第十二話「騙る騎士」
舞台上にあがると、照明の眩しさに一瞬目を細めた。
流石に舞台上で戦うことなど私も初めての体験だったが、照明にさえ目が慣れてしまえば観客の視線は特に気にならなかった。
それは相対する『ザクロ団』の傭兵ドレイドが発する静かな闘志を感じ取ったからかもしれない。すぐにドレイド以外の存在は、私の意識の外に追い出された。
デヴィン王子に今の私の剣を見せつけてやれと、カイネに発破を掛けられたが、私自身も傭兵になってからというもの自分の剣が前より研ぎ澄まされてきたことを実感していた。
剣の鍛錬に関しては一度も手を抜いたことはないと思っていた。
だが、王子と婚約を結び、王妃になることが決まってからは、私の剣を活かす未来は訪れないのだろうと思っていたのも事実だ。
そのことが知らず知らずと私の剣を鈍らせていたのだろう。
婚約破棄をされて、失ったものもあったが、得たものもあった。
白紙となった私の未来が、私の剣を伸ばしてくれた。
「それでは『ザクロ団』傭兵ドレイド対、『無所属』傭兵ルルー、両者、正々堂々と存分に剣を交わすように。では、第三試合はじめ!!」
開始の言葉と共に、ドレイドは剣をすっと正面に構えた。
その構えに微塵も隙はなく、その実力の高さをうかがわせた。
一回戦で戦ったアルミンと同等か、それ以上の使い手だ。
お互いの間合いが詰まった瞬間、ドレイドの鋭い踏み込みから、最小限の動きで合理的にまとまった剣の連撃が襲い掛かってきた。
そこには傭兵にありがちな粗さも派手さもなく、故に付け入る隙もない剣だった。
恐らくは元軍人。基礎から徹底的に叩き込まれたような、整った剣筋だった。
それでも今日の私は深く集中ができている。
時間の感覚が延び、ドレイドの剣がゆっくりに見える。
足さばきと上体の動きでその連撃を一つ一つ丁寧にかわすと、攻撃の最中、ドレイドの瞳が動揺に揺れる様さえはっきりと見て取ることができた。
そして、連撃と連撃の間にわずかに生じたほころびに、私は針の穴を通すような正確さで剣を滑り込ませ、ドレイドの顎を剣先がかすめた。
その直後、ドレイドは糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちたのだった。
呼吸も忘れて集中していた私は、ようやくそこで息を吐き出すと、途端に周りの視界が戻ってきた。
観客たちに目を向けると誰も彼もが呆然としており、劇場内に静寂が続いていたので、試合の取り仕切りを行っていた兵士に向かって首をかしげて見せると、我に返ったように兵士は口を開いた。
「しょ、勝者、ルルー!」
私の名前が告げられると、途端に割れんばかりの歓声が沸き上がった。
中には立ち上がって拍手する人までいたので、私は照れ臭くなってそそくさと舞台袖に引っ込んだ。
その直前、ちらりとデヴィン王子が座る貴賓席に目を向けると、デヴィン王子もまた興奮したように拍手していたので、しっかり見せつけることはできたなと、思わずにやけてしまった。
***************
それからも次々と模擬戦の試合は消化されていき、選考に残った傭兵は遂に八人まで絞られた。
間を置かず、すぐに準々決勝が行われる運びとなり、私と『銀河の黒船団』の傭兵オリオンの試合が第一試合に組まれた。
しかし私が先に舞台に上がり、オリオンを待っていると、予期せぬ事態が起きた。
オリオンは前の試合で受けた攻撃によって内臓を痛めていたらしく、舞台袖で吐血したようだった。
「『銀河の黒船団』の傭兵オリオンは負傷により棄権となった! そのため、ルルーは不戦勝で準決勝に進出となる!」
騎士団の兵士によってそう宣言がなされると、観客からも少し不満の声が上がったが、こればかりは仕方がない。
私も強敵との試合が流れたことを残念に思いながら、舞台を降りようとした時、貴賓席の方から声を上げる者がいた。
「不戦勝では観客の皆様も満足されないでしょう! ここは私、近衛騎士団のデュー・アトリエルが、傭兵ルルーのお相手して進ぜよう!」
デューと名乗ったブロンドの髪の男は、リトリス領主のクライマン侯爵とデヴィン王子の座る貴賓席の後ろに控えていた騎士だった。
見た目は若く、まだ二十代のようであったが、アトリエル伯爵家の子息であろうか。
どうしたものかと様子を見ていると、舞台袖から苦々しい顔をした西鷲騎士団団長のルーカスが出てきた。
「デュー卿、申し出は嬉しいが、この場はあくまで傭兵の選考会である。騎士である貴方がわざわざ上がるほどの舞台ではないと思われるが?」
「余興にはいいではないか。昨年の北の砦での戦いで、デヴィン王子と共にアリストリア帝国の黒獅子を退けたこの私が、傭兵に『本物の剣』を教えてやろうというのだ。問題はあるまい?」
デューがそうルーカスに返すと、観客たちからは「おお!」と歓声が上がった。
一方の私はその言葉を聞いてようやく思い出した。
確かにデューという騎士は北の砦の視察に赴いた際、デヴィン王子の護衛として付いてきた近衛騎士の内の一人であった。
しかし彼らは砦の攻防戦の際には、デヴィン王子と共に安全な場所に閉じこもっており、戦いには碌に参加していなかったはずだ。
いざ砦の門が突破され、黒獅子がデヴィン王子を襲った際に、護衛の近衛騎士たちはことごとく斬り伏せられてしまったと思っていたが、どうやらデューは生き残ったようだ。
「すまない。あのデューという近衛騎士、クライマン侯爵の甥にあたる男だ。侯爵の意向も絡んでいるかもしれない故、断りづらい」
ルーカスは舌打ちをすると、私にだけ聞こえるようにそう説明をしてきた。
「構いません。しかし、手加減するつもりもないですがよろしいですか?」
「ほどほどにな」
にやりとルーカスは不敵な笑みを浮かべて軽く私の肩を叩くと、デューの模擬戦への参加を認める宣言を行った。
するとデューは貴賓席から降りてきて舞台に上ると、西鷲騎士団の兵士から刃引きされた剣を受け取った。
「今から皆様には、かの悪名高い帝国の黒獅子も、子猫のように尻尾をまいて逃げていった我らが近衛騎士団の華麗なる剣技をご覧に入れましょう!」
舞台役者のように大げさな身振りでそう観客に向けて言い放ったデューに、私は鼻の奥が痛くなるほど、激しい怒りを覚えた。
デューはそれから嫌らしい笑みを浮かべながら私に向き直ると、小声で話しかけてきた。
「さて傭兵。わかっていると思うが、キリの良いところで自ら敗北を宣言しろ。傭兵団の後ろ盾もない貴様が、伯爵家の私を敵に回すことはしたくないだろう?」
「断る」
「そうそれで良い。後で適当に褒美を——なんだと?」
私に断わられたことが信じられなかったのか、それまで浮かべていた笑みを引っ込めると、険しく顔をゆがめた。
「貴様どうなるかわかっているのか。私はクライマン侯爵の甥でもあるのだぞ。傭兵としての雇用はおろか、リトリスの街を出歩けなくなるぞ」
「黙れ。語るなら剣で語れ」
私がそう返すと、デューはすぐに顔を怒りで赤く染めた。
「身の程知らずの傭兵風情が勘違いしおって…! 剣で騎士である私に勝てるとでも思っているのか!? この場で打ちのめした後、生意気な発言を死ぬまで後悔させてやる…!」
唾をまき散らしながらそう喚くと、試合の開始の合図とともに弾かれたように襲い掛かってきた。
近衛騎士団の宮廷剣術は、細剣での刺突を主な戦術とする。
実戦の剣ではないと揶揄されることもあるが、かつて一度見た宮廷剣術を極めし達人の刺突は電光のごとく目にもとまらぬ速さであった。
だが、遅い。
目の前のデューの繰り出した刺突は、その踏み込みも、剣先の正確さも、剣の握りもすべてが甘く、呆れるほどに鈍い剣であった。
「この程度でレニスを愚弄したか」
静かに白く燃え上がった激情を抑えることは叶わず、私は剣を突き出してきたデューの右の手首に目掛けて、下から剣を垂直に切り上げ、その骨を砕いた。
「ぎゃあああああ!!!!」
剣を取り落とし、大きな悲鳴を上げながらその場で転げまわるデューを見て、更に心は冷え込んでいった。
片腕の骨が砕けた程度で戦闘を放棄して転げまわるような軟な人間は、北狼騎士団の騎士にはもちろん、まともな傭兵にもいない。
「き、貴様あ!!? よくも私の腕をっ! 西鷲騎士団の者ども、何をしている!? 傭兵風情が貴族である私の腕を折ったのだ! この無礼者をひっとらえよ!!」
騒然とする劇場に、デューの悲鳴にも似た怒号が響いた。
すると、西鷲騎士団の兵士たちは戸惑いながらも、こちらに向け武器を構えだした。
なるほど、これは想定外であった。
自ら申し出た立ち合いで怪我を負った途端、貴族の権威を笠に着てこちらを糾弾してくるとは。
まさかここまでの恥知らずとは読み切れなかった。
「仕方ない、逃げるか」
西鷲騎士団の兵士たちからも躊躇いの色が見て取れた。
これであれば、劇場から逃げおおせることはできなくもないだろう。
私が逃走を開始しようとした、まさにその時、地鳴りのような大声が劇場に轟いた。
「黙れ小僧! 模擬戦で骨の一本や二本折れた程度で、ギャアギャア騒ぐなど騎士にあるまじきこと! 己の未熟な腕を恥こそすれ、相手を責めるなど言語道断!」
そう言って立ち上がったのは、貴賓席に座っていた我が父、オースデンであった。
父上はそのまま二階の貴賓席から一階の通路に飛び降りると、ずかずかと歩いて舞台に上がり、唖然としているデューの胸ぐらをつかんで持ち上げた。
長身の父上に持ち上げられたデューの足は少し地面から浮いていた。
「な、ナイトレイ侯爵!!? な、なぜ貴方がここに!?」
「貴様、よくもその程度の腕で先ほどは黒獅子を愚弄したな!? 我が好敵手である黒獅子への侮辱は、我が北狼騎士団への侮辱と受け取るが、それでよいか!?」
「ひっ!? 決して、そのような心積りはございません!!」
「では、この傭兵への訴えも取り下げよ! よいな!?」
「は、はい!」
父上の威圧を正面から受けて、顔面を蒼白にしたデューは身体を震わせながら哀れなまでに怯えていた。
かなりの力業ではあるが、父上は機転を利かせてこの場を丸く収めてくれたようだ。
父上と目が合ったので、感謝の意味を込めて小さく頭を下げたが、父上は何やらいたずらっぽい笑みを浮かべており、嫌な予感がした。
「とはいえ、貴族が傭兵にやられたままでは示しがつかん! 俺が代わりに相手の続きをしてやろう! よいな、傭兵ルルー!」
そうして私の嫌な予感は当たったのであった。
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