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君と我 呼ぶ声は藤にように絡む

作者: 西 夏菜

誰か近しい人を亡くした後、すぐにその寂しさや孤独に直面できる人もいれば、

自分の中の大きな喪失感に気づくまで多くの時間を費やす必要がある人もいる。


私の場合は完全に後者である。

8年だったか9年だったか前に亡くした父親の寂しさを受け入れるまでには8年だったか9年かかり、

2年前に亡くした母親への思いは今徐々に体温を帯びてきているように思う。


兄弟姉妹のいない30代半ばの私は、このだだっぴろい世界に一人で立っている、

使い古された表現にも思うが、世界中が敵な様に思うときもある。

しかしながら、母の介護中によく思った、このホームに入ってくる電車に今ぶつかれば何もかもが終わる、

そういった妄想をしなくなったので、精神的には安定しているのだと信じている。


不安的が代名詞であるかのような私にとって「酒」と「男」は、自分の存在と若さの証明である。

恐らく、自分に足りていない、満たされていない部分を

このどうしようもなく憎く愛しい2つによって埋めようとしていて、

それが自分の弱さであるということも十二分に承知している。


酔えば自分のだらしなさを一時的に忘れることができる。

酔えば一時的に痛みを和らげることができる。

少し見た目の良い男が口説いてくれば、私はまだまだ「イケる」のだと脳が誤作動を起こす。

少し見た目の良い男と一夜を過ごせば、その男への興味が少し沸いて恋愛を期待する。

しかし実際は、二度目に会うこともないだろうと冷め切った目で男を朝日とともに家から追い出す。

仕事が休みでも、今日は仕事だから、と。


酒と男は、自分が少しだけ、私の思う、いい女、でいさせてくれる。


私は、私とは35年の付き合いなわけで、自分が一番信用できないこともよく知っている。

そして、いつも孤独である事を知っている。


酒は、孤独を一時的に忘れさせてくれるから、愛しているし、愛ゆえによく会いたくなる。

取りとめもない事務仕事の後で、ときどき、一人きりで飲みに行く場所がある。

会社を出て5分程歩いた場所にあるカウンターと4人がけのテーブル席が5つあるダイニングバーだ。

私はだいたい、カウンターに座り、ビールとポテトサラダをオーダーする。

たまに焼いた枝豆のときやいわしの南蛮漬けのときもあるが、大体はポテトサラダだ。


そこで飲むビールが一番好きだ。

暖色系のインテリアと赤い壁、木のぬくもりがあるバーカウンターは清潔で、

バーテンダーも白いシャツを着た恐らく大学生のアルバイトであろう。

軽快なインストゥルメンタルの音楽が心地よい。


たった一人、誰とも会話をすることもなく、ビールを飲み、肴をつまむ。

自分と向き合い、自分の過去をけなし、現在から目を背けようとしていることに警告を発する。

今までに付き合った男、結婚しようとした男、奪おうとした男、寝ただけの男を思い出すこともある。

このろくでなしが!と己を哀れみながら飲む酒が、私は一番心地よい。


酒を覚えたての頃は、ビール2杯で十分に満足したものだ。

それが今ではビール2杯では飲んだ内に入らないようになった。

しかし体力が落ちていることもあり、2杯で酔った気分になっているにもかかわらず、

泥酔するまで飲まないと気持ちが落ち着かない。


そんなに飲むようになったのは、男が原因だというのに、

それでも懲りずに男を求める、学ばない女とはまさに私のことであろう。


それでも愛を求めることは不適切な事なのであろうか。

現実に、大事にされることを求めることは、私には許されないことなのだろうか。


そんな思いを抱きながら飲んでいたあの日、

目に何の輝きもないバーテンダーが声をかけてきた。



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