第十五話「天賦の才」
「そうか、貴女がシシルだったか…!」
父上と互角に渡り合った剣士と聞いて、勝手に熊のような屈強な男性を想像してしまっていた。
それがまさか私と歳の変わらない女性だったとは。
「そうです。シシル・ルーンライト。それが私の名前です」
「模擬戦の決勝戦で素晴らしい戦いをしたと聞いて、貴女に一度会ってみたかった」
「君はルルーですよね。灰色狼との模擬戦、見ていました」
私の偽名の方を覚えてくれていたシシルに対して、私は周りを見渡してから、耳打ちをするようにして本当の名前を告げた。
「私の本当の名はリリーという。実は『双頭の毒蛇団』に所属する傭兵なのだが、今は訳あって変装しているんだ」
「リリーですか。私の故郷では百合の根を食べますが、美味しくて好きです。良い名前ですね」
「そういう褒められ方は初めてされたな」
だいぶ…いや、かなり変わっているが、悪い人間ではなさそうだ。
言動も意外性に富んでいて、戸惑いもするが、面白くもある。
「それでリリーはお友達になってくれますか?」
「もちろんだ。私もシシルの剣を見せてほしいと思っていたのだ。共に剣の腕を磨き合い、高みを目指せるような友人になれればと思う」
「じゃあ今から見せます。庭園に出ましょう」
「だが、どうやって?」
私は聞き返したが、シシルは黙ったまま一人歩き始めた。
広間と繋がる侯爵家の庭園へと出ると、広間からは陰となって見えない場所でシシルは適当な植木の枝を二本折って、その片方を私に投げ渡してきた。
ようやくその意図を理解した私は、胸の高鳴りを抑えられなかった。
「なるほど、枝を剣に見立てた立ち合いか」
「剣の腕を測るなら、枝で十分です」
そうして枝を構えたシシルは、隙だらけに見えた。
実力者が持つ肌を刺すような闘気も、視線の鋭さも、構えの迫力もない。
その姿勢は棒立ちで、まるで剣など一度も持ったことのない令嬢のようですらあった。
「それが不気味だな」
イレネやカイネから話を聞いていなければ、私も目の前のシシルを実力者だとは思わなかったかもしれない。だが、シシルはあの父上相手に互角に戦った剣士なのだ。
「来ないんですか?」
「往くさ!」
油断はしない。
私は深く集中しながら、最大限の警戒をもって、シシルの剣の間合いに踏み込んだ。
だが、それでもシシルは動かない。そして依然としてあまりにも隙だらけに見える。
それでも油断はしない。
私の最も速く、最も得意な刺突をシシルの喉元狙って放った。
「はい、私の一本です」
だからこそ、自分の首元に添えられたシシルの枝を見て、理解ができなかった。
いや、違う。理解はしている。
単純にシシルは私の攻撃を避け、私の首元に枝を置いただけだ。
なのに、まるで気づいたらそこに枝があった。
私が知覚できない意識の隙間を縫うような、人間離れした技であった。
「…すまない。もう一本、立ち合いをお願いできるだろうか」
「いいですよ」
それから十本立ち合った。
毎回異なる戦術を立て、持てる技術の引き出しは全て開け、模擬戦で戦ったどの試合よりも深く集中して挑んだ。
だが、ことごとく負けた。
何もできず、一方的に。
「まだやりますか?」
「…いや、やめておこう」
「そうですね、これ以上は無駄ですし」
シシルはそう言って枝をぽいっと投げ捨てた。
私は滝の様な汗をかき、肩で息をしていたが、シシルは汗一つなく、息一つ乱してはいなかった。
「恥じる必要はないですよ。私は天才らしいですから」
そう言われても納得してしまうほどに、シシルは天賦の才にあふれていた。
私自身も剣の才があると言われ育ってきたが、シシルの才と比べれば霞んでしまう。
「模擬戦でも一度も本気は出しませんでした。本気を出すと勝手に絶望をして、みんな私のことを嫌いになるので」
その言葉も、本当なのだろう。
つまりは、あの父上相手にすら、本気を出さずに引き分けに持ち込んだということだ。
「リリーはお友達になってくれたので特別に本気を出しました。でも、やっぱり私のこと嫌いになりましたか?」
顔は無表情のままだったが、どこか諦観したような雰囲気があった。
先の発言から察するに、過去に嫌な思い出でもあるのだろうか。
私には、今一つそのシシルの問いの意味がわからなかった。
「嫌いになる? むしろ、こんなに嬉しいことはないぞ! 強敵との出会いと痛烈な敗北こそ、己の剣を磨く最高の砥石になる! シシル、私は貴女のおかげで、まだまだ強くなれる!」
なんと幸運な出会いだろうか。
私はこれまでレニスや父上のような強者との立ち合いを頭の中で想像しながら、日頃一人で鍛錬に励んできた。
だが、やはり実戦に勝るものはない。
特にシシルの様な格上の強者に今後も手合わせを願えるなど、それ以上に贅沢なことはないだろう。
一人でそんなことを考えて興奮していたが、はっと我に返ってシシルに目を向け直すと、シシルは呆然とした顔で私を見ていた。
いけない、引かれただろうか。
「今の私では貴女から一本を取ることができない。だが、週に二度、いや、週に一度でもいい。シシルがリトリスにいる間は、立ち合いをする機会をもらえないだろうか。次の季節が巡るまでに、必ず一本を取って見せる」
私が手を合わせて誠心誠意そうお願いをすると、シシルはようやく元の顔に戻って、口を開いた。
「リリーって変な人ですね」
「シシルにそう言われるのは流石に不本意なのだが!?」
人生で出会った中でもとびっきりの変人に、私が変人扱いされるとは。
人生とはまさに予想外の連続である。
「シシル様、お迎えに上がりました」
突然、後ろから声がしたので慌てて振り返ると、そこには老齢の男が立っていた。
老齢ではあるものの背筋は真っすぐ伸び、今なお現役の歴戦の雄と言った風格を備えていた。
「セルグリット」
「我々を伴につけず、このような夜会に一人で参加されるとは。ゼリエル様に知られれば、なんと申されるか」
「わかっている。大人しく帰るので、少し待て」
セルグリッドという男に対しては口調が変わったシシルだったが、私に向き直ると、手を差し出してきた。
「週に一度でよければ、立ち合いましょう。でもその後は一緒に遊んでください」
「ああ、わかった。ありがとう、シシル」
その手を私はしっかりと握り返すと、シシルは笑みを浮かべた。
そのことにセルグリットがわずかに驚いた反応を見せていた。
それだけシシルの笑顔は珍しいらしいのだろうか。
そして、シシルはセルグリットと共に去っていった。
私は二人の背中が見えなくなってから、ようやくその場に大の字になって倒れこんだ。
シシルの前では我慢をしていたが、体力の限界であった。
「世界は広いな」
今まで積み上げてきた私の剣が通じなかった悔しさと、私の剣の伸びシロを感じた立ち合いだった。
本当に限界まで出し尽くしたからか、そのまま睡魔に襲われて、私は気絶するようにその場で眠りに落ちてしまった。
「――あの、大丈夫ですか?」
肩をゆすられて目を覚ますと、もう夜は明けて、日が昇っていた。
どうやらあのまま誰にも気づかれず、朝まで眠りこけてしまったようだった。
「すみません。変な場所で寝てしまったようです」
恥ずかしさがこみ上げ、私はすぐに起き上がって、服についた草を手で払うと、起こしてくれた女性に目をやった。
深窓の令嬢とでもいうような、淡い青の清楚なドレスを身にまとった可憐な女性だった。
どうも、どこかで見たことのある顔だった。
「あの、貴方は模擬戦に出ていらっしゃいましたルルー様ですよね」
「その通りです。もしかして模擬戦を劇場でご覧になっていましたか」
「模擬戦ではわたくしの兄が大変な失礼を働き、申し訳ございませんでした」
「兄?」
「わたくしは、デュー・アトリエルの妹の、ウィスタリア・アトリエルと申します」
そう言われて、ようやく思い出した。
ウィスタリアと名乗った目の前の少女が、劇場でデヴィン王子の隣に座っていたことを。
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