地味バレ 12
今日から私は珍しく二連休。それに合わせてトリガー兄がビンセントからやってきてくれることになった。
私の赴任地ムスラの確認と、私の作りかけで工房の妹分に仕上げを託した刃物のチェック、それと母から預かった女性の小物の補充など。
「リカルド!オレ今日は旅館に泊まるから戻らないけど心配しないでね。うちの課長には申請出してるから」
「はっ!泊まり⁉︎何で?だ、誰と?ま、まさかジャックとかいうイケメンインテリ貴族と一緒じゃないだろうなっ!」
「は?何?イケメン?ああそう、家から兄貴が来るんだ。兄貴まあまあイケメンだよ?ってリカルドに薦めてもしょうがないけど。この街をあちこち案内して、色々買ってもらって……へへへ。夜は納期の近い商売の話を詰める感じ」
「お、お兄さんか……よかった……」
リカルドがベッドに倒れこむ。全く心配性のオカンめ!
「リカルドも来る?兄貴だったら身体強化とかスピード教えてくれるよ?あ!でも理論ゼロ、感覚でビシバシ教える感じの人だけどよければ?」
「行く!絶対行く!あ、でも俺今日は勤務だ……えーっと18時過ぎでも迷惑じゃない?」
「教わる時間が短くて困るのはリカルドだけだよ。頑張れ!じゃあ山猫亭に俺たちいるから、下で夕食一緒にとって、部屋で特訓してもらおう。俺はその間ビンセントの商品のチェックしとくし」
「ショーン!いやフリーザ!ありがとう!!!」
リカルドの感謝は伝わったけど、どっちにしろ私の名前じゃないっていうのがなー。しょうがないけど……
なんとなく、リカルドにはフリージアって本当の名前を呼んでもらいたいな……と思った。
◇◇◇
「にいさまー!」
「おう、元気そうだな!よかったよかった」
久しぶりのトリガー兄が採掘で荒れた大きく硬い手のひらでわしゃわしゃと頭を撫でてくれた。
まず私が軍隊男装生活で必要と思われるものを兄に相談し、一緒に選んでもらう。そして山猫亭の二階に部屋を借り、この数ヶ月のショーンとしての生活を報告し、すり合わせる。
「ああ、将軍にバレたのは聞いてる。まあ熱狂的な信者だからな……母上の。フリージアを全身全霊をかけて守るとか言ってたぞ?頼んでもないのに。まあ会計業務は良かったんじゃないか?ビンセントに戻ってもいかせるだろ。そういえば首都のスペンサー侯爵家から、徴兵終わったら行儀見習いに来いって手紙が来た。なんでも次男が熱望してるらしい。父上が戸惑ってた。心当たりあるか?」
「さあ?フォレスト侯爵家のリード様からは可愛がってもらってるけど。でもショーン兄様の就職先としては悪くないんじゃ?もう鉱山の仕事無理でしょ?ショーン兄様の具合は?」
「うーん、やっぱり脚引きずってる。地道にリハビリするしかねえな。今は座り仕事ってことでチューリップ叔母さんに工房の窓口業務させられてる……ドレス着て」
「……は?」
何故女装⁉︎
「だって、うちにフリージアいないとまずいだろ。お前の替え玉だ。お前の髪で作ったヅラ被って、スカートが上手いことギブス隠してて、大人しい伯爵令嬢になってるぞ」
「へ、へーえ」
私の帰る場所を残すためとか最もらしいこと言ってるけど、絶対チューリップ叔母様の嫌がらせだよね。
「泣いてない?」
「自業自得だ」
容赦ないわー!
「ところで、フリージアにちょっと相談が……」
兄の話の途中でトントンとドアがノックされた。
「はい?」
「お連れ様がおいでになりました」
「連れ?」
「ああ、兄様、私の友達。今行きまーす」
ドアを開けると走って来たのか肩で息をして、緊張した面持ちのリカルドが立っていた。
「は、はじめまして!ビンセント次期伯爵。私、ショーン君と同室のリカルドと申します」
「ああ、ショーンと同室の!手紙で聞いてます。鈍臭いいも……じゃない弟が大変お世話になり……ってはあ?リカルド?金目って王家?リカルドってリカルド?」
「兄様、初対面で、名前連呼ってないわー!」
「いや……おいおいおいおいどーなってんだ?」
「……軍隊はあくまで平等ということで、ショーン君にとっても仲良くしてもらってますが何かっ!!!」
何故かリカルドが両眼からキラーンとトリガー兄に圧をかけた!アニキ真っ青!リカルド強いからねー!
「え、えっとお、そのリカルド……さん?はいかようなご用件で?」
「リカルドね、バリバリの片手剣攻撃型なんだけど、補助魔法知らないんだって。だから兄様にスピードとシールド、リカルドに教えてやって欲しいんだ」
「お願いします!」
「おいおい、参ったな……王子……じゃない、リカルドさん頭上げて?補助魔法は取り決めがあれこれあってニックさんの許可がないと教えられないから。ちょっと待っててくれる?フリージ……ショーン!お茶でも入れてろ」
トリガー兄はサラサラっと紙に何か書き、両手に挟んでパンっと閉じ、一心に祈った。そっと兄の手のひらから赤銅色のトンボが飛んでいく!いつ見ても幻想的。
「……今の何?」
リカルドの目が空の彼方へ飛び去るトンボを追う。
「ん?伝達魔法。ああ俺もこれまで必要ないと思ってたけどビンセントから離れたから覚えようかな」
「伝達魔法はポピュラーだし、魔力の消費も微々たるものだからすぐにでも教えられるぞ?」
私とリカルドは待ちの間、トリガー兄に伝達魔法をレクチャーされる。
「飛ぶ物で、一番気持ちを込めやすい姿を想像してください。聖女様の蒼龍だけは避けるのが暗黙のマナーです」
何度か練習すると、リカルドの手のひらに小さな茶色の鷹が発現した!
「リカルドすごい!やったね!カッコいい!」
「やった……尊敬する叔父のシンボルなんだ……」
リカルドが口角をいっぱいに上げて笑った。さてはファザコンならぬ叔父コンだな?
「ああああ、失敗ー!」
「ショーンはあれこれ雑念が多すぎるんだ」
「だってカマキリかオオルリアゲハかハヤブサか悩むー!」
窓がオレンジに光った!ニック兄さんの可愛いオレンジの小鳥だ!
兄が窓を開け、そっと手に取り魔力を流すと、白い便箋に変化した。
「……えーと、補助魔法は悪用防止のために使用する人間を賢者ラルーザ様が管理されています。現存の補助魔法は全てラルーザ様のジュドール・グランゼウス家が創作されたものですので。殿下……じゃなかった、リカルドさんの使用目的が邪なものでなく、ラルーザ様に登録されることを良しとされ、かつ許可なしで人に教授しないと約束ができるのであれば……リカルド……さんにならお教えして良いと。いかがされますか?」
「私は、我が国の民を守るときしか使わないと誓う!」
「了解しました。では……」
兄が両手をリカルドに差し出し、リカルドがそっとその手を取った。
◇◇◇
私は兄が持ってきた刃物を角度をあれこれ変えつつチェックする。
バタっと音がしたのでそちらを見ると、リカルドが大汗をかき、床でへたり込んでいた。
「センスはあるぞ?でも魔力量が足りない。今の状況ではスピードとシールド、同時発動は無理だ。毎日ショーンに手伝ってもらって底上げしてください」
「……はあ、はあ、ありがとう、ございます……」
「リカルド……さん?」
「はい……」
「シールドも、スピードも、あなたの民を守るだけでなく、まずあなたを守るために使ってください。でないと、フリージ……あなたの大事な人を守れませんよ」
「……肝に……命じる……」
「不躾な物言い、お許しください」
アニキってば、こんな丁寧語使えたんだ!でも何故リカルド相手に?……ま、いっか!
純粋に、大好きなトリガー兄と大親友リカルドが気が合うようで嬉しい。
私はジャラジャラと剣やナイフを仕分けた。
「兄様、こちらの三本は問題ありません。私の理想通りの出来上がりです。『F』を刻んでおきました。でもこっちの三本はダメ、反りが甘いし、グリップした時に剣先に重心が移りすぎる。デイジーに甘いって伝えて!」
「ダメかあ……わかった。仕上げは母上に回そう。ところでさ、そろそろ本題に入りたい」
ん?なんか他に目的あったの?
「お前に言っても解決できるか?と思ってたけど、リカルドさんにご助力いただけたら……」
無造作に転がしてる刃物に釘付けのリカルドが顔を上げた。
「私に手伝えることなら、何なりと!」
兄がバッグの中から柔らかい布で包まれた何かを取り出し、そっと私に手渡した。触れた瞬間、ピリッと痺れた。石の段階でやけに多くの魔力を纏ってる。
そっと布を取り外すと、青にも銀にも輝く鉱物が現れた。
「……何これ?」
「先月発掘した。硬度計が振り切れるほど硬い」
指先で弾いてみる。リンと涼やかな音がなる。
「母上が鍛えようとしたが、全く溶けなかった」
「母さまでもダメ?」
「バイオレットばあちゃんが言うには……北の大陸の霊山ベルーガの火山の種火をもらえば何とかなるかもしれんと」
霊山ベルーガ。世界で最も繁栄している実力主義の国、ガレ帝国のシンボル、四天の一獣であらせられる霊鳥様が住まうと言われる活火山。
「兄様、私にツテがあるわけないじゃん。でもこれキレイ……混ざり物が何もない。どこで採れたの?」
「ポイントG」
「案外浅いね」
底の部分も撫でてみる。感触をチェックする。
「……ニック兄さんは何て?」
「精霊はいないって」
「ええ!そんな石アリなの?」
あらゆる鉱物精霊と仲良しのニック兄さんの言。信じるしかない……
「ガレの霊山への立ち入り許可が欲しいのか?」
おもむろにリカルドが声を上げた。
「はい」
真剣な面持ちで兄が頷く。
「わかった……知り合いに声をかけてみよう」
いよいよ物語も終盤です!
次回の更新は10日土曜日予定です。
誤字報告ありがとうございます。