ユーシェ様とのお茶会
「結婚……を、申し込まれたの?」
「…その…ようで…」
結局あまり眠れないままユーシェ様の下に伺うと、昨日よりも顔色が悪いと心配され、朝食を片付けた後は昨日と同じように椅子に座らされた。侍女としてありえないことだけれど、ユーシェ様に強く言われては従うよりない。少し前までは、ユーシェ様のお身体を心配していたはずなのに、まさかそれが逆転する日が来るなんて、想像もしていなかったことだ。
1日くらい掃除をしなくても問題ないわと、ユーシェ様にお茶のお相手に誘われ、またもユーシェ様に淹れていただいたお茶を目の前に、昨日のことを話すと、ユーシェ様は目を丸くしてパチパチと瞬きをされた。
「その…、ディル様とティナって、そういう…関係だったの?」
「とんでもない!職務中にディル様と個人的にお話ししたのは昨日が初めてですし、そのような声かけをされたこともございませんでした」
「あ、ティナが仕事をしていないって疑っているわけじゃないのよ。そうではなくて…、ごめんなさい、私も少し混乱しているみたい」
「…私もです…」
「そうよね、そう…よね。ひとまずお茶を飲みましょう」
ユーシェ様に淹れていただいたお茶を飲むと、ほうっと息が漏れた。やはりユーシェ様が淹れたお茶は、優しいお味がする。そう伝えると、ユーシェ様は頬を赤らめ、はにかまれた。
「ティナに結婚の申し込みが届いていると聞いてはいたけれど、ディル様もその中の一人ということなの?」
「いえ、実家に届いているものの中には含まれていないと思います。さすがにディル様ほどのお家から申し込みがあれば父が大騒ぎするでしょうから」
「そうよね」
実家に届いている申し込みの中には、家格の釣り合いが取れるかどうかギリギリのものも含まれているらしい。けれど、ディル様程の家格からだと釣り合いが取れなさすぎるのが分かっているからか、体裁からか、さすがに届いてはいない。そういった家の方は、私なんかとつながりがなくともやっていけるのだろう。
「ティナが良ければだけれど、ディル様の求婚の理由を聞いてもいいかしら」
「もちろんです。このようなことを相談する相手はいませんので、申し訳ありませんが聞いて頂けると助かります」
「…そうなの?……それは、私の侍女をしているから…?」
あぁ、また不要な心配をさせてしまっている。
ユーシェ様は初めは驚いて目を丸くしたものの、すぐに険しい表情になった。きっと自分のせいで私が孤立しているとでも思ったのだろう。違うのに。
「違いますよ。私はまともに社交デビューもしていませんから、そもそも知り合いが少ないのです。それに、侍女も身分社会なのです。末端貴族の私と仲良くしようと思う方もあまりいないのですよ」
「そう…なの…」
半分は本当のことだ。けれど、ユーシェ様は完全には納得できなかったようで、まだ考え事をしているようだ。
「結婚など、持参金の支度すら危うい私には関係のないものだと思っておりましたから、すごく戸惑っています。陛下のことで悩むユーシェ様に偉そうに助言をしていたくせに、本当は何1つ知らないだなんて、お恥ずかし限りです」
「そんなことないわ。私はティナに話してすごく楽になったもの。ティナがいなかったら不安でたまらないままだったわ。だから、ティナにも話してほしいなと思ったのよ」
「勿体無いお言葉です。嬉しいです、ユーシェ様」
私が笑みを浮かべると、ユーシェ様はまたはにかんだ笑顔を見せられた。本当にお可愛らしい。初めの頃はこんなお顔は見せて下さらなかったのに、いつ頃からこんなお顔をされるようになったんだったか…。
お茶菓子も勧められ、侍女の立場でそれは…と断っていると、1人だけ食べるのは寂しいわと言われてしまい、それならばと手を伸ばす。さすが王宮で出されるだけのものとあって、今まで食べたどのお菓子よりも美味しいものだった。
そして、昨日のディル様ことを ポツポツと話しながらお茶を飲んだ。口に出して話をすると、まだこんがらがっていた頭の中が整理されていくようにスッキリしてくるのが分かる。昨日ベッドで一人悶々と考えていても何も変わらなかったというのに。
「私の思い違いでなければ…、ディル様の結婚相手に望む条件と同じことを、私も聞いたことがあるのだけれど…」
「実は私もでございます…」
「……」
ディル様に言われた事を順に話していると、戸惑ったような、困った顔をユーシェ様がした。
私もユーシェ様と同じ事に気付いたのは、昨日の夜も更けた頃だった。
「ディル様とアレク様を見分けることが出来て、且つディル様が気に入っている…って、アレク様が私に言われた事と同じ…よね?」
「私もそのように記憶してございます」
「……」
思わずユーシェ様と顔を見合わせて、なんとも言えない顔になる。笑ったらいいのか、困ったらいいのか、お互いに分かりかねていた。
「ディル様はアレク様の影として動くこともあるし、何より幼少の頃よりずっと一緒に過ごしていらしたようだから、考え方が似通ってしまったのかしら。あぁ、でも、その二つってすごく大切なことよね。妻となる方が夫を見分けられなかったら悲しいものね」
「求めることが少ないから…と捉えたら良いのでしょうか」
「どうかしら…。お二人を見分けることが出来たのはご両親だけと言っていたし、見分けるということ自体が難しいことだから、それだけで特別になる…とか」
淑女らしからぬ、うんうんとした唸り声をあげながら、私とユーシェ様はお茶を飲み、茶菓子に手を伸ばした。この部屋には私以外に淑女らしからぬ行為を咎める人間はいないから、私が注意される側に回ってしまえば、もうやりたい放題になるのだ。
「ユーシェ様は初めからお二人を見分けていましたよね。私は分からなかったのですが…」
「アレク様の格好をしたディル様にお会いした時、すごく違和感を感じたの。声も、話し方も、何か違うって。どこがって言われると、説明は難しいの。でも、目の色は違うって分かったわ」
私はティナよりも近くでアレク様とお話ししていたからというのもあるわねとユーシェ様が言うので、それは肯定も否定もしないでおいた。ユーシェ様と陛下には、10年前の事があるのだから、きっとそれが大きく関係しているはずなのだ。
「ティナは初めは分からなかったのよね?いつから分かるようになったの?」
「それが、昨日陛下の格好をして後宮を見回っていたディル様をお見かけした時に、初めて違うと分かったのです。陛下の格好をしたディル様をお見かけすることはたまにありましたけれど、お声をかけられたのは昨日が初めてでしたし、いつから見分けられるようになったかというのは分かりません。そもそも、昨日は偶々気付いただけで、本当にしっかりと見分けられるか自信もないのです」
情けなく笑みを浮かべ、私はカップを持つ手元に視線を落とした。私には自信がないのだ。お二人を見分ける事もだけれど、そもそも自分にそういった自信がない。
「私はディル様が陛下の格好をして後宮に現れるということを知っていました。ですから、他のご令嬢方よりも、気付く確率が高いのです。ユーシェ様のように、何も知らない状態で気付けたかといえば、否だと思います」
私が特別だったのではなく、私の立場が特別だっただけではないか。そう思うと、自信なんてかけらも無くなってしまった。
紅茶に見入っていると、白いほっそりとした手が、私の手の上に重なった。
「こんなティナを見るのは初めてね」
ゆっくりと顔を上げると、ユーシェ様が優しく微笑んで私を見ていた。
「ティナはいつも毅然とした態度で私を導いてくれていたから、いつでも完璧なのかと思ってたわ」
「私は完璧ではありません。失敗だってたくさんします」
「そうよね。だから、こんなティナを見られて、私は安心しているの」
「安心、ですか?」
「そうよ。ティナも私と一緒なんだなぁと思うと、ホッとするわ。嬉しい、に近いかもしれないわね」
「ユーシェ様…」
ユーシェ様が微笑んだまま優しく私の手を握った。それだけで胸が熱く、苦しくなる。そんな風に思っていただけるなんて、恐れ多くて、嬉しいことだ。
「私は、ティナがディル様とアレク様を見分けたというのなら、それがたった一度でもティナを信じるわ」
「何故…ですか?」
「ティナを信じているからよ」
「何故……ですか…?」
同じ言葉を返すのは失礼だとわかっていても、繰り返してしまった。ユーシェ様の真剣な瞳は嘘をついているわけがなく、けれど、それをそのまま受け入れるだけの何かが自分にあるなんて思えなかったからだ。
「ティナは私を信じてくれたもの。なんの後ろ盾もない、出自さえも怪しい私を認めて、導いてくれたもの。私といても何もいいことはないのに、ずっと傍にいてくれて、支えてくれたでしょう。ティナがいなかったら、今の私はいないわ」
「私は、何もしていません。ユーシェ様がご自分で掴みとられたのですよ」
「…私ね、ティナがずっと傍にいてくれたから頑張れたんだと思うの。意地ばかり張っていたけれど、一人のままだったらダメになっていたと思うのよ。ティナは、私が陛下の寵愛を求めていなかった時も、私が貴族でなくなってしまった時も、変わらずずっと傍にいてくれたでしょう。それがすごくすごく嬉しくて、不安なことはたくさんあったけれど、ティナがいるなら大丈夫だと思えたの。ティナは本当に素敵な女性よ。私がこの世で一番信頼する、大好きで、大切な人なんだから」
ぎゅっと少し強く私の手を握り、そしてはにかんだ笑顔を見せてユーシェ様は手を離した。頬を染めてお茶を口に運ぶ姿に、私の胸はぎゅっと締め付けられ、目頭が熱くなるのを感じた。
こんな風に思われていたなんて知らなかった。主人にこんな風に思われるなんて、私はなんて幸せ者なんだろう。こんな人の傍を、簡単に離れられる、離れていけると思っていたなんて、私はなんて愚かなんだろう。
「嬉しいです…。ですが、この話を陛下がお聞きになられたら、私は誤解されてしまいそうですね」
「え…?えぇ…?そうかしら…。それでも、アレク様とティナは…比べたりできないわよ」
少し考えた様子を見せたユーシェ様に、私は涙をこらえて少し笑って見せた。
「私は、幸せ者ですね」
「ティナは、まだまだもっと幸せになれるわよ」
「……はい」
私は少し冷めたお茶を飲み、必死で涙をこらえた。ディル様のことを相談していたはずなのに、そのことがすっかり抜けてしまっていたのは、もう仕方がないことだと思いたい。




