地味バレ 8 〜リカルド〜
叔父と執事長はじめ豪胆で気の良い最小限の使用人との生活は16才で終わった。17の徴兵を前に宮殿に戻ることになってしまった。王族としてのマナーを一通り教わらねばならないそうだ。どうせ臣下に下るというのに。
叔父の元から入隊したかったが叔父に「たった一年だ、親孝行してこい」と言われ、自分がちっぽけに感じた。
◇◇◇
「リカルド……何ということ……」
王妃である母が泣き崩れた。髪を短く刈り、頰や首筋に傷があるだけで。
「何故治癒魔法をかけなかったのだ!」
王が叱責する。
「恐れながら大した傷ではありませんので、もう痛くありませんし、そもそも治癒魔法師が近隣にいたのかどうか……」
「魔力がないと……かくも辛い想いをせねばならぬのか……」
第一王子である兄がポツリとこぼす。
「お、お兄様ですの?こ、こんなガサツな……男が?」
ちなみに姉は既に臣下に嫁いでいた。
「……私の存在は大変お目汚しのようですので……これで下がらせていただきます。〈魔力なし〉ではありますが両陛下と王子王女殿下の御代に少しでもお役に立てるよう努力する所存です」
「あ……待てリカルド!謝らせてくれ!違うのだ!」
長兄の言葉を背に受けながら退出する。
何を謝るというのだ?何が違うと?
外に出て、ようやく息ができた。ここに戻ってあっという間に不安定な精神状態に戻った自分を笑った。
「私も……まだまだだな」
不愉快な感情を隠すべく、あまり気持ちを表情に出さぬように気をつけるようにする。泣いても怒っても笑っても憐れまれるだけ。ここ数年〈魔力なし〉であることを気に留めずにすむ環境にいたこと、叔父への感謝の想いが、夜ベッドで横になったときに溢れる。
叔父は王族で膨大な魔力持ちだ。ここの宮殿に住む王族との違いは……宮殿の外、市井をより知っていること。
叔父にだけは見放されぬ生き方をしたいと歯をくいしばる。いつか喜んで養子にしていただけるように。
八年ぶりの宮殿は人間がゴロッと入れ替わっており、代わる代わる挨拶にくる。私も無知で遅れを取りたくないゆえに真剣に話を聞き、わからないところは質問する。
「つまり財務方のおっしゃるのは民に一律に課税するように変更したいと?」
「あの……殿下、なぜメモを取られるのですか?」
「忘れないためだが?私は賢くないので全てを覚えられない。現状は所得に応じて税率が違うのだろう?」
「は……い。ですが計算が面倒な上、所得額も古いデータ。そもそも申告額自体も怪しく……」
「君、名前は?」
「ひっ!ビル・サンダーと申します。な、なぜ名前を聞かれます?」
「サンダー子爵の次男か。いや、疑問に思ったこと後日君に聞けば話が早いだろう?」
「ち、ちなみに今現在どのような疑問が?」
「うーん、データが足りないから何とも言えないが、叔父の領地のように痩せた土地でもない、国で一番栄えている、大商会も山ほどあるこの首都が、なぜ叔父のところより金が足りず、税率が高いんだろうと、思ってる。どこで金が止まってるのかな」
「……率直に言って、この改正案反対ということですか?」
「データが足りないと言っただろ?でも一律課税に決まったのなら、せめて生活弱者に補填する制度も一緒に作って欲しいね」
「生活弱者とは?」
「戦争で働き手を無くしてる家族や重病や大怪我で働けない人々だけど?」
「それは……公爵様のワグナー領では当たり前なのですか?」
「ああ」
ワグナーは首都と比べると、一律に見すぼらしい。しかし、首都ほど貧富の差はなく、笑って過ごしてる、と思っている。
役人が下がった後、一緒に聞いていた次兄が聞く。
「なぜあそこまで真剣に追求した?」
「ワグナーを豊かにしたいので」
大好きな田舎街を思い、つい口元が緩む。
「リカルドは……またワグナーに戻るつもりなのか?」
「はい、徴兵が終わりましたらその足で。ご安心ください」
ここに残って兄の邪魔をするつもりはない。私は居るだけで目障りだろうから。臣下に下る身、深々と頭を下げて退出した。兄が複雑な表情をしていたことなど気づかずに。
◇◇◇
同じ月生まれの貴族の子弟三人が宮殿のそばの軍の訓練所に集められていた。私と一緒に徴兵する面々、ご学友として私に仕えるということらしい。この間徴兵を終えたばかりの隊員の体験談を聞き、和気藹々模擬戦でもして親睦を深めろということだ。王子が来るということでこの基地のお偉方もニコニコと後ろで見守っている。
同期入隊の彼らの自己紹介を一通り聞く。皆もちろん数種類の魔法が使える。皆私に跪きながらも優越感を滲ませた瞳で見上げる。
「今日はわざわざ集まってくれて感謝する。だが私は王族とはいえ継承権もない三男坊。将来君達に素晴らしい持ち場を与えることなどできない。私は身の回りのことは一通り自分でできる。ゆえにこれで解散だ。徴兵は平等。入隊したらよろしく」
予想外の私の発言に周囲が慌てふためく。
「お待ちください!」
近郊に領地を持つ侯爵家嫡男が私の前に立ち塞がった。仮にも王子である私の前に。これはアリなのか?
「恐れながら殿下は魔力なし。私共に守られる必要があると思います」
なるほど。バカにされたものだ。
「そうだな。確かに私がおごっているのかもしれない。悪いが今ここで私が弱いことを思い知らせてくれないか?私を怪我させてももちろん不問。既に私は傷だらけだからね」
「そういうことであれば」
彼は私と正式な試合と同じくらいの距離を取った。そして右手の上に大きな水球を作りニヤリと笑った。
何のつもりだ?手品か?
水球を私に向かって投げた。とりあえず私は二歩前に出てグーパンチした。水が破裂し、手首が濡れた。冷たい。
「「「「「え?」」」」」
「あ……すまん、これから何か仕掛けがあったのか?」
「ぶっ!!!カッカッカ!」
オッサンの笑い声が後方から響く。
「い、いえ、今のはほんの小手調べです。次は本気で参ります。うおおおお!」
本気か?こいつは水と土の二属性持ちだったよな?私は跳躍し、彼の頭上を超え背中に回り、彼の首ギリギリにナイフを当てた。
「ギャー!」
彼はそのまま崩れ落ち、失神した。
彼に駆け寄った子弟の一人、子爵の次男が私に非難めいた声をあげる。
「で、殿下、なぜこのようなことを!」
「彼は本気の魔法で挑むと言った。どのような威力かわからんが、魔力のない私は発動前に止めるしか勝機はないだろう?違うか?」
「おっしゃる……通りです」
パンパンと手を叩く音がして、笑い涙を流した大佐……この基地の司令のようだ……が間に入ってきた。
「殿下、お疲れ様でした。私の執務室でお茶でもどうですかな?」
彼の執務室で腰かける。
何と先程の魔法は水魔法の中級、ウォーターボールだったらしい。
「いやしかし、大叔父の部下達のウォーターボールは私の背丈よりも大きかったぞ?それに発動した瞬間300メートル先の壁まで流された!」
「相変わらずあそこは精鋭揃いですなー。それを殿下はどのようにいなされていたのですか?」
「大叔父に形状が安定している間に真正面から投げ飛ばせ!と。何度もずぶ濡れになったな」
「ブワッハッハッハ!!!さすがアストン大将軍閣下!!!」
大佐がヒー、苦しーと言いながら目尻の涙を拭う。そんなにか?
「殿下、アストン閣下に鍛えられた殿下に徴兵で教えられる技術はもはや何もございません。ですが……きっと一生付き合える素晴らしい友ができるはずです。殿下、あなたは実は十分にお強い。この三年でその友を守れる心の強さを身につけられると、無敵になれましょう」
私が強い?初めて言われた。
◇◇◇
隣国マルシュから、首相補佐官がやってきた。マルシュは数年前王政が崩壊し、国が荒れたがガレ帝国の傘下に入り、近年目覚ましい発展ぶりだ。独特の文化を全面に押し出し、各国との交流を進めている。
晩餐会では美しく着飾った妹が何かともてなそうとヤマダ補佐官に話しかけていたが、マルシュ人の共通語は訛りがあって、我が国のものには聞き取りにくい。
私はつい口を挟んだ。
『我が妹は是非目の前の地鶏を召し上がっていただきたいと申しております。中に旬の野菜を詰め込んであり、我が国の名物料理なのです』
『それは美味しそうだ。私の国もこのように素朴な料理が主流でして。クリームなどがかかっているのはどうにも苦手で……それにしてもリカルド殿下はガレ公用語、とても流暢ですね』
『お力になれることがあれば、遠慮なくお申し付けください』
『大変助かります。我が国の首相と……そうだ、ガレに遊学する際は私が橋渡しいたしますよ。彼の地には私の女神フィオが……。ええ、私がついていってお世話いたしますとも!』
『あ、ありがとうございます』
思いがけず、あらゆる分野で世界の最先端の国であるガレ帝国への訪問に結びつく縁故をゲットしてしまった。徴兵が終わったら是非訪ねよう。きっと公爵領に恵みをもたらす。それにあそこは魔法だけでなく、武も尊ぶ国……。
「お兄様……ガレ公用語を話せるのですね」
「ああ、大叔父上の屋敷は曜日によって使える言葉が決まっていたから。しゃべれなければ食事を取れない」
「「「「「…………」」」」」