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日陰姫の陰謀論  作者: 蜜柑
本編
4/47

 どうしてこのような事に…。


 後宮の一番奥の日当たりの悪い部屋に入り、目立つことのないように、人目につくことのないように過ごしていた。何も求めず、今ある幸せに感謝していた。

 しかし、私は今、疑われている。

 この部屋に皇帝陛下の御渡りがあるなんて、あるはずのないことだった。陛下は後宮に足を運ぶことはあれど、どのご令嬢にも心を許さず、お部屋に足を踏み入れることなどないのだと聞いていた。

 私の部屋に入る事になってしまったのは、私の身体が原因だ。けれど、そもそも私の部屋の前までも、陛下がお越しになることなんてあるはずのないことだったのに。間違えてもそのようなことが起こらないように、この、陽の当たらない部屋に篭ったというのに。


 どうして、このような事に…。


「お前の話す真実とはなんだ。お前はどこから来た」


 隣に座る皇帝陛下が、真剣な眼差しで私を見ていた。

 思わず陛下と目を合わせてしまっているが、これは不敬にはならないのか。隣り合って座った時は、どのような目線で、どこを見て話せばいいのか、そんなマナーは誰からも教わらなかった。けれど、今こうして目を合わせていて咎がないのだから、きっと大丈夫なのだろう。私の真実を聞いて、不問にしてくださるに違いない。きっと。きっと。


「私は、教会に併設された、孤児院におりました」

「孤児院?」


 陛下の目が揺らいだが、この勢いのまま言わなければ、もう言えなくなってしまいそうなので、言葉を続ける。


「いつものように仕事や妹、弟達の相手をしていたところ、ドルガ伯爵がやってきて、私を引き取りたいと仰ったのです。私の黒髪と黒目のことを聞き、興味を持たれたとのことでした。私はドルガ伯爵の養女となり、伯爵邸に引き取られ、そしてこちらへ…後宮へと参ったのです」

「俺がどのご令嬢にも興味を示さないから、他とは違う黒目黒髪の娘を入れて、興味を奪おうと思ったってところか。俺を誘惑するように言われていた?」

「……はい。ですが、本気で私に期待をかけられていたようには見えませんでした」

「だろうね。それならもっとドルガから何かしらの接触があるだろうし、もう少し時間をかけてその今にも倒れそうな身体をどうにかしていただろう」

「そう…でしょうね…」


 自分の痩せ細った身体が虚しく思えて、ぎゅっと握った拳に視線を落とす。握りしめた拳はやはり骨が浮き出ていて、血管も目立っている。

 こんな身体で皇帝陛下を誘惑しろなどと、よく言ったものだと思う。悪目立ちしかしないではないかと、言えるものなら言いたかった。言えるわけが、なかったのだけれど。


「孤児院には国の予算が割り当てられているはずだ。食事は三食出るだろう。お前のいたところは誰かがその金を不正に使用でもしているのか」

「そのようなことは…ないと思います。神父様も、シスターも、子供達のことを一番に考えてくださいました。ですが…、育ち盛りの子達には…足りないのです。小さな子は、我慢もできません。ですから、その子達に私の食事を分け与えておりました。私は…孤児院で年長者でしたから…」

「そう…か…」

「本来でしたら、私はもう孤児院に厄介にはなれないのです。私はもう16です。とっくに仕事を見つけ、孤児院から出て自立をしなければならない年齢です。ですが、黒目黒髪を忌み嫌う人達は多く、住み込みの仕事は当然ながら、通いの仕事さえ見つからなかったのです。神父様のご厚意で孤児院には置かせてもらっておりましたが、本来であれば、私の食事は全て他の子へと分けられるはずのものだったのです」


 大好きな母と同じ、大好きな黒髪は、孤児院の外では誰にも受け入れられることはなかった。孤児院では率先して仕事を請け負ってはいたが、それは年長者として当たり前のことでもあった。私さえいなければ、そう思いながら毎日を過ごしていた。子供達が物欲しそうに私の食事を見ていれば、分け与えないわけにはいかなかったのだ。


「ドルガ伯爵は、私が後宮に行くのなら孤児院に寄付をしてくださると言いました。私が後宮から追い出されるようなことがあれば、寄付を取り消されるかもしれません。私は良いのです。ですが、妹と弟達には何の罪もありません。私に出来ることなら何でもいたしますから、どうか孤児院をお守りください」


 そこまで言うと、私はソファから降り、床に手をついて陛下に向かって頭を下げた。


「おいおい…ほぼ身売りだろう、それは…」


 呆れたような陛下の声が降ってくる。思わず身体に力が入ったが、とにかく頭を下げ続けた。


「人身売買は法律違反だぞ。寄付金という尤もらしい名目を使って、その実態は人身売買か。はぁ…。神父は止めなかったのか」

「神父様はやめるように何度も仰いました。神父様もシスターも、いつまでも孤児院にいていいのだからと、伯爵のところに行く必要はないのだと引き止めて下さいました。ですが…っ、これを逃せば私の引き取り手はもうないと思ったのです。ずっと、孤児院に厄介になるわけにはいきません。新しく引き取られてくる子もいるのです。寄付金があれば子供達みんなに十分な食事をさせてあげられるし、新しい服や靴だって用意できます。私に出来ることは、もうこれしかないと思ったのです。申し訳ありません」


 地面にこすりつけるように頭を下げ続ける。

 みんなを守りたかった。私を助け、育ててくれた孤児院を守りたかった。引き取り手のない私にとって、ドルガ伯爵の提案は渡りに船だったのだ。

 体のいい人身売買だとは分かっていた。だから神父様もシスターも止めてくれたのに。私はそれを、跳ね除けた。


「お前のいた孤児院を後で教えろ」

「え…」

「罪など問わぬ。お前も孤児院も被害者だろう。だが、寄付金はなかったことにしてもらう。そうでなければ、神父もシスターも法律違反になってしまうからな。その代わりに、予算を再分配する。後で視察をし、本当に必要な予算を割り当てる。だから心配はするな」


 思わず顔を上げると、陛下の真摯な瞳と目があった。

 やはりこの方は優しい。冷酷非道な皇帝と言われているが、そんな事はない。


「あ…、ありがとうございます…っ」


 思わず涙が滲み、私はもう一度、頭を床にこすりつけるように下げた。


「私の身体は伯爵に売ってしまいましたが、心までは売っていません。ここで皇帝陛下にお仕えする者として、心から陛下をお慕い申し上げております。本当にありがとうございます。このご恩は一生忘れません」

「おいおいおいおい、本当に人身売買だろうが…。…待てよ、それを買い戻すわけだから、これの所有権は俺になるわけか。…そもそもここにいる時点で俺のものだな。ふむ」


 陛下は何かをつぶやいていたようだけれど、陛下の御心に感激していた私にその声が届く事はなく、陛下が何を考えているのかなど、知る由もなかった。

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