婚約破棄してください!~リリアージュ侯爵令嬢、嫌われ早期婚約破棄計画奮闘記~
長編を書いた後に、急に短編が書きたくなって、勢いで書いたものです。ゆるゆる設定ですが、どうか大目に読んでいただけると嬉しいです。
ラインハルト王子、お慕い申し上げておりました。
ですが、ここが乙女ゲームの世界とわかった今、貴方はきっとヒロインに心を奪われてしまうでしょう。それならば、私は悪役令嬢としての役割を果たし、かつ生き残ります。
たとえ、それがどんなにつらく、難しい事でもー。
「礼儀を弁えなさい。爵位が下の者は、上の者が声をかけるまで待つ。そんなこともわからないなんて。本当にどうしようもないこと」
リリアージュは、ばさりと扇を広げ、口元を隠す。
「最低限のマナーを身に着けてから、いらっしゃい。身の程を知りなさいな!」
そしてあざけるように目を細め、目の前にいる人物を見下す。
いや、実質的には見下ろせてはいない。なんせ、相手は身長170センチ弱。片や自分は150センチ弱と、かなりちんまい。それは、気合で乗り越えてみせる。
もう引き返せないのだから。
そう、今まさに、乙女ゲーム「君しか見えない~甘やかな眼差しに秘める恋心~」略して「君甘」の悪役令嬢が、ヒロインをいじめる序盤の重要なシーンなのだ。ここで、ヒロインは悪役令嬢からいびられているところ、攻略対象である、この国の第2王子、ラインハルト=ヴァルニアに、救い出され親密になっていくのだ。
ちなみに、悪役令嬢である自分、リリアージュ=マグノリア侯爵令嬢はラインハルト王子の婚約者だが、この日を境に、距離を置かれ、やがて、婚約破棄されるのだ。
婚約破棄、それは貴族にとって、とても致命的な傷になる。対外的にも、精神的にも。しかし、どちらにしても婚約破棄されるのなら、傷は浅い方がいい。そう、この王立ステリア学院1年目初期に婚約破棄できれば、退学のみですむ。が、これが延びに延びて最終学年での婚約破棄となった場合、貴族籍抹消、プラス国外追放になる。そうなったら、貴族として生きて来たリリアージュは野垂れ死に決定である。
それを避けるため、このゲームの始まり、序盤も序盤に、ゲームよりも、更にヒロインをいびり、ラインハルト王子に盛大に嫌われようと頑張っているのである。
「全く、貴族になって日が浅いなど、言い訳にはなりませんわ! この学院の誉となれるよう、もっと精進していただかないと。まあ、精進しても、私にはかないませんわね」
ホホホ、と高らかに笑ってみせる。
さて、もうそろそろ、今いる学院内の音楽棟の一階の廊下に、ラインハルト王子が通りかかる筈。
そしてリリアージュが、ヒロインであるイリーナ=ホワイトを虐げているところを見咎めるのだ。
「そこで何をしている」
来た。後方から聞こえる馴染み深い声。ああ、ラインハルト王子の声。今日を境に、もう二度とこの声が自分に甘く囁くことはなくなるだろう。
一瞬瞳を閉じ、それから愛しい人と対峙する為、リリアージュは、振り返った。
ああ、こんな思いをするなら、前世の記憶なんて思い出したくなった。
私、こと、リリアージュ=マグノリアに、前世の記憶がよみがえったのは、王立ステリア学院に入学する一月前である。
入学準備に忙しくしていたところ、体調を崩し、高熱で寝込んだ際、前世の記憶が蘇った。
ありがちなパターンである。
前世のリリアージュは、日本に住む高校生で、性格は内向的で極度な引っ込み思案。友達と遊ぶよりも乙女ゲームをしていたほうが万倍楽しかったという、典型的なオタク女子であった。それでも学校は楽しかったと思う。友達も少ないながらもいて、毎日が平和でのどかに過ごしていたのだ。しかし、ある日の学校の帰り道、建設中のビルの脇を通りかかった際、上から落ちて来た鉄筋に押しつぶされ、即死したのである。
最後の記憶は、迫りくる黒い鉄筋。痛みは全く覚えていない。その点はありがたかった。
だが、全くありがたくないのは、今の自分である。なぜ、自分が好きだった乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったのか。ヒロインとはいかなくても、せめて名もなきモブに生まれたかった。
高熱アンド前世の記憶の放流に耐え切れなかったのか、その後1週間寝込む羽目になったリリアージュである。踏んだり蹴ったりである。
その一週間、体調回復に努めるベッドの中で、これからの自分の身の振り方を考える時間はたっぷりあった。
乙女ゲーム「君甘」の舞台は、これから1月後に入学予定の王立ステリア学院である。
そこで、ヒロインであるイリーナ=ホワイト男爵令嬢が、攻略対象の男子たちを攻略していくのである。その中の攻略対象の一人、この国のヴァルニア王国の第2王子、ラインハルト=ヴァルニア。黒髪に金の瞳。身長は180センチ強。傲慢でありながら、優しさもあり、前世ゲームファンの間で、圧倒的に人気のキャラであった。ゲームのシナリオ通りなら、学院入学した日、学院内の桜の木の下で、ヒロインイリーナはラインハルトと出会い、色々なイベントを経て、徐々に互いに惹かれ恋に落ちていくようになる。そして、リリアージュは自分から離れていくラインハルトを引き留めたくて、イリーナに嫌がらせをして、逆に嫌われていくのである。
もしヒロインがこのラインハルトルートに乗ってしまったら、自分は捨てられる。
ちなみに、この乙女ゲーム分岐点が多い為か、結構悪役令嬢が豊富に出てくる。ヒロインであるイリーナが性急な求愛、積極的な行動をラインハルトルートで取った場合、リリアージュの嫌がらせも最初から大胆に行われ、一年経たずに退学になって退場する。すると、リリアージュのに代わる悪役令嬢がちゃんと登場する。またイリーナがゆったりとラインハルト王子との仲を深めていく行動をとった場合、リリアージュはじわじわと嫌がらせをし、いよいよ最終学年になった時に、その嫌がらせが発覚し、積もり積もった罪のせいで、退学のみならず、貴族籍抹消され、国外追放になってしまうのである。その際、悪役令嬢予備軍はちゃんとリリアージュの後方支援に回ってよい働きをするのある。
どちらにしろ、ラインハルトがヒロインイリーナと出会ってしまったら、ゲーム補正で、必ずヒロインに恋をしてしまうだろう。すると自動的に、自分は婚約破棄、この運命は覆らない。
もし前世を思い出していなければ、離れていくラインハルト王子を取られたくないと、必死になっただろう。嫌がらせもしたかもしれない。
そうか? 本当に? いくらラインハルト王子を取られたくないからと言って嫌がらせできただろうか。
実はリリアージュ、前世を踏襲しているのか、元々は内気でおとなしい性格なのである。しかし侯爵令嬢として生きるのに、その性格では過ごしにくかった。だから、対外的には、気合をいれ、気の強さを前面にだして、ふるまっている。要するにはったりかまして生きているのである。だが、自分の家族やラインハルト王子の前では、素直な自分で温和に過ごしている。その自分が、他人を故意に傷つけるだろうか。
「でも、ラインハルト様、とられたくない」その一心からヒロインに嫌がらせをするのだろうか。
それこそゲーム補正で、嫌な性格に豹変したりしたかもしれない。
しかし前世を思い出した今、ヒロインを憎い、嫌がらせしてやるとは思えなかった。
今の自分なら、自分が取りたい道を取れる。
自分はどうすべきか。
リリアージュはずっと悩んだ。
そして、出した結論。もしヒロインがラインハルトルートに進んでいるとわかった場合、大胆にヒロインに嫌がらせをして、早々に退場する。
婚約破棄され、退学になってしまったら、侯爵令嬢として、もうよい縁談は望めないだろう。しかし、国外追放よりはましだ。今まで、貴族として生きてきて、いきなり平民に落とされ放り出されたら、野垂れ死にするのが目に見えている。
それに何より、もうすでに大好きになってしまったラインハルト王子が、ヒロインに心惹かれていくのを長く見たくない。
「よし! ラインハルトルートとわかったら、早期退場を目指す!」
かくて、学院入学一月弱前、ベッドの中で、そう決意を固めたリリアージュだった。
それからリリアージュは、まだヒロインがラインハルトルートを取ると決まっていないにも関わらず、ラインハルト皇子と少し距離を置くようになった。捨てられる可能性が高いなら、心の準備を早めにと、思ったのである。
そしていよいよ王立ステリア学院に入学。ゲーム通りリリアージュは、ヒロインと同じクラス、席も近いところになった。
ヒロイン、イリーナ=ホワイト。ホワイト男爵家の次女。男爵当主が外で産ませた子供で、つい最近男爵家に引き取られたという設定だ。容貌は、ストロベリーブロンドにグリーンの瞳。ゲーム通りでかわいらしいディフォルトのままである。この学院の制服、白地にブルーのリボンが彼女に大変似合っている。
そのイリーナを見て、リリアージュはますます確信する。やはりここは乙女ゲームの世界なのだと。
そして入学して3か月間、じっくりヒロインの行動を観察した結果、どうやらヒロインイリーナはラインハルトルートに進んでいるとわかった。
ならば。これは当初の計画通り、早期退学を目指す。ヒロインイリーナに嫌がらせをして、ラインハルト王子に嫌われるのだ。
ツキンと胸が痛む。けれど、やり切らねばならない。
滲む涙を乱暴にぬぐうリリアージュだった。
その後、ゲーム補正力がかかっているのか、ヒロインイリーナとの接触が多く、これ幸いとリリアージュは彼女に嫌がらせをし、自分が不利になるようなうわさも自ら流して、着々とラインハルト嫌われ計画を進めていった。
そして本日、舞台は整った。
今いるこの学院内音楽棟の廊下で、ラインハルト王子自らの目で、惹かれている女性イリーナに、自分の婚約者が嫌がらせをしている現場を、目撃することになったのである。
「そこで何をしている」
ああ、凛々しい声。
この後の展開で、きっとラインハルト王子はリリアージュに幻滅して、婚約破棄を言い渡す。
さようなら、ラインハルト様、お慕いしておりました。
涙をぐっと堪え、リリアージュはゆっくり振り返る。
振り返った先、わかっていたがそこには、ラインハルト皇子と、親友であるデスパーニャ伯爵家の子息キエフがいた。これもゲーム通りである。
さあ、気合をいれてリリアージュ、あでやかに笑うのだ。
「これは、ラインハルト様、ご機嫌よう。お見苦しいところを、お見せして申し訳ございません。今、礼儀を知らない令嬢に、貴族の在り方をお教えしていたところですの。今のままお過ごししていたら、これだから男爵家はと、侮られてしまいますわよと」
ああ、この台詞もゲーム本来のリリアージュの姿であれば、様になったに違いない。
ゲームでのリリアージュは身長167センチ、シャープな身体で、髪は金髪に赤褐色の瞳。気の強さが前面にでた顔立ちをしている。なのに、現在の彼女の姿は、身長150センチ弱で、髪や瞳の色は同じであるが、顔は童顔で、胸が大きい。まるで色は違えど、前世の自分の体形なのである。もちろん顔立ちは今の方が数段上であるが。
このちんまい姿で、どこまでヒロインをいびれるのか、このところリリアージュは毎日苦悩していた。それも後少し、踏ん張りどころである。
「イリーナ様は、何度申し上げても、改善が見られませんの。もっときつくしないといけませんわね」
「だが、こんな公衆のなかで、辱めることはないだろう」
おお、ナイスアシストである。キエフ様。言われて周りを見渡せば、好奇心丸出しの、貴族男子、女子がちらほら。これは最高の舞台である。
「あら、このくらい恥をかかないと、わからないのでは? まあ、それでもわからないかもしれないですわね」
「そこまで侮辱するか。噂になっているぞ。貴女が、陰でイリーナ嬢を貶めていると。その理由が今言っていたものではなく、ラインハルト殿下がイリーナ嬢に心を惹かれているからだと」
おお! リリアージュ自らが流したうわさを、ここで持ち出してくれるとは! キエフ様、万歳!
「それの何がいけないのですか。私は身の程を教えて差し上げておりますのよ。男爵令嬢ごときが、ラインハルト殿下に近づこうなんて、厚かましいにもほどがありますでしょ?」
「否定しないのだな。君がそんな事をする女性だったとは。ラインハルト殿下、いかがいたしますか?」
キエフ様、ゲーム通りに、本当いい働きをしてくれる。
さあ、ラインハルト様、私を幻滅したでしょう。失望したでしょう。どうか、私をお見捨てください。
さあ、婚約破棄宣言を。いきなりそこまででないにしても、私リリアージュを切り捨てる発言をお願いします。そうすれば、それを理由に、私から父上に破棄を申し出ますから。
ツキン。ツキン。胸が痛い。
それを堪え、自分ができる精一杯の高慢さを出して、ラインハルトを見つめる。
でも、扇の内側で、こみあげる涙はどうしようもない。
だって、ラインハルト王子は、初恋の人だったのだ。好きで、たまらく好きで。
それを自ら振られるように仕向けたのだ。
だって、ここは乙女ゲームの世界。自分はしがない悪役令嬢だ。
だから、悪役令嬢らしく、退場する。
リリアージュが見つめる先、ラインハルト王子が口を手で覆い、顔をそむけた。
ああ、やはり。
次には、きっと決定的な言葉が、彼の口から発せられるだろう。
その宣告を待っていた刹那、
リリアージュはいきなり、ぎゅっと抱きしめられた。
もちろん王子ではない。なぜか、ヒロインイリーナにだ。
「もう! もう! プルプルして、無理しちゃって可愛い! リリアージュ様!」
「な、なにをなさるの!?」
「だって可愛すぎて、我慢できません! 私小動物、大好きなんです!」
「貴女! 失礼ですわよ! いつもいつも! 放しなさい! スリスリしないで!」
「本当は内気で優しいのに、ラインハルト王子を思って、いじわる言われてたんですよね! わかってますとも! あーん。持ち帰っていいですか? お家においておきたい!」
「なっ!」
なぜリリアージュの本当の性格を知っているのか?! それに今までのしおらしさはどこへ?!驚きで目を見開いていたところで、
また違う方向から、ぐいっとひっぱられて、違う腕の中に。
それはたくましく、安心できる、腕。
「これは私のものだ。返してもらおう。そしてたとえ同じ女子といえど、むやみにリリーに触らないでもらいたい」
「ラインハルト様?!」
「なんだ?」
リリアージュを見下ろすラインハルトの瞳に、蔑みの色はない。
「なぜですか?」
「なぜ、とは?」
「私はイリーナ様に、嫌がらせをしていたのですよ! それもネチネチと! こんな女、おいやでしょう?!」
「お前は、ホワイト嬢に貴族はどういう者かを、指導していただけだろう?」
「そ、それにしても、言い方、やり方がありますでしょう! 自分でいうのもなんですが、私、かなりきつく、イリーナ様に当たりましたのよ!」
「お前の、きつい当たりなど可愛いものだ。それに耐えられないなら、貴族社会では生き残れまい」
「さっき、嫌悪で、顔をそむけたではないですか!」
「違う。お前の精一杯のふんばりがあまりに可愛すぎて、思わず目をそらしただけだ。あれ以上見ていたら、お前を攫ってしまいたくなるだろうからな」
「なっ!」
婚約者のラインハルト王子も、もちろんリリアージュの本当の性格を知っている。それにしても、自分の精一杯のいじわるも、ラインハルト王子には、たいして問題ではなかったらしい。
困る。これ以上きつくなんてできない。どうすればいいのだ。
リリアージュは切羽詰まって、とうとう叫んだ。
「殿下! 私を嫌いになって! 婚約破棄してくださいませ!」
「なんだと?」
途端、殿下の温度が氷点下に下がる。
「ぴっ!」
思わず、殿下の腕から逃げ出し、イリーナの背中に隠れる。
そろそろと覗くと、殿下が見た事もない程、おどろおどろしい。どうしたらいいのか。
「あー。こんな感じなんだ。やっと見れた」
「な、なんですの?」
「うん。殿下のヤンデレ化、見たかったんだよね、まあ今はヤンデレ一歩手前かな」
「ヤンデレ?」
この世界にヤンデレなんて言葉はない。
イリーナはリリアージュを見下ろし、にやりと笑った。
「ふふ。私、転生者だよ。リリアージュ様もでしょ? 行動でわかった」
ぼそぼそと小声で、話す。
「安心して。私、狙いは殿下じゃないから」
「!?」
うそ。それでは、私の入学してからの苦労はなんだったのか。
「ごめんね。ラインハルト王子のリリアージュ様への溺愛ぶり見ちゃったら、どうしても、ヤンデレの一面も見てみたくなっちゃって。ラインハルト王子に近づいたり、リリアージュ様をつついてみたりしちゃったの。ごめんね」
てへっと笑ったイリーナに、リリアージュは呆然とする。
と、そこへラインハルト王子の厳しい声が。
「何をこそこそ話している。リリー、こちらへこい」
いつもなら、二つ返事で行くところであるが、今のラインハルト王子には近づきたくない。
怖すぎる。
イリーナの言から察するに、ラインハルト王子は全然イリーナに惹かれていなかった。それに先程のラインハルト王子の言動もそれを裏付けている。となると、リリアージュが勝手に勘違い空回りしていたことになる。ゲーム補正は働かなかったのか。
そういえば昔、ラインハルトとの婚約を結ぶ際、怖気づいて一度お断りしようとした時、ラインハルト王子、めちゃくちゃ怖かった。あの目は忘れられない。
今、ラインハルトは同じ目をしている。瞳孔が開いているような。
思わず、じりっと後ずさったのがいけなかった。
「お前、俺との婚約を破棄する為に、ホワイト嬢を利用したのか?」
いや、違います! ラインハルト王子がいずれ別れたいと言うだろうから、その前に別れようと思っただけですから!
しかし、こんなに激おこのラインハルト王子を見て、流石に思い知った。
ラインハルト王子は本当にイリーナに惹かれていなかった。自分を思ってくれていた。ゲームとは違った。
どうしよう。どう収拾したらいいのか。ラインハルト王子に謝りたい。でも、今はいや。
激おこの殿下、マジ怖い。逃げたい。
そう思って、目線が、横に流れた瞬間、目にもとまらぬ速さで捕獲された。
「は、放してくださいまし!」
咄嗟にラインハルト王子の腕から逃れようともがく。が、もちろんびくともしない。
「これは久しぶりに、お前に教えてやらねばならないようだな。俺がいかに、お前を愛しているかを」
「ラインハルト様! こんな公衆の面前で何を言われるのですか!」
「何を隠す必要がある。私はお前しか目に入らぬ。お前しかいらぬ」
そこでラインハルト王子は、イリーナに目をやる。
「誰かと共有するつもりは、ない」
ぎらりと睨んだその目は本気だ。
イリーナは恋愛対象としてリリアージュを見ていたのではないのに。本人も言っていたではないか、小動物扱いだと。それなのに、威嚇、半端なし。
イリーナは動じることなく、うやうやしく頭を下げる。
「申し訳ございませんでした。以後、気を付けますので、ご容赦を」
それに一瞥くれると、ラインハルト王子はリリアージュを抱き上げた。
「ラ、ラインハルト様?!」
「城へ帰るぞ。俺の気持ちをたっぷり教えねばならないからな」
「おろしてくださいまし! まだ授業もありますから!」
ラインハルトは歩を進めつつ、親友に指示する。
「キエフ、早退届を出しておけ。今は授業より、リリアージュに知らしめねばならん」
「はっ、かしこまりました!」
ラインハルトの威圧にキエフも文句が言えないのか、二つ返事だ。リリアージュの援護はまるで望めない。
これはやばい。身の危険を感じる。
先程のイリーナとの短い会話で、彼女が転生者であり、ここがゲームの世界で自分がヒロインであることも熟知していた。そして何よりラインハルト王子狙いではないとわかった。
となれば、ラインハルト王子に見捨てられる心配はない。今の状況からも考えられない。ならば、城に連れていかれないように、謝る。謝り倒す。そして、踏みとどまってもらう。もう怖いなど言ってられない。
「ラインハルト様! 申し訳ございませんでした! 私が、勘違いしておりました! だからおろしてくださいませ!」
「いや、俺がまだ示したりなかったのだ。俺がいかにお前を愛しているかを。これから城に帰って、じっくりたっぷり、教えてやるとも」
「ラインハルト様! それは!」
「俺がお前の願いをきいて、待ってやっていたのが、悪かった。もう容赦しない」
「ラインハルトさまぁ!」
これはまずい! まずい!
入学一月前から距離をおいたのも、まずかったのか。
フラストレーションがたまっているのかも。
でも! 遅かれ早かれ、イリーナに惹かれると思ってたし!
現に、イリーナとの接触も多かったではないか!
私ばかりが悪い訳ではないのにぃ!
「イリーナさまぁ」
一縷の望みをかけて、助けを求める。
その縋るようなリリーナの言葉で、ラインハルトの歩みが、加速した。
無常に手を振って見送るイリーナ
「がんばれ~」
「そんなあ!」
ある意味自業自得。そんなリリーナを助ける者は誰もいなかった。
もちろん、リリアージュは婚約破棄には、ならなかった。
終わり方が、今一つでした。もしかしたら、後日談、短めで書くかもです。蛇足になってしまうかなあ。
ただいま、異世界のお話で、「ちょっとお菓子なクローディア~侯爵さま、無茶ぶりはおよしになってくださいませ!~」を連載中です。もしよろしければ、そちらも読んでいただければ、とても嬉しいです(*^^*)