第十一話「元婚約者」
デヴィン王子が模擬戦の観覧に来る。
その事実に苦い感情が湧き起こった。
元婚約者ではあれど、婚約破棄を申し出てきた相手であり、今となっては恨みもなければ、もちろん未練もない。
どうせもう二度と会うことはないと思っていたが、それ以上にもう二度と会いたくないと自分が思っていたことを、その時になって初めて自覚した。
仮にも将来結婚をして、一生を添い遂げようと決意を固めた相手だった。
その相手から突然、婚約破棄されたということが、自分の中でも思ったより深く棘として残っていたようだ。
悶々とした気持ちを抱えながら騎士団の兵舎を後にしようとしたところ、私だけ騎士団長のルーカスに呼び止められた。
「ルルーと言ったね。明日はその兜を脱いで、模擬戦に参加して欲しい」
「え!? な、なぜでしょうか?」
「明日はデヴィン王子が御観戦されることになったので、騎士団による警護の水準も引き上げ、模擬戦参加者も素顔を隠しながらの参加は認めないこととなったのだ。君は素顔を明かせない理由でもあるのかい?」
「その…顔に傷がありまして…」
「傭兵なのに妙なことを気にするな。まあ今は細かく詮索はせんが、明日は素顔でないと参加は認められない。わかったね」
ルーカスはそう言い残すと、また忙しそうに部下に指示を出しながら立ち去っていった。
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「どうすればいいと思う、イレネ!?」
「棄権…はしたくないのよね。さてどうしたものかしら」
傭兵団の野営地に帰り、すぐさまイレネの知恵を借りるべく、事情を説明して相談した。
「リリーのその綺麗な銀髪は目立つのよね。正体を隠すのであれば、一時的に髪を染めるのは必須だと思うわ。かつらでは動いた際に取れてしまいそうだし。あとはどうにか化粧で顔の印象を変えつつ、顔の傷も隠せるといいわね」
「なるほど、髪を染めるか! さすがイレネだ! では髪を染める薬を街で探してくる!」
私は早速、立ちあがって薬を買い求めに街に戻ろうとしたところ、イレネの天幕にカイネが入ってきた。
「よう、リリー。ここにいたか。ほら」
そう言って、カイネは一つの瓶を投げ渡してきた。
受け取ってその瓶を見てみると、ちょうど買いに行こうとしていた髪染めの薬であった。
「さっき騎士団の野郎に明日は顔を隠すなって言われてただろ? なのに、そのまんま帰っちまうから、代わりに髪染めの薬を買っておいてやったぜ!」
「…なん、だと? 本当に本物のカイネか?」
「あん? どういう意味だそりゃ?」
カイネの言葉に私は混乱してしまった。
まさか、カイネにルルーの正体を見破られていたばかりか、髪染めの薬が必要になることまで先回りされていたなどということが、にわかには信じられなかった。
「貴女、リリーが顔を隠して模擬戦に参加していたこと、気づいてたの?」
「そりゃ誰でもわかんだろ! 顔隠したって、歩き方とか、骨格とか、匂いが変わるわけでもねえのに!」
「なるほど、野生の嗅覚を侮っていたということだな」
「なんだあ? もしかして侮られてたのか、アタシ?」
「そ、そんな訳ないではないか! ありがとうカイネ! 恩に着る!」
私は慌ててカイネに礼を述べ、その場でさっそく髪を染めつつ、試しにイレネに化粧を施してもらった。髪が染まるまでは数刻が必要だったが、その間カイネやイレネと模擬戦についての話で盛り上がっているうちにあっという間に時は過ぎていった。
「よかった、黒髪にしっかり染まったわ。髪色が変わるだけで、だいぶ印象が変わったわよ。それに化粧で上手く雰囲気を変えられたわね。あとは髪型も前髪を上げて、こんな感じで整えれば完璧だわ」
そう言ってイレネに手鏡を渡されたので覗き込んでみると、普段とは別人のような印象に変わった自分が映っていた。
「男装の麗人といった雰囲気を目指したのだけれど、どうかしら?」
「ああ、すごいなイレネ! 自分でも、自分だとは思えない仕上がりだ!」
「男と言ってもギリギリ通じそうだな。なんなら、そこら辺の町娘なら口説き落とせそうな感じだぜ? ちょっと後でジジあたりをナンパしてからかってみようぜ!」
年下の傭兵団の仲間にいたずらを仕掛けようと提案してくるカイネに呆れつつも、ほっと胸をなでおろした。
明日の劇場での模擬戦で、おそらくデヴィン王子は貴賓席に座るはずだ。舞台とはそれなりに距離があるので、この出来栄えであれば万が一にも、私の正体が露見することはないだろう。
その後、カイネと共に傭兵団の夕飯の準備をしていたジジに話しかけ、軟派男の真似事をしてみた。
すると、ジジは私の正体に気づかず顔を真っ赤に染めたので、その後カイネに散々からかわれ、怒り狂ったジジはフライパンを振り回しながら、私とカイネを追いかけまわしたのだった。
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リトリス中央劇場。
領主であるクレイマン侯爵が所有する劇場であり、普段は王国中の有名な劇団が代わる代わる公演を行い、公演予定は一年通してほとんど埋まっているほど国内有数の人気を誇る劇場であった。
観劇を趣味とするのは、貴族や成功を収めた商人たちなど、中流階級以上の人々に限られる。
そうした観客を想定しているからこそ、劇場内は細部まで贅をきわめた、まさに豪華絢爛といった造りとなっており、模擬戦を勝ち抜いてきた傭兵たちといえども、縁がない世界に気後れしている様子が見て取れた。
模擬戦の開始前に模擬戦に勝ち残った十六名は、舞台に一列に並ばされ、西鷲騎士団のルーカスによって一人一人の紹介が行われた。
二千席ほどある客席はすべて埋まっており、劇場内は観客たちの熱気に包まれていた。
「模擬戦を始める前に、この度はリトリス領主であるクライマン侯爵、そして我らが敬愛するリンドバーグ王家よりデヴィン王子に御観覧いただく栄誉に預かれましたこと、心より感謝いたします」
ルーカスはそう言って舞台から向かって正面に位置する、最も豪華な貴賓席に向かい、恭しく頭を下げた。
すると、その貴賓席に座っていたクレイマン侯爵とデヴィン王子が立ち上がり、右手を小さく上げて挨拶をしてみせると、他の客席からは大きな拍手が起こった。
あの婚約破棄の日以来となるデヴィン王子は、私の記憶にある姿となんら変わりはなく、以前通りの柔和な笑みを浮かべていた。
そして私は自然とデヴィン王子の隣の席に座り、拍手を贈っている令嬢に目が留まった。
ウェーブがかったはちみつ色の髪の毛を腰までのばし、幼さの残る整った顔に、優し気な笑みを浮かべていた。
私とはまるで違う、おとぎ話のヒロインの様な可憐で儚げな少女であった。
考えてみれば、婚約破棄からそれなりの時が経ったのだ。
王位継承者であるデヴィン王子の新たな相手など、すぐに決まるのは当然のことだろう。
「おいおい、あのよわっちそうなのが、リリーの元婚約者かよ? それにあの隣にいるフワフワしたのが新しい女か? よわっちいの同士お似合いじゃねえか。やっぱあんなのにうちらのリリーは、勿体なかったぜ」
隣のカイネがいきなり肩を組んできて、耳元でそんなことをうそぶいた。
カイネなりに気を使ってくれたのだろう。その気持ちだけで、私は十分だった。
「カイネは優しいな」
「なんだ、今更気づいたのかよ!」
少し照れたように笑うカイネに感謝しつつ、私は気持ちを切り替えて、次の対戦者に視線を向けた。
『ザクロ団』の傭兵、ドレイド。
褐色の肌をした痩身の男で、私と同じく両手剣を武器に選んでいる。
ここまで勝ち残った十六人は、誰一人として並みの使い手ではないだろう。
私とドレイドの模擬戦は第三試合に組まれため、一つ前の第二試合に組まれたカイネの試合を舞台袖から見守った。
舞台上でも臆することなく、いつも通り野性味あふれる動きを見せるカイネに、観客たちは感嘆の声を漏らしつつ大いに盛り上がった。
一方のカイネの相手は、慣れない舞台に緊張しているからか動きが固かった。
それでも時折鋭い剣筋を見せはするが、カイネの予測不能な動きに上手く対応できないまま、手数で押し切られ敗北した。
私は汗を流しながら舞台袖に戻ってきたカイネと拳同士を軽く合わせて健闘を称えると、「バカ王子にみせつけてやれ!」と、カイネに背中を叩かれて試合の舞台へと送り出された。
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