地味バレ 11
どうしてこうなった?
私は金であちこち装飾された、王家の馬車の中にいる。エンジ色のベルベットが内装で張られていて、カーテンも白地に金糸で凝った刺繍がほどこされ、重そう。
私の正面に、現国王が可愛がってやまないと噂の王女様が座る。王女様のピンクのドレスはとってもかさばってて踏んでしまわないかヒヤヒヤだ。その横に呆れた顔のリリアーナ様。そして私の横には嘘くさい笑顔を貼り付けたカモミール様。カモミール様は王女様の視界に入ってるから表情気を抜けないよね。
「ナインといったかしら。随分と小さいわね。最近入隊したの?軍は辛くないですか?」
「訓練は辛いこともありますが、軍は辛くありません」
「あなたの所属はどちらなの?」
「えーっと、南方です」
「南方で、新人であるのなら……リカルド、という隊員、知ってるかしら?」
リカルド?ここでリカルド?私が驚きを口に出す前に、リリアーナ様が小さく首を振るのが視界に入った。余計なことは言うなってこと?何が余計なことに当たるのか……
「リカルド。はい、顔はわかります。確か後方支援だと聞きました」
同期で南方は多くない。知らないと言うのも不自然だ。
「彼の評判はどうかしら?」
「評判、特に流れてきません。新人ですし私と同じく、新しい土地と業務に慣れようと精一杯頑張っているのではないかと思います」
「あなたは彼と話したことある?どう思う?」
毎日、誰よりも喋ってるけどな!
「頼りになりそうだな?と」
「どのあたりが?」
え、グイグイくるな、めんどい。どうして?
「えっと、真面目で努力家……ああああ!ひょっとして、王女様の旦那様候補ってことお???」
私は驚きすぎて目をひんむいた!そういえば育ちよさそうだし〜!
「「「違うわ!!!」」」
おーう。三人ハモった。違うのか。ホッとした。あれ、なんでホッとするんだろ……。
「まさか王子とバレてないの……よっぽど馴染んでいるのかしら……ねえ、リカルドは威張ってない?」
「いいえ?」
「では逆にふてくされてない?」
「あの、おっしゃることがさっぱりわかりません?」
「だから、魔力がないから、家臣が付いてこず、荒れているんじゃないかと聞いているの」
家臣?いるわけない。
「王女殿下、恐れながら申し上げますが、まず私もそのリカルドさんもまだ一年目。家臣などおりませんし、先輩に必死についていく立場です」
「え?本当に一番下から……スタートしてるの?サーゼ兄様はおそらく中隊長からだと……魔力ないから?」
「あ、魔力ですか?魔力ないからってのも今のところ、彼の評価には関係ないかと」
「どうして?」
「魔力ある人よりも百倍強いし、使える人材ですので」
「魔力ある人より強いなんて、あるわけないわ」
なんかこの王女様、固定観念があって面倒くさいな。
あ、リリアーナ様ってば退屈そうに車窓を眺めてる。
「戦場で、ずっと魔法を使い続けられる魔法師なんて、冒険者で言うならばA級以上です。魔力切れしたらお荷物でしかありません。故に軍においては、徴兵中の若年兵士は魔力に頼らない戦い方しか学びません」
「お荷物?」
「はい。戦場でお荷物にならないために必要なのは、魔力ではなくて体力。いかなる場合も自走できる体力です。先程祈りを捧げた神殿の今代聖女様の自伝にも「筋肉は裏切らない」と書いてありました」
その体力が言うほどない私……テヘッ!
「せ、聖女様が筋肉?まさか⁉︎」
「聖女様、過酷な巡礼でへばらないように、毎朝、20キロランニングのあと、腕立て、腹筋、背筋、ジャンプスクワット200回ずつが日課だと、公認〈聖女ものがたり〜エリス編〜〉に記載されてます」
王女様は確認をとるように、カモミール様とリリアーナ様を見る。お二人はコクリと頷き私の言葉を肯定する。
「「筋肉は裏切りません!!!」」
「聖女様がそれだけトレーニングされて世界の秩序を守ってくださっているのに、ペーペーの私たちがそれに劣る鍛錬をしてるわけにはいかないと思いませんか⁉︎」
「そ、そうね……」
「魔法で強さを示したいのであれば、魔力を出し切ったあと、自力で離脱できる体力がなければ!」
「そ、そうかも……」
「故に、時代は筋肉ですっ!」
「筋肉……いざというときは魔力よりも筋肉……リカルド兄様はその世界の住人……」
◇◇◇
トイレ休憩のタイミングでようやく馬車から解放された。
「ナイン!大丈夫!?」
「緊張して……疲れました」
私はふらふらとセブンの胸に倒れこんだ。
セブンが私の頭をヨシヨシしたかと思うと、
「はっ、申し訳……ありません!ナインは伯爵令嬢なのに!」
「何言ってんですか?、先輩なのに!セブン、もっと撫でてくださ〜い。もう、王族相手なんて疲れた!二度としたくな〜い」
「……もう、ホンットにナインは頑張り屋でカワイイ。殿下が愛されるのがよくわかるわ……見る目があるお方でよかった。あら、でも王族の相手二度としたくな〜いって……フラグ立てたわね……」
セブンのナデナデを堪能した私は、元気を取り戻し、リフレッシュして馬によいしょっと乗ると、赤い集団に囲まれた。
「な、ナイン!王女殿下はどのようなご用事だったんだ!」
行きにおしゃべりしてくれたジャックが勢いこんで聞いてくる。
「へ?若手の軍の仕事について聞かれました。日々のスケジュールとか?」
「詳しく」
私は先程のことを思い出しながら伝えた。リカルドのことは省いて。
「お、お前のことを個人的に……気に入ったというわけではないのか?」
「は?個人的なことは何一つ聞かれてません。あ、でも5日間ぶっ通しの行軍でぶっ倒れた話をしたら同情されました」
「ナイン……お前、そんなちっちゃな身体で行軍してるのか?大丈夫か?」
「大丈夫じゃないからぶっ倒れて、減点されました。食料自分で調達しないといけなかったんですけど、ヘビしか見つけられなくて、水分欲しくて野葡萄食べたら毒葡萄で……」
あのときもリカルドがすっごい心配して、残り一日、ずっと担いでくれたっけ。ホントに頭が上がらない。
「というわけで、軍人に重要なのは筋肉と丈夫な胃袋だとお話したら、納得してくださいました」
「「「「お前、なんてことを〜!!!」」」」
「魔法特化の近衛を根本から否定しやがって!」
「おい、フォレスト侯爵令嬢と、ジョージア伯爵令嬢は?」
二人とも根っからの軍人ですが何か?
「えっとー、お二人は軍に理解があるからこそ、私達、本日専属として呼ばれましたが?」
「まさか、お二人は婚約者を軍から選ぶつもりか?」
「お前らまさか、既にお二人と誓いを立ててるのか?」
「まっさか〜!」
「ありえません」
そこはセブンとともにきちんと否定した。
◇◇◇
襲撃もなく、無事に王女を宮殿に送り届けた。
任務のあと、なんとリリアーナ様のご実家、フォレスト侯爵家に連れてこられた。
飲んだことのない、薄い琥珀色の花の香りのする紅茶を出されたけれど、カップがあまりに繊細過ぎて……怖くて握れない!
「いやー、ナイン、今日はいい仕事したわねー!サンキューサンキュー!」
カモミール様……エイトが優雅にカップを持ち満面の笑みで私に礼を言う。その後ろには苦笑いしたセブンが控えている。
「え?なんかお役に立てました?」
「あの近衛の奴らを蹴散らしてくれたんでしょ?あーさっぱりした。いよいよウザくなってたところよ。顔と魔力の質がいいのはわかるけど、あんな自信過剰な奴ら、婿に迎えるかっての!私と結婚したかったら、うちの灌漑設備の改善点を私と父にプレゼンしてみろ!我が家に現状必要なのは魔力じゃなくて技術だっての!リサーチして見極めてこいや!」
つまり、エイトは近衛の皆様からの結婚アピールにイライラしてたということか?
「ところで王女殿下は何故リカルドの様子を知りたがったのでしょう」
「……さあ、どこかで面識があって、魔力がないから軍で上手くやっているのか心配になった、とか?」
「なんか、リカルドに対して、上手くいってるわけがないっていう偏見みたいのが、滲み出てて……嫌な感じでした……って不敬ですね。すいません。忘れてください!」
だって、リカルドが日々努力しているのを、私はすぐ隣で見ているのだ。謙虚で、自分に厳しく、私に優しいリカルド。私はリカルドを尊敬してる。そのリカルドを、どこか王女サマはバカにしてた。
「私達、それに軍にいるものは全て、リカルドの資質を認め、今後何かあれば支えようと思っているわ。だからそんな顔しないの!ほら、うちの特製のケーキが来たわよ。このために連れてきたの。召し上がれ!」
「うわああああああ〜!」
これまた見たことない、薔薇の形の砂糖菓子の載った、もはや芸術といえるピンクのケーキを侍女さんが私の前に運んでくれた。恐る恐る、フォークを突き刺して……
「うまああああああ〜!」
シックスが自分付きの侍女さんとともににっこり笑った。
「いっぱい食べなさい!今日のMVPなんだから!馬車の窓から赤の集中砲火浴びてるの見てて、上手いこといなしてるから感心してたのよ。……ところでナイン、あなたジャック様をどう思って?」
「もごもご……ジャックさま?って誰でしたっけ」
ああ、このムース部分がたまらん……私の本日遭遇した超めんどくっさい出来事は、一気に記憶の彼方に押しやられた。
◇◇◇
「シックス、聞くタイミングが悪過ぎたかと」
セブンがケーキを頬張るナインを見ながら苦笑いする。
「……ジャック様とは先程近衛の中にいたスペンサー侯爵家の?」
エイトが優雅にカップを口に寄せつつ、眉を上げる。
「ええ。セブン、ジャック様とナイン、道中どういった感じだったの?」
「……始めのうちはいつものようにただの軍人であるナインを小馬鹿にした態度だったのですが、うちのナインの邪気のない態度に調子が狂ったのか、最後のほうは、興味が湧いてあれこれ話しかけていた、と見えました」
「チッ、うちの子が超絶可愛いことバレたのか。あの男、他とちょっと違ったわね。セブン、素性がわかること、ナインってばペロっと話してない?」
「そこは大丈夫です。意外としっかりしてますよ?」
シックスはふう、とため息を付き、扇を口元に当てた。
「ジャック様とは同格同世代ということで、まあ面識があるのだけれど、別れ際に呼び止められて、『あなたの可愛いお気に入りの騎士を、我が家に召し抱えたい。話す機会を作ってもらえないだろうか?』ですって」
セブンが眉間にシワを寄せる。
「女性とバレたってことでしょうか?」
「否定できないわ。侯爵家ですもの。うちと同等の情報は入るでしょうから。今知らずとも時間の問題……」
「ナインはああ見えて由緒正しい伯爵家令嬢。……シックス、なんとお答えに?」
「彼は徴兵中です。そして徴兵後は誰かの下につく人間ではない、と」
「まあ、人間国宝ほぼ決定のフリーザですからね」
「ジャック様は何と?」
「ますます関心を持ったみたい」
「煽っちゃダメでしょ?」
「ちょっと焦らせようかと思って。リカルド殿下は……今日も痛感したけれど、お身内からの評価が低過ぎるために、自信がない。それ故に今ひとつ踏み出せないのかもしれない。こんなにこの子は慕っていますのに……ね」
「ぼやぼやしてたら、掻っ攫われるぞ、と?」
「ふふふ、だってこんなに愛くるしくて、軍人としてもほぼ一人前で、鍛治職人として世界レベルで、我が国だけでなく神殿やらS級冒険者やら恐ろしい人脈持ちなのよ?うちのナインは。男だったら私が欲しかったわ。さて、どの角度からリカルド殿下にご報告しようかしら……」
誤字報告、ほんっとにありがとうございます!