地味バレ 7 〜リカルド〜
私、リカルド・デンブレは我が国の国王陛下と王妃の間に第三王子として生を受けた。
所詮小国である我が国、結婚してすぐ兄が誕生したこともあり、側妃などいない。王族家族の仲は悪くなく、生真面目な両親と将来国を背負うであろう第一王子、そして第二王子、第一王女、そのあとの四人目の子供である私。二歳下に妹である第二王女がいる。
六歳で恒例の魔力検査の儀を受けた。兄も姉も〈上級〉の魔力持ちで、長兄は三魔法、次兄は二魔法、姉は風と治癒をすでに使いこなしている。特に怯えもなく石版に両手を置いた。
神殿の空に浮かんだ数字はゼロ。私だけでなく、王も王妃も見守った神官たちも言葉を失った。
◇◇◇
あっさりと王位継承権を剥奪させられた。返上という形を取ってはいるが茫然自失の六歳の子供がそんなこと考えられるわけがない。剥奪だ。王と大臣ほか高級官僚の決定。
かと言って王や王妃や兄姉が私に冷たくなったとか辛くあたったということはない。ただ視線に憐れみを浮かべているだけだ。
妹から、
「おにいさま、まりょくがないなんてかわいそう」
そう言われて息が止まるかと思った。私以外の家族か、彼女の側仕えが常にそう口にして、それを真似したのだろう。
ここに自分の居場所はないと悟った。
幼いなりに考えた末八歳なった時、大叔父に当たる子供のない公爵の養子になりたい、臣下に下りたいと王に願い出た。王である父はうろたえ、臣下や養子の件はひとまず置いておいて、大叔父の行儀見習いとして宮殿を出された。
◇◇◇
大叔父……前王である祖父の弟……アストン・ワグナー公爵は軍でお飾りでない将軍を勤め上げた武の男だった。大柄で白髪交じりの黒髪を短髪に刈り上げ、身体のあちこちに傷がある。首都から離れた東の辺鄙で痩せた土地で公爵を慕いついていった家臣とともに静かに過ごしていた。
「リカルドお!魔力がなくって腐ってるんだって?」
アストン叔父(大叔父はまどろっこしいと、そう呼ぶように言われた)は初対面というのにズケズケと容赦なかった。
「……魔力があれば……父や兄の治世の手助けが出来たものを……と口惜しいだけです」
「手助けすればいいじゃないか?世の中魔力が全てじゃねえ。実際市井に降りてみろ。〈魔力なし〉のオンパレードだ」
「王族にはっ!高位貴族にもっ!〈魔力なし〉などおりません!!!!」
私は手をギュッと握りしめた。魔力をふんだんに持つあなたに言われたくない!
「……そうか……よし、わかった。オレがお前を〈魔力なし〉でも兄貴たちから頼りにされるように鍛えてやる!俺に任せろ!」
〈魔力なし〉の私が兄たちに頼られるようになる?そんなこと可能なのか?
翌日より、忙しい叔父に代わってアストン叔父の命を受けた……戦場にて叔父の右腕だった……レナード執事長メインの地獄の特訓が始まった。
「ほらほら、外周10周くらいでへばってるんじゃねえぞー?水分補給したらすぐ木刀素振り1000回な?」
「は……は……」
「おい、勝手に休むな!次、ジャンプスクワット100、腕立て100、ここまでのセットを朝飯前と寝る前2セット。これに慣れたら本格的な立ち合い教えてやる。素振りは鏡の前でしろ。姿勢に気をつけるように。日中は俺の書類仕事や視察に付き合え。あ、薪割りは全部リカルド様の仕事な?」
「は……は……」
私に余計なことを考える暇などなくなった。鍛錬し、デスクワークを覚え、振り落とされながら宮殿にいた馬の二倍はある軍用馬の扱いを覚え、視察に行き、レポートにまとめて報告し、鍛錬し、死んだように寝た。
後から聞くとこの地獄の特訓は、叔父が若い頃交換留学した北の大陸ジュドール王国の軍でその当時行われていた、トランドルサーキットを参考に考案したそうだ。
「リカルド、筋肉は裏切らないぞ!あと知識もな。次はガレの共通語を覚えろ。一番勢いのある国だ」
叔父のお墨付きの家庭教師の指導も加わって、宿題も山のように出される。間違いなく私は宮殿の兄達よりも方向性は違っているが実践的な知識を吸収していると、少しずつ、自信がつくようになった。
叔父の屋敷で働く人々も出入りの人間も基本魔力を使わない。田舎は使わずに生活が成り立つ。私に求められるのも魔力ではない。
「リカルド様ー!薪運んでくださいましー!」
「リカルド様ー!この説明書、読んでくださいましー!」
ずっとここで、忙しく、気負わず、暮らしていけたら……
10歳を過ぎて基礎体力がつくとようやく叔父本人や叔父の護衛に剣術を指導してもらえるようになった。右に左に翻弄され、たくさんの切り傷を作ったがようやく武器を握らせてもらえたことが嬉しくて、何度も何度も立ち上がり食らいついた。
たまに宮殿から手紙がくる。妹も無難に魔力があり。風と土を操れるようになり、辺境伯の息子と婚約をしたとあった。
胸が痛まなかったとは言わない。でも随分と遠い世界の話のように思えた。
13歳になると、自主練のメニューやその日のスケジュールは自分で決めるようになった。叔父の公務と公爵領の仕事を優先し、日中時間が空けば護衛に相手をしてもらう。最近は魔法師に攻撃してもらい、躱す、流す、逃げるを重点的に叩き込む。
彼らの放つ魔法は神秘的で美しく、少し悲しくなる。
「ほう、魔法を人生から遠ざけるばかりでなく、討ちあう可能性にも気がついたか。リカルド、いい心がけだ」
久しぶりに訓練中の私に叔父が声をかけてきた。
「叔父上、お帰りなさいませ」
「うん、いい子にしていたようだな。よし、褒美にスゴイものを見せてやろう。来い!」
全く想像がつかないが、このようなことは初めてだ。私は汗をタオルで拭いながらアストン叔父を追いかけた。
叔父が執務室で見せてくれたのは一本の剣。
「抜いてみろ」
「はい」
龍の彫り込まれた鞘から、慎重に引き抜く。
言葉が出ない。そこには〈水〉が浮かんでいた。銀のような、透明のような、鏡のような、ガラスのような。
「久しぶりに拝見しましたが、美しいままですねえ」
飲み物の用意をしてくれていた執事長が私の背中から覗き込み、ほぉ……っと感嘆の声をあげる。
「言葉もない、か?」
「……はい」
「こいつは号を水剣、そのままでも振りやすく素晴らしい切れ味だが、見た目どおり、水の伝導率がすこぶるよくて、魔法剣として使えば……無敵だな」
叔父の言葉を一言も漏らさず聞きつつ、水剣をあらゆる方向から眺める。どの角度から見つめても、完璧。
「惚れたか?」
当たり前だ。このような名剣、武人であれば誰もが手に入れたいと欲する。
「はい」
「そうか。お前が成人し俺を負かすようになったら、この家宝、お前にくれてやる」
「!お、叔父上!」
「何を驚く。俺には息子がいない。この剣だけでなく、全ての貰い手はリカルドしかいないだろう?」
ここに来るまで知らなかったが、叔父は若き軍人のころ、赴任地で出会った平民の娘と結婚をしていた。そのあたりもこんな辺鄙な場所に追いやられた理由のようだ。そして叔母上は若くして亡くなられ、叔父は再婚しなかった。今でも叔父の指には外されることのない結婚指輪が馴染んでいる。
『愛する女と一緒になって、短いながらも同じ景色を見られた。十分だ』
大男二人がニヤリと私に笑いかけた。涙を……堪える。
「精一杯、精進いたします……ん?M?柄の上の銘は何と読むのでしょう?」
「お、リカルド様、いいとこに目を留めましたな!」
執事長が、離れたテーブルにお茶をセットしながら目を細め口角を上げた。
「ふふん、この剣はビンセント工房の現当主、MARS様作だ。軍神だぞ?スゴイだろう?」
叔父が得意げに自慢する。
「はいっ!」
「ビンセントのスゴイとこはな?合金技術だ!鉄単品でなくあらゆる鉱石を調合し、二つとない得物を作り上げる!」
「スゴイ!」
「マーズ様の後継がフリーザ様と言い、発想が柔軟で、まだ荒削りだが凄みのある剣を作るのだ!ああ!時間があればもう一度あの聖地、ビンセント領に足を運びたい!!!」
「ですなあ!」
「聖地!」
「何度も何度も頭を下げて、ようやく、ようやく譲っていただけて……」
「執念!」
叔父と執事長とのビンセント工房談義は止まらなかった。