地味バレ 9 〜リカルド〜
間借り状態だったこの一年、思い入れのある私物など特に持ち込まなかった宮殿の部屋に一礼し、日の出と共に一人ひっそり徴兵に旅立った。門番がアワアワと敬礼してくれてクスリと笑った。この門番も今日から先輩だ。
私が今日入隊することは私が産まれた日から計算すれば誰でもわかる。こちらが身分を明かさずとも皆遠巻きに私を見つめる。宮殿よりも過ごしやすいかと思って来てみたが、残念だ。
指定された自室に入室し、荷を解いているとドアをノックされた。おそらく同室者だ。思わず身構える。当面共に過ごすことになる相手、できれば憐れみの目で見られたくない。かといって媚びへつらわれるのも虫酸が走る。緊張する。
ドアを開け、入ってきたのは、小さな……リスのような男の子だった。あまりの意外さに声が出ない。
ありえない!絶対事情があって年齢を偽って入隊した口だ!すぐにピンときた。
元気いっぱい挨拶するその子に返事をしながら、こんな小さい子まで国のため、王族のために入隊してくれたのだと思い、守らなければ!と決意し……ふと、気がついた。この子は、この私への態度は私の正体がわかっていない。そんなこと、ありえるのか?
「はじめまして!ショーン・ビンセントです」
彼はなんと、ビンセント工房のビンセントだった。大叔父が、首都の軍部のオッサンたちが虜になっているあの!
「フリーザはオレです!」
何と、私に、短剣を一振りくれたのだ。まるで鉛筆を一本くれるのと同じ風に。マニアが知ったら私は殺される。
破格のプレゼントをただのお近づきの印だよ!ともらった。何の見返りも求められずに。
プレゼントをもらうことなど幼い頃の誕生日以来……魔力検査前の話。胸が熱い。私はたった今溢れたこの気持ち、生涯忘れない。
しかし舞い上がった気持ちは呆気なく萎んだ。ショーンも魔力持ちだった。当たり前だ。彼はフリーザなのだから。身勝手にもイライラが止まらない。ついさっき私をあんなに幸福にしてくれた相手だというのに。しかし、しかし、こんな小さな守るべき対象にも魔力は宿っているというのに!私は!どうして⁉︎
ショーンがわけわからんことを言っていると思ったら、小さな可愛らしい、でも鍛冶のためか硬い、ヤケド跡のある手に私の手が繋がった。何か……爽快な空気が流れてくる。
これは……魔力!魔力の受け渡しは最大級の親愛の証!
「お、おい、一体……」
「オレの魔力、流してる、リカルドの魔力見つけた!」
ショーンから聞いた話はストレートで頰を殴られるほどの衝撃だった。誰にでも魔力はあるだと?私にも魔力がある?あった?日々鍛錬すれば私も使えるようになる?
もう……もうぐちゃぐちゃだ。私は涙を堪えて風呂に走った。
小さなショーンは「リカルドお休みー」と言うと数分で寝息を立てた。ビンセント領からの旅、疲れたのだろう。
私はゆっくりと起き上がり、ベッドの上の段を覗きこみショーンの寝顔を眺める。可愛い寝顔だ。ショーンがいつまでもこのように愛らしい顔で眠れるように、努力しよう。私は大叔父とシリウスに誓った。
魔力がなくとも生きていけると思っていた。その実力も身につけて、誰にもバカになどされない!王族から見放されてもひとりで生きていく!そう誓って隙を作らず生きてきた。
肩の力が抜け、涙が再び頰を伝う。私は己を縛る、後ろ向きな呪縛から解放されたのだ。
首都の司令が言ってたな。大事な、守るべき友が見つかると。真実だった。
「ショーン……私の……救いの天使……」
踏みやって足元でぐちゃっとなっている毛布を引き延ばし、ショーンの胸にかけ、ポンポンと叩く。
「……は?」
ありえない感触……恐る恐る、そっと胸に触れる。柔らかい。
「なっ!!!」
嘘だろ……。
……ショーンは女だ。
愛らしく、私を憐れまず、フリーザで、自分を弱いとあっさり言ってのけ、私を劣等感から解放した救いの天使。私の身体をショーンのラムネのような魔力が軽やかに動き回り、私の拙い魔力をダンスに誘う。
好きになるなと言う方が無理だ。
出会ってたった一日、私は私には生涯関わりないと思っていた、恋に落ちた。
ビンセントは確か伯爵家。どんな事情があったのか、この年頃の令嬢が夢中になるであろう生活をきっぱり諦め勇敢にも徴兵に応じたショーン。勝てる気がしない。髪を潔く切り落とし、化粧も香水もなく、洗いざらしの襟のない寝巻きを着て、粗末なベッドでグッスリと眠るショーンほど……美しい人を私は見たことがない。
完敗だ。
◇◇◇
軍生活が始まると、ちっちゃ可愛いショーンはとにかく目立つ。同期からも先輩からも、オッサンからも注目を浴びる。牽制しても牽制してもすぐ掻っ攫われる。彼女を見守るのにすっかり忙しくなり、もはや私への憐れみの視線や嫌がらせなどどうでもいい!
ショーンがまた、危機感なくホイホイついていく。で誰に連れて行かれたか尋ねるとかわいくナイショ!と言い切る。口が固いところもショーンの美徳と惚れ直す。が、しかし、不満だっ!
ショーンが高級幹部の管理棟に連れ込まれた。迷わず乗り込み、救出する。
「いや〜!リカルド殿下、大変な過保護っぷりですなあ!」
「当たり前だ!ショーンはフリーザだぞ!人間国宝だっ!お前らショーンを疲れさせるな!」
やはり上層部はショーンが女であることもフリーザであることも把握済みだった。ショーンという名の兄が怪我をしたため急遽替え玉になったらしい。マルシュ名物のラーメンか?
それにしても、こんなむさ苦しいところに彼女を替え玉させるとは、ショーン許すまじ……いやしかし、替え玉にならねば私は出会えなかった……ここはラーメングッジョブなのか?
「おや、殿下はフリーザの本名をご存知ないのですか?」
野次馬の中には首都の笑い上戸の司令もいた。ニヤニヤと私を笑う。チクショウ!
どう考えてもここにいるのがおかしい国の三将軍の一人、ゼナン将軍が優しく笑った。
「フリーザの本名はフリージア。特殊な家育ちのせいですっとぼけておりますが、とても優しい娘です。たとえ殿下であれ……遊びであれば許しませんぞ。我らビンセント親衛隊と……MARS様が!」
「遊びなわけがない。彼女だけだ。彼女しか……生涯愛せない」
下唇を噛む。
「ならば、全力で応援しますぞ!」
「殿下……立派になられて……ううっ!」
「殿下!フリーザの短剣見せて!」
「……ショーンやその他の……ワケありの女性たちや年若い少年らの徴兵がつつがなく終えられるよう協力するか?」
「「「「もちろん!!!」」」」
やはり他にも女性や低年齢の子供もいるのだな。
私は仕方なくシリウスを見せてやった。見せるだけー触らせない。
「「「「でんかのけちー!」」」」
◇◇◇
その夜、ショーンのおかげで初めて魔法が発動した。浄化魔法は身体の皮が一枚剥けたような不思議な感覚だった。私が心を込めて、でもあまりの感動に詰まりながらありがとうと言うとなんてことなさそうに笑い、本当に言いたい言葉を濁して親友と言ったら両手を握りしめて感激してくれた。
一緒に過ごせて、魔力操作を教えてもらえる親友も……最高に居心地がいい。捨てがたい。
でも……
「親友などでは我慢できないが、しばらくは致し方ないか……」
フリージア、私はあなたの恋人になりたい。
次回更新は週末です。