シクレリデビュー 2
「あっ、来た来た。いらっしゃい」
スノウの本社ビルに入ると、1階の受付に見覚えのある女性が声を掛けてきた。
「すみません、お待たせしましたか。本日はよろしくお願いします」
駆け寄りながら頭を下げる。
以前、入社に向けて研修が行われた時に少しだけ話しをした事がある先輩社員の方だ。
「いいのよ、まだ約束の時間前だわ。さぁ、行きましょうか」
「はいっ」
先輩に連れられてエレベーターに乗る。
さすがはスノウと言うべきか、都内の一等地に巨大なビルを構えている。
エレベーターの階数は30階まで表示されていて、そのすべてが社屋として利用されている。
「そういえば自己紹介がまだだったかしら?」
上の階へ昇る途中、先輩がこちらを向いて笑顔をみせる。
「あっ、いえっ。研修の際にお世話になっています。西岡主任ですよね?」
「ええそうよ。偉いわね、ちゃんと覚えているなんて」
「ありがとうございます。私は加藤供花です」
「うん、知ってる。だって、スノウに入社したのにシックス レリジョンズをやった事が無い子なんて前代未聞よ。社内でもちょっと噂になってたんだから」
「そうですよね……すみません」
「謝る必要は無いわ。でも―――よく入社できたわね」
「確かに……それは私自身も気になっていました」
就職活動時の面接の時も、面接官にその事を言ったら随分驚かれてたっけ。
「まぁ、それだけ優秀って評価されたのよ。期待の新人ね」
「そうだと良いのですが……でも、スノウに入りたいって気持ちは本当です。ずっとシスレリに憧れてましたから」
母親の意向でシスレリをさせてもらえず勉強漬けの家庭環境で育ち、成績は自分で言うのもなんだが優秀だった。
そのおかげでスノウに入れたとしたのなら、感謝するべきなのか。
エレベーターの表示が17階を示して止まる。
西岡主任に続いて降りると、そこにはダイブシートが並ぶフロアだった。
ダイブシートとは、仮想世界に旅立つための装置だ。
形状はリクライニングチェアーに頭の部分を覆う屋根が付いた様なものだ。
成人サイズのベビーカーともいえる。
もちろん材質はしっかりしていて、背もたれから屋根の部分にかけては精密機器が埋め込まれている。
このシートに座って装置を起動させると、催眠状態に入り、仮想世界へと繋がる。
安いものでも1台100万円くらいはするが、一般的な家庭なら一家に一台はある。
自動車と同じで現代の生活においては必須な物だからだ。
一人暮らしの人や貧しい家庭にはさすがに無いが、その場合はダイブカフェを利用するので問題ない。
まあ、うちの様な比較的裕福なのにダイブシートの無いレアケースもあるが。
「さあ、こっちに来て。ここから入りましょう」
パーテーションで仕切られた一区画に案内される。
そこには2台のダイブシートが用意されていた。
「座って。ダイブも始めてなのよね?」
「はい。全く使った事がありません」
「了解。大丈夫だと思うけど、念のためにチェックさせてね。ごく稀に適合しないケースがあるから」
「はい、よろしくおねがいします」
ダイブシートに座ると、頭を覆う屋根が下がり、視界が塞がる。
私は楽しみでドキドキが抑えられなかった。
高校の友人が言ってたっけ、「あの世界を知らないなんて人生損しているよ」と。
そんな事を聞かされるたびに歯痒い気持ちになっていた。
「あっちこそが本当の現実」なんて言ってた人もいた。
今まで望んでも得られなかった世界、それがようやく私も体験できる。
「―――うん、問題無し。じゃあ早速行きましょうか。準備はいい?」
「はいっ!」
「ふふっ、じゃあダイブしたらスタート地点で待ってて。私も続けてダイブするから」
「わかりまし―――」
言い終える前に世界が暗転する。
突然地面が消滅したような感覚に襲われる。
でも、落下はしていない。
浮遊感を感じて身動きが取れなくなる。
少しだけ恐怖を感じたが、直ぐに心地良さが全身を駆け巡る。
体の感覚が徐々に戻ってくる。
朝の日差しを浴びながら自然と目が覚める様な感覚。
次に感じるのは草木の香り。
まるで草原にいるかの様。
いつの間にか閉じていた目を開けると、そこは本当に草原のただ中だった。
「ここが、シックス レリジョンズ―――第二の現実、仮想世界…………」
太陽の日差し、広がる台地、踏みしめる草の柔らかさ、優しく包み込む風。
その全てが光り輝いているようだった。