地味バレ 10
「先輩方、お久しぶりでーす!」
「ナイン、おつかれ〜」
「元気にしてた?」
「どうぞ中へ、今日は寒いですね」
私は今日もまた女子会からのお呼び出しを受け、久々に都会にやってきた。
首都ど真ん中の中堅クラスと思われる宿屋の一室にいる。
「えーっと、今日はどのような任務……なんですよ……ね?」
私はちょっと戸惑っている。なぜかというと、シックスとエイトが……つまりフォレスト侯爵令嬢リリアーナ様とジョージア伯爵令嬢カモミール様が、完璧な令嬢スタイルだったのだ。
リリアーナ様は真紅の薔薇を思わせる、シックで気品のあるドレス。カモミール様は食べごろの蜜柑を思わせる、鮮やかなで軽やかなオレンジ色のドレス。二人とも優雅に髪を結い上げていて……完璧なご令嬢以外の何者でもなかった!
「お二人とも……素敵すぎます!私、こんな綺麗な人類初めてみましたー!」
とりあえず足元に跪き、拝んでみた!
「あらあらナインは可愛いわねえ」
「こらっ!同じ伯爵家なのに大げさでしょ?」
「ビンセントにはカモミール様みたいな美人いないし、そんな素敵なドレス作る店もありません!はあ……眼福……ずっとお二人を見ていた〜い!ね、セブン!」
「ええ、全くもって同意です」
セブン……ルイーゼ先輩もゆったり微笑んで頷いた。
「全く、二人とも身内に甘いこと」
エイトが顔を赤く染めて、プイッと窓の外を向いた。
「ハイハイ、ありがとう。ではナイン、説明するわね。この任務は定期のもので、私たちは初めてじゃないの。今日の任務はね、神殿に秋の豊穣への感謝の祈りを捧げる王女殿下の護衛なの」
「ほー!」
なるほど。年中行事っぽい。
「でね、私とエイトは王女の馬車に同乗し、あくまで付き添いの令嬢の体で護衛するから、こんな格好のわけ」
「神殿の最奥まで付きそうのだけど、そこはある程度の身分がないと入れなくってね。ただの侍女じゃダメってのもある」
シックスとエイトが直近で護衛……無敵だわ。見た目的にも。
「私とセブンは?」
「馬車の横を馬で並走してちょうだい。万が一敵襲を受けたとき、私とエイトは守りに徹するから二人は攻撃特化ね。あなたのたちの周りに五人、近衛がつくことになってるけど、期待しないように」
「……なんで?」
「はあ、見ればわかるわよ」
エイトがめんどくさそうに呟いた。
◇◇◇
シックスとエイトがドレスをチョンとつまみ、優雅に頭を下げた。
「キャサリン王女殿下、お久しぶりでございます」
「リリアーナ様、カモミール様、一年ぶりね。本日もよろしくお願いしますわ!」
「眩しい……」
「シーッ!聞こえますよ!」
セブンに諌められた。だって初めて見た王族、王女様、キンキラキンの長い巻き毛で瞳もまつ毛まで金なんだもん。
「さすが、デンブレの至宝って言われるだけありますねえ」
そう言いながら、リカルドの瞳も金であることを思い出した。うん、リカルドの瞳の方がクール!
私は仲間と王女が挨拶を交わすのをセブンとともに少し距離を取って見つめる。そんな私たち二人は今日は、いつも着慣れた砂色の軍服だ。
私はセブンに尋ねる。
「我々は男性の体って事でいいんですか」
「そう、あくまで男性で、リリアーナ様とカモミール様懇意の軍人ってことで」
「了解っす」
そして私達と共に、初めて見る王族警護の近衛部隊も王女の周りにやってきた。赤い軍服!派手!敵に見つかりにくくしようなんて配慮、どこにも見当たらない!五人ともスラッとしたイケメンで、見た目採用か?と疑ってしまう。
王都ルストから馬車で一時間ほど行った先の森に神殿がある。そこへ出向く王女の往復の護衛。これまで何があったわけではないが、見たとおり王女は年頃になり、ますます美しさを増し、不埒な奴が現れんとも限らない。そして、昨年王女殿下の婚約者が病で亡くなり(お気の毒に)、王女殿下は突然フリーになってしまったのだ。ということで王女の周りはますます騒がしくなっているらしい。
王女たちの定型のご挨拶は終わったらしく、豪奢な馬車にカモミール様、王女が乗り込み、最後にリリアーナ様が、
「セブン、ナイン!」
「「はっ!」」
私とセブンはダッシュで駆け寄り跪く。
「二人が、馬車のドア横を固めなさい。命令です。いいわね!」
侯爵令嬢が敢えて声高に命令した。
「「はっ!」」
赤い近衛のリーダーらしき人を先頭にして、馬列は出発した。
身体の大きいセブンが馬車の扉側、逆の窓側に私が陣取り、馬を走らせる。リリアーナ様が窓越しににっこり手を振ってくれたので、もちろんブンブンと振り返した。
私の後方を走っていた近衛の一人が私の横に合わせてきた。何か伝令だろうか?
「なあ君、小さいな。軍ってそんな体格でもやっていけるの?」
この人も金髪が眩い。目に優しくないから護衛には邪魔〜と思いつつ、
「やっていけてますよ」
と返事する。
「声変わり前なの?こんな華奢で大丈夫?」
なんの心配なんだ?今、任務中だよね。私は適当に相槌をうつ。
「ねえ、どうやって王都の婚約者のいない貴族女性のツートップに取り入ったの?」
「つーとっぷ?」
「……さっきから会話が噛み合ってる気がしない。君ひょっとしてすごい田舎もの?」
「え?なんでわかったんですか?エスパー?」
「ぷはっ!」
馬車を挟んだ向こうから、セブンが吹き出す声がした。
「なんだ。拍子抜け。リリアーナ様狙いじゃないのなら、どうでもいい」
「えっと、リリアーナ様って大人気なんですか?」
「当たり前じゃないか。豊かな穀倉地帯を持つ侯爵家の跡取りだぞ?」
財に惹かれてますと言い切った!この男、正直ものだな。
「ほほー!あなた様も狙ってらっしゃると?」
「……ここにいる男で馬車の中のお三方を狙ってない奴は、お前だけだぞ?」
なんとまあ!ここは合コン会場だったんか?知らないうちに参加してたとは!私は開いた口が塞がらなかった。
エイトが彼らの攻撃力に期待してなかった理由がよくわかった。だってここに集った目的が違うんだもん。
「お前男のくせに可愛いな?……ん?……ひょっとして……さっきナインって呼ばれてただろ?偽名?」
「あったりまえです。どこの親がナインなんて名前付けますか?あ、でも子沢山のおうちならありえるかも?」
「はーっははは!」
私が情報通でおしゃべりな、近衛部隊第ニ班のジャックさんにあれこれレクチャーされているうちに、神殿に到着した。
麗しのお三方が神殿に入られてから、私とセブンは馬の世話をした後、木陰でお弁当を食べて休息を取る。
神殿の壁にはこの世界を守護する神々のレリーフがあり、私の正面に見える壁には東の四天様のお姿。
私は神々が本当に存在することを知っている。小さい頃、ニック兄さんがビンセントを訪れるたび何度も絵本を指差しながら話してくれたから。
ニック兄さんはなんと、この東の四天様がまだちっちゃなへびの精霊だったとき、首を締められたことがあるらしい。ぐえっ!赤ちゃんだった精霊様的にはじゃれついただけだったらしいけど、キッチリ締まって危なかったと。
『フリージア、いいか?四天の神々はいつも俺たちを見ている。曲がった事が大嫌いで、真面目に生きるやつが大好物だ。だからフリージアも兄ちゃんたちと、元気に、真っ直ぐに刀作ってろ。そしたら必ず報われる。平民で親もなく、不器用で、バカ正直にしか生きられない俺が……友に恵まれSになってることが、その証明だ』
かつてニック兄さんとそのお供の可愛い双子のクマちゃんと一緒に、ビンセントの神殿でしていたのと同じように、手を胸の前で組んで目の前のレリーフに祈りを捧げる。
そんな私を見守っていたセブンが、声をかけた。
「もうね、ナインのスルー力に、私脱力して落馬するところでしたよ」
「え、どゆこと?」
「だって、小さいと揶揄られてもスルー、田舎者と見下されてもスルー。近衛のマウンティングに毎年イライラしてたんですが、今年はナインと近衛のボケツッコミに笑ってるうちに到着しました」
ガーン!バカにされてたとは……。
「実際チビなのも田舎もんなのも事実ですし……でも、ジャックさん親切でしたよ」
「そうですね。最後の方はナインにすっかり毒気を抜かれて、もはや普通の貴族のお兄さんでしたね。まあジャック様がそもそも、悪い気質ではなかったのかも知れません。普通はもっと厄介で面倒です。ちなみに私は本日絡みついてきた近衛二人、ずーっと無視してました」
セブン、カッコいい!!!
「ところで、シックスとエイトがモテモテっていうのは本当っぽいですね」
「もちろん。貴族の嫡男以外で婚約者のいない男にとって羨望の相手です。美しく、地位も金もある」
「狙われてるんだ〜!人気のある貴族は大変ですねえ」
「ナインだって……って、ナインはもう実質売約済みですね。ふふふ」
「え?」
「いえ、ナインもこれから大変だろうけど、頑張ってステキな剣を作ってくださいね。私、いつまでも応援しています」
はあ……セブン、いやルイーゼ先輩、控えめで素敵。うちの工房の常に前に前に出ようとする女たちと全くキャラが違う。ルイーゼ先輩にもいつか、オーダーメイドで実用重視の剣をプレゼントしよう!
神事は無事終わったらしく、年配の神官たちに見送られつつ、王女とリリアーナ様とカモミール様が出てこられた。私とセブンはすぐに駆け寄り、周囲に気を配る。
「ナイン?」
カモミール様に呼ばれて膝をつく。
「はい!」
「帰りはあなたも馬車に乗りなさい。王女殿下が、軍の生活について聞きたいことがあるそうです。ちっ!」
カモミール様は私にだけ聞こえる舌打ちをして、面倒くさそうな顔をしてみせた。
ニックはマルとシューを連れて、今日もどこかで後片付け中…………
そんなニックも大活躍の、「転生令嬢は冒険者を志す2」
いよいよ来週発売ですよっ(≧∇≦)