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日陰姫の陰謀論  作者: 蜜柑
本編
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 ひとしきり頭を下げたところで、陛下に頭をあげるように言われ、更には元のように隣に座るように言われてしまった。陛下の言うことに逆らう事はできないのでその通りにすると、腰に手を回され、引き寄せられた。陛下に触れられているどころか、お身体に密着させられている。

 神父様や孤児院の弟達以外の男性に触れるのは初めてと言ってもいい程で、それがこんなに密着させられているとなると、私は顔が熱くなってしまった。そして身体はピンと緊張でカチカチになってしまう。


「うん。悪くない。でも、触り心地が今ひとつだな」

「も、もも、申し訳ございません」


 うぅ、声が上ずってしまう。そしてどもってしまう。緊張しすぎて爆発でもしてしまいそうだ。


「必要ないと思うけど、後でディルに文句を言われるのも面倒だから、一応聞いておく。数ある部屋の中からこの日の当たらない部屋を選んだのは何故だ?」

「そっ、それは、その、私の様な容姿をした者が、高貴なお方の目に留まって不快な思いをさせないようにと、思ってのことでございます。こちらには散策しに来られるような何かもありませんし、わざわざこんな奥まったところまでいらっしゃる方もいないと思いましたので…」

「大体分かってきた。言いたいことはあるが、全て聞いてからにしよう。女官長は再三侍女を増やすように進言していたはずだ。何故一人しか側に置かない」

「あの、私の様な、所詮養女でしかない、孤児院育ちの者に、侍女をつけていただくなど 烏滸がましいと…思ったのです。付いてくれる方にも、申し訳なくて…。私は自分のことは自分でできますし、これ以上誰かのお手間をとらせたくなかったのです」

「……。服や装飾品の要求が少ないのは?」

「私の様な者には…必要のないものでしたので、不要とお答えしました」

「全て聞いてからにしようと思ったが、我慢ならん。何故お前は自分をその様に言うのだ。私の様な者などと、聞いていて不愉快だ」

「も、申し訳ございませんっ!」


 私への尋問中にどんどん表情を厳しくしていた陛下が、不機嫌そうに言い放った。怒っているのが分かり、慌てて体を離そうとするが、腰に回された陛下の腕の力は強く、ビクともしない。


「俺に仕えているのなら、俺の前で自分を卑下するな。俺が隣に座るだけの価値がある女なのだぞ」

「は、はい。も、申し訳ございません」


 私は…励まされているのだろうか。陛下は苛立ってはいた様だけれど、何故か言葉に優しさを感じてしまった。

 更に腰をぎゅっと引き寄せられ、心臓が跳ねた。陛下の鍛えられた腕や体の感触が薄い布越しに感じられて、益々顔が熱くなる。


「続きだ。俺が後宮に足を運んでも、部屋に閉じこもって出てこないのは何故だ」

「あの…、その、美しいご令嬢がたくさんいらっしゃるので、私のよ……ではなく、ご令嬢方のお邪魔をしないようにと思ったのです。私は貴族の方に対するマナーが身についていません。身分の高い方のお側に行けば、不快な思いをさせてしまうかもしれませんし、それに、私は陛下を楽しませられるような、歌もダンスも楽器も、何もできませんから…」


 私の様なと言いかけて慌てて口を噤んだが、陛下は当然気づいていただろう。一瞬眉がピクッと動いたが、すぐに元の顔に戻った。


「衣類を洗濯場に出さないのは?」

「せ、洗濯は孤児院にいた頃からしておりましたし、畑仕事をしているわけでもないのでさほど汚れもありません。何より…その、人様に頼むということに気が引けてしまったのです」

「はぁ…。大体お前という人間が分かった気がする」

「え…」


 何かを疑われて質問をされているのだと思っていたけれど、今の会話で私の何を陛下に知られてしまったというのかしら…。悪いことでなければいいけれど、良いこと…というのも特になさそうだ。陛下は額に手を当ててため息をついているし、何か良くないこと…なのだろうか。


「まぁいい。思っていたより悪くない」

「は、はぁ…」


 そう言って陛下は私の腰に回していた手を離し、ソファに寄りかかって深く座り込んだ。それを目で追いかけると、陛下は少し目を細めて、私のことをじっと見つめて来た。なんだか観察されているようで落ち着かない。


「別に豊満な肉体を求めてはいないが、お前は痩せすぎだ。俺はもう少し肉が付いている方が好みなんだ。とりあえず、これを食え」

「え?あ、あぐ」


 陛下はさっと身を起こし、テーブルの上に置かれていた、ティナが用意してくれたお茶受けのクッキーを手に取ったかと思うと、私の口に押し込んだ。あっという間の事で驚いたものの、小さめのものだったので一口で食べられた。が、緊張しすぎていて、上等なものなのにイマイチ味がよく分からない。もったいない事この上ない。


「食べたな。いい子だ。もう1つ食べろ」

「え?んっ」


 皇帝陛下自ら、ただの小娘にクッキーを食べさせるだなんて、ありえない。けれど反抗する事はできず、クッキーが口元に運ばれる度に口を開け、それを受け入れた。だってあの皇帝陛下が微笑んでいたから。

 もう半ば混乱しながらクッキーを食べ続け、二人ぶんのクッキーの残り一枚まで食べ終わったところで、私はギブアップをした。


「申し訳ございません。もうお腹がいっぱいで食べられません…」

「なるほど。これくらいが食べられる量か」

「三度の食事以外は何も口にしておりませんでしたので…」

「だろうな。この部屋は菓子の消費も殆どないと聞いている。これからは食事の合間に菓子でもなんでもいいから食べろ。食事の量を今より増やせないのなら、違う時間に食べるんだ。一度にたくさん食べられないのなら、回数を増やせばいい。そうすれば食べられる量は増えていくはずだ」


 陛下の言葉に驚いて目を丸くしていると、陛下はティナを見た。


「お前が侍女だな。まずは午後の茶の時間からだ。慣れてきたら午前にも茶の時間を作り、何か食べさせるようにしろ」

「かしこまりました。ありがとうございます」


 ティナは少し目を潤ませて、頭を下げた。

 私の食が細いことを、本当に心配してくれていた。ずっと心苦しいとは思っていたけれど、どうにもしてあげられなかったのだ。


「それと、お前は食べることに罪悪感を感じなくていい」

「っ!」

「食べていいんだ。お前は、この後宮で俺に仕えているんだろう?俺のためにここにいるんだろう?それで十分だ。だからもっと食べて肉をつけろ」

「な、何故…」


 何故この人は…私のことが分かるの…。何故こんなに優しい目で私を見るの。

 どこにも行けず、何も出来ず、未来ある育ち盛りの子達の食事の量を、無駄に減らしていた。だから、生きていくのに最低限だけ必要な量を残し、全て妹と弟達に分けてきた。生きていれば、大きくなれば、自分で未来を切り開いていくことの出来る子達のために。

 そして後宮では、勤めを果たすこともできず、ただのうのうと毎日を過ごすだけ。それなのに孤児院にいた頃よりも上等な食事が運ばれてくる。あの子達は食べることのできない、本当ならば私だって食べられるはずのない、上等なご飯がだ。

 何も切り拓けない私が食べていいものではないと、そう思っていた。


「それとも命令してやろうか。お前はもっとご飯を食べるんだ。今までより一匙だけでもいいから、多く食べろ。そして肉をつけろ。それが今からのお前の任だ。俺を慕っているのなら、できるよな?」

「はい…。はい、もちろんです」


 優しく微笑まれ、私の目からは大粒の涙がとめどなく溢れていた。次から次へと涙が溢れ、スカートに染みを作っていく。


「なんだ、女の涙はめんどくさいだけだと思っていたのに、お前は可愛いな」


 信じられない言葉が聞こえたと思ったら、頭に手が触れ、そのまま抱きしめられた。温かいぬくもりに、心臓はばくばくしていたが、心は解けていくような暖かさを感じていた。







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