそのような内容の提案をしたところ、呆気なくベルセリア王は密約を交わすことに同意し、トリュール国への宣戦布告を行った。


『ニワトコ団』は、俺の指揮する第八騎士団の新兵を連邦の実戦場で鍛えるために立ち上げた傭兵団であったが、トリュールとの戦争を前に構成員は俺の正体を知る腹心の部下たちで固めた。


ベルセリアとトリュールの戦争が長引くようなことがあれば、連邦内の他の国が介入してくる可能性がある。

つまり、戦場ではトリュール軍を圧倒的に壊滅させ、一気に王都まで進軍し、国を征服してしまう必要があった。

そのために麾下の騎士団の中でも、最精鋭の兵たちを集めた騎兵による突撃でトリュール王の首を獲る。

それが俺の考えた作戦だった。


全ては俺の計画通りに事が進んでいた。

だが、予想外なことが起こったのは、ベルセリアで開かれた傭兵たちの懇親会でのこと。


同じ戦場に仲間として立つ他の傭兵団たちの実力を測るためにも、『ニワトコ団』の団員として夜会に参加した俺は、連邦内でも特に悪名と勇名で知られた『双頭の毒蛇団』の団長を探して声をかけた。


イレネとカイネの双子の女傭兵が団長を務める異色の傭兵団であったが、傭兵団の頭脳と言われるイレネと話してみると、一介の傭兵とは思えぬほどの切れ者であり、『双頭の毒蛇団』の活躍の理由を知ることとなった。


続いて双子の片割れであるカイネにも声をかけたのだが、そこでリリーと再会を果たした。

銀髪をバッサリと肩口で切り、顔には俺の剣が付けた傷跡が残っていた。


帝国の皇子として数多な美しい貴族の令嬢を見てきた。適当に遊びも経験してきた。

だが、そんな俺がリリーを見た瞬間、無様なほどに心を揺さぶられてしまった。

敵として戦場で出会った時は、無意識に自分の感情を押さえつけていたのだということを自覚した。


夜会で出会ったリリーは、今まで出会った誰よりも美しく映った。

その碧の瞳にはまるで引力があるかのように、目が離せなくなった。

その顔の傷さえも、元々の整った容姿とのアンバランスさからか、不思議な魅力を生み出していた。


平静を装いながらも、その後一人になったリリーに話しかけてみると、想像していたよりもずっと気さくで可愛らしく、なによりその剣と同様に真っすぐな性格であることを知った。


俺は呆気なく恋に落ちた。


皇子として生まれてから、ずっと宮廷に渦巻く嫉妬と陰謀にさらされてきた俺は、自分に恋愛ができるようなまともな感情が残っているとは思っていなかった。

だがなるほど、「恋に落ちる」というのは言い得て妙だと納得した。

確かにまるで落とし穴にでも引っかかったかのように、予想もせずに突然、恋をしたのだった。


『貴方に恋をしてしまったようです』


気づけば愛の告白をしていた。

当然、リリーを困惑させる結果となった。

それはそうだろう。リリーからしたら初対面の、しかも得体のしれない男でしかない。

夜会を終えた後も、先走った己の愚かさを後悔し続けた。


だが、冷静になるにつれ、なぜナイトレイ侯爵家の一人娘が傭兵をやっているのかということが気になり始めた。

当然、考えたところで答えが出るわけもなく、おそらくは実践で腕を磨くために身分を偽っているのだろうと推測して終わった。


迎えたトリュール国との戦争の当日。

リリーのことはどうにかいったん考えないようにしながら、俺は風を待っていた。


突撃をもって一気にトリュール王の首を獲る。

そのためにはまず、敵の矢の雨をかいくぐり、敵陣に突っ込む必要がある。

両軍向かい合ったまま、ただ時間が刻々と過ぎていった。


そして、昼頃になるとようやく風向きが変わり、敵軍に対して向かい風が吹き始めた。

これで敵の矢の射程は短くなり、より敵の本陣の近い位置まで安全に馬を駆けることができる。


俺はさっと手を上げ、声を上げることもなく突撃を開始した。

『ニワトコ団』に扮する我が第八騎士団の精鋭たちは、俺の手足のように動く。

敵軍の矢が放たれる直前に、敵陣の隙を見出した俺が急転回すると、部下たちも一糸乱れず俺の後についてきた。

そしてギリギリのところで矢の雨を躱すと、そのまま敵陣の中央へとそのままに斬り込んでいった。


通常、傭兵団は騎兵による突撃を嫌う。

金で雇われているため、可能な限り自分たちの兵の損耗を避けようとするからだ。

だからこそ、俺たちの突撃は相手の意表を突いた。

敵陣の中央は最も兵の層が厚かったが、動揺した傭兵たちからは統率された反撃もなく、着実に敵陣を斬り裂いていった。


そして、遂にトリュール王のいる本陣にたどり着き、駆ける馬の勢いも剣に乗せ、すれ違いざまに王を鎧ごと両断した。


命を絶つ確かな手ごたえを感じて、大きく息を吐いた。

そこで初めて、リリーもまた敵本陣で戦っていたことを知った。

近くにはトリュールの王太子の死体も転がっており、リリーが仕留めたであろうことは明白だった。


何度この娘は俺を驚かせるのだろうか。

周りに『双頭の毒蛇団』の姿はなく、単騎掛けで敵国の王太子を討ち取るなどといった離れ業は、物語で語られる英雄のごとき働きだった。


そして、リリーには自身がアリストリア帝国の皇子であることを明かした。

他国の人間に黒獅子の正体を教えたなどということが皇帝に伝われば、命はないだろう。

だが、それでも俺はリリーには包み隠さず、己のことを語りたいと考えた。


会話をする中で、リリーが第一王子から婚約破棄をされ、王国を出奔したという話を聞き、怒り以上に喜びが勝った。


『好きだリリー、俺の妻になってくれ』


捻りも何もない求婚の言葉を口にしてしまっていた。

そんな言葉にも素直に顔を赤くして慌てる様子のリリーがなおさら愛おしかった。


しかし続いて、俺の妻になれば帝国と王国の戦争を止めてみせるなどと謳ったのは、完全に失言だった。

それだけ俺も焦っていた。

俺とリリーがキュリジオ連邦で再会できたのは奇跡でしかなく、この機を逃せば次はいつ会うことができるかもわからない。

多少強引な手を使っても、その場でリリーを手放したくないと願ってしまった。


結果、それはリリーの逆鱗に触れ、再び剣を交わすことに繋がった。

そのリリーの誇り高さすら俺は好ましいと思ってしまった。



*****************



「はあ…リリーに会いたい」


「若様も変わりましたな。剣にしか興味のないお方だったのに」


俺の気持ちも知らず、ベルトンはにやにやと笑った。

子供の頃から傍にいたからこそ、俺の変化が余計面白いようだ。


「やはり皇帝を殺して、帝位を簒奪するか。リンドバーグと和平を結べば、堂々とリリーに会いに行けるしな」


「若様…冗談でも、その様なことは口にするものではありません。モルゴール卿がどうなったかをもうお忘れで?」


途端にベルトンは顔色を変えてそう忠告をしてきた。


「半分本気さ。今の皇帝は狂気に呑まれている。己の死を予感して、その前にリンドバーグを攻め滅ぼす気だ。このまま私怨で大戦を始めれば、かつてない程の血が流れるだろう」


「皇帝は、かつて恋人をリンドバーグとの戦争で喪ったことを今でもお恨みなのでしょう。元はお優しい方でしたが、あれから人が変わられてしまいました」


ベルトンはまだ若かりし頃の皇帝の従者をやっていた時期があった。

たまにその頃の皇帝の話を懐かしそうに語るが、ベルトンの記憶の中のグランデイルという男は、現在の姿とは大きく異なるようだった。


「知ったことか。十八人も子供を他の女たちに産ませておきながら、過去の女の死に囚われているなど…いずれにせよ国を傾けていい理由にはならんさ」


少し前までの俺であれば、数十年前の恋人の死を未だに引きづっているなど、愚かとしか思えなかった。

だが、リリーと出会ってからは、その気持ちを理解はできないまでも、想像することはできるようになってしまった。


そんな軽口をたたいていると、執務室の扉をノックして一人のメイドが入ってきて、ベルトンに一通の便箋を手渡した。


「若様宛の手紙が届いたようです」


「手紙? いつも通り中身を確認し、重要な要件であれば後で伝えてくれ」


「いえ、それが若様の蝋封印を押された手紙でして…」


それを聞いて俺はすぐさま机から立ちあがり、ベルトンの手から手紙を奪い取った。

そしてすぐに封を切って中身を確認すると、それはリリーからの手紙であった。


「ベルトン、すまぬ。今日の午後の用事は全て中止にしてくれ」


「なんですと?」


「手紙を読んで、すぐに返事を書かねばならない。しばらく一人にしてくれ」


「承知いたしました…!」


ベルトンは重要な事案と理解したのか顔を引き締めると、すぐに部屋から出ていった。

嘘はついていない。

俺にとっては少なくとも、今この手紙を読むこと以上に優先すべき仕事などないと断言できる。


「案外、可愛い字を書くのだな」


手紙に綴られた字を見て、字すらも愛おしく感じてしまったのだから、もう俺は駄目かもしれない。


内容は残念ながら、求婚への返事ではなかった。

だが、リリーがあの戦場で別れてからどのような日々を過ごしてきたかが、楽しそうに綴られていた。


四度、五度と読み返し、それから俺も返事の手紙を書き始めた。

筆を走らせ続け、気が付けば夜になっていた。


しばらくリリーはリトリスの街に滞在予定であるということだった。

手紙の返事を書き終え、すぐに部下の一人を呼び出し、リトリスへ赴き『双頭の毒蛇団』の傭兵リリーへと至急手紙を渡すように命じた。


職権乱用である。それがどうした。


それから俺は、毎日のようにリリーからの手紙を読み直し、リリーからの手紙の返事を待ち焦がれる日々を過ごすこととなった。

次話から二章となります。


【作者からのお願い】

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より多くの方に作品を読んでいただく事が出来るので、作者である自分の執筆意欲が高まります…!

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