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最近皇帝陛下は仕事が忙しいのに機嫌がいいと言う。そして忙しいはずなのに、以前の倍の速さで仕事を終え、姿を消すのだと言う。その行き先が後宮だと知っているのは、側近と、信頼できる近衛と、陛下の相手をしている令嬢とその関係者だけだ。
何故こうなったのかしら…。
ユーシェは毎日頭の中で同じ事を考えていた。考えても考えても何もわからないのだが、考えずにはいられず、同じ事を繰り返し考えていた。
「お前が食べないと俺が食べられないだろう。早く食え」
「は、はい。申し訳ございません」
日の当たらない部屋の中で、ユーシェは何故かアレクと向かい合い、昼食を摂っていた。テーブルの上には2人分には及ばないものの、今までのユーシェの食卓からは考えられないほどたくさんの食事が置かれていた。
アレクが初めてこの部屋を訪れた次の日、またも先触れなくアレクはユーシェの下を訪ねたのだ。ちょうどティナが午後のお茶の準備をしていた頃で、アレクは戸惑うユーシェを気にする事なく自分も茶を飲むと言い。ティナに恐ろしいほどの緊張を与えた。そして前日のように茶菓子をユーシェの口にどんどん放り込み、食べた事に満足すると帰って行った。
それから、ほとんど毎日アレクはユーシェの部屋を訪れるようになっていた。その時間はお茶の時間であったり、昼食の時間であったりとまばらだったが、ユーシェが何かを口にする時間に合わせているだろう事は誰もが分かっていた。
「美味しいです」
「そうか」
ユーシェが一口食べた食事の皿を俺に渡し、それを食べ始める。そしてユーシェはまた次の皿に乗っているものを一口食べて、せっせと俺に渡すという作業を繰り返していた。
俺が初めてこの部屋で食事を食べた時に、そうするように言ったのだ。毒味をしろとは言っていないし、その必要はない。けれど、これは毒味と同じことだとユーシェは思っているだろう。
当然だが、俺の食事はすでに毒味が終わっている。ユーシェがわざわざ毒味の真似事をする必要はない。だが、俺は毎回ユーシェにそれを要求した。
今現在のユーシェの一回の食事量は、普通の食事の半分程度。俺の食べる量からすれば三分の一程だ。毒味の真似事をさせることで、ユーシェの少ない食事量を少しずつでも増やせればと思っていた。言わずともそれは周りにいる者は分かっていたし、ユーシェも気付いてはいるだろう。
侍女のティナは、ユーシェは一定量以上の食事は受け付けなくなるということだったが、そのラインは少しずつ上がってきているように感じていた。
「おい、何故昨日贈った服を着ていない」
「は…、も、申し訳ありません」
食事の途中、ふとユーシェを見て気づいた。この水色の服は、新しいものではない。
俺の言葉に、ユーシェは慌てて顔を上げた。
「その…、とても素敵で勿体無くて…。こちらの服も頂いたばかりで、まだ数回しか袖を通しておりませんでしたので…」
「馬鹿か。服は着るためにあるんだ。もったいないからといってしまいこんでどうする。あの服を着たお前を見るために俺はここに来たんだぞ」
「も、申し訳ありません。私が至りませんでした」
「まぁいい。明日はあれを着ろ」
「畏まりました。本当に申し訳ありません」
「いい。手が止まっているぞ。食べろ」
「は、はい。失礼いたします」
俺に怒られたのだと思い、ユーシェの顔色は真っ青になっていた。言い過ぎたか…。
悲壮感漂う顔で食事を続けようとするユーシェを見ていると、髪飾りがめについた。
「その髪飾りはよく似合っているな」
「素敵な髪飾りをありがとうございます。ティナがこの髪飾りに合うように髪を結ってくれました」
「お前の黒髪はどんな髪飾りも映える。臆する事なくどんどん飾れ」
「はい。ありがとうございます」
そっと髪飾りに触れ、ユーシェははにかむような笑顔を見せる。それを見て俺は軽く口角を上げた。
初めてユーシェの部屋を訪れて以降、俺は様々なものをユーシェに贈っていた。
まずは服だ。ユーシェは飾り気のない質素なワンピースを着ていたが、あまりに地味だった。聞けば、ドルガ伯爵が準備した支度品はあまりに派手なドレスが多く、目立ちたくないユーシェが着られるものではなかったのだという。クローゼットを開けさせれば、確かに目が痛くなるようなギラギラしたドレスが数着並んでいた。
普段着としてドレスを纏う令嬢は少なくない。貴族の娘なんて大抵ドレスだ。しかし、孤児院育ちのユーシェには難しかったのだろう。どうしてもドレスに袖を通すことができず、質素なワンピースを着たいというユーシェの思いを汲んで、ティナが女官長を通じてワンピースを数着手配したのだという。ユーシェが使った、数少ない後宮予算はそれだった。
しかし、あまりに地味な服で、どちらが侍女かわからなくなるほどだった。しかも数日で着回すために、だいぶくたびれていた。後宮に住む令嬢とは思えないほどに。
だから、ユーシェが気後れしない程度の、シンプルでわずかに装飾の付いたワンピースを贈った。基本的には淡い色のもので、質のいい生地を使い、裾に刺繍のあるものだったり、胸元に小さな装飾のあるものを選んで。
少しでも色のついた服を着ると、ユーシェの印象はだいぶ変わって見えた。服を贈られることを申し訳なく思っていたようだが、俺の後宮でみすぼらしい格好をされては困ると言いくるめた。
それから髪飾りに、シンプルな装飾品、ストールやひざ掛けなどを贈っては、それを身につけたユーシェに満足していた。
「あの、陛下は何故私にこんなに良くしてくださるのですか?」
「なんだ、嫌なのか」
「いえっ!その、すごく嬉しいです。ですが、このように贈り物をされたことがないので、気後れは…していると思います…」
喜びより戸惑いが大きいのだろう事は、ユーシェを見ていればすぐに分かる。何もしなくても新しいものが贈られる事を、さっとは受け入れられないのだろう。
「前に言っただろう。お前の身なりがあまりに酷かったからだ。俺の後宮であんな擦り切れた服を着る事は許されない。後宮に仕える者としての意識を持たせるためだ、とでも言えば分かるか」
「は、はい…」
「ここは俺の庇護下にある。衣食住は確実に保障されているはずなのに、お前がその恩恵に預かっていないようだから、それを与えようと思っただけだ。お前がどう変わるのかも見たかったしな」
「そう…なのですか…」
「貰って困るものでもないだろう。お前は受け取ったものを黙って身につけていればいいんだ」
「は、はい。陛下の御心のままに」
控えめで、遠慮をする事が当たり前のユーシェ。俺はお前がどう変わっていくのかを知りたい。俺の手で、お前がどう変わっていくのかを。
どう変わる。それとも変わらないのか。お前はどちらだ、ユーシェ。




