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第十六話「自由な恋」

私が模擬戦で倒したデューの妹であるウィスタリアは、傭兵である私に対し「兄の代わりに」と言って頭を下げた。

兄と違って良識を持った人の様だった。


「兄は北の砦の戦いから生還してからというもの、周りからデヴィン王子と共に黒獅子から国を守った英雄扱いをされ、すっかり勘違いをしてしまったのです。元々、剣など得意ではなかったのに」


「そうでしたか」


「劇場でも叔父様…クライマン侯爵の前で良い所を見せようと考えたようですが、逆に叔父様の顔に泥を塗る結果となり、昨夜は相当絞られていましたよ」


そう言えば、デューはクライマン侯爵の甥にあたるとのことだった。つまり、ウィスタリアもまた、侯爵の姪にあたる親戚筋ということだ。


「昨日の模擬戦は素晴らしかったですね。わたくしは剣のことなどよく分かりませんが、傭兵の皆様の戦う姿には感銘を受けました。本当は昨夜のパーティーにも参加して、傭兵の方々とお話したかったのですが、叔父様に止められてしまったのです」


「侯爵様のお気持ちもわかりますよ。傭兵は礼儀作法など身に着けていませんからね。乱暴者も多いですし、ご令嬢は基本近づかない方が賢明かと」


「あら、ではルルー様は稀有な例外なのですね。朝早くに目が覚めたので、お庭の散歩に出て正解でした。ルルー様とこうしてお話できたのですから。最初は死体かと思って、驚きましたが」


そう言って上品に笑うウィスタリアは、大人しそうな見た目に反して、好奇心が旺盛なようだった。

傭兵相手にも対等な目線で会話をする、その貴族らしからぬ性格も好ましかった。


だが、貴族のご令嬢と傭兵が二人きりで話しているところを見られれば、外聞が悪いだろう。

人が来る前にこの場を去ろうと思っていたが、一つだけ聞いておきたいことがあった。


「ウィスタリア様は昨日、劇場でデヴィン王子のお隣に座られていましたよね?」


「舞台からも見えていたのですか。叔父様はわたくしをデヴィン王子の婚約者にするために躍起になっているのですよ。今回も王子の話し相手を務めるようにと叔父様から連絡があって、伯爵領から大急ぎでこのリトリスに来たのです」


ウィスタリアの話を聞いて、まだデヴィン王子の婚約者が決まっているわけではないことを知った。

そして、ウィスタリア自身はあまりその婚約を望んでいるようには見えなかった。


「ウィスタリア様は、王子との婚約にはあまり乗り気ではないのですか?」


「貴族の娘に生まれた以上、家の利益となる相手と結婚することは当然だと理解しています。ですが、デヴィン王子の元婚約者であるリリー様のことはご存じでしょうか?」


唐突に私の本当の名前が出てきて、私は小さく冷や汗をかいた。


「な、名前だけなら聞いたことがあるような?」


「わたくしもリリー様のことは遠目で一度拝見しただけなのですが、リリー様はわたくし達、王国の貴族令嬢の中では憧れの存在でした」


「憧れ!?」


「そのお姿は妖精のように美しく、博学多識でありながら、騎士をも打ち破る剣の達人。まさに非の打ち所のない素晴らしいご令嬢でした。そんなリリー様が、詳しい事情は明らかとなっていませんが、デヴィン王子に婚約破棄をされたのです」


自分の知らないところで美化され広まっていた私の印象に、令嬢としては非の打ち所がありすぎると自覚している私は、全身がかゆくなってきた。


「あのリリー様ですら婚約破棄をされてしまうのであれば、例えわたくしがデヴィン王子と婚約を交わしたとして、いつそれが破棄されるかと怯える日々を過ごすことになるでしょう」


ウィスタリアは一度息を吸って吐くと、深刻な面持ちで続けた。


「ですがそれ以上に、周囲から常に元婚約者のリリー様と比べられるようになるなど、堪えられる気がしないのです。わたくしは、リリー様のように完璧ではないのですから…!」


全身のむずがゆさは限界に達し、「もうやめてくれ!」と叫びたくなるのをグッと堪え、私はウィスタリアの両肩に手を置いて、真正面から向かい合った。


「大丈夫です。この世に完璧な人間などいない。それはそのリリーという令嬢も、デヴィン王子も同じこと。それに人間、多少の欠点がある方が、面白いし魅力的だと私は思います」


「そうでしょうか…?」


「とにかく! リリーとかいう令嬢と己を比べる必要もないし、周囲の声を気に掛ける必要もない。少なくとも私はこの国の未来の王妃となる方は、傭兵相手にもこうして気さくに話してくださる貴女の様な方であると嬉しい」


「…ありがとう、ございます。ルルーさんにそう言われて、なんだか勇気が湧いてきました」


瞳に涙を溜めながらも、そう言ってウィスタリアは笑った。

焚きつけるような物言いとなってしまったが、それは私の本心からの言葉でもあった。


「でも私個人の考えを言うと、ウィスタリア様にはご自身が幸せになる道を選んで欲しいです。デヴィン王子の人柄が気に入らなければ、無理する必要はない。侯爵の思惑など、どうでもいい。いざとなれば身分を捨てて逃げるのも手です」


「逃げる、ですか?…考えたこともなかったです」


「もちろん市井で生きるのも簡単ではない。逃げるなら入念な準備が必要でしょう。それでも、結婚する相手は自由に選べますし、結婚をしないのも自由です」


「自由な恋愛…それは、少し憧れてしまいますね。そっか、逃げるのもまた一つの道。ルルーさんはすごいです。発想も自由で縛られないのですね」


貴族に生まれた女性が背負う「責任」という名の重しについては、私も知っている。しかし、そこから結果的に逃げ出した私だからこそ、伝えておきたいことだった。


「ルルーさんは、恋人はいらっしゃるんですか?」


「うえ!? い、いないです!」


「そうなのですか? 同性のわたくしから見ても、これほど魅力的なのに。それでは想いを寄せる方は?」


「それもいないです…が、少しばかり気になっている者ならおります」


私がそう答えたとたん、ウィスタリアは目をキラキラと輝かせ始めた。


「どんな方なのです? わたくし、すごく気になります!」


「うっ、えっと、凄腕の剣士です」


「やはり剣士は剣士に惹かれるものなのですね。良くお会いされる方なのですか?」


「いえ、会ったのは三度だけ。知っているのは剣の腕前とその身の上だけで、知らないことだらけです」


「それはいけませんね。相手をよく知らねば、どんどん理想だけが膨らんで、実像を知った時に幻滅するものだそうですよ。わたくしも姉上の受け売りですが」


「な、なるほど? 勉強になります」


すごい前のめりに話すウィスタリアに気圧されながらも、私は素直に頷いて見せた。


「ルルーさんの恋、応援します。ルルーさんもどうかご自身が幸せになる道をお選びください」


「ありがとうございます」


それがウィスタリアの真心からの言葉だということがわかり、私は温かな気持ちに包まれた。

だが、館から使用人がウィスタリアのことを捜す声が聞こえてきたので、その場を離れることにした。


「人が来る前に私は失礼いたします」


「ええ、楽しい時間をありがとうございました。また、会えますでしょうか?」


「そうですね…もしまた庭で寝ていたら起こしてください」


「わかりました。その日を楽しみに待っておりますね」


私とウィスタリアはそんな冗談めいたやり取りを交わして、別れたのだった。


そして秘かに心に決めた。

もしデヴィン王子がウィスタリアと婚約を交わしたのちに、裏切って泣かせるようなことがあれば、その時は容赦はしないと。


【作者からのお願い】


もしよろしければ、本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけますと幸いです!


より多くの方に作品を読んでいただく事が出来るので、作者である自分の執筆意欲が高まります…!

ブックマークもよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] リリーさんが貴族令嬢から羨望の眼差しで見られていた存在だった、ということが、王子妃になるかもしれない少女から語られるなんて、見方によっては皮肉?嫌味?になります。 是非とも王子さんの御前…
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