第十三話「真っすぐであること」
「お待ちください、ナイトレイ閣下! 先ほど閣下もおっしゃられていた通り、この者に非はございません! どうかお目こぼしいただけないでしょうか!」
一連の騒動に気づき、慌てた様子で舞台裏から出てきた西鷲騎士団団長のルーカスは、私と父上の間に割って入り、そうかばうような発言をした。
「よう、ルーカス。お前さんも相変わらず、クライマンの狸親父に振り回されて苦労が絶えないみたいだな。安心しろ、あくまで模擬戦さ。構わんだろう、傭兵?」
「…はい」
私がその場でうなずくと、父上はデューが取り落とした剣を拾い上げ、調子を試すようにその場で何度か振って見せた。
確かに父上が言う通り、貴族が傭兵に負けたままでは示しがつかないというのは事実であり、父上が私を打ち負かすことで観客の貴族たちや、デューの叔父であるクライマン侯爵の留飲を下げようという筋書きなのだろう。
ここは適当なところで勝ちを譲るしかないか。
そう思いながら模擬戦に挑んだ私だったが、父上が放ってきた初撃は、紛れもなく本物の一撃だった。
そのあまりに猛々しい横振りの一閃に、「ゴウッ」と剣風が唸りをあげ、舞台近くの客席からは悲鳴が上がった。
気を抜いていた私は避けるのが遅れて、父上の剣先が頬をかすめた。
転がるようにして距離を取った私は、すぐに立ち上がって剣を構え直したが、頬から鮮血が滴ると同時に、全身から一気に冷や汗が噴き出した。
「目ぇ覚めたか?」
「十分すぎるほどに」
剣の腹でトントンと自分の肩を叩く父上は、いつもと変わらない表情で、溢れるほどの闘気を全身にみなぎらせていた。
檻の中に猛獣と一緒に入れられたかのような、気を抜けば膝が震えるほどの圧力。
これが帝国から「灰色狼」と恐れられる父上の本気か。
剣が刃引きされていようがいまいが、父上の怪力をもってすれば、人体など容易に両断されるだろう。
まともに受ければ、死。
その恐怖が、私の集中を極限まで高めた。
父上の真意はわからない。
だが、今わかるのはこちらも全力で立ち向かわなければ、殺されるということのみ。
私は深呼吸をして、あえて脱力を意識した。
父上相手に力の勝負を挑む選択肢はない以上、身体をこわばらせてはいけない。
軽やかに捌き、柔らかく受け流し、隙を見て刺す。それが、今取るべき戦術だ。
そう覚悟を決め、父上の嵐のような豪剣に立ち向かっていった。
高速の攻防の最中、避けきれない軌道で迫る父上の剣を、私は剣の腹で受け流そうとしたが、その剣は未だ経験したことのないほどの重さで、私の膂力では受け流し切れず、剣先が右肩をかすめた。
たったそれだけで、私は右肩を脱臼した。
一瞬、視界が真っ白になるほどの激痛が走ったが、歯を噛み締めて堪えた。
そして使い物にならなくなった右手から、すぐに左手に剣を持ち換えた。
「ナイトレイ閣下!! もう勝負はついたのではないですか!?」
舞台袖からルーカスがそう声を上げたが、父上は無視して私に問うてきた。
「どうする?」
「まだできます!」
試合を止められる前に私から駆け出した。
そして迎え撃とうと剣を構える父上に対して、私は左手の剣を投げつけた。
意表をつかれた様子で一瞬動きを止めた父上も、すぐに飛んできた剣をはじき落としたが、私はその隙に父上の懐に飛び込み、その胸を目掛けて右肩から思い切り体当たりをかました。
もちろん私の体当たり程度では、鍛え抜かれた父上の肉体はびくともしないことなどわかっていた。
だが狙い通り、その衝撃で外れていた私の右肩の骨が嵌った。
直後に弾き落とされた私の剣を右手で拾って、父上の首元を狙い斬り上げた。
動かないはずの私の右腕が急に復活したことで、わずかに反応が遅れた父上はその一撃を躱し切れず、私の剣先は父上の顎を捕えた。
これが真剣であったならば、父上は私の顔の傷と同じような裂傷を負っただろう。
刃引きしてある剣は痣を作るにとどまったが、それでも口の中が切れたのか、父上は口から血を流した。
「ふん、やるな。さすがは俺の娘だ」
そう父上は私にだけに聞こえるように語り掛けてきた。
「父上、なぜ?」
「許せ。一度、本気で娘と剣で語り合いたかったのだ。お前の剣は、真っすぐで良い剣だな。お前もよく真っすぐに育ってくれた」
そう言って父上は優しく微笑みかけてきた。
それは父上の家庭での顔であり、私は懐かしさに鼻の奥が熱くなった。
「お前は黒獅子を好いているのか?」
「…っ!? し、試合中になんの話ですか…!」
「子供の頃から大抵のことは受け流すお前が、先ほどの馬鹿相手に珍しく怒っていただろ。好いた男を侮辱されたからではないのか」
「そ、そんなことはっ! …わかりません」
自分にだって、自分の感情がよくわからない。
レニスに対しては、剣士として好ましいと思うところもあれば、敵として憎むべきところもある。
だが、先ほどはレニスを貶められ、自分でも何故かわからないほどに怒りが沸き上がった。
ぐちゃぐちゃで未だ整理されていないこの感情に、答えが出る時が来るのかも知らなかった。
私のそんな葛藤を見抜いてか、父上は愉快そうに「クククッ」と小さく肩を揺らして笑った。
「剣も恋愛も、真っすぐだなお前は。だがな、その真っすぐさは危うさでもある。少なくとも戦場では卑怯でずる賢く、悪辣な敵などいくらでもいる。この先も戦場に出るのであれば、覚えておけ」
剣を下げたまま歩み寄ってきた父上は、唐突に口の中に溜まった血を吹きかけてきた。
予想もしない行動に目を閉じるのが間に合わず、視界は赤く染まって閉ざされた。
「なっ!!?」
思わず動揺の声を上げてしまった直後、首に衝撃が走り、私の意識は刈り取られたのだった。
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