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サクラノキオク~sacred sword school diary~  作者: 桜木悠萌
舞台説明
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出逢いの剣

※こちらの小説は修正してまた投稿します。


時は2222年。

度重なる地殻変動、温暖化や氷河期、さらには科学技術の目まぐるしい発展により、200年前とは異なる人類が誕生していた。

おとぎ話に出てくる魔法のようでそれとは非なる力。人々はそのもの、またはそれを使う者をカトレアルと呼ぶ。

カトレアルたちは人類の中で唯一、国のためや己の願いのために刀剣1本で戦うことを許され、16歳から剣士を育てる学校に通うことができる。己の刀剣に己の力と願いを乗せて戦う少年少女たちはかつて日本と呼ばれたサンベルクの首都トーキョーに集う。その数実に3000人。そのうち聖剣士の称号を得られるのはわずか10人とされる。

これは、聖剣士養成学校に通っているとある少女の物語。



時は少し遡り、2220年。

主人公の花守桜は美華学園聖刀花(せいとうか)女学院の高等部に入学した。

初等部から通う親友の世徳寺(せとくじ)百合に誘われてここに来た。

百合は桜の親友であり、命の恩人。百合のためになるならと思って入学を決意した。


桜は2210年に起こった地元の大きな抗争に巻き込まれて両親を失い、孤児院で育った。その抗争の熱風で私は大きな火傷を負った。桜が命からがらで地面を這っていた時に手を差し伸べてくれたのが、百合だった。桜はその手に皮膚が剥がれて血まみれの手を伸ばした。百合は桜の手を強く握ってくれた。

桜は百合ちゃんが住む天空都市と呼ばれる上空2000メートルにある都市の大きな病院に搬送され、1年以上眠り続けた。その間に傷口はふさがったが、衝撃波で飛ばされ頭を強く打ち付けたせいで記憶喪失になっていた。

桜は両親がいたことも両親の名前も、どこで育ったのかも覚えていなかった。

逆にそれが良かったのかもしれない。桜は孤児院に送られてもすんなりとそこでの暮らしを受け入れられたのだ。

孤児院にはいつも百合が来てくれていた。大企業の社長令嬢で孤児院に寄付をしてくれている上に、桜を気にかけてくれる優しい子で、桜はすぐに仲良くなった。

百合は孤児院に来ると聖剣士のことやその養成学校のことを話してくれた。誰かのため、自分のため、夢のために戦うと誓えばいずれ願いを叶えてもらえる道が開けると。

桜には抗争の記憶がうっすらとあり、戦いは嫌だと言っていたのだけれど、徐々に気が変わり、入学する運びとなった。


無事入学式を終え、クラスに戻ると百合が早速桜に話しかけてきた。

「桜、同じクラスになれて良かったね!」

「うん。百合ちゃんと一緒なら心強いよ」

「明日からもう実習あるし、大変だけど、頑張ろうね」

「うん」

明日からもう刀剣を持つのかと思ったら桜は身震いしたけれど、百合は初等部からずっとそういうことを学んで来たからやっと実習かと思っているのかもしれない。

「そう言えばお母様がこの後お食事どうって言ってたけど、桜来る?」

「今日は白百合園でお祝いパーティするからいけないんだ。ごめんね」

「そっかぁ、残念。なら、後日お祝いしよ」

「本当にごめん」

「気にしない気にしない。私はいつでも待ってるよ」

「ありがとう、百合ちゃん」

私のことを助けてくれたし、こうして孤児の私に偏見を持たずに接してくれる百合ちゃんは本物の天使だ。

私、百合ちゃんのために頑張るよ。何かあったら今度は私が百合ちゃんを守れるように絶対強くなるから。

桜は胸の中でそう誓ったのだった。


白百合園というのは孤児院の名前で、桜の実家みたいなものである。

天空都市にある学校の寮に住むことになったから、当分山奥にあるここには帰れない。だから今日は最後の晩餐みたいなものだ。

桜より年下の子達が一生懸命お手伝いをしてくれて、桜が帰宅したころにはサラダやスープは既に出来上がっていた。

「桜ちゃんがいなくなると思うとなんだか寂しいわ」

「皆に慕われてここのリーダーとしていっぱい活躍してくれたものねえ」

「そんな感傷的にならないで下さい。私涙もろいんですから」

「そうだったわ。ごめんごめん」

先生というよりお姉さんやお母さんのように慕っていた若菜先生と花代先生と明日からこうして食事の準備をすることもなくなる...。

涙が瞳に充満して桜は一瞬上を向いた。

こんなところで泣いちゃダメ。これから辛いことが沢山待っているだろうからここで涙を無駄にしてはいられないんだ。

桜は必死に耐えた。

「桜ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫です。玉葱が目に染みました」

「そう?玉葱の匂いはキツいからねえ」

玉葱のせいにしちゃったけど、しょうがない。そうでも言ってないと涙が溢れて止まらなくなりそうだったのだ。

「桜ちゃん、おれも手伝う!」

「いや、私がやる!」

「いや、おれだ!」

「私!」

桜が弟や妹のように可愛がり、面倒を見てきた子達が騒ぎ出す。

「はぁい、ストップ!皆で仲良くやろう。皆仲良しだから出来るよね?」

「うんっ!」

「もっちろん!」

「よしっ。あっちに持っていって皆で手巻き寿司パーティだ!ちゃんと手を洗おうね」

「は~い」

私がいなくなっても皆仲良く協力して穏やかに暮らしていけますように。今私が出来るのはそう願うことくらいだ。

桜はまだ幼い子供たちをいとおしそうに眺めた。


パーティが終わり、皆が順番にお風呂に行き始めた頃、桜は寮に帰るため手荷物をまとめていた。本当は帰りたくないのだけれど、帰らないと明日の授業に間に合わないのだ。

「桜ちゃんもう行くの?」

「はい。遅くなるとバスも無くなってしまうので」

「そっか。じゃあ、そろそろお別れね」

「はい...」

若菜先生が桜をぎゅうっと強く抱き締めた。

桜が病院から退院した日、その手をぎゅっと握って「大丈夫」と何回も呟きながらここに連れて来てくれたのは若菜先生だった。桜が悪夢を見て苦しんでいても若菜先生は一晩中手を握って付き添ってくれた。若菜先生は桜の14こ上で少し歳の離れたお姉さんのような存在だった。

若菜先生と離れたくない...。

その思いから桜は先生となかなか離れることが出来ない。

しばらく桜が先生の呼吸を感じながら涙に耐えていると、先生は口を開いた。

「桜ちゃん。もし辛くなったり、苦しくなったりしたら帰っておいで。桜ちゃんの帰る場所は確かにここにあるから。だけど途中で夢を諦めちゃダメ。やると決めたなら最後までやり抜くのよ。あなたにはその力も強い意志もある。私は信じてるわ」

「若菜先生...」

若菜先生が桜をゆっくりと離し、こぼれ落ちて来た涙を親指で掬ってくれた。

「大丈夫。桜ちゃんは1人じゃない。私も皆も見守ってるから」

「はい...」

桜は鼻を啜り、涙を手で拭った。

ここからは泣かない。絶対に。


別れ際、若菜先生は桜にタッパーとお守りを渡してくれた。

タッパーには桜の好物桜餅が入っていた。昨日先生たちと皆で手作りしたもので沢山余ってしまっていたのだ。

そして、お守り。花代先生が桜の刺繍と必勝という文字を刻んでくれた。

そうだよ。私は強くなって必ず勝つんだ。

聖剣士になって皆を守るんだ。

それが桜が戦うもう1つの理由だ。

皆を守れる強さを手に入れることを桜は再度胸に誓った。

桜の姿が見えなくなるまで若菜先生は手を振り続けた。桜は泣かないよう時に振り返り、微笑みで返した。笑って帰ってくるその日を想像しながら。


桜はバスに揺られてモノレールの駅まで来た。

ここからさらに揺られ、1時間以上した頃に天空都市に向かう鉄道の乗り場に到着する。

その間に窓から夜空を臨みながら桜餅を食べた。

窓の外にはもう森も山も見えない。次第に建物が多くなり、高さを増す。星の煌めきから、ビルの人工的な光りへと移ろい行く。それを見ている桜の心も変化する。穏やかで平和だった心が燃えるように熱く、血が騒ぐ。これを闘争心と呼ぶのだろうか。

桜はいつの日か百合に言われた言葉を思い出した。

「桜の内には秘めた力がある。桜は必ず強くなる」

力があるのか強くなれるのか今はまだ分からない。だけど、信じてみよう。自分の可能性を。

見えてきた、私の戦いの場所。

桜は藍色の夜空にそびえ立つ光り輝く花を見つめた。

天空に花開く文明...天空都市ブルースター。


翌日。まずはオリエンテーションから始まった。

この学園や他学園のバトルフェスタのこと、来年度から始まる実習についてを刀を背中に背負いながらショートカットのスレンダーな女性の先生が淡々と話していく。

「この学園は美華学園グループの女子校。男子校は星形のブルースターの真西にあたる花西(かさい)区にある刀凰館(とうおうかん)学院。ちなみにここは月花区。南東の星雲区にはブライトステラハイスクール、星東(せいとう)区には星光(せいこう)学園がある。その他にも聖剣士養成学校はあって地底、水上、疾風、火炎都市にも1校ずつある。そこの学生全体で戦うことになる」

その後も先生の話は続いた。桜は情報が多すぎて混乱しそうになったが、メモを取ったノートを何回も見返しようやく理解できた。

2年生になったら各学園が主催するバトルフェスタに参加するようになる。その最高峰がブルースターシティの中央区のスタジアムで開催される星華(せいか)祭。そこで優勝した人は、優勝賞金1000万円と全ての願いを叶えてくれるというレインボーローズを手に入れることができる。しかし星華祭に参加するには条件がある。実戦データを元に作られたランキングで男女別で16位までに入らなければならない。戦わないとランキングを上げることが出来ないため各バトルフェスタに参加して勝ち進みランキングを上げていくという仕組みだ。ランキングにも色々階級があり、1位から100位までがゴールド、101位から300位までがシルバー、301位から600位までがブロンズ、601位から1000位までがブラック、それ以下はホワイトとなっている。戦っていない私達はホワイトランクからスタートする。戦闘に向かず途中でフェスタに参加するのを諦め、学園内の実習でのみ戦う者が半数以上で、実質力のある者はシルバーランク以上の者と言われているらしい。その中でもすごいのはゴールドランクの女子生徒だろう。男女混合でランク付けされるからゴールドランクに女子がいるのかと思うと頭が上がらないと桜は思った。


昼休みを挟み、午後はいよいよ実習となった。全員ジャージに着替え、体育館に移動してきた。ワクワクして食欲が増すと言っていた百合は昆布のお握りが10個も入ったお腹を揺らしながら歩いていた。

「まずい...。体育座り出来ないかも」

「正座するしかないね」

「正座も無理ぃ。あぁ、寝たいよぉ。今すぐ寝たい!」

お嬢様だから少しわがままなところもあるけど、それが百合だと思って接しているから桜は全然苦にはならない。

「はい、じゃあ刀を渡します。取り敢えず鞘から出さないで下さいね」

刀剣実習担当の麻倉先生から1人1本刀が手渡された。

「まずはこの短刀で刀の使い方に慣れます。その後私のテストに合格した人から順に剣に進んでいきます」

私も良く知らなかったのだけれど、どうやら刀というのは片方だけが切れる日本刀のことで、剣が諸刃のことらしい。違いを明確に分かる人も刀と剣を区別する人もあまりいないようだけれど、一応基礎的な分け方を教わった。

「ではまずは持って私の動きに合わせて動かしてみましょう」

と言われたのだけれど、もともと運動神経が良い方ではなかった桜は短刀を振り上げただけでもふらついてしまった。左右上下に機敏に動く百合に対して桜は簡単なステップもままならない。

「早速差が出てるわね...。足元が覚束ない人には木刀を貸し出すからこれで練習しましょう」

桜は先生に初日から見放されたのだった。


それからというもの桜は木刀練習組に回った。優秀な百合はテストを一発合格し、あっという間に剣に到達したというのに桜は3ヶ月経っても木刀のままだった。

「桜今日も居残り練習?たまには休んだら?」

「いや、大丈夫。休んでたらどんどん遅れちゃうし、単位もとれなくなるから頑張るよ」

「そう?じゃあ、あたしはお花のお稽古あるから先に帰るね」

「わかった。じゃ、また明日ね」

桜は思った。

(百合ちゃんは気が強いから戦いに向いているんだろう。だから習得も早いんだ。それに比べ私はこの有り様...)

本当にカトレアルなのか疑わしいと感じた。

しかし、桜は百合ほどは行かなくても一般の人よりは高くジャンプ出来るし、集中すれば車と同じくらいのスピードで走れる。回復力もあるらしく、たいていの傷は5分放置していれば治る。擦り傷なら20秒も待たないうちに元通りだ。

衝撃や熱にも耐えられるようだし、そうでなければ呆気なく抗争で死んでいただろう。

(私の両親はどんな人たちだったのかな。私はうっすらとしか覚えていないから、カトレアルだったのかも分からない。

力がなかったとしたら、衝撃波で即死だったのだろうか。痛くなかったのだろうか。それとも痛みや熱を感じることもなく、一瞬で骨の髄まで焼かれてしまったの?)

桜が考え事をしていると肩をトントンと叩かれた。

「桜ちゃん、大丈夫?」

「あっ...ごめんね。ぼーっとしてた」

「疲れたからちょっと休憩しよっか?」

「うん...」

桜はあの日のことを思い出していたら刀のことをすっかり忘れていたのだ。

一緒に練習している川口すみれと小田鈴蘭に迷惑をかけてしまった。

「桜ちゃんも劣等生グループに入れられるなんて予想外だよ」

「うん。それわたしも思ったぁ。桜ちゃんお勉強もお裁縫もお料理も出来るのに刀だけイマイチなんてね」

「あはは。そうだよね...。自分でもびっくりしてる」

すみれは身長150センチの小柄でショートボブが似合っている。運動神経が悪いわけでもないみたいで桜より何倍も振り方も姿勢もキレイなのだけれど、先生からオーケーをもらえず苦しんでいる。

鈴蘭も152センチと小さめながらも、すみれより少しふくよかな印象。念入りに手入れしているという胸まで伸びた栗色の髪をハーフアップにしていることが多いが、練習中はポニーテール。穏和で優しいけど箱入り娘で戦いには不向きな様子だ。

劣等生に選ばれてしまったのは皆本来は争うことが苦手で出来れば巻き込まれたくないタイプの3人だということはすぐに分かる。でもそんな3人がここにいるのは紛れもなく戦う理由があるから。

一体どんな理由があるというのか。今は皆探っている段階だ。

「今日はそろそろで終わりにしよぉ」

鈴蘭ちゃんが床に座り込み、両足を伸ばしてぶらぶらさせる。連日練習続きで疲労もストレスも溜まり、集中出来なくなっているのは目に見えて分かる。

「じゃあ、次10本素振りやったら終わろう」

そう言って気合いを入れ直して立ち上がった、その時だった。

「皆さんお疲れ様です」

入り口から赤毛の長い髪を腰まで伸ばした美しい女性がやって来た。

胸には花と剣をモチーフにした校章をつけ、リボンは緑。ということはここの学園の生徒である。一体何者なのだろうと桜は疑問に感じた。

「練習中失礼します。私は聖刀花女学院の生徒会長を務めております、九条椿と申します。少し練習風景を拝見させて頂いてもよろしいですか?」

椿のその一言で追い風が吹き始めた。


「一度刀を置いて基礎的な練習を致しましょう」

椿は桜達から木刀を没収し、その代わりに地獄の筋トレを教えた。

大きな筋肉から動かすと代謝が上がり、パフォーマンスが良くなるという理論の元、桜達はまずスクワットを100回やらされた。

「ちょっとあなた!もっと腰落としなさい!」

「鈴蘭ですっ!」

「じゃあ、鈴蘭さん。腰を落として!あぁ、違う違う!つま先より先に膝が出てはダメ」

フォームの細部まで指摘され、鈴蘭は涙目になりながらも必死にスクワットをしていた。

その後は背筋。30センチ以上上がらないと許してもらえず何回も何回もアシカのようになった。

3人はへろへろになった頃に腹筋100回、膝付き腕立て伏せ50回をやり、体力のはほぼゼロに...。

生まれたての小鹿のように立ち上がる際に足がふらついた。

「この筋トレを毎日やるといいわ。あなた達3人は潜在能力が高いからあと少し頑張れば剣術も一気に上達すると思う」

「毎日...」

「鈴蘭ちゃん、わたしもやるから頑張ろう」

「うん、私も頑張るよ!ここで諦めたらここに来た意味がないからね」

「2人共スゴすぎるよ...」

倒れたまま絶望する鈴蘭となんとか鼓舞して立ち上がろうとする桜とすみれ。

椿はそんな桜達に言葉を紡ぐ。

「そうね、諦めたら意味がないわ。何も得られなくなる。毎日とはいかないけどなるべく私も皆のことを見に来るわ。あなた達は伸び代が誰よりもある優秀な劣等生だもの」

(優秀な劣等生?)

誉められているのかけなされているのか分からない桜だったが、椿が良い人だということは確信出来た。椿の言うことを聞いていればそのうち花が咲くと思い、信頼の眼差しで彼女を見た。椿から放たれるオーラはいつも見ている太陽よりまぶしかった。


桜とすみれは同じ寮に住んでいる。

鈴蘭を学校の最寄り駅まで送っていった後、2人で買い物に行った。

朝食は必ず出るけれど、夕食は入寮する際に選べたから桜は自炊を選択した。せっかく今まで料理をしてきたのにここでやめたら出来なくなるんじゃないかと不安になったのだ。将来独り暮らしとか結婚したりした時に料理しないわけにはいかない。なんでも自分で出来るようにしておけば誰にも頼らなくても生きていけるという桜なりの考えがあっての選択だった。

「すみれちゃんは料理したこたある?」

「うん。お母さんが病気でね、入退院を繰り返してて料理出来ないお父さんと2人で暮らしてたから作るしかなかったんだ」

(お母さんが病気...)

桜がすみれの事情を知り心を痛め包丁の手を止めると、すみれが気にしないでと言った。

「わたしはねお母さんが生きてくれているだけで嬉しいんだ。だけど、せっかくなら元気に生活してほしい。私はお母さんのために戦うって決めたの。お母さんの病気を治すためにはレインボーローズに願いを叶えてもらうしかないんだ。最新の治療法がダメなら奇跡を信じるしかないじゃん」

すみれはお母さんの病気を治すためにこんなに必死に努力していたのだ。

「桜ちゃんは何のためにここに来たの?」

「私は...大切な人たちを守れるように強くなるためかな」

桜は自分の生い立ちや百合との関係について語った。自分のことを知ってもらいたいと思ったのは初めてだった。

思い起こせば桜にはずっと学校の友達はいなくて百合以外の子と遊んだことがなかった。孤児院の子たちは桜の家族みたいだったから、友達という関係性を感じてはこなかった。

桜は16歳になって初めて友達の作り方を知ったのだ。

「そっか...そうだったんだ。桜ちゃんには両親がいないからその代わりに桜ちゃんを守ってくれたり支えてくれた人に恩返ししたいってことだね」

「うん、そうだよ」

「じゃあやっぱり早く強くならなきゃ。強くなって優勝して願いを叶えよう」

「うん。お互い頑張ろ」


その日の夕食はカレーだった。桜は玉葱を切っている時にあの日の涙を思い出したけど、すみれの笑顔で桜の顔にも笑みがこぼれた。

食事中もすみれと色んな話をしている内に自然と笑顔になれてあっという間に時間が過ぎた。

(すみれちゃんと一緒なら乗り越えられる)

桜はそう強く思った。


椿の鬼指導に耐えること2週間後。

ようやく桜と鈴蘭は木刀の試験を突破し、短刀に進んだ。すみれは短刀から実戦用の長めの刀へステップアップした。

しかし、喜びも束の間。次の試練がやって来た。


「この刀なんか光ってる...」

鞘を抜いたすみれが未確認飛行物体を見たかのようなトーンで言葉を発した。

「どうやら川口さんは土以外の力を使えるようだね。わりと器用で有能だ」

「先生、それはどういう意味ですか?」

「皆には随分前に説明したのだが、仕方がない。君たちにも説明しよう」

カトレアルが使える力には属性というものがある。それは古から伝わる四元素に属し、水、火、土、風の4つ。最初に鞘を抜いて持った時の刀の色で判別し、水なら水色、火なら赤色、土なら黄色、風なら白色に光る。

すみれちゃんは上部が白っぽく光った後、水色と赤色が出たから3タイプの使い手となるらしい。

「大抵は1つか2つなのだけど、川口さんは素晴らしいわ。才能はあるから今後必ず強くなるわね」

「あのあの、3つを使い分けるにはどうすればいいんですか?」

「それはもう、技名を唱えるしかないわね」

「技名...ですか?」

「例えばこういう感じにね。危ないからちょっと下がってて」

先生が刀を抜き、振り上げる。

風舞深扇(ふうぶしんせん)

次の瞬間刀の回りに風が巻き起こった。

「これを相手に投げつければ攻撃となる。これは初歩的な技よ。私の属性は風と水だから火の技は別の先生に教わりなさい」

「はい、分かりました」

すみれが技を習得する段階に進む中、出遅れている桜と鈴蘭は基礎体力の向上のために走り込みをし、刀を力いっぱい振りかざせるだけの体力をつけた。


鈴蘭が先にテストに合格し、土の力だと分かった。土の力は他とは違い、刀を動かすよりも地面に刀を刺し、念力を伝えて石や岩を動かすという間接的な戦い方を主にするらしい。地面を動かすとなると体育館では練習が出来ないため、鈴蘭は夏休み中に土属性の人たちで合宿を行うことになった。

すみれも3タイプの先生に指導を仰ぐため場所を転々としている。

桜だけがまだ短刀の段階で誰よりも遅れていた。

百合はスーパールーキーとして2年生と特別合宿に参加しているというのに、私はその足元にも及ばない。

諦めないと誓ったから諦めるつもりはないけれど、出口の見えない洞窟に迷いこんだような気持ちで毎日を送っていた。


真夏の昼下がり。

桜が1人体育館で自主練を行っていると、ドアが開いた。

「桜さん、調子はいかがですか?」

「そうですね...。全然ダメです。皆からかなり遅れをとっていますし...。もうどうしたらいいのか分かりません」

桜が肩を落としてそう呟くと、椿は桜の肩に手を乗せた。その手が温かくて優しくて今1番欲しくていらないものなのに、桜はそれに甘えてしまった。瞳に涙が充填し、鼻がつうんとしてくる。必死にこらえようとすると手が震える。

「桜さん、泣いてはいけません。あなたはここで泣く人間ではありません。ここで負けたらこれからも負け続けます。あなたにはそうなってほしくない。私と違って...あなたは...強いから」

「椿先輩...」

顔を上げ、桜がちらりと横を向くと椿は唇を噛み締めていた。

涙と自分の弱さに耐えるかのように。

「私も最初はあなたと同じく劣等生だった。だけど泣かずに必死に耐えた。先生に言われた通りに筋トレも剣術も練習を怠らなかった。そしたら先生が認めて下さって私に実戦用の刀を預けた。刀を持った瞬間、刀も私の世界も色づいた。私の刀は珍しくて白銀に黄色の線が入っているの。土と風の力を使い分けるのにも苦労したわ。やってもやっても身に付かなかった時に私は一度だけ泣いたの。泣いたらこの手に宿る力が涙と共に流れていってしまうんじゃないかと本気で恐れていたのに。そのせいで私は一度もこの学園で一番になれなかった。努力して努力して努力してここまで強くなれたけど、生徒会長にもなったけれど、勝てない相手がいた。越えられない壁があったのよ」

椿は立ち上がり、小脇に抱えていた刀を差し出した。

「これは...」

「あなたの刀よ。私の信頼する先生から預かってきたわ。鞘を抜いて色が変わり、あなたが技を出すことが出来たら合格よ」

「でもまだ私は短刀のテストを...」

「それは成績を付けるためにあるもの。本物の剣士はそんなの関係ない。才能と直感で切るのよ」

(才能と直感。私にそれがあるだろうか。それを駆使して刀を振りかざす覚悟はあるだろうか。

誰よりも強くなる意志はあるだろうか)

桜は目を瞑り、大きく深呼吸をした。

刀を受け取り、ゆっくりと鞘を抜く。

いざ目の前にすると迫力を感じる。剣先は鋭く、刃はぎらついていてかなり切れ味が良さそうだ。

そして次第に変わる色。桜の脳に刻まれたあの日のワンシーン。爆弾が投下されあっという間に真っ赤な火の海になり、人を飲み込んでいく。

刀の色は...真紅。

「花守さんは火の使い手ね。予想通りだわ。だけど...」

みるみる刀が青白くなっていく。水と風の力もあるということなのか。それとも...。

「ファイアブラスト!」

どこからか声が聞こえた。誰かが私に助言をしている。

「花守桜!ぼーっとしてないで早く叫んで!」

数十メートル先に動く人影が目に飛び込んで来た。

桜は意を決して叫んだ。

「ファイアブラストっ!」

桜の叫び声とほぼ同時に刀から炎の渦が放たれた。そして謎の声の主の方に向かっていく。

「シルバーシールド!」

真っ赤な炎は突然刀から出された鉄壁の盾に吸収された。盾は燃え盛って蒸発した。

私は一気に肩の力が抜け、その場に膝をついた。

「花守さんっ!」

椿が桜の元に駆け寄ってくる。私は大丈夫ですと言いながらも息は切れ切れだった。

「すごい威力ね。感心したわ。さすが生徒会長のお眼鏡に敵った逸材なだけあるわね」

「蓮!あなたなんてことを!」

椿が取り乱していた。

(こんな先輩の姿初めて見た)

「いいじゃない。どうせいずれは使う力なんだし。そんなにカリカリしないでよ」

「最初はもっと慎重になるべきでしょ。しかも今日来てなんて言ってないわ」

(一体どういうことなのだろう。私は今どんな状況にいるのだろう)

桜は訳がわからず視線を右往左往させていると椿が口を開いた。

「場所を変えましょう。桜さんにお話ししたいことがたくさんあるから。それと...蓮にも」

「わかってるわよ。悪かったわね、勝手なことして」

「今回は許すわ。だけど、今度からはちゃんと私の言うことを聞いて。でないと学校長から...」

「だから分かってるわよ。十分理解した上で自分の心に従ったまで」

「だから、それが分かってないってことなの!」

「あの...」

桜は恐らく仲良しで喧嘩しているであろう2人を止めるべく、口を挟んでしまった。

「私に一体何が起きているのでしょうか?」


桜はジャージから制服に着替え、花西区駅前の商業ビルに入っているおしゃれなカフェにやって来た。

その道中で乱入者は3年生の美山蓮と判明し、2人から謝罪を受けた。

しかし、カフェに入ると2度目の謝罪が待っていた。

「桜さん、今日は本当にごめんなさい」

「ワタシももう一度謝るわ。危険な目にあわせてしまってごめんなさい」

「いえいえ、そんな...。私は本当に大丈夫ですのでもう謝るのはよしてください」

先輩2人に頭を下げられ、桜は首を真横にぶんぶん振って否定した。

「分かったわ。では、本題に入るわね。まず、桜さんに与えた刀について。それは本当に学院の先生から預かってきたものよ。私の信頼する撫子先生にね」

「撫子先生なら知っています。聖剣士理論を教わっています」

桜にとって撫子先生は優しくて穏やかな先生というイメージだ。前期期末テストの前に質問をしにいったら分からない所を丁寧に教えてくれただけでなく、剣術についても少しだけ教えてくれた。

「撫子先生は理論が9割出来ている桜さんが基礎トレーニングも欠かしていないのに刀を持たせてもらえないことに疑問を持っておられた。そこで試しにと(わたくし)に刀を預けて下さったの」

「そうしたら案の定ものすごい力の持ち主だったってわけね」

「私の力はそんなにすごいんですか?」

椿と蓮の首の動きが見事にシンクロする。

「最初からあれほど強力な技を出せる生徒は初めて見たわね。学園1の剣士で炎の魔術師と呼ばれる私でも最初からブラストを使うことは出来なかったもの」

「蓮、あなた密かに自分の自慢してるわね。ご法度よ」

「はいはい、ごめんなさいね」

桜は椿の敵わない相手が蓮だということを悟った。そして、親友で永遠のライバルだということも。

「私の独自の見解なのだけど、恐らく桜さんの力の解放を恐れている、もしくは力を温存させておきたい人間がいて麻倉先生に指示して力を使わせなかった人がいると思うの」

「この感じだと知らぬ間にリミッターをかけられている可能性もあるわね。リミッターは厄介よ。力を最大限に発揮出来ない上、解除にものすごい時間と力を使う。私も恐炎(きょうえん)の小悪魔にやられた後解除するのに手間取ったからねえ。ちなみに恐炎っていうのは恐ろしい炎って書くのよ」

(リミッターに恐炎の小悪魔...。まだ知らないことばかりだ)

椿は自分の力をまだ理解できず、しかも完全に目覚めていない桜を不安に思った。しかし、椿に出来ることはこれ以上無かった。

「桜さん、これからは毎日蓮と一緒に練習して下さらない?」

「えっ?」

「ワタシ強い後輩と練習するのを待ってたんだよ。技の使い方も教えるから一緒に練習しましょう」

桜は少し俯いたが、直ぐ様顔を上げた。

「はいっ。劣等生ですが、ご指導よろしくお願いします!」


疲労している桜を先に返した椿と蓮は桜の刀の色の変化について推測した。

「花守桜はその心の熱さで刀の色を変えられるんだと思う。ワタシも前に青白くなったことがあるから」

「私もそう思うわ。高温になればなるほど彼女が苦しむかもしれないけれど、それが彼女に与えられた能力なのよね」

「その能力を活かせるようにするのが、先輩としてのワタシの役目ってわけね」

蓮はお代わりしたカモミールティーをごくごくと飲んだ。火の力を持つ人間は熱いものが得意で、飲むだけで体温が3度以上上がると言われている。

一方の椿は桜の極めて希な力とリミッターの有無について心配が絶えず、飲み物さえも進まない。

「椿が肩入れするなんて珍しいね。なんでそんなに花守桜に惹かれるの?まあワタシも彼女を見てるとなんか不思議な気持ちにはなるんだけど...」

椿はティーに写る自分の顔を見つめながら考えた。なぜ花守桜に惹かれるのか、なぜ花守桜を心配しているのか。なぜ、花守桜なのか。

答えは出なかった。ただ...。

「撫子先生が言っていたの。桜さんから感じられるオーラは不思議で強い。だけど彼女の内にはそれ以上に強い何かがある。彼女のミステリアスな面に惹かれるのって。もしかしたら私もそうなのかもしれないわ。彼女の根源を見てみたいって、そう思ってる...」

「ふ~ん、そう」

(なら、少しでもその手伝いをしてあげるか。椿の親友として...)

それ以降椿と蓮は桜について話さなかった。

蓮と椿はたわいない話で盛り上がったのだった。


桜はそれから毎日蓮と火の使い手の練習場で練習を重ねた。

「そこっ!もっと素早く動いて!」

「はいっ!」

来月開催される星華祭に向けて蓮は練習を重ねる中、桜に技を教えていた。全て同じ技を出せる訳ではなく、まぐれで出た火の粉をうまく刀で操作して相手に放つというだけということも多々ある。

「危ないから避けて!」

弾丸のように次々と蓮の剣から放たれる火の玉を桜は必死に避け、時にシールドを使って攻撃をしのいでいた。

防御に徹しているとはいえ、時速100キロの火の玉をそれ以上のスピードで避けているため桜は常に息が上がっていた。

「はぁ...はぁ...」

荒い呼吸を繰り返している桜とは裏腹に蓮はさすが炎の魔術師なだけあってそれほど呼吸を乱すことはない。

だが、蓮は桜が自分の練習相手に相応しいと思えるほど能力が高く、教えがいのある人間だと感じていた。そして、その力の起源はどこなのか、この先どうなるのか疑問を拭うことは出来なかった。

「桜、取り敢えず一旦ここで休憩にしよう。今日のお昼はどこで食べる?」

蓮がそう聞くと桜は少し顔を赤らめて答えた。

「私実は...お弁当作って来たんです。一緒に食べませんか?」

「すごいねえ。料理も出来るんだ」

「はい。まだ簡単なものしか作れませんが...」

「じゃあ、遠慮なく頂くね」


桜と蓮はタオルで汗を拭い、冷房がガンガン効いた教室に移動して来た。桜は椿も誘おうとしたが、まだ練習中だろうと蓮がいうので誘うのは止めた。同級生のすみれも鈴蘭も各属性のチームで昼食を取っているらしい。

先輩と2人きりというただならぬ緊張の中、桜は手を小刻みに震わせながら保冷バッグから弁当箱を出した。

桜が用意したのは鮭、昆布、梅の3種類のおにぎりと卵焼き、豆腐ハンバーグ、茹でたブロッコリーと細かく粉砕したくるみをマヨネーズで和えたものにミニトマト。そして、デザートにショコラパウンドケーキだ。

「すっごーい。どれも美味しそうね!」

「お口に合うと良いのですが...」

「ではでは、頂きます」

蓮は卵焼きを口に入れた。

次の瞬間、彼女の口元が緩み、目尻が垂れた。

「おいっしぃ!最高だよ、桜!」

「あ...ありがとうございます」

その後も箸を持つ手を緩めず、食べ進める蓮。こういう蓮の天真爛漫なところが桜は可愛らしいと思った。

蓮はあっという間に食べ終えると、ふうーっとため息を1つつき、ペットボトルに手を伸ばした。

火の力を最大限に発揮するために体を冷やすことは厳禁なのでお茶は必ず常温だ。しかも水はダメで交感神経を優位にするカフェインを含むコーヒーや緑茶が良いとされている。

「いいなぁ、水の人は。暑い夏にキンキンに冷えた麦茶を飲めてアイスも食べられるんだもん」

「そうですね。でもたまになら良いのではないですか?」

「うん。でも今は大会前だからダメね。終わったらスイーツ食べに行きましょう。もちろん椿も桜の友達も誘って」

「はいっ」

桜はおにぎりを2つ残して蓋を閉じた。

蓮はその様子を見て桜の燃費の良さを感じた。通常あれほど激しい運動をした後は倒れるくらいの空腹に襲われるのだが、桜は練習中息を切らしていたわりにはぴんぴんしている。一体どれほどの力をまだ内に秘めているのか。蓮には大会よりも気になることが出来てしまった。でも今は大会に集中しなければならない。蓮はわざと大会の話をした。

「星華祭まであと2週間かぁ...」

「すみません。私の指導で貴重な練習時間を割いてしまって」

「それはいいの。桜といるとわくわくするし、初心に戻れて色々見えてくることがあるから」

「それなら良かったです。てっきりお邪魔虫かと思っていたので...」

蓮は桜の頭に手を乗せ、妹の頭を撫でるように優しく撫でた。

「ワタシはね、5年前にあった故郷の抗争で左腕を失った妹の義手を作るお金とその制作技術の発展を願うために戦っているの。今妹は病院のベッドの上で毎日過ごしている。足も骨折してリハビリはしてるんだけどまだ十分に動けなくてね。妹はワタシより力も弱くてまだ9歳だから。ワタシがもっと早く一人前になっていたら守れたのかもって思ってる。後悔...してる...」

桜は蓮の手のひらから伝わる思いに泣き出しそうになったが、ここで泣いたら失礼だし、もう泣かないと決めたから拳をぎゅっと握りしめ唇を噛んで耐えた。

「だけど後悔してももう遅い。今ワタシに出来る全力のことをしなければ意味がない。ワタシは全力でぶつかって全力で勝ちにいく。誰にも負けたくない。誰にも優勝を譲る気はない。ワタシは必ず勝つ。だから桜。最後までちゃんと見ていて。ワタシが優勝して願いを叶えるその時まで」

「はい...」

桜は大きく頷き、微笑んだ。

デザートのショコラパウンドケーキのほろ苦さが口の中に甦った。

戦う理由は人それぞれだが、それが想像以上に残酷なものが多く、軽い気持ちで戦ってはいけないと改めて感じた桜だった。


そして、2週間後、星華祭が始まった。

星華祭は男女別ランキング16位以内しか出場出来ない少数精鋭な大会のため開催期間は5日間。男女別のシングルスで優勝者をそれぞれ決める。1、3日目が男子、2、4日目が女子で、5日目に男女別決勝が行われる。

椿も蓮も1回戦を突破し、2回戦目に勝ち上がった。

椿の2回戦目の相手は水上都市からやって来た水の使い手の流川水琴(るかわみこと)

スタジアムの10列目という比較的前の方で観戦している桜、百合、すみれ、鈴蘭。

鈴蘭に至っては呑気にオレンジジュースを飲みながらポテチを貪っている。

桜の右隣に座る百合はハンカチを握りしめ、その隣のすみれは緊張からか手が小刻みに震えていた。

なぜこんなに緊張しているのか。それは相手が水の神の直系でかなり強いと噂されているからだ。ランキングでは椿が女子12位、水琴が6位で上回っている。

「百合ちゃん」

「何?」

「神の直系ってどういうこと?」

「あぁ、それはね...」

力を最初に生み出したとされる者を神として崇めており、その子孫にあたる者たちを神の直系という。月日の流れと共に変化してきた地球に適応するために進化してきた人間の内、特殊な力を持ったのがカトレアル。それとは異なり、地球の誕生から不思議な力を持ち、古から戦って来た人間の家系の者はその戦歴、血筋を濃く深く受け継ぐため、ここ200年で誕生したカトレアルよりも強いとされている。

「椿先輩は確かに強いけど、相手は水の神の直系。勝てたら奇跡だね」

百合はそういうが、桜は信じることにした。

椿は必ず勝つと。


「第2回戦の第2試合は聖刀花学院の生徒会長、九条椿対水神剣(すいじんけん)高等学校の生徒会長、流川水琴!それでは両者共にフィールドインして下さい!」

椿の心臓は口から飛び出るかと本気で思うくらいバクバクしている。相手が水の神の直系で威力が倍なのも目に見えて分かっている。2年間で刀を交えたことはなかったが、蓮の体力をギリギリまで追い込んだことがあり、強敵だと分かっていた。だからといってここで負けるわけにはいかない。椿にはどうしても手に入れたいものがあった。

それは...。

「両者バトルフィールドに入りました!それではバトル...スタート!」

(迷っている暇はない。風で相手を吹き飛ばし、攻撃を防ぐのよ)

椿は刀に念力を集中させ巨大なハリケーンを作り上げた。そしてそれを相手に投げつける。

ドダンッという大きな音の後、相手の悲鳴が聞こえる。

...はずだった。

「うそっ...」

水琴は渦潮を作り、その中に身を潜めていた。そして水に守られながら、技を繰り出す。

「水の神よ。我に恵みの雨を与えよ!ゆけっ、雨乞い!」

フィールド上に分厚い灰色の雲が覆う。そして次の瞬間、雨が降りだし、直ぐ様豪雨になり、地面が滑りやすくなった。

椿は足を取られながらも、地面に刀を刺し、意識を集中させ、岩壁を生み出した。

(この岩壁を上手く伝って相手に近づき、疾風で飛ばす)

椿は見事な脚力で岩を飛び回り、相手に近づいた。

「解き放て!疾風迅雷!」

刀を右斜めに振り上げてそこから左斜め下に振り切った。直ちに疾風が起こり、雨乞いのお陰で荒れていた上空から雷が轟く。

――ドカーーン!

稲妻が地面を切り裂いた。相手に当たっていれば一撃で戦闘不能になる大技だったのだが...水琴はかすり傷1つ負っていなかった。

(うそ...。なぜ...)

「雷には慣れてるのよ。このくらいは余裕でかわせるわ。さてと...そろそろ終わりにしましょうか。ヒーリングするまでもないわね。でもまあ一応、水の神に守ってもらおうかしら。...アクアシールド!」

椿は剣を振り上げ、また彼女に接近した。しかし...。

「ロックオン。水の神よ、さあ暴れまくれ!渦潮っ!」

椿は渦潮に飲み込まれた。だが、風で振り払える。渦潮の方向とは逆向きに剣を回し、風を作る。徐々に水がほどけていくが、相手の水量が多く、水圧が風圧の数倍も強い。

(このままでは剣が...)

剣を落としたらその時点で決着がついてしまう。ここで離すわけにはいかない。

椿は両手で剣の柄を持った。

(この剣だけは離したくない...。だってあなたとずっと鍛練して来たから。一緒に乗り越えてきたから...。渦潮に飲み込まれて離れるのは...嫌。私もあなたも絶望に飲み込まれちゃ...ダメ)

椿の意識がだんだん遠退いていく。剣はまだ手に持っているが、渦潮を回避することは...出来ない。

「トドメね!水龍よ、九条椿に巻き付け、締め上げるのだ!ゆけっ、水龍呪縛!」

椿は水龍に巻き付かれ、身動きが取れなくなった。呼吸が苦しくなり、目を閉じた。

目の前にはどこまでも闇が広がっていた。


椿の父は国家公務員、母は銀行員という厳格な家庭に育った椿。

何事もルールを守るよう厳しくしつけられた。特に椿の心を蝕んでいたのは、どんな公のルールよりも家庭内のルールだった。

テストで1位を取らなければ家に入れない。1日15時間勉強。運動も大事だからと1日1時間筋トレ、その後もランニング1時間。ほとんど寝る時間も無くて、熟睡出来たのは家庭内のルールから解き放たれた合宿中だけだった。生徒会長もやりたくないのにやるように言われ、仕方なくやった。

全ては両親を喜ばせるため。両親に認めてもらうため。だけどそれももう限界だった。

椿は自由になりたかった。ルールを破って親とも決別して自分の選択で自分の道を歩んでいきたかった。

しかし、その願いはもう叶わない。届かない。

椿はそれでも唯一両親に感謝していることがあった。

それはこの学園に入れてくれたこと。

強くなり、友人が出来た。

1人の時も1人じゃなかった。

自分の代わりに戦ってくれる、それを任せられる人がいることを椿は誇りに思った。

――私の願いは...蓮に託す。蓮...頼んだよ。


椿は2回戦敗退したが、蓮は決勝進出を果たした。蓮が待機室で剣を磨いていると、椿がやって来た。

「蓮は強いわね」

「学園イチ強くて、炎の魔術師と呼ばれているからね。もちろん決勝も勝つ」

(また自慢してる)

「でも相手は...」

「大丈夫。ワタシを信じて。椿の親友は美山蓮だけ。ワタシを信じないでどうするの?」

椿は蓮の真っ赤に燃え盛る瞳を見つめた。闘志に燃えたぎる美しき蓮の花。それが、美山蓮だ。蓮ならやってくれると椿は最後まで信じることにした。

「蓮、ここまで来たなら優勝して願いを叶えて。絶対よ。約束」

「うん...約束」

蓮の長くてすっと細い小指に椿のぴんと伸びた小指が絡み合った。

2人の友情とその絆を試す最終舞台はすぐそこにあった。


「2220年星華祭も残すところあと2試合となりました!遂に今日は男女決勝です!先ほど終わった男子決勝も手に汗握る熱い試合が繰り広げられました。それでは女子も最強のカトレアルを決定致しましょう!それでは選手の入場でーす!」

蓮は心臓に胸を当ててから顔をぱんっと叩き、ステージに向かって歩きだした。

夢に見た星華祭の決勝のステージ。何度も勝つシュミレーションをし、インタビューで答える内容も決まっている。

蓮は会場全体を見回した。ここに来ることが出来なかった最愛の妹のため戦うことを改めて胸に誓った。

「ファイナリスト1人目は聖刀花女学院高等部3年、炎の魔術師、美山蓮!」

会場から沸き起こる歓声。これを生涯忘れることはないだろうと思う。

「そしてもう1人。恐炎の小悪魔の異名を持つ、火の神の子、火野紅愛(ひのくれあ)16歳!なんと1年生が登場です!」

最年少にしてランニング1位の最強少女。そんな彼女をくたばらせられるのは、美山蓮ただ1人。蓮はそう信じて漆黒の鞘から刀を引き抜いた。

真っ赤に色付いた刃。この刃で何百人ものブレスレットを切ってきた。この剣から放たれる力に屈した何百人もの瀕死を見てきた。

相手の意識喪失による戦闘不能、攻撃のヒットポイント(HP)のカウントが0になること、そしてHPをカウントするブレスレットを切ること。それのいずれかにより勝敗が決まる。

全てはここに来るために容赦なく刀を振りかざした。ここに来て願いを叶えるために剣を貫いた。

蓮は大きな深呼吸をした。

(さて、始めようか)

「それでは運命の決勝戦...スタート!」

合図と同時に両者共に走り出した。至近距離まで迫り、剣を振りかざす。

「おおっと、これはこれはまさに剣士のバトルです!この音を私は聞きたかったのです!」

実況が言っているようにこれは剣と剣のぶつかり合いだ。だが、蓮にも紅愛にも分かっていた。これがただの剣の殴り合いではないことを。

やがて剣と剣の間から火の粉が飛び散りだし、熱を帯び、炎が生まれた。摩擦熱で発生した炎は炎の中でも耐久力が高い。一度フィールドに放てばたちまち火の海だ。火属性の2人にとってはそれは好都合である。

「あっつ~い!燃えてきたねえ」

「まだまだ燃やすよ。火野紅愛、あなたの骨の髄まで燃やしてあげる!」

「うわっ、こっわ。本気ぃ?」

「ワタシはいつだって本気よ!」

「なら、あたしも...本気でこたえちゃうんだからぁ!」

赤い髪をくるくるに巻いたツインテールにゴスロリ姿。可愛らしい彼女から放たれる火の玉は熱くて速くて重い。

「あははっ!楽しいっ!」

(さすが小悪魔ね...)

蓮は紅愛を瀕死にするのは厳しいと悟り、相手のブレスレットを狙うことにした。真っ赤なリボンっぽいが薄いチップが埋め込まれていて熱に強い素材を使用しているということは一瞥で分かる。

(焼けないなら切るしかない。彼女の生命の源である真っ赤な流血を拝めば勝てる)

蓮は剣で火の玉を切り裂きながら紅愛に徐々に近づいていった。

それでも尚、紅愛は剣を振り回し、四方八方に放ち続ける。こうすることで火の海を守り、技の威力を倍にしようとしているのだと蓮は読んだ。

(ならば、大技が出る前に...決する)

「火炎万華!」

蓮が桜に教えた技の1つだ。大輪の花が咲き誇るように全方位に火の玉を散らすなかなか難易度の高い技だ。

(桜見てる?これが全力の手本だよ)

紅愛は火の玉のいくつかに当たり、ゴスロリの一部を焦がした。

「やってくれるじゃない。さすが炎の魔術師」

「そっちこそ。1年生でその腕前。尊敬しますよ、恐炎の小悪魔」

(だけどね、あなたには決定的に欠けているものがある。それは...)

蓮は思いっきり飛び上がり、剣を回転させた。

そこから飛び散る火の玉。

逃げ回る紅愛も逃げ切れないほどに速いスピードで大量の火の華が舞い散る。

「なかなか痛いわねぇ...。さてと、お返しよ!くらえっ、ファイアストーム!」

(来た...!)

紅愛の大技、ファイアストーム。

剣を横に持ち回転させて炎を出し、そのまま渦にし天に放つ。そうすれば蓮を飲み込めるという、水属性の渦潮の応用だ。

蓮はその中に突っ込んだ。

目を閉じ、意識を集中し、剣と一体になる。

相手はどこにいるのかをかすかな音の違いで掴む。

(火野紅愛は......ここだ!)

剣を掲げ、そこに力を注ぐ。炎の威力は渦の中に入っているから最強になっている。

ここで飛び出し、この炎で相手を包んでいる間にあのリボンを...切る!

蓮は覚悟を決めて飛び出した...。


美山蓮の妹は抗争で左腕を失った。蓮の後なかなか子供が出来ずに悩んでいた際にやっと恵まれた命。両親にも蓮にも可愛がられて育った妹は、とても無邪気で姉に似て天真爛漫だった。

抗争が起こっているとも知らずに両親が目を離した隙に家を飛び出し、家族で春になると良く行っていた菜の花畑に一直線に走っていった。

そこで爆撃に遭った。幸い命は無事だったが、失くしたものは大きかった。利き手を失い何も出来なくなった彼女はリハビリもままならない。

妹に利き手が戻ればまた笑ってくれるだろうか。前を向いて歩いてくれるだろうか。

蓮は信じた。

妹に希望が戻ることを。

そして、自分の選択を。

戦う理由は、生涯ただ1つ...。


「けいとーーーーーっ!」

ケイトウのように真っ赤に燃える剣は、赤いリボンを貫いた。

紅愛の手首からかすかに血が流れる。生きている証である真っ赤な血が地面に滴り落ちた。

「ゲームセットーー!」

蓮は腕にまいていた赤いバンダナを取り、紅愛の左手首に巻いた。

まるで妹の怪我を手当てするように...。

そして決勝を戦った相手に尊敬の念を込めて言葉を紡ぐ。

「あなたは強かったわ。最高の試合をありがとう」


その後、閉会式が行われた。

閉会式では、女子の優勝者美山蓮にレインボーローズ、男子の優勝者に黄金月桂冠(ゴールドローレル)が授与され、後日1000万円が振り込まれるため、契約書にサインを記した。

美山蓮は長年の鍛練で1度たりとも泣かなかったが、この時ばかりはこらえられなかった。

その美しい泣き顔にモニター越しに見ていた桜たち後輩も感動し、瞳をうるうるさせた。すみれと鈴蘭は号泣し、桜は泣き崩れた椿を抱き締めていた。百合は満足そうな顔をした後、用事があるからと先に帰ってしまった。

桜の腕の中で椿は思った。

(私の願い、叶わなくてよかったんだ...)

ライバルであり親友であった蓮の優勝を誰よりも喜び、誰よりも待っていたのだと椿はこの時ようやく気づいたのだった。

桜はモニターではなく、小さいながらも圧倒的な存在感で会場全体に大きく手を振る蓮を見つめた。

実況をしていたアナウンサーが、レインボーローズを手にした蓮に問う。

「お伺いします。あなたの願い事はなんですか?」

蓮は涙を拭い、アナウンサーからマイクを奪い取って叫んだ。

「私の願いはただひとつ。私の妹、美山恵糸(けいと)の左手を蘇らせることです!」


その願いは...叶った。


3年生の卒業式は星華祭と同じ中央区のスタジアムで、男子校と合同の美華学園全体で行われた。

桜たち後輩はメインステージに立つ卒業生をスタンド席から見ていた。

卒業生は女学院が全36人。入学当初は定員ぴったりの100人いたのだが、途中で退学したり、成績不良で留年する者も多く、現役で卒業出来る方が珍しいほどだ。男子校も45人と半数にギリギリ届かなかった。

椿は惜しくも聖剣士の称号を得られなかったが首席で卒業した。卒業後はブルースターシティも実家も離れ、地上の大学に通い、自分らしい生き方を模索していくことになった。

蓮は聖剣士の称号を獲得し、国の戦闘部隊の第一線で働けることが確約された。


滞りなく式が終わった後、桜とすみれ、鈴蘭はお世話になった先輩方に挨拶をしようとスタジアムの外の入り口付近で待っていた。

会場から出ていく袴姿の先輩たちを見る度にこれからは自分たちの番だから頑張らなきゃと誓いを新たにした3人。

しばらく雑談をして待っていると、椿と蓮がやって来た。椿は紺地に椿が描かれた袴を、蓮は赤地に白い蓮の花が描かれた袴を着ていた。ジャージか制服姿しか見たことがなかった3人はその美しさに息を飲んだ。

「ちょっと大丈夫?3人ともぽかんとして」

「あっ、大丈夫です。椿先輩も蓮先輩も袴姿が美しくて...」

桜の言葉に激しく同意する2人。それを見て椿も蓮も微笑む。

「はぁ。全くあなたたちは...」

「可愛い後輩に恵まれてワタシたち幸せだよ」

鈴蘭が2人に用意していた花束を手渡す。

「わぁ...!素敵ね」

「3人で選んで買いました」

「本当にありがとねえ、皆。大好きだわ」

星華祭の後、約束通り百合も入れた6人でパフェを食べに行き、後期のテスト前には椿と蓮が桜たちにテスト傾向を教えたりして図書館で一緒に勉強した。テストが終わればクリスマスになり、百合の大豪邸でクリスマスパーティーをした。

桜、すみれ、鈴蘭が優秀な劣等生として椿と蓮の目に留まってから9ヶ月。そこには確かな絆が結ばれていた。

「皆、これから校外のバトルフェスタに出たりして困難なこともたくさんあると思う。だけど諦めずに努力し続ければ必ず日の当たる場所にたどり着く。永遠に洞窟の中にいるなんてことはない。だから決して諦めないで前に進んでいって」

椿の言葉は正しくて重い。それを知っている蓮はこう繋いだ。

「とにかくがむしゃらに頑張って無我夢中で夢や願いに向かって進んでいけば絶対報われるから。レインボーローズは一輪だけど、それだけじゃない収穫がきっとある。だから卒業の日まで戦い続けて、最後には笑顔の花を咲かせてね」

5人は固い抱擁を交わした。

この出逢いは永遠に色褪せることはない。

剣が染まるように出逢いと別れはそれぞれの人生に新しい色を乗せていく。

新しい色に染まりながら、染められながら、曲がりくねった道を歩んでいくのだ。


「お姉ちゃんっ!」

蓮の腰に女の子が抱きついてきた。

「恵糸!もぉ、びっくりした~」

「ママが早く帰ってお祖母ちゃんにご挨拶しに行くって言ってる」

「わかった。ちょっと待っててね」

(恵糸ちゃん、本当にこんなに元気になったんだ...)

桜はレインボーローズの力に驚くと同時に少し震えた。

願いの力。

願いを形にする力。

願いを信じる力。

願いを叶えるために戦う力。

その力が全て合わさった果てにあるのがレインボーローズ。

その花言葉は奇跡、無限の可能性。

奇跡によって与えられた無限の可能性は今後どうなっていくのだろうか。

「それじゃあワタシはもう行くね」

「なら、私もいくわ。両親をあまり長く待たせたら怖いもの」

「そうですか...」

鈴蘭が肩を落とし、唇をつき出す。不機嫌の前兆だ。

それを見逃さないのが元生徒会長。

「今度会ったらまた皆でパフェ食べに行きましょう」

「はいっ!」

「楽しみにしてます!」

蓮は恵糸の手を繋ぎ、椿は背を向けた。

「じゃあ、またね」

蓮の凛としていて美しい横顔。

「また必ず会いましょう」

椿の優しく温かな微笑み。

3人は先輩方に手を振り、見送った。

――椿先輩や蓮先輩のような強くて可憐な女性になりたい。

3人の理想像は今後も変わることはないだろう。


「百合ちゃん、卒業式来れなくて残念だったねえ」

「しょうがないよ。男子の先輩とやりあっちゃって怪我したんだもん」

「百合ちゃんなら大丈夫だよ。昔から治癒力高かったからすぐ治ると思う」

「ま、あの百合ちゃんだから大丈夫だよね」

「うんうん」

一見闘争心のない呑気な3人娘に見えるかもしれないが、この3人はそれぞれ異なる願いのために戦うことを選び、ここにいる。

己の刀剣だけで戦っていくために必要な強さをこれから学び、徐々に手にいれていくのだろう。


「あっ、2人共先に帰ってて。スタジアムに忘れ物しちゃった」

「大丈夫?」

「一緒に行くよ」

「ううん、大丈夫」

「じゃあ、待ってるよ。わたし、桜ちゃんと同じ場所に帰るんだし」

「ごめんね。すぐ行ってくる」

桜は手に持ったバッグを揺らしながら全速力で走った。戦闘中ならまだしも、公道を時速100キロで走り抜けたら危険だから、至って普通の速さで駆けた。

スタジアムにつくな否や化粧室に走り込む。

「よかったぁ。あった...」

桜柄のハンカチでアルファベットで名前も刺繍されている。抗争で何もかも失くなった時に唯一残ったものはこのハンカチだった。このハンカチが無かったら両親から授けられた名前も失うところだったのだ。誰かからもらってずっと大事にしていたということは覚えているが、肝心な誰なのかが全く思い出せないのだ。

桜はそのハンカチをぎゅっと握りしめた後、急いで化粧室を出た。

しかし...。

「キャッ!」

桜は飛び出した際に誰かとぶつかり、尻餅をついた。

(あいたたた...)

立ち上がろうと手をつくと、目の前にすっと手が現れた。

この感じ...あの日と...似てる。

大きな手のひら、長い腕、美しい首筋、きゅっと結ばれた唇、キレイなラインの鼻筋、そして...透明感のある漆黒の瞳...。

その瞬間、手に微量な電流が走った。


「大丈夫...ですか?」


桜の呼吸が...止まった。





最後までお読み下さり、ありがとうございました。

今回初めてバトルファンタジー系の小説を書きました。拙い点は多々あるかと思いますが、主人公たちと共に試行錯誤しながら成長していきたいと思いますので、今後も引き続き応援よろしくお願いいたします。

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