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お姫様になったようだ。新しい服を与えられて、綺麗な髪飾りを贈られて、新しい靴を履いている。半年前の自分には、考えられなかった事だ。ティナには、これでも他のご令嬢よりは質素な装いなのですよと言われたが、私には十分すぎるほどだった。
あの皇帝陛下が、私に贈ってくださったもの。とても素敵すぎて、袖を通すのがもったいなくてしまっていたら、怒られてしまった。ここにいる限り、もったいないなどと思ってはいけない。そう言われるけれど、もったいないものはもったいない。けれど、頂いたものをしまいこんでいるのも失礼だと言われれば、袖を通すしか無くなる。
意を決して贈られた服を着てみると、レモンイエローの肌触りのいい生地に、キラキラ光る小さな宝石が裾にあしらわれていて、ほうっと溜息が出た。これを着て1日を過ごすなんて、緊張してしまう。汚してしまわないか、そればかり気になる。
こんな素敵なお洋服を、自分で洗濯などできるわけがない。私は洗濯をやめ、服は洗濯場に持っていくようにティナに頼む事にした。なんとなくだけれど、皇帝陛下はこうなることを見越して、服を贈ってくださったのではないかと思った。なんとなく、だけれど。
陛下は、一体何を考えていらっしゃるのだろう。何故、毎日のように私の元へいらしてくださるのだろう。
洗濯をすることがなくなって空いた時間で、私はぼーっと考えていた。
「ユーシェ」
「…っ、ようこそお越しくださいました、陛下」
心を揺さぶる、低い声が私の名を呼び、反射的に立ち上がった私は頭を下げて陛下を迎えた。
相変わらず、陛下は先触れなくやってくる。それに抗議する立場にはないので、甘んじてそれを受け入れていた。そもそも、陛下がお越しになること自体、ありがたいことなのだから。
「今日は隣国の茶を持ってきてやったぞ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
陛下からお茶を受け取りティナに渡すと、ティナはそれを使ってお茶の準備を始めた。
陛下は優しい。どうして私なんかにもこんなに優しくしてくれるのだろう。私は、何も返してあげられないのに。
「何を考えている」
「あ、その…、私はいつも与えられてばかりで…、どうすればお返しできるのかと考えておりました」
陛下がお茶や食事の時間を一緒に過ごすようになってくれたおかげで、私のガリガリだった身体は少しずつふっくらとしてきた。今はもう手の甲に骨が浮き出てはいない。陛下がくださったハンドクリームのおかげで、ガサガサだった指も滑らかになっていた。
けれど、他の令嬢に比べて、やはり私には何もない。美しさも、魅力的な身体も、何もないのだ。楽しい話の1つも出来ないし、歌も歌えない。こんな私に、一体何を返せると言うのだろう。
「なんだ、そんなことか」
いつものように陛下の上着を受け取り、壁際にかけて戻ると、陛下はソファに座り、隣に座るように示してきた。戸惑いながらも隣に座ると、陛下は私の腰に手を回して軽く抱き寄せてきた。それだけで頬が熱くなってしまう。
陛下が座るとほぼ同時にティナがお茶の入ったカップと茶菓子をテーブルの上に置き、壁際に去っていった。
「それは夜伽のおねだりなのか?」
「え?よ、夜伽、で、ございますか?」
まさかの言葉に、身体がピシッと固まった。
「言葉の意味は知っているようだな」
ふっと陛下が笑った声がして、恐る恐る隣を見上げると、なんだか面白いものを見る目でこちらを見ながらお茶を飲んでいる陛下と目があって、ますます固まった。
「夜伽がお望みならまた夜に出直すか?」
「え、あの、えっと、その…」
「何を変な声を出している。ここにいる者の役目であろう?お前もそのためにここにいるのではないのか?」
「そ、そう…です…」
なんてこと。背中を冷や汗が流れていくのがわかった。
後宮に仕えるものの役目は、陛下のお世継ぎを産むこと。そのために、陛下の夜伽をすることだ。分かってはいたけれど、陛下は私などには目もくれないだろうから、関係のないことだと思っていた。自分ではその対象になり得ないだろうと思っていたから、頭から抜け落ちていた。
陛下からの贈り物に対するお返しなど、それ以外にないことを。
「まさか、お前から夜伽のおねだりがあるとは思わなかったな。意外と積極的なところもあるようだ」
「いえ、あの、そういうつもりでは…」
「なんだ。夜伽が嫌だというのか」
「いえ!そんなことはありません」
「では何の問題もないな」
「あ、あの…。その…」
夜伽、夜伽と連呼され、顔がどんどん熱くなっていくのが分かる。心臓もドキドキしてきた。
どうしてこんな事になってしまったのだろう。夜伽など、そんなもの私に務まるわけがない。それに、ドルガ伯爵ですら知らない秘密が、バレてしまう。
「私に…夜伽の相手が務まるとは…その…思えなくて…」
「私相手では不満ということか」
「そんなことはございません!そうではなくて、あの、えっと、私はこのような…身体ですし、陛下をがっかりさせてしまうのでは…ないかと…」
「初めの頃より肉はついてきているようだが?」
陛下が私の腕を取り、むにむにと掴んだ。
「ですが、やはり…みすぼらしいかと…」
「まぁ、確かにつくところにはついてないな」
「!」
陛下の言葉の意味することが分かり、私は俯いた。と、同時に、残念ながらまだ余裕のあるワンピースの胸元が目に入り、項垂れた。
「陛下をご満足差し上げることができそうにありません…」
「そんな事を気にする暇があるのなら、菓子を食え」
「え、あ、んぐっ」
陛下は今でも私にその手で菓子を食べさせる。何度も繰り返されれば少しは慣れてくるもので、フィナンシェの香ばしい味を楽しむ余裕は生まれていた。
「お前以外の令嬢は、俺に伽に来て欲しくて必死だというのに、お前は違うな」
「……申し訳ございません…」
「知っているか?昼はさておき、夜に俺の渡りがあれば、お前はここから一生出ることはできなくなる」
「…え?」
「俺の伽の相手をすれば、もう一生ここから出られない。たった一度の気まぐれだとしてもな。それを分かっていて令嬢の親は子供をここに放り込んでいるし、令嬢達もそれを分かっていて俺にアピールしてくるんだ」
「……知りま…せんでした…」
知らなかった。そんなことは、教えられなかった。陛下のお相手になることがあれば、その間だけのことなのだと思っていた。
「だろうな。お前はここに売られたようなものだ。余計な情報は与えられなかったんだろう」
「…だから…、だから陛下は、どのご令嬢のことも…伽の相手にしないのですか?」
「なんだ、そのことは知っているのか」
「あ、その…申し訳ありません…」
「別にいい。帰る場所がある者から、無意味にそれを奪う必要はないからな」
無表情で、言葉に色を乗せずに話すから、突き放したように聞こえる者がいるのだろうか。陛下は冷たくて恐ろしい人だという噂がたくさん流れているのに、私の目の前にいる人は、その噂の人とは別人だ。
だからだろうか。陛下の言葉が優しくて、思わず口をついて出た。
「私には…帰る場所が…ありません…」
無意識だった。自分から出た言葉の意味など、理解していなかった。
「なんだ、やはり誘っているのか」
「はっ!ち、違っ、違いますっ。そうではなくて、あの…っ」
「ふっ…、まぁいい。そのうち夜着でも見繕って贈ってやろうか」
「!!!」
陛下がニヤリと笑って言った言葉に、私は必死で首を横に振った。
夜着を贈られるということは、それを着て見せなければいけないということ。そんなことできるわけがない。
「冗談だよ。……今はな」
私は顔を覆って、うるさく響く自分の心臓の鼓動を聞いていたため、陛下の最後の言葉を聞き逃していた。
そして陛下が立ち上がるのを感じ、顔は真っ赤なまま慌てて立ち上がり、陛下を追いかけた。
陛下が上着を着るのを手伝い、お見送りの準備をする。
「今日の服、似合っていたぞ。やはりお前は淡い色が似合うな」
「あ、ありがとうございます」
「また来る。茶菓子は残らず食べておけ」
「は、はい。いってらっしゃいませ」
部屋を出て行く陛下を、しっかりと腰を折って見送る。
だから、私は陛下がどんな顔で去っていったのかを、見てはいなかった。
ストックが……切れそう…。




