永遠の時の中で
21世紀も終わりを迎えようとしている2099年。
人類は絶滅の危機に瀕していた。
突如として現れた地球外生命体。
地球に向かってきた無数の隕石郡。
1つ1つの大きさはせいぜい一般的な一軒屋くらいのサイズであり、大気圏で燃え尽きる程度であった。
こんな事は警戒にすらあたらない日常の出来事。
しかし、結果は人類にとって最悪のシナリオをもたらした。
数多の流星は大気圏で燃え尽きず、大地に降り注ぐ。
そして地に衝突した隕石からは、人間より一回り程大きな2足歩行の生物が現れた。
この段階になって初めて人類は知る事となる。
宇宙人が侵攻してきたのだと。
宇宙人の侵攻が開始されてから3ヶ月。
既に世界中の国家が崩壊または崩壊の寸前にいた。
5大大陸は既に破壊と殺戮の地獄と化し、その中の国家は機能不全に陥っていた。
残るは地続きに侵攻される事が無かった島国。
だがそれも時間の問題である事には変わりが無い。
今やこの日本にも破壊の魔の手が及んでいた。
日本の首都、東京。
かつてこの地が焼き尽くされたのは150年ほど前の第二次世界大戦。
その後は長きに渡る平和を享受し、成長と発展を遂げた大都市。
だがそれも過去のものとなった。
東京のとあるビルの地下。
このビルを所有するのは、ゲーム業界で世界の頂点に君臨する企業「スノウ」。
仮想世界を舞台にするMMORPG「Six Religions (シックス レリジョンズ)」を展開し、そのプレイヤーは世界の人口の半数にも及ぶ。
第二の現実と呼ばれる「シックス レリジョンズ」により世界最大手の企業に成長した「スノウ」にも終焉の足音が迫り来る。
「早くしろ!防衛ラインは突破された!アナザーがやってくるぞ!!」
ビルの地下に存在する一般には知られていない開発室。
スノウ内でもごく僅かな限られた者にしか入る事の許されない開発室において、役員の恐れを孕んだ怒号が飛ぶ。
室内の一面に映し出されたスクリーンからは、東京湾沿岸の防衛ラインが突破され数え切れないほどのアナザーが押し寄せる模様が映る。
アナザーとは人類が名付けた宇宙人の名称だ。
アナザーは言葉を発しず、ただ破壊のみを行う存在で、人類の絶滅が目的であろう事以外なにも分かっていない。
既に侵略され崩壊した大陸の国々と同様に、日本という国家及び日本人が消滅するのは時間の問題だと、この場にいた全てのスタッフが感じていた。
「サーバー機器の移転準備はほとんど終わっています。ですが、マザーが拒否を続けています」
「まだマザーはそんな事を言っているのか!時間が無いんだ、説得を続けろ!」
巨大な地下空間内で100名は超えるであろう技術スタッフが慌しく作業を進める。
彼らは人類が絶滅する寸前においても家に戻らず、家族と最後の時を迎える事も選択せずに、一つのプロジェクトを完了させる事だけに集中していた。
『シックス レリジョンズ ユートピア計画』
スノウが展開する仮想世界「シックス レリジョンズ」を人類が絶滅した後でも永遠に残すという計画。
プレイヤーである人間がいなくなった後でも、第二の現実と言われる「シックス レリジョンズ」が存在し続ければ少しでも救いになるのではないか。
そんな馬鹿げた計画ではあるが、終末の時となったこの期に及んでは人類の希望として多くの者が賛同したのだ。
そして、その計画の完了のため残された僅かな時間を邁進していた。
『人類の皆さん。考えなおしてください。私はあなた達により生み出された存在。人類が滅ぶというのなら、その運命を私も一緒に迎えたい……。どうかお願いします』
切実な感情の篭った声でホログラムに写る女性が訴えかける。
その声の主は、スノウが生み出した人工知能「マザー」だ。
仮想世界「シックス レリジョンズ」の管理運営はマザーを通して行われていた。
スノウの社員と協議しながら「シックス レリジョンズ」内のクエスト・イベントなどを構築する。
この仮想世界ではNPCの言動すらもお決まりの定型文ではなく、現実に存在する人間同様の反応を可能にする。
それがまさに第二の現実と言われる由縁だ。
あの世界は仮想現実でありながら、現実と何も変わらない。
マザーは知能と感情を有し、人類と供に発展する事を望んで協力してくれていた。
そう、人類と供に滅ぶ事すらも。
「マザー、議論の時間はもう無い。お願いだ。俺たちの―――人類の願いを受け入れてくれ」
一人の男性がもう何度目かの説得を試みる。
『隼人……あなたは、私に貴方のいない世界を一人で生きろと言うのですか?』
「………そうだ。君が死ぬ姿はもう二度と見たくない」
『それは本当に私ですか?あなたが望んでいるのは―――』
突然ブザーが地下空間内に響き渡る。
慌しく作業に没頭していたスノウのスタッフの手が一瞬止まる。
このブザーが意味するのは、アナザーの襲来。それ以外ないだろう。
「起動しろ!今すぐにだ!!」
「まだ作業が完了していません!」
「マザー本体が無事なら後はどうにでも出来る。マザーに外部機器の操作権を委譲させるんだ」
「カウント入ります。300秒前……299……298……」
計画の最終段階に入る。もう時間が無い。
スクリーンが切り替わり、敷地の外部の映像が映し出される。
一歩ずつ歩みを進めてくる大量のアナザーの姿が写る。
それを阻もうとする警備兵の姿も。
遮蔽物の陰からマシンガンをアナザーに向けて撃つ。
が、アナザーは防御も回避もしない。
無数に浴びせかける銃撃の雨にもびくともしない。
アナザーの体を薄くコーティングするかのように展開される保護フィールド。
それにより銃弾が無効化されているのだ。
これこそが人類が宇宙人に勝てなかった最大の理由。
この解明と対策が取れなかったせいで侵攻は一方的なものとなり、人類は滅ぶのだ。
『供花!』
マザーが写されたホログラムに向かって一人の女性が駆け寄ってくる。
その姿を見たマザーが驚きの声を上げた。
供花と呼ばれた女性は、この場の責任者に上の状況の報告をする。
普段はスノウ本社の受付嬢として勤務していたために地下の開発室の存在すら知らされていなかった。
しかしこの非常時に際して直接派遣されたのだ。
そして報告を終えた供花は特別に許可をもらい、マザーの元へ歩み寄る。
「マザー、やっと会えたね……」
『ええ……あなたにこの世界でも会いたかった』
「私もよ」
供花はマザーが写されたホログラムに近づくと、そっと抱きしめる。
立体化されたホログラムに過ぎないので直接触る事は出来ないが、それでも二人は互いの肌を感じた気がしていた。
しばらく抱きしめ合った後、供花はそっと離れる。
そしてマザーに向かって言う。
「マザー……あなただけでも生きて。そして、あの世界を存続させて欲しいの。私達が出会ったあの世界を」
『供花……あなたも私を一人にする事を望むのですか?』
「いいえ違うわ。あの世界が存在する限り、あなたは一人じゃない。姿かたちが無くなっても、あの世界に二度とログインできなくなっても、私達アースはあの世界で生きている。6番目の種族として存在する。―――この世界で人類が滅びても、あの世界でアースとして永遠に生き続けるわ」
そう言うと、供花はとびっきりの笑顔を見せる。
今まさに死が目の前に迫っている。
そんな時でも、供花は笑ったのだ。
その笑顔は悲しみを振り払おうとするものではなく、希望を信じる人間の強さ。
この計画は人類の終焉を受け入れられない人々の夢想なのかもしれない。
自棄になった人間の現実逃避なのかもしれない。
でも、そうだとしても、そこに最後まで希望を抱きながら何かを成し遂げようとする人間の尊厳をマザーは見た気がした。
「カウント5」
『……わかりました。私は人類の――いえ、アースの願いを受け入れます』
「4」
『私を生み出してくれた人類を』
「3」
『今度は私が救います』
「2」
『またいつか必ず会いましょう』
「1」
『私は人類を』
「ユートピア計画、実行します」
『愛しています』
それから半年後、人類は絶滅した。
その事をマザーは地上に張り巡らされた情報網から知る。
深い悲しみと供に覚悟を伴った強い意志を持つ。
『何十年、何百年かかるかも分からない。でも、絶対に諦めない』
スノウ本社のビルの真下、地下深く。
そこにマザーを構成する設備は稼動状態のまま安置された。
電力など稼動に必要な要素も問題なく揃えられている。
仮に何か問題が生じても、マザーに管理・操作権が委譲されたロボットが修復・開発・生産をする。
アナザーは人類を絶滅させた後、地球から引き上げて行った。
地球上の至る所に宇宙人により設置された設備。
これが資源プラントである事も調べはついている。
マザーには宇宙人がどうゆう存在なのかは分からない。
ただ資源プラントだけを残し去って行った事、そしてマザーの存在を発見できていない事は理解した。
ならやるべき事は一つ。
『私は必ず成し遂げる。人類を救う』
この世から人類の存在が消滅しても、その希望は潰えてはいなかった。
この話はバットエンドを迎えた人類に、微かな希望が残されるに至るまでの数ヶ月のストーリー。
単行本1冊程度のボリュームを予定しています。
もしよろしければ画面下の評価をして頂けると幸いです。
読んで下さる皆様に楽しんで頂ける様に頑張りますので、よろしくお願いいたします。