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第十七話「手紙」

クライマン侯爵の館の庭園から、誰にも気づかれないように抜け出した私は、街で便箋を買ってから『双頭の毒蛇団』の野営地へと戻った。


相手を知ることは大事だという、ウィスタリアの言葉を聞いて、少しだけ心が傾いた。

やはりレニスに手紙を出してみるべきだろうか。


だが、基本的な手紙の作法は知っていても、実際に男性に手紙など送ったことはなく、試しに聞きたいことだけを書き綴ってみたら詰問状のようになってしまい、その紙は丸めて捨てた。


「イレネ、折り入って相談があるのだが、手紙の書き方を教えてもらえないだろうか?」


「リリーに私が? 貴女、貴族の出なのだから手紙くらいは書けるでしょう? 誰に宛てる手紙なの?」


便箋を持ってイレネの天幕を訪れ、教えを請おうとしたところ、当たり前のように宛主を聞かれて言葉に詰まった。


「その………レニスに」


「あらあらまあまあ!」


私が渋々答えると、イレネは途端に満面の笑みになって、机に座るよう促してきたので私は大人しく従った。


「まずは手紙の書き出しね。やはり『親愛なるレニス様へ』がいいと思うわ」


「べ、別に私はレニスに親愛の念など抱いてないぞ!? 『拝啓』などで良くないか?」


「駄目よ。女が男に手紙を送る際の決まり文句だから。文句言わずに書いて」


イレネの圧が強かったので、仕方なく言われるがままに書き出した。


「続いてはそうね…筆を執った理由を綴るといいと思うわ。例えば『貴方と出会ってからというもの、貴方のことを考えぬ日はございませんでした。この募る想いをどうか貴方にお伝えたく筆を執った次第です』とかどうかしら?」


途中まで言われるがままに筆を走らせていたが、まるでレニスに私が恋焦がれているかのような文章に気づいて、顔が熱くなった。


「そ、そ、そんなこと書けるか!」


イレネに相談したのは間違いだったと悟った私は、便箋をひっつかんで、イレネの天幕から脱兎のごとく逃げ出した。


その後、誰に相談したものかを思案した結果、傭兵にしては珍しく、休みの日には街の図書館に通って本を読んでいる傭兵団の料理番のジジに相談をしてみた。


「え、手紙っすか。リリーさんが男性に?」


「ああ、書きたいのは決して恋文などではなく、あくまで普通の手紙だ。だが、自分で書いたら詰問状のようになってしまってな」


「なるほどっすね。任せてくださいっす!」


私が教えを乞うと、なぜかジジもまたイレネと同様に満面の笑顔になり、謎に腕まくりをし始めた。


「じゃあ、まずはその詰問状みたいになった手紙を見せてくださいっす。どこが問題かを洗い出してみるっす」


「いや、ちょっと見せるのは、その…無理だ」


レニスが黒獅子であり、皇子であることなども書き記していたため、そう答えたのだが、ジジは腕組みをしながら納得したように一人でうなずき始めた。


「わかっるっすよ。想いを寄せる相手への手紙は、他の人に見せられないもんっすよね」


「そうではない! 断じてそういう訳ではない!」


私がいくらそう弁明しても、ジジは信じてはくれなかったが、続けて有用な助言をくれた。


「たぶん詰問状みたいになったのは、リリーさんが自分のことを語ってないからじゃないっすか? 自分の近況とかを書き綴った上で、相手へ聞きたいことを訊ねるような文章にすれば、印象は変わると思うっすよ」


「なるほど…! ありがとうジジ! それで試してみよう!」


ジジの指摘はその通りで、私はレニスに聞きたいことだけを列挙していた。

私の近況などにレニスは興味ないだろうと思い、文章から省いていたが、あちらの情報を開示させるのであれば、まずは己の情報も開示して見せないといけないということだろう。


天幕に戻った私は早速、筆を執って、レニスと戦場で別れてからの日々を思い出しながら書き綴り始めた。


『双頭の毒蛇団』として王国側につくことを決めたこと。

イカルガという素晴らしい剣を商人から譲り受けたこと。

傭兵団の選考会がリトリスの街で行われたこと。

偶然にも父上と再会したこと。

模擬戦で出会った数々の実力者たちのこと。

デヴィン王子が模擬戦を観戦しに来たこと。

デューを倒し、父上に敗北したこと。

友人となったシシルの驚くべき剣のこと。

ウィスタリアと結婚について語り合ったこと。


書き始めたら、思っていたよりも色々な出来事があったのだなと、自分でも驚いた。


そして私はなぜだか手紙を書いているうちに、そんな過ごしてきた日々の中で感じた、驚いたことや悔しかったこと、嬉しかったことをレニスに共有したいという気持ちになっていた。


元々は、仕込まれた毒の件や今後起こるだろう王国と帝国間の大戦について訊ねようと考えていた。

けれど今はそれ以上に、レニスが私と出会う前、そして私と別れた後に帝国でどの様な日々を過ごしてきたのかを、知りたいと願うようになっていた。


「思いがけず、長文になってしまった…!」


昼過ぎから手紙を書き出し、完成した頃には陽も暮れていた。

私は予想外に分厚くなった便箋を閉じ、ロウソクの蝋を垂らしてから、レニスから渡された封蝋印で封をした。


「おーい、リリー! 夕飯の時間だぞ! 今日はお前の好物の揚げ鳥だってさ!」


「すまない。ちょっと街に行く用事ができた!」


カイネがそう言って私の天幕に顔をのぞかせたが、私は便箋を持って街に向かって駆け出した。

不思議なもので、手紙を書くか書かないかで散々迷っていたくせに、一度手紙ができてしまえば一刻も早く手紙を出したくなってしまっていた。


野営地からリトリスの街へと続く夜道を一人走った。

レニスは私の手紙を読んでくれるだろうか。

レニスは手紙の返事をくれるだろうか。


息が弾み、胸が躍っていた。


頭上に広がった星が落ちそうな夜空を見上げて、ようやく私は自覚した。


ああ、私は恋に落ちていたのだと。

これにて第一章完結です。ここまで読んでくださりありがとうございました。

この後レニス視点の幕間のお話も投稿予定です。


【作者からのお願い】

もしよろしければ、本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけますと幸いです!

より多くの方に作品を読んでいただく事が出来るので、作者である自分の執筆意欲が高まります!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 【他の読者様へ:ネタバレ含みます】 作者様、一章完結、心からお疲れ様と申し上げますです。とても愉しく拝読して参りました。ありがとうございます。 リリーさんが手紙を満足に書けるようになる…
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