レイン 1
「これが本当に仮想世界なの……?」
視覚が訴える。辺り一面に広がる草原は、どこか懐かしさを感じさせる実在の場所ではないかと。
嗅覚が訴える。草木の心地よい香りが、作り物では無く本物ではないかと。
一陣の風が吹く。
聴覚と触覚、いや全ての感覚が私に知ら示す。この世界は現実であると。
「うそ……」
さっきまでスノウの本社ビルでダイブシートに座っていた筈なのに―――。
幼い頃から夢に見ていた仮想世界は、予想していた夢の国なんかじゃなく、まさに「第二の現実」だった。
あまりのリアルさに呆然とただただ立ちつくす。
ここが仮想世界だと頭では分かっているのに、見知らぬ地に迷い込んでしまった時に感じる恐怖さえ覚える。
もしくは、この世界こそが本物で、今までが虚構だったんじゃないかとも思えてくる。
それほどまでに現実味のある光景だった。
しかし、突然不可解な事が起こり、ここが仮想世界なんだと思い知らされる。
不可解な事とは――2mくらいの光の柱が目の前に出現したのだ。
そして光が溢れるかのように大きくなり、その一瞬後にはかき消えた。
光の柱があった場所には、金髪の女性が立っていた。
その女性は辺りを見回して私を見つけると、微笑みながら話し掛けてくる。
「ん、どうしたのそんな顔をして。何か問題でもあったかしら?」
彼女の顔をまじまじと見てようやく気づく。
それは先ほどまで一緒にいた西岡主任だった。
ここにダイブする前までの西岡主任は、眼鏡を掛けていて、黒い髪を肩まで伸ばし、灰色の高級そうなスーツ姿だった。
でも今目の前にいるのは、顔かたちや体型は同じだが、眼鏡を掛けておらず、皮製で所々金属のプレートで覆われた鎧らしき物を身に纏っていた。
そして何よりも印象を変えているのが、しなやかで綺麗な黒髪から、日の光を浴びて眩しく輝く金髪に変化していたのだ。
「西岡主任……ですよね?」
私は目をぱちくりさせながら、おずおずと尋ねる。
「もちろんそうよ。ああ、そっか。初めてだものね。いろいろと戸惑うのも仕方ないわ。加藤さん……ん~、供花さんでいい?。ようこそシックスレリジョンズの世界へ。気分はどうかしら?」
私の呆然とした態度が面白かったのか、噴出し笑いをしながら西岡主任は言った。
私は周りを見回す。
辺り一面に広がる草原。その向こうには険しい山々が見える。
後ろには海が地平線まで続いていた。
他にも緩やかな丘や、あれは―――街だろうか。
高い塀に囲まれてその奥には建物らしき物が見える。
この世界全てが仮想世界。
今や世界中でプレイされているゲームを超えた存在。
スノウが運営するシックスレリジョンズ。
気分はどうかって?
それはもう、言う事は一つしかない。
「最高です!!」
初めてシクレリの舞台を訪れた私は、とりあえず西岡主任の提案を受けて近くに見えていた街へと行くことにした。
街が近づくにつれ、その外観が見て取れた。
街の周囲を高さ10mはあるだろうか、巨大な防壁に囲まれており、物々しい雰囲気に覆われていた。
防壁の高さを超える大きな建物もちらほらと点在しているが、一際目立つのは街の中央にそびえる塔らしき物だ。
ファンタジー作品にありがちな中世ヨーロッパを思わせる建築様式で、どこか知らない異世界に迷い込んだ気にさせる。
「ここが始まりの町、アルケーよ」
門が見えてくると、先導する西岡主任がこちらに振り返って言った。
「アルケー………」
「ええ、そうよ。まずはそうねー、何からはじめようかな~」
「西岡主任はこの町に詳しいんですか?」
「か・れ・ん ここでは可憐と呼んで」
「あ、はい。じゃあ、私の事も供花と呼んでください」
「おっけー」
門の両脇には鎧を着て槍を持つ兵士が一人ずつ待機していたが、可憐さんが門を通っても反応しなかった。
私もそれに続いて恐る恐る門を通過するが、引き止められる事はなかった。
そんな様子を見て、可憐さんが耳打ちしてくる。
「大丈夫よ。アースには反応しないわ。敵じゃないもの」
「アース?」
思わず問い返したが、すぐに思い出す。
アースとは私たち人間の事だと。
「ああ、そっか。初めてだから、この世界の事知らないのね」
「はい。でも、アースの事は分かります。人間の事ですよね?」
「そうそう。よし、決めた。最初は―――お茶しましょう」
「おちゃ?」