第十四話「月の耳飾り」
「おっ起きたか、リリー」
私が目を覚ますと、カイネが上から顔を覗き込んできた。
どうやら見覚えのない部屋でベッドに寝かされていたようだ。
「…ここは?」
「劇場の休憩室だよ。おい、イレネ! リリーが起きた!」
カイネがそう呼びかけると、イレネもやってきて水の入ったコップを手渡してくれた。
「大丈夫、リリー? 記憶はあるかしら?」
「記憶? …あ、そうか模擬戦!」
私はコップの水を一口飲み、そこでようやく意識がはっきりとして、ベッドから上体を起こした。
どうも先ほどから首や頭が痛かったのは、父上に目つぶしをされた後、剣で叩かれたからだろう。
「模擬戦はどうなった?」
「アタシは準決勝で負けちまった!」
「でも、結局最後の八人に残っていた傭兵たちの所属する傭兵団は、全て王国と雇用契約を結んでもらえることになったわ。私たちの目的は無事達成できたのよ」
「そうか、それは良かった」
それを聞いて私はほっと胸をなでおろした。
しかし、まさかカイネも準決勝で敗れるとは、模擬戦に勝ち残った傭兵たちは想像以上に実力者揃いであったということだろう。
私も戦いたかったが、こればかりは仕方がない。
「結局、誰が優勝したんだ?」
「決勝はリリーのお父様と、『蒼月団』の傭兵シシルの引き分けで終わったわ」
「ん!? ちょ、ちょっと待て。どういうことだ!?」
「あのバカつえー騎士団長、リリーの親父さんなんだろ? リリーを倒した後も準決勝に出るとか言い出して、そのまま模擬戦に参加しちまったんだ。準決勝の相手は一撃で吹き飛ばされちまって、ありゃあ可哀想だったぜ」
北狼騎士団の長であり、侯爵家の当主でありながら、父上は何をやっているのか。
カイネの話を聞いて私は恥ずかしくなってしまい、しばらく顔を手で覆った。
「…しかし、父上と引き分けたという、そのシシルという傭兵。どんな者だったか思い出せないが、とんでもない使い手だったのだな」
「アタシが負けたのも、そいつだ。『蒼月団』なんて聞いたこともねえ傭兵団だし、一つ前の試合でもあんま印象のない奴だったんだが、実力を隠してやがった。正直、コテンパンにやられたぜ」
「仕方ないわ。カイネも善戦はしていたわよ。でもあれは天才の類ね。決勝は本当に見応えのある戦いだったわ。互いに一歩も譲らず、先に両者の剣の方が壊れて引き分けとなったの」
「そうだったか。シシルか。まだ世界には多くの未知なる強者がいるものだな!」
決勝の戦いが見られなかった悔しさを感じつつも、喜びの方が勝った。
父上相手に互角に戦えるほどの剣士ならば、ぜひ一度手合わせを願いたい。
そして叶うならば剣の手ほどきを受けたいものだ。
「この後、西鷲騎士団や雇用契約を結んだ傭兵団の代表者たちを集めて、懇親会をクライマン侯爵の館で行うそうよ。おそらくデヴィン王子も参加すると思うわ。嫌なら体調不良を理由に休んでも構わないけれど、リリーはどうする?」
そう言われて私は大いに悩んだ。
本来であれば、デヴィン王子と近い距離で顔を合わせるかもしれない危険は避けたい。
だが、先ほど名前の挙がったシシルという傭兵も参加するのであれば、是非とも話をしてみたかった。
「…参加しよう」
「あら意外。リリーは断ると思ったのに」
「これから共に仕事をする西鷲騎士団や他の傭兵団の者たちと交流を図るのも、大事な仕事だからな」
「うそつけ! リリーはさっきの話を聞いて、シシルの奴に会ってみたくなっただけだろ! それに変装して偽名使って参加すんだから、交流もクソもねえぜ!」
「ぐむむむむっ!」
どうにも最近、カイネに見透かされることが増えてきた気がする。
野生の嗅覚も馬鹿にはできない。
私はとりあえず、カイネの鼻をペチンと指ではじいておいた。
*************
クライマン侯爵の館の広間には、西鷲騎士団の騎士たちと各傭兵団の代表者たちの他に、模擬戦を観戦した貴族たちも招待されており、総勢数百名の大規模な懇親会となった。
侯爵の館はベルセリアの王宮をはるかに上回る規模を誇り、調度品の数々も豪華でありながら上品に統一されており、その財力には目を見張るものがあった。
招待された傭兵たちは、ベルセリアの時のように正装を強要されることはなかったが、各々身ぎれいな格好をして参加していた。
あの模擬戦を勝ち抜くほどの実力ある傭兵団は、貴族との仕事にも慣れているのか、皆がそつなくその場に溶け込んでいた。
警戒していたデヴィン王子は、大きなステンドグラスが飾られた広間の最奥に用意された席にクライマン侯爵と並んで座り、そこで招待客たちの挨拶を受けていた。
そちらに近寄らなければ、まず問題はないだろう。
「なあなあ、カイネ! そのシシルというのは、どこにいる!?」
「んあ? こんだけ人多いとわかんねえな。にしても、ここの料理、めちゃくちゃ旨いぜ!」
カイネは広間に用意された料理の数々を、次から次へと巡りながら舌鼓を打っていた。
確かに味が良い。クライマン侯爵は良い料理人まで囲い込んでいるようだった。
料理に夢中なカイネは、シシルを捜すことを協力してくれるつもりは全くないようだったので、私は自力で捜すことにした。
「ではカイネ。特徴だけ教えてくれ」
「ええ? えーと確か、赤髪で、目がでかくて、やせ気味だったか? あんまよく覚えてねえや!」
「も、もう少し何か特徴はないか?」
「んーーー? あっそうだ。月の形した耳飾りをつけてたな!」
なるほど、それはわかりやすい特徴だ。
私は一人、広間の人ごみをすり抜けつつ歩き回り、目を皿のようにして捜し歩いたが、どうにもそれらしき傭兵は見当たらなかった。
父上との戦いの後だ。
引き分けに終わったとは言え、どこか怪我を負ったか、少なくとも疲弊したことだろう。
大事を取って、懇親会には不参加を選んだとしても不思議ではない。
「仕方ない、カイネのところに戻るか」
諦めて元いた場所に戻ろうとしたところ、視界の隅に一人の女性が映った。
年齢は私と同世代であろうか。
服装を見るにおそらく傭兵だが、随分と整った顔をしている。
それもあってか、壁際で若い貴族の男二人に言い寄られていたが、表情を見るにあまり喜んでいる様子ではなかった。
「捜しましたよ。全くどこ行っていたのですか、さあ戻りましょう」
そう言って私は横から女性の手を取り、さっさと歩き始めた。
後ろから貴族の男が何か言ってきたが、聞こえないふりをしてそのまま人ごみの中に紛れ込んだ。どうやら追いかけてくる気配はないので、十分距離を置いた所で女性の手を離した。
「助かりました。ありがとうございます」
女性はそう言うと、その場で丁寧に頭を下げた。
その所作にはどこか貴族の様な気品があり、普通の傭兵とは思えなかった。
私と同様、訳ありなのかもしれない。
「いえ、ご迷惑でなかったようでよかったです」
私がそう返すと、女性はじっと私の顔を見つめてきた。
そして一度首をかしげ、私の首元近くで「くんくん」と匂いを嗅いだかと思うと、ぺろっと私の首筋をいきなり舐めた。
「うえあ!!? え!? な、な、なにを!?」
「ああ、女性でしたか。どっちかなと思って」
動揺のあまり変な声を上げてしまった私に対して、いきなり奇行に走った女性は平然としていた。
「人の首を舐めなくても、聞けばいいではないですか!?」
「女性と男性で味が違うので、舐めた方が早いと思いました」
「え、そうなのですか? …いや、そうではなく! 初対面の人間の首を舐めるなど、その、はしたないことです!」
「それは初めて知りました」
「…変わっていると、よく言われませんか?」
「良く言われますが、不本意ではあります」
表情を変えることなく淡々と答える女性に、私は徒労感を覚えた。
今まで会ったことのない種類の人間だ。
改めて女性を見てみると、腰まで伸びた赤色の髪はよく手入れがなされており艶やかで、肌は雪のように白く、表情は乏しいながらもその瞳は見るものを惹きつける黄金色の輝きを宿していた。
正直、見た目は元侯爵令嬢の私よりもずっと貴族のお嬢様らしい。
しかし、中身は間違いなく変人であった。
「剣は好きですか」
「え?」
「その手、剣をずっと握ってきた手です」
唐突に質問をしてきた女性に、私が思わず聞き返すと、そう言って私の利き手を指さしてきた。
「はい、もちろん。まだ、未熟者ではありますが、剣の道を究めたいと思っています」
「私も剣は好きです。お友達になりましょう」
そう言うと女性は私の両手を持って、初めて笑顔を見せた。
異性であれば、恋に墜ちるような魔性の笑みだったが、私の勘が告げていた。
この女性がとんでもない強者であると。
「失礼」
そう断ってから私は女性の髪をかき分け、隠れていた耳元を確認すると、そこには月の耳飾りが揺れていた。
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