地味バレ 14
我が国とガレを結ぶ航路は残念ながらない。っていうかデンブレは海無し国だ。よって隣国マルシュ経由で行くことになる。もちろんデンブレを出国するのは初めてでオドオドしたが、リカルドがピランと紙を見せただけでノーチェックだった。葵の御紋か?
かわいいアーサーとはここで一旦お別れ。この国境の宿に有料で預かってもらう。
マルシュに入るやいなや、役人から手紙?をリカルドは渡される。
リカルドはその場で封を開け読み……
「ショーン、この手紙この国の首相補佐官のヤマダさんからなんだけど、ガレに行く前にマルシュの首相に会わなければいけなくなった」
「へ?何で?」
「まあマルシュの首相はガレ皇帝の腹心だから、事前のチェックってとこ?」
「ふーん、リカルドガンバ!」
「ショーンも行くんだよ!」
「は?」
マルシュの独特の服を着たお役人に案内されて、私とリカルドは馬車に乗せられた。
8時間ほど馬車に乗り、お尻が痛くなったあたりでマルシュ首都トウクンに入った。活気のある独特な街並みだ。確かマルシュは美しい組紐がある。柄の装飾に使えないかな?街を見学する時間があればいいけれど。
マルシュ政府の建物はとても簡素なものだった。前王権が派手好みだった反動らしい。
私はキョロキョロと見たこともない異文化の絵や置物を見ながら、役人について行く。それに比べてリカルドが堂々としていること!やっぱ公爵家育ちは違うなあ。私の親友は最高にカッコいい。
小さな応接室に通され、二人して座って待っていると、しばらくしてドアが開いた。
黒髪を背中で一つに結んだ、灰色の目の狼のような大柄な男性と、やはり黒髪のサリーさんを思わせる青い目の若いお兄さんが入ってきた。そうか、マルシュは皆髪が黒いのだ。神秘的!リカルドに倣って立ち上がる。
「お久しぶりですね。リカルドでん……」
「ヤマダ様!!!今、私は一介の新兵です。どうぞリカルドと!」
リカルドがお兄さんの言葉に被せるように話しだした!一体どーした!
リカルドが私をチラリと見る。するとヤマダさんともう一人も私を見て、面白そうに口の端を上げた。
「なるほど……徴兵時は仮初めの……デンブレも面白い慣習がある」
「マルシュ国首相、サカキ様とお見受けいたします。この度は私どものために時間を作っていただきありがとうございます」
いきなり首相だったんだ!慌てて私も頭を下げる。
「ふふふ、その御身分でありながら躊躇いなく頭を下げられるとは……リカルドさんを育てられた公爵閣下のお人柄がわかるようです。さあ、お掛けになってください」
私たちは改めて席に着いた。
「私は首相とはいえただの平民でしてね。かしこまった挨拶など不要です。早速本題に入りましょう。えーとあなたがかの有名なビンセントのフリージ……フリーザ様ってことでよろしいかな?」
「はい!はじめまして。私がショーン・ビンセントです。この度は入国をお許しいただきありがとうございます!」
「ぷふーう、くくくっ……」
急にヤマダさんが私に背中を向けて笑い出した。???
「おい、ヤマダ!」
「だってなんだか懐かしくて……フィオもマルシュに来たばっかの時に、こんな可愛い男言葉で、髪をザクッと切り落としてて……ああ……」
ヤマダさんは頭を下げながら涙を流し、切なげに微笑んだ。
「ショーンさん、すいません。あなたは我々の、敬愛する主君の一人にどことなく似ているのです」
マルシュの首相が敬愛する?誰だろう。でも二人ともとっても優しい瞳で私を見ているからきっと優しい人なんだろう。そうだ、お土産!
「これ、私がこさえた短剣なんですが、手土産です」
そう言ってサカキ首相に公爵邸で手直しした剣を差し出す。首相は私に一礼して鞘から抜いた。
「これは……素晴らしい。新緑のような煌めき……」
「薄いですね。触れただけで真っ二つになりそうだ」
サカキ首相が微笑んだ。
「さすが名工フリーザ!陛下もお喜びになるでしょう」
ん?陛下ってガレの皇帝のこと?
「あ、これはマルシュへのビンセントからの贈り物です。ガレの皇帝陛下には別に用意しておりますので、マルシュにてお納めください!」
「……このような宝を、マルシュに?マルシュはまだビンセント工房と取引できるほどの財力はないのだが?」
「私のようななんの力もない軍人でもある外国人が、マルシュを通過し、ガレの霊山に入る陳情をすることがどれほど無謀なことなのか?リカルドや家族に聞かされております。商売は関係ありません。ただただお礼です」
首相は目を目一杯見開いたあと、フッと笑った。
「そうですか……。私はね、若者の純粋な好意は、裏を勘ぐったりせず、ありがたく受け取ることにしているんだ。バカ正直な……見ているこちらが苦しいほどに真っ直ぐな女の子の面倒を見ていた時期があってね……ありがとう。いずれマルシュの国宝になるだろう」
後にこの短剣は新生マルシュの国宝第一号『葉隠』となる。って、だから知るかっ!
「ところでガレの霊山ベルーガの炎で鍛えたいという鉱物、私どもにも見せていただけますか?」
一国の元首を目の前にして、断れるわけがない。私はいそいそと手荷物から兄に託された石を布ごと差し出す。
「……確かに見たことがないものですね、サカキ様」
「…………」
サカキ首相は神妙な表情で、
「フリーザさん、これは……確かにちょっと珍しい代物だ。……私が一筆書こう。煩わしいことなくダイレクトに皇帝陛下に謁見できるように」
は?
ダイレクトに、皇帝に、謁見?
「いっ、いえ、滅相もありません!お忙しい皇帝陛下の手を煩わせるつもりなど、毛頭ございません!ただ私たちは、霊山の火を少しだけ、分けていただければ!」
リカルドが大慌てで言い募る。私もウンウンと頷く。
ガレ帝国はもはやこの世界で武力、財力、勢い全てにおいて最強国家。そのガレの皇帝に会うなんてこと、小国の、ほぼ平民と変わらない末端貴族に許されるわけがない!っていうか会いたくない!怖いよ!単純に!
「そう怯えずとも大丈夫だよ。陛下も……フリーザさんを見れば甘くならざるをえないだろう……ふふ。それはこちらの話として、この鉱物、私が見た以上、陛下にお見せする以外ないのだよ」
「それほどの価値があると?」
リカルドが尋ねる。
「残念ながらね。見過ごせない」
ちょっと珍しい、鍛えがいのありそうな鉱物、ただそれだけの認識だった。私は慌てた。
「わ、私は単純にこの未知なる鉱物で剣を作りたいだけなのです!」
「……金銭的な問題ではないのだ。陛下も金は余るほど持っている。問題はそこじゃない。ただ私も確証があるわけではない。君たちはガレに行き、皇帝陛下に会う。これは決定事項だ。申し訳ないね」
なんてこった……
私とリカルドはその夜、色は薄いのになぜかくせになる、旨みとやらが効いたお魚や、緑色のほろ苦いケーキをたくさんご馳走になり、翌朝ガレ行きの定期船に乗せられた。