憂いと戸惑いと
結果的に、私が部屋に戻った時には陛下はまだいらしてなかったため、お茶がどうこうという問題は問題にならなかった。そして結局お茶はユーシェ様が支度をし、陛下にお出しした。
緊張しながらお茶の支度をし、陛下に差し出すユーシェ様と、そのお茶を美味しいと笑みを浮かべながら飲む陛下の2人を纏う雰囲気はものすごく甘いもので、慣れて来たとはいえ戸惑いを隠すだけで精一杯だ。
そうこうしていると、金髪のカツラを外し、普段通りの衣服に着替えたディル様が現れ、話があると陛下に断りを入れて私を部屋の外へと連れ出した。
ユーシェ様と陛下も2人きりの方がいいだろうし、護衛騎士もいるから問題ないだろうと、それに従った。私とディル様が部屋の外で話をしていても、他の人の目につくことはないだろう。何せ、この部屋は後宮の奥まったところにあることに加え、厳重に警護されているために近づくことは愚か、覗き見だってできないようになっているのだ。
だから、私とディル様が2人で話し込んでいても、おかしな噂が立つことはない。
「お話とはなんでしょうか」
「先ほどのことだ。あぁいったことはよくあるのか」
「よく…と言いますか…、ユーシェ様と接触したい方は多いですから。護衛の方も同じだと思いますよ?」
「……痣になるようなことが、日常茶飯事だと?」
「え?…あっ」
ディル様の目線を追うより先に、腕を掴まれて持ち上げられた。私の目線まで上げられた腕には、先程掴まれた時のものであろう、赤い痣が残っていた。
確かにあの侍女の力はなかなか強かった。余程必死だったのだろう。
「さすがにここまでのことは初めてです。いつもは声をかけられるだけでしたので…。あ、先程は助けていただいたのにお礼も申し上げずに失礼致しました。ありがとうございました」
頭を下げるが、腕を持ち上げられたままなのでなんだかおかしな体勢になってしまった。ディル様はいつまで私の腕を掴んでいるつもりなのだろうか。ものすごく渋い顔をしているが、もうじっくり観察したと思うのだけれど。いくら他の人の目がないからといって、触り過ぎだ。さすがに少し恥ずかしくなってきた。
「あの…」
目上の人に積極的に話しかけるのは躊躇われるけれど、いつまでも触られたままというのも困るので、難しい顔をしたままのディル様に声をかけてみる。
「君にも護衛をつけるべきか…」
「え、そんな…、侍女に護衛など聞いたことがありません」
「だが、ユーシェ様と接触を図れずに焦れた者たちが君に無体を働く可能性は否定できない。それが激化する可能性もね」
「それは…そう…かも、しれませんが…」
それでも侍女に護衛がつくなんてありえないことだ。しかも末端貴族の侍女に護衛がついたりしたら、それこそご令嬢たちの神経を逆なでしてしまいそうだ。
……それよりも、今は…。
「ディル様、申し訳ありませんが、腕をお放しいただけますか。このままではこの痣をつけたのはディル様ということになってしまいそうです」
「え?あ、あぁ、すまない。つい……」
パッと離され、ようやく腕が自由になった。掴まれていたところが少し熱を持っていたけれど、新たな痣はできていなそうだ。
「私は大丈夫です。しがない末端貴族の娘ですから、こういったことには慣れています」
「だから、そういう問題じゃないんだ。アレクもユーシェ様も君のことを心配している」
「ユーシェ様が……」
「護衛が嫌だというなら、俺の家の使用人を1人、侍女として連れてくる。それと行動を共にしてもらえないか。侍女が2人で行動することはおかしくもなんともないだろう?もしくは外に行く仕事はそれに任せて、君はなるべく外に行かないようにしてもらいたい」
いくらユーシェ様が私を心配しているからといって、こんな対応はおかしい。守られるべきはユーシェ様であって、私ではないのだから。私を守るために何かをするのは普通ではない。
あまりに真剣な表情で私を見られるディル様に、おかしな勘違いをしてしまいそうになる。私はただの侍女だ。力のない、ただの侍女。
「そのように、私に気を遣っていただく必要はございません。それに……、私もいつまでもユーシェ様の侍女ではいられないでしょうし…」
「それはどういう意味だ?」
「え…?」
ディル様の口調が厳しくなった。私は何かおかしなことを言っただろうか。
「辞めるということか?」
視線も厳しい。睨まれているようだ。
ユーシェ様の唯一の侍女だから辞められては困るということか…。それとも今や寵姫となられた方の侍女だから、辞めるには何か縛りがあるということだろうか。
「今すぐどうこうという話ではございません。有難いことに、実家に結婚の申し込みが届いているようですので、それが整えば…の話でございます」
「それは最近急に増えたものだろう?。それが何を意味するのか分からないわけではあるまい」
「そう…ですが…。財産もない末端貴族の娘に結婚を申し込んで下さる方など、今後現れるか分かりません。高位貴族のお家からの申し込みもあるようで、父もいつまでも断りきれないと思います」
私がユーシェ様の侍女をしていると知った、今まで私自身に見向きもしなかった方々が、今まで見向きもしなかった貧乏末端貴族の我が家に結婚申し込みの伺いを立てているのだという。目当ては間違いなくユーシェ様を通じて皇帝陛下と接触することだ。そんなことは分かっている。そもそも、貴族の結婚など政略結婚が当たり前なのだから、選り好みできるわけはない。けれど、今現在届いている申し込みは、絶対に幸せになれないものばかりだ。私はただの捨て駒にしかならないだろう。お飾りの妻にすらなれないかもしれない。
だから父は断ってくれているのだ。しかし、我が家は末端貴族すぎて、家格の高い家からの申し込みを断り続けるのはそろそろ辛いのだ。
持参金が用意できないとしれば、そんなもの不要だという家も出てきたという。間違いなく、私の価値は今が一番高い。これを逃したら、本当に結婚できないかもしれない。その見極めも、父を悩ませているのだ。
「それに、私のような家格では、いずれユーシェ様の侍女を勤められなくなるだろうと思っていました。私では、ユーシェ様をお守りすることができません。それどころか足手纏いに……」
「ならば、俺が君に結婚を申し込めば、すべて解決するな」
「…え?」
私の言葉を遮って言われたディル様の言葉に、耳を疑った。何かおかしなことを言われた気がするけれど、余りの想定外な言葉に、理解が追いつかない。
「ティナ、君に結婚を申し込みたい」




