地味バレ 1
よろしくお願いします。
我が国デンブレには徴兵制度がある。マルシュ大陸の中央に位置し、交通の要所と言えば聞こえがいいが、四方を他国に囲まれて、海まで出るにも、いちいち他国と交渉が必要になる、という地形上のお国柄だ。
男子は17歳になるや否や全ての国民が体力検査を受けて徴兵され、他国との国境に配置される。検査の数値や適性を元に、最前線の見張り塔に立つものから、食堂係になるものまで様々。そういう生活が20歳まで三年間続く。
無事任期満了を迎えると軍務済の証明となるタグをもらって放免だ。学校で勉強するもよし、家業の商売を学ぶもよし、そのまま職業軍人として軍務に着くもよし……
で、うちの次兄のショーン、来週17歳になるわけだけど、このタイミングで大腿骨骨折なんてやらかした!
家族会議始まります!
◇◇◇
「ショーン、おまえちょっと人生舐めすぎなんじゃないの?」
この発言はビンセント伯爵である父……ではない。ビンセント伯爵夫人であるマーガレットお母様。焦げ茶の髪に焦げ茶の瞳の肝っ玉母さん激オコ中。
「いや、だってアナグマが突然アーサーの前に飛び出したんだ!アーサー恐怖で暴れて……」
金髪灰目の見た目まあまあのショーン兄が長椅子に折った足を伸ばして小さくなりビクビクしている。
アーサーは我が家の可愛い可愛い葦毛の牝馬3歳。
「振り落とされてんじゃねえよ!」
ビンセント家嫡男、21歳金髪焦げ茶目トリガー兄もキレる。昨年徴兵終わったばかりで、ショーンが軍でもたつかないようにこの一年手取り足とり指導してきたのだ。
「困った……」
ここでパパ、ビンセント伯爵、ため息をつく。髪は金髪だったけど、心配ごとが多くて既に真っ白。瞳は灰色で、ストレス痩せしてて今にも魂が抜けそうだ。
「正直に怪我のことを申請して入隊を遅らせることはできませんの?」
はい、ここでようやく私!伯爵家の末っ子フリージア15歳が手を挙げて発言した!
「無理ね。この骨折は時間がかかる。リハビリしたとしても……何十キロと行軍することなど不可能でしょう」
母が目を閉じてイライラとパタパタ扇を仰ぐ。
「では、尚更、無理です、とお断りしては?」
「ありえない、貴族として恥だ」
トリガー兄がグランゼウスウイスキーをグイッとロックで煽る!そのウイスキーは大切な日のためにとっておいたかなり高価なものだけど、次期伯爵であるトリガー兄の心情を察して誰も文句言わない。
まあね。これまで病気だったわけでもなく、徴兵のこの時期に怪我したなんて弛んでると思われる。平民の皆様にも示しがつかない。
それぞれ事情があって嫌がる領民を、国の定めだからと説き伏せて何度送り出して来たことか。そんなことをしてきておきながら、領主の息子は怪我しちゃったから行けません、なんて、言えるわけないか。
そして我が家はイケイケドンドンの貴族ではない。小さな領地の中にある、ビンセント山で気まぐれに取れる鉄鉱石やその他の鉱石をやりくりして生き抜いている一家。一族領民総出で男衆が採掘、運搬担当、女衆が鍛治、加工、販売担当のマニュファクチャー。
弱みなど絶対に見せられないのだ。
「そう言えば、フリージアの鍛えた炎剣飛龍、トランドルのササラ少佐から御礼状来てる!お喜びよ!」
母がポンと手を叩く。
「ホント?よかったー!巻藁の切れ味はこれまでになく抜群だけど、実際動くもの切った事ないから心配だったの!」
「ご主人である赤鬼様?の炎魔法を上手く纏えるんですって!少佐ご満悦みたい」
「さすがトランドル。連携技で使うとは!魔法剣は二人でするとなると呼吸が難しい」
父も感心してほお〜と息をはく。
自分の剣を褒められるとやっぱり嬉しい。それも武のトランドルに属する一流の武人からだもの。
トリガー兄がグリンとこちらを向いた。
「炎剣は細身だけど刀身90、二キロありそうな長剣だったよな。フリージア、片手で試し切りできるのか?」
私はコクリと頷いた。
「当たり前でしょう。自分で試さずして卸せるわけがない!」
筆頭鍛治の母がプンプンする。ちなみに母のこさえた剣にはMの銘が彫られていて、結構な値がつく。
兄が唐突に私の二の腕をモミモミする。くすぐったいなあおい!
「めっちゃ細いけど……うん、やっぱり筋肉ついてるな……ここは……替え玉だ!」
「そうか……うむ、もう替え玉しかない」
もう父は椅子からずり落ちそうだ。
「ごめん、フリージア……替え玉お願い!」
ショーン兄、ここはラーメン屋か!?
「フリージア……あなたは今日から三年間、フリーザよっ!」
母のネーミングセンスに全員ずっこけた。
◇◇◇
ビンセント領のお取り潰し回避のため、私は渋々フリーザになった。
こんな世界を破壊しそうな名前、いいんだろうか……
ちなみに私の髪の色は平凡なこげ茶色。興奮してもバナナ色にはなりません。目もお父様譲りの薄い灰色で、金に光ったりしませんので。
「いいか、フリージア、ショーンのときと作戦180度変更だ。武功を立てようなんて思わないでいい。お前が商売で計算速いの知ってるけど程々にしとけ。とりあえず地味に三年間生き抜くんだ」
トリガー兄が短期間で必要な知識を私に詰め込む。
「うーん、埋没できるかなあ」
「最初目立つのはガタイのいいやつ。そのあとは成果を上げていくやつだ。当然足を引っ張りすぎてもダメ。平均をゲットだ!」
「でも、私、二歳も年下だから小さいし、胸だって……」
「まあ身長はどうしようもない。三年あれば少しは伸びる。胸は制服ぶ厚いし、外では皮の胸当てするし大丈夫だろ?」
「ショーン兄と体格違いすぎない?」
「毎年数百人入隊するんだ。いちいち照合しない」
「お風呂は?」
「大浴場もあるけど、使わないやつもいたぞ?クリーン魔法でしのげ」
「えー!」
「文句はショーンに言え!」
「ふあーい!」
鍛冶場のおばちゃん達は私が男装で入隊することにひじょーに盛り上がった!
「フリージアちゃん、これ、余り布で作った胸当て、上からかぶるタイプよ!サラシみたいにアーレーみたいなことにはならないからね」
「パンジーさんありがとう!」
「フリージアちゃん、設定どうするの?領地に私という恋人残してることにしないかい?」
「えーバイオレットばあちゃんが彼女ー!まあいいや、よろしくー!」
「きゃー、初彼だわー!」
「フリージアちゃん、男子と同室だったらどうするぅ?絶対絶対お手紙送ってね!」
「ローズさん、新婚なのに……」
「新婚だからスパイスが必要なの!ウフフ!」
「フリージアちゃん、他にお願いごとはないかい?」
「うーんとね、ショーン兄シメといて!」
「「「「「りょーかーい!」」」」」
生まれてから今まで伸ばしてきた私の髪を、母が愛用の小刀でざっくり耳の下で切って、その私のこげ茶の髪をショーン兄のベッドの天蓋から垂らした。ホラーだ。ショーン兄がメソメソ泣いた。
「フリージアは……死ぬ可能性があるのです。お前は年若い妹を危険に晒すのよ。ショーン、よく考えなさい」
入隊とはそういう事。母は正しい。
それでもくよくよしても始まらない!できれば馬の係?になって蹄鉄打って三年間過ごしたいなあとか思いながら、私、フリージア改めフリーザ改めショーン・ビンセント(替え玉)は元気いっぱいのアーサーにひらりと乗って首都ルストに向けて出発した!
『転生令嬢は冒険者を志す2』8/9発売の応援企画です!
お楽しみいただけると幸いです。わっしょい!
作者に鍛治知識はありません。ご了承ください。